旅レポ

関東発、「北海道&東日本パス」で行く北海道と東北を巡る鉄道旅行(後編)

 JR東日本(東日本旅客鉄道)とJR北海道(北海道旅客鉄道)の普通列車が7日間乗り放題の「北海道&東日本パス」を活用する鉄道旅行の前編は、横浜駅を出発して盛岡を経由し青森で1泊、青函トンネルを越えて北海道の函館、小樽を訪れた。後編は小樽を出発し上野駅に帰着するまでをお届けする。

 さて、ライトアップされた小樽の街並みを楽しんだ後は、ホテルに戻って旅の疲れを癒すことにしよう。2泊目小樽で宿泊したのは、小樽駅の目の前にある「天然温泉 灯の湯(あかりのゆ) ドーミーインPREMIUM小樽」だ。シックなインテリアの客室はとても落ち着いて過ごすことができ、お手洗いと洗面スペースが分かれているのもポイントが高い。併設の天然温泉「灯の湯」は岩風呂や檜風呂などの浴槽がならび、旅の疲れを癒してくれる。駅前にありながら、まるで温泉旅館に泊まっているかのような気分に浸ることができる。21時30分から23時には夜鳴きそばの無料サービスを行っており、夜の小腹を満たしてくれるサービスもうれしい。そしてこの宿一番の魅力は、海の幸満載の朝食だ。朝食処「北の番屋」では季節の蒸し野菜や海鮮炙り焼き、自分でトッピングしてつくる海鮮丼など、品数が豊富。ビュッフェスタイルで提供され、オムレツのライブクッキングは味への期待感を高める。北海道限定の乳酸菌飲料カツゲンや北海道産生乳をつかったロールケーキなど、デザートにいたるまで北海道を感じるラインナップ。朝食の内容は季節ごとに異なるので、四季折々の北海道の味覚を味わうことができる。しっかり朝食をたべて北海道旅行を満喫したい。

天然温泉 灯の湯 ドーミーインPREMIUM小樽

所在地:北海道小樽市稲穂3-9-1
TEL:0134-21-5489
予約サイト「HOTESPA.net

天然温泉 灯の湯 ドーミーインPREMIUM小樽のエントランス
落ち着いたインテリアの客室
館内もシックなデザインで落ち着ける空間
21時30分から23時まで無料サービスの「夜鳴きそば」。ネーミングも食欲をそそる
海の幸満載の朝食バイキング
焼きたてワッフル。ドリンクは北海道限定のカツゲン
海鮮炙り焼きなど小樽ならではの海の幸が満載
海鮮丼は好みの具材を自分でトッピング

“マッサン”のウイスキーの産地、余市へ

 朝食を食べたら、小樽駅8時7分発 函館本線 長万部駅行きの普通列車に乗車して、余市を目指す。昨日この区間を通過したのは夜だったので、車窓の風景が新鮮だ。小樽駅から余市駅までのおよそ25分ほどの区間は実に変化に富んだ車窓だ。小樽駅を出発し、まもなくすると市街地が途切れ、国道5号線とともに森の中を走っていく。小樽を出発して最初の難所である於多萌(おたもい)峠を力強いエンジン音を響かせながら上っていく。頂上にある於多萌トンネルを過ぎると、1kmで標高差20mもある急勾配を一気に下っていく。塩谷駅を過ぎると車窓の右手に忍路(おしょろ)海岸が見えてくる。小樽駅を出て最初の景勝地だ。蘭島駅を過ぎて余市川が作り出した平坦な扇状地に出ると、余市駅はもうすぐだ。北海道の地名は先住民のアイヌ語が由来になっている土地が多く、なかなか特徴的でおもしろい。ちなみに「余市」はアイヌ語で蛇がいるところという意味の「ユーチ」が由来と言われている。明治時代初期に会津藩士が入植し開拓がはじまり、余市川沿岸で果樹栽培を中心とした農業が発達した。これが、これから訪れるニッカウヰスキー余市蒸留所の発展とも大きく関わることになる。

