荒木麻美のパリ生活
欧州最大規模の鉄道博物館と世界最大規模の自動車博物館がある町、ミュールーズへ
2025年5月17日 08:00
フランス東部、ドイツとスイスの国境近くにミュールーズという町があります。パリからは高速鉄道TGVで3時間ほどです。ミュールーズといえば欧州最大規模の鉄道博物館と世界最大規模の自動車博物館があるところで、乗り物好きな人にはお勧めの町です。
ミュールーズに着き、まずはフランス鉄道博物館(シテ・デュ・トラン)に行きました。6万m2という広大な敷地のなかに、300両以上の蒸気機関車、電気機関車、ディーゼル機関車、そして電車が展示されており、フランスの鉄道の歴史を学ぶことができます。展示車両のなかにはフランスで最も古い1844年製の蒸気機関車から新旧のTGV、ブガッティ、ルノー、ミシュランが作った車両などが、ところ狭しと並んでいます。
私は乗り物全般にそれほど興味がないので、乗り物好きの夫の付き添い気分だったのですが、実際に行ってみると、特に古い車両のデザインの形や色の美しさにほれぼれとしました。ナポレオン三世専用車やオリエント急行などの豪華さ優雅さをじっくりと見ていたら、あっという間に時間が過ぎていきます。時間がない人、足に自信がない人には、定期的に館内を回るトラムが走っているので、これを利用するのもお勧めです。
鉄道博物館をあとに、フランス国立自動車博物館に移動しました。約560台のコレクションのなかには激レア車が多数あり、さらに120台以上を超えるブガッティのコレクションは圧巻です。王族・貴族・大富豪のために作られた、豪華絢爛のラグジュアリーカーであるブガッティ・ロワイヤルも、現存する6台のうちのなんと2台がここにあります。
この博物館、いまでこそ国立となっていますが、フリッツとハンスのシュルンプ兄弟が個人で集めたコレクションがもとになっているというから驚きます。シュルンプ兄弟は金融業で成功したのち、繊維事業で大きな富を成すのですが、その財産をもとに、1950年代から1970年代にかけて、ブガッティを中心として大量の高級車を購入していきました。
購入したコレクションは自社の紡績工場内に蓄積しつつ、オリジナルの状態に戻すための技術者や職人も集め、博物館オープンに向けて準備を始めます。館内の照明用として、パリにある橋のなかでも美しさで有名なアレクサンドル3世橋のランプのレプリカも作らせました。兄弟の博物館に対する狂気と言ってよいほどの情熱が伝わりますね。
ところが繊維産業の不況に伴い兄弟の事業も大打撃を受けます。従業員を解雇したことで暴動も起こり、兄弟はスイスに亡命することに。こうして残された従業員たちが工場に侵入したところ、シュルンプ兄弟の膨大な自動車コレクションが発見されました。発見当時の人びとの驚きはどれほどだったことでしょう。結局コレクションは国が没収することとなり、1982年に国立博物館としてオープンしました。そして1986年には博物館の名称に「シュルンプ・コレクション」と付け加えられました。
シュルンプ兄弟はスイスに亡命後、2人とも80代で亡命先のスイスで亡くなりますが、フリッツだけは亡くなる2年前の92年に博物館を訪れています。当時の新聞に掲載された写真を見ると、私には無表情というか少し不機嫌そうに見えましたが、どのような思いだったのでしょうか。
ミュールーズには半日しかいられなかったので、博物館2か所を見ただけでしたが、ミュールーズには繊維産業で栄えた町ならではの、プリント生地博物館もあります。展示品は5万点、所蔵するサンプルは600万点もあり、テキスタイル好きにはたまらない場所だと思います。こちらもいつか訪れてみたいところです。