小樽駅からは函館本線のキハ150形気動車に乗車
北海道ではまだ行先標、通称“サボ”が現役
塩谷駅を過ぎると見えてくる忍路海岸
余市駅前にあるモニュメント

 大正時代半ば、日本で本物のウイスキーを作るという夢を抱いて、単身スコットランドに渡ってウイスキー作りを学んだ青年が、ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝だ。マッサンというニックネームで呼ばれていた竹鶴政孝の半生は、NHKの連続テレビ小説「マッサン」として2014年9月から2015年3月まで放送され、大いに話題を呼んだ。そんな竹鶴政孝がウイスキー作りに求めたのは、仕込み水に適した清涼な雪解け水と、ゆっくりとした樽熟成に欠かせない冷涼な気候、そしてウイスキー作りに欠かせない良質なピート(草炭)や石炭、樽材に使う木材が手に入る土地、それが北海道の余市だった。

 ニッカウヰスキー余市蒸留所は余市駅から徒歩2~3分ほど。駅のエントランスを出ると、正面に石造り重厚な正門が見えてくる。ニッカウヰスキー余市蒸留所は9時から17時の見学時間のあいだ、場内に設けられた見学コースを自由に見学することができる。9時から12時、13時~15時30分の間は30分ごとに予約制のガイドツアーが無料で行われているので、ぜひ参加したい。予約は余市蒸留所のホームページですることができる。ガイドツアーは約70分で、「製麦」「乾燥」「糖化」「発酵」「蒸留」「貯蔵・熟成」の6つのウイスキーの製造工程について、そして余市蒸留所で製造されるウイスキーの特徴をとてもわかりやすく説明してくれる。余市蒸留所のウイスキーの特徴は「石炭直火蒸留」という蒸留方式。適切な火力が保たれるように石炭をくべ続けるのは熟練の技術が必要で、ウイスキーの本場スコットランドでも現在では珍しくなっている。しかし、重厚でコクのある、香ばしいモルトを生み出すために、余市蒸留所では創業当時から現在まで石炭直火蒸留にこだわり続けてモルトの製造を行っている。香り豊かで力強い味わい。政孝が目指した本物のウイスキーの味は、見学コースの最後にある試飲コーナーで体験することができる。

ニッカウヰスキー余市蒸留所の正門
乾燥棟(キルン塔)。発芽した大麦をピートを焚いて乾燥させ、モルト(麦芽)を作る。燻したピートの香りがモルトに移り、ウイスキー独特の香りが生まれる
蒸留棟。銅製の単式蒸留器(ポットスチル)が並ぶ。中央の小さなものが創業当時のもの。一番奥のポットスチルは昨年交換されたばかりのもので、およそ30年交換されるという
旧事務所前から見た見学コース。創業当時は大日本果汁株式会社という社名で、ウイスキーができあがるまでの間余市特産のリンゴなどの果物を使いジュースやジャムなどを製造し会社を支えていた。ウイスキー事業が軌道にのり、大日本の「日」と果汁の「果」を取り、ニッカウヰスキーという社名になった
1号貯蔵庫の内部。蒸留したモルト原酒を樽に詰めて長期間熟成させる様子を見学できる。樽材の成分や気温、湿度など様々な条件により個性を持つ琥珀色の液体へと変化する。10年で約3分2、20年で約半分に減り、その減り分はエンジェルシェアと呼ばれ天使が飲んだ分おいしくなると言われる
ウイスキー博物館ではウイスキーの製造法や竹鶴政孝の生涯などが展示されている
見学コース最後にあるニッカ会館では、3種類の製品を試飲する事ができる。スーパーニッカは水割り、竹鶴ピュアモルトはトワイスアップ、アップルワインはロックがオススメの飲み方とのこと
蒸留所ツアーガイドの田中舞さん。ニッカウヰスキーについてとてもわかりやすく案内してくれた
ディステラリーショップ ノースランドでは蒸留所限定の商品も取り扱う。写真は蒸留所限定ラベルのアップルワイン(947円)
ニッカウヰスキー余市蒸留所

所在地:北海道余市郡余市町黒川町7-6
TEL:0135-23-3131
見学時間:9時~17時(12月25日~1月7日は休業)

レトロな町並みを堪能し海鮮に舌鼓

 余市駅から小樽駅までの列車は、1~2時間に1本。駆け足で見学すれば余市駅10時32分発の列車にも間に合うが、せっかくなのでもう少しゆっくりと見学して11時50分発の列車で小樽駅へ向かうことにしよう。この列車は年間通して人気がある観光地のニセコや倶知安方面からやってくる。車内は観光客と地元の利用客で立ち客が居るほどの賑わいだった。小樽駅到着は12時19分、お昼ごはんが恋しくなる時間だ。

 小樽は北海道のなかでも屈指の港町、ここは海鮮を頂きたいところ。小樽市内には100店舗以上の寿司店がある。20数店舗が軒を連ねる寿司屋通りも魅力的だが、今回は小樽市内の漁師町、手宮に目を向けてみよう。明治13年北海道で最初に鉄道が通った手宮地区。鉄路は1985年に廃止されたが、旧手宮線跡は遊歩道が整備され、旧手宮駅の跡地は小樽市総合博物館となり、現在でも小樽市の主要観光エリアの一つとなっている。小樽駅や観光地として人気のある堺町通りから徒歩15分~20分ほど。この歴史ある手宮地区にお店を構える、1933年創業の老舗寿司店「おたる千成」を訪れることにした。現在では小樽で最も古い寿司店だ。営業時間は11時~19時。メニューは握り寿司のほか、生ちらしや丼もの、定食など、多彩に取りそろえている。落ち着いた雰囲気の店構えで、洗練されたひとときを楽しむことができるだろう。なお、土曜休日は予約客が多いため、来店前に電話で確認のうえで来店してほしいとのことだ。

おちついた店構えのおたる千成
恵山(1800円)。地元であがった新鮮なネタが並ぶ。天ぷらやザンギなどの一品料理もオススメ。おいしいお寿司を味わえる
おたる千成

所在地:北海道小樽市錦町20-20
TEL:0134-22-1467
営業時間:11時~19時(ラストオーダー:18時30分)不定休

 昼食を楽しんだあとは、小樽観光の中心ともいえる堺町通りを散策しよう。おたる千成からは徒歩15分~20分ほど。お天気が良ければ腹ごなしに運河沿いを散策するのもよいだろう。昨晩はガス灯が点った夜の運河を眺めたが、晴れ渡った日中の運河もまた違った風情がある。1923年に完成した小樽運河は小樽港に入港した船から小舟に物資を移し、陸揚げする水路として活用され、運河沿いに建てられた煉瓦や石造りの倉庫群が当時の様子を物語っている。明治時代半ばから大正、昭和初期にかけて、ニシンの豊漁とともに発展した小樽経済。運河の南端からのびる堺町通りには石造りの商家やモダンな洋館などが立ち並ぶ商人街として大いに賑わい、当時栄えた町並みは現在でも色濃く残されている。

 通りには全長約900mにわたり硝子細工や手作りオルゴールのお店など、覗いているだけでも楽しめるような、個性的なお店が立ち並んでいる。古き良き情緒を感じつつ、宝物を見つけるかのような気持ちでおみやげを探すのは実に楽しいものだ。

堺町通りは歴史的建造物が建ち並ぶレトロな街並み。多くは土産物店や食堂などに改装されている
メルヘン交差点近くには、北海道を代表する菓子店、六花亭と北菓楼も店舗を構える。六花亭では店舗限定品の雪こんチーズを味わうことが出来る

JR唯一の寝台車つき客車急行「はまなす」で一気に青森駅へ

 小樽駅から札幌駅までは快速列車でおよそ30分ほど。日中は15分に1本程度の間隔で運転されているので、駅に行けば電車に乗れるという感覚でいても大丈夫だろう。この日乗る予定の夜行列車は札幌駅22時00分発なので、夜までゆっくり小樽を堪能するのもいいが、夜の小樽は昨晩堪能したので、日が落ちる前に札幌へ向かうことにした。

 冬至の北海道の日没は16時前。15時過ぎの低い日差しを背に小樽を出発する。小樽築港駅を過ぎると朝里、銭函と海岸線に沿って札幌へと向かう。車窓左手には日本海が間近に迫ってくる、この日の日本海は厳冬期前の穏やかな表情を見せていた。日没と同じ頃に札幌駅に到着。

 札幌の冬の夜を彩るイベントといえば、ホワイトイルミネーションが有名だ。大通り会場は昨年12月25日で終了したが、駅前通りは2月11日まで、南一条通は3月14日までまばゆい光で夜を彩ってくれる。札幌駅前から北海道随一の繁華街すすきのや狸小路まで歩いても15分ほど。光のトンネルをくぐりつつ、この旅の北海道最後の夜を楽しむことにしよう。

ライトアップされた駅前通。2015年12月には市電がループ化された
テレビ塔と時計台は札幌の観光名所の定番

 北海道を旅立つ列車は、札幌駅22時ちょうどに発車する急行「はまなす」青森駅行き。現在ではJRで唯一となった急行列車。寝台車と座席車を連結した混成夜行列車で、ブルーの14系と24系客車をDD51型DL(ディーゼル機関車)がけん引するという列車スタイルも、2016年3月21日の青森駅発の便を最後に廃止となる。寝台車や、足を伸ばして寝ることができる「のびのびカーペット」を利用したいところだが、年末の休前日ということもありほぼ満席。今回利用する指定席もかなり混雑していた。指定席車両うち5号車と6号車は「ドリームカー」と呼ばれ、かつて特急列車のグリーン車に使われていたシートが設置されている。急行はまなすは、指定席でも「ドリームカー」の設定がない車両があるため、予約するときに気にするとよいだろう。

札幌駅~青森駅間を結ぶ急行「はまなす」

 この日の急行はまなすは、遅れていた特急「スーパー宗谷」の接続をとり2分遅れで発車。ドアが閉まったあと、しばらくしてからガコンという音を立てて滑るように札幌駅を出発する。今回乗車したドリームカーの車両には、発電用のディーゼルエンジンを搭載していないため、静かに鉄路の上を滑るように進んでいく。今回の旅も3日目、旅の疲れも少々でてきたようだ。うとうとして気がつくと車内は減光されていた。函館駅到着は2時52分、ここで札幌駅から牽引してきたDD51から青函トンネル専用のED79型EL(電気機関車)へとバトンタッチする。機関車付け替えと時間調整のため、函館駅には約1時間停車する。深夜にもかかわらず、機関車付け替えを見物する乗客も少なくないようだ。駅構内の売店は閉まっているが、停車時間は1時間もある、一度改札を出て駅前のコンビニへ買い物に行く人もいるようだ。駅員さんに尋ねたところ、改札を出て5分ほどのところにコンビニがあるとのこと。「時間はあるので、ゆっくり行ってきてください」という言葉に甘え、コンビニで温かい飲み物やお菓子を買って列車に戻った。

急行はまなすの札幌駅発車時刻は22時00分。青函トンネルの開通に伴い廃止された、青函連絡船の深夜便の代替として設定された列車
この日はDD51 1095号機がけん引

 3時56分、はまなすは定刻に函館駅を発車。ここからは進行方向が変わるが、混雑している深夜の車内、座席の回転は控えるよう車掌からのアナウンスが流れた。暗闇の中を青森駅に向けてひた走る車窓から、蛍光灯の光が飛び込んできたのは4時33分頃のこと。ここから青函トンネルを一気に駆け下り青森駅へ向けてラストスパートをかける。この旅ではスーパー白鳥号でも青函トンネルを通過したが、日中に通るのと未明とではずいぶんと風情が違うものである。レールと車輪が奏でる音を聞きつつ、うたた寝から目を覚ますと、本州の街明かりが車窓の遠くに見えていた。

函館駅~青森駅間は青函トンネル用のED79型電気機関車がけん引
進行方向が変わるため、入線した列車の最後尾にED79を連結
ED79を連結し出発準備を行なう急行はまなす
深夜の函館駅
急行はまなすに連結された寝台車

 急行はまなすは、定刻の6時19分に青森駅に到着した。1月31日までは北海道新幹線開業準備のため、青森駅到着が5時39分から6時19分へと変更され、到着が42分ほど遅くなっている。そのため、青森駅から奥羽本線や青い森鉄道の始発列車に接続することができなくなっているので、旅行の際は注意したい。

早朝の青森駅に到着した急行はまなす
急行はまなすの列車エンブレム

 だが、ここは前向きに旅を楽しもう。次に接続のよい、奥羽本線秋田方面の列車は青森駅7時55分発、青い森鉄道の列車も青森駅7時10分発だ。少々時間があるので、青森駅から徒歩10分ほどの場所にある「青森まちなかおんせん」で朝風呂を浴びて1日の身支度を調えよう。青森まちなかおんせんの営業時間は6時からなので、むしろこのダイヤだからこそ楽しめるともいえる。また、札幌駅行きの急行はまなすに乗る前に本施設を利用するという手もある。

 入浴料は420円。200円でバスタオルとフェイスタオルを借りられるので、旅行中でも安心だ。午前9時までは入浴と朝食バイキングがセットで1420円というプランもある。

 ひとっ風呂浴び朝食を食べて、身支度を調えて青森駅に戻る。往路は青い森鉄道経由だったので、復路は奥羽本線を経由して関東へ戻ることにしよう。青森駅から秋田駅まで向かうルートには、奥羽本線で弘前駅、大館駅を経由して秋田駅へ向かうルートと、風光明媚な五能線を経由して秋田駅へ向かう2ルートがある。五能線には「リゾートしらかみ」が運行されており、列車種別としては快速列車なので、指定席料金520円を払えば北海道&東日本パスでも乗車可能だ。どちらを経由しても秋田への到着時間はさほど変わらないため、迷うところ。そこで、景色を楽しめる海側の席が空いていたらリゾートしらかみに乗車しようと決め、みどりの窓口へ向かった。窓口で希望を伝えたところ海側の座席に空席があったので、今回の旅は五能線経由で秋田駅へ向かうことにした。

「リゾートしらかみ」の“くまげら”編成。4両編成で座席車のほかセミコンパートメント席も備える

 リゾートしらかみは“くまげら”編成、“樵”編成、“青池”編成の3種類あり、この日のリゾートしらかみ2号はくまげら編成だった。奥羽本線の川部駅から五能線に入り、五所川原駅を過ぎると車内では津軽三味線の生演奏が始まった。こういうイベントがあるのもリゾート列車の魅力である。車窓左手に岩木山を眺めながら、テンポが速く力強い津軽三味線の音色に、これから訪れるであろう厳しい冬の情景を思い浮かべた。

 リゾートしらかみは、秋田駅行きの2号のみ千畳敷駅に15分停車。下車して観光することができる。「発車5分前に汽笛を鳴らすので、それを合図に列車に戻り、乗り遅れる事がないように」と、車掌より案内があった。千畳敷駅周辺のでは海風で凍った巨大な氷柱が岩肌を覆い、まるでカーテンのように見えるというのがこの時期の魅力なのだが、今シーズンは暖冬ためか、その時期には少し早かったようだ。千畳敷は寛政4年(1792年)の地震で隆起し海中から現れたといわれ、一面淡い緑色をしたグリーンタフと呼ばれる凝灰岩が波で浸食され平坦になった不思議な光景だ。千畳敷という地名は、藩政期に津軽藩の藩主が龍田神社の祭礼の後、氏子や関係者一同を招き千畳の畳を敷き200間(約400m)の幕を張って大宴会を開いたことから、それ以降千畳敷と呼ばれるようになった。この場所は太宰治の小説「津軽」にも登場し「……岩盤のところどころが丸く窪んで海水を湛え、あたかもお酒をなみなみと注いだ大盃みたいな形なので、これを盃沼と称するのださうだけれど、直径一尺から二尺くらゐのたくさんの大穴をことごとく盃に見立てるなど、よつぽどの大酒飲みが名附けたものに違ひない。……」と書かれ、この情景と歴史を表現した太宰の感性にも触れることができるだろう。

車窓左手には岩木山を眺める
青森駅の売店で購入したりんごのお菓子と一緒に車内販売の温かいコーヒーで身体を温める。車内販売があるのもうれしい
リゾートしらかみ2号は千畳敷駅では15分停車する。下車して観光できるのもうれしい
千畳敷のパノラマ画像。かつてここに千畳の畳を敷いて大宴会が行われた
絶景ポイントでは速度を落として景色を楽しませてくれる。遠くには白神山地の雄大な山々も見える
この日の昼食は駅弁を楽しむ。車内販売で青森駅の駅弁「ホタテ釜飯(1000円)」を購入
さらに東能代駅で停車時間を利用して名物駅弁の「鶏めし(880円)」を購入した

 右手に日本海、左手に世界自然遺産の白神山地の風光明媚な風景を眺めながら、列車は秋田駅へと向かっていく。お昼過ぎ、視界が開けるとそこは秋田県の能代平野。東能代駅で五能線から再び奥羽本線に合流する。そして八郎潟干拓地を右手に見えてくると秋田駅はもうすぐだ。秋田駅には定刻の13時31分に到着。13時45分発の列車に乗り換える。秋田からは日本海に別れをつげ、奥羽山脈の西側に沿って秋田県の大曲、横手、山形県の新庄、そしてこの日の目的地である山形へとすすんでいく。秋田駅から大曲駅の間は秋田新幹線と在来線の併用区間なので、在来線列車と新幹線がすれ違う光景を目にすることになる。新幹線と在来線では、在来線は幅1067mmの狭軌、新幹線は幅1435mmの標準軌とレールの幅が異なるため、一部区間では新幹線の標準軌と在来線の狭軌の列車が通れるようにレールが3本が敷かれた区間もある。遠くの風景だけではなく、間近の車窓にも注目してみよう。

 大曲駅を過ぎると秋田新幹線とも別れをつげ、再び在来線区間を南下していく。日も暮れた16時25分に山形県の新庄駅に到着した。次の山形駅行きの列車は17時22分発なので、一度改札を出て散策してみることにしよう。新庄駅には最上広域交流センター「ゆめりあ」が併設され観光案内所やレストラン、ファストフード店、物産館などがあるので待ち時間を退屈せずにすみそうだ。

 新庄駅のホームは特徴的な構造をしている。かつて直通していた奥羽本線も山形新幹線の開業によって、秋田方面の在来線と山形方面の山形新幹線では先ほどの秋田新幹線と同様にレールの幅が異なっている。そのため頭端式ホームが向き合った形になっており、秋田方面から山形方面へは直通することができない構造になっている。秋田新幹線では先ほど通った在来線と新幹線がの3本のレールが並ぶ区間があったが、山形新幹線の区間は在来線タイプの各駅停車の車両も新幹線と同じ線路幅である標準軌の線路を走る。今回乗車する新庄駅17時22分発の列車も、見た目は在来線の列車だが標準軌を走ることのできる車両だ。新幹線に乗った気分で山形駅まで。この日最後の列車の旅だ。山形駅に到着したのは18時36分。この先、列車を乗り継ぐと22時過ぎには郡山駅まで行くことができるが、先を急ぐ旅ではない。この日は山形駅前のホテルで一泊する。

秋田駅~大曲駅の一部区間では、新幹線と在来線で線路の幅が異なるため、3本のレールが敷かれている
新庄駅では新幹線と在来線列車が隣に並ぶ。在来線も新幹線と同じ標準軌のレールを走る
新庄駅の土産物店で購入した、黒豆茶と干し柿。お店でお湯を注いでもらう、この容器のお茶は現在では珍しくなった
山形駅に到着した頃には日も暮れていた

 山形駅に到着したのはちょうど夕飯時、山形のグルメといえば芋煮を食べないわけにはいかない、というわけで駅前にある郷土料理店「山形田」を訪れた。山形名物の芋煮をはじめ、玉こんにゃくやだだちゃ豆、板そば、山形牛、米沢牛など山形の郷土料理と地酒を味わうことができるお店だ。メインの芋煮を頂く前に、山形の名物料理であるだし豆腐、菊の酢の物、だだちゃ豆、玉こんにゃく、しそ巻みそが味わえる山形名物5点盛りを頂く。だし豆腐と聞くと揚げ出し豆腐を想像するが、山形のだし豆腐は、村山地方の郷土料理である「だし」をのせた冷や奴のこと。山形のだしは、胡瓜や茄子と香味野菜を粗く刻み醤油や酒で和えた漬け物で、地元では冷や奴以外にもご飯やそばとも一緒に食べるそうだ。彩りを添える紅花も山形の名産品だ。山形地方でも菊の花を食べる習慣があるそうだ。食用菊というと刺身の飾りで苦い食べ物という印象を持っていたが、酢の物にすると苦みも柔らかくなり、先付けにぴったりだ。メインの芋煮は里芋と牛肉、こんにゃくなどの具が入った醤油で味付けられたもので、すき焼きのようにもみえるが、素朴な味で身体が温まる。なんともお酒が飲みたくなるメニューだが、こういうとき下戸であることが悔しいところ。山形の地酒を横目に郷土料理を楽しんだ。

山形駅西口すぐにある郷土料理店山形田で、郷土料理を味わう
いこいの家 山形田

所在地:山形県山形市城南町1-1-1 霞城セントラル1階
TEL:023-647-0655
営業時間:11時30分~14時(ラストオーダー13時30分)、17時~23時(ラストオーダー22時30分)年中無休

歴史が灯る山寺を訪問

 筆者は“男は元来、風の向くまま気の向くまま自由に旅をすることに憧れている”と思っている。北海道&東日本パスの旅は、そんな旅を叶えてくれる強い味方だ。現代のせわしない社会の中で生活していると、ふと心をリセットしたいと思う瞬間があることだろう。

 そんなときに訪れたいのが、「山寺」の名称でも知られる「宝珠山 立石寺」だ。山形駅からは仙山線で20分ほどとアクセスも良好。四季を通して様々な表情を見せる山寺だが、これからの時期は雪化粧をした水墨画のような心落ち着く情景を見ることができる。山寺の登山は8時~17時まで。朝靄のなか1015段の石段を1段1段ゆっくりと登ることおよそ15分。420段ほど登った参道中腹にあるせみ塚は、かつて俳人松尾芭蕉が「閑かさや 岩にしみいる 蝉の声」としたためた短冊を、この地に埋めて石の塚を立てたことから、呼ばれるようになった。松尾芭蕉のおくの細道の紀行文に「……山形領に立石寺という山寺あり。慈覚大師の開基にして、殊に清閑の地なり。一見すべきよし、人々の勧むるによりて、尾花沢よりとって返し、その間七里ばかりなり。日いまだ暮れず。麓の坊に宿借り置きて、山上の堂に登る。岩に巌を重ねて山とし、松栢年旧り、土石老いて苔滑らかに、岩上の院々扉を閉ぢて物の音聞こえず。岸を巡り、岩を這ひて、仏閣を拝し、佳景寂寞として心澄ゆくのみおぼゆ 閑かさや岩にしみいる蝉の声……」とある。早朝に尾花沢を出た芭蕉一行は、夕方に山寺に到着。宿坊に荷物を置いて、そのまま参道を登り参拝している。夕刻だったため僧侶や参拝者達はおらず、御堂も門が閉められている静けさの中、唯一蝉の声だけが境内に鳴り響くという、当時でも別世界と思われるような空間で、おくの細道の中でも傑作の一つである句が詠まれたのだろう。時代、時刻は違えど、その凛とした空間は厳かな雰囲気で、まるで心が洗われるようだ。山頂の奥の院まではゆっくり登っても45分ほど、五大堂からの眺めは絶景である。

仙山線 山寺駅前から山寺を望む
駅前にある土産物店えんどう本店で力こんにゃく(100円)を購入。参拝の前に力をつける
参拝登山口までは駅から徒歩10分ほど、ここから約1000段の石段を登る
山門の手前にある松尾芭蕉の銅像と石碑
立石寺山門。ここから本格的な登山となる
朝靄立ちこめる松林の中をゆっくりと登っていく
山門からせみ塚まではおよそ15分ほど。参道の中腹あたりにある
立石寺仁王門
山頂にある立石寺奥の院。山門からは、ゆっくり登ってもおよそ45分ほどで到着する
正面の大きなお堂は開山堂。左の岩の上に建つのは納経堂
五大堂からは雄大な景色を眺めることが出来る
五大堂からの眺めのパノラマ写真。右の岩の上には赤い屋根の釈迦堂も見える(釈迦堂は参拝客は立ち入り禁止)
宝珠山 立石寺

所在地:山形市山寺4495-15
TEL:023-695-2002
入山料:大人300/中学生200円/小人100円
入山時間:8時~17時

米沢駅前に店舗を構える新杵屋。食房杵は2階に店舗を構える

 仙山線の山寺駅と山形駅間の列車は、およそ1時間に1本走っている。山寺の参拝は山頂まで往復すると約60分~90分ほどなので、鉄道で訪れる際は帰りの列車まで、2時間を目安にするとゆっくりと観光することが出来るだろう。山寺駅10時1分発の列車で山形駅に戻り、11時7分発の列車に乗り換え、再び奥羽本線で福島駅方面へ。米沢駅到着は11時55分、ちょうど腹の虫が鳴く頃だ。米沢のグルメといえば、なんと言っても米沢牛だろう。米沢駅の名物駅弁「牛肉どまんなか(1150円)」も魅力的だが、駅弁グルメは昨日楽しんだところ。おいしい米沢牛を食したいというわけで、駅前にある「食房 杵(きね)」へ足を運んだ。食房杵は、名物駅弁の牛肉どまんなかを製造している新杵屋が経営するレストランで、米沢牛をリーズナブルに頂くことができる。今回頂いたのは米沢牛の卵とじ(980円)。ほかにもハンバーグや牛丼、すき焼きなどを2000円程度で味わうことができる。食後には1階にある直売店で「峠の力餅」を購入して、米沢駅13時8分発福島駅行き列車に乗り込んだ。

米沢牛の卵とじ定食。自分で好みのタイミングで卵をかける
米沢駅なかにある立ち食いそば処「鷹」の牛丼は、山形県産牛肉を使ったこだわりの一品。時間が無いときはこちらもオススメ。写真はミニ牛丼
食房 杵

所在地:山形県米沢市東3丁目1-1 2F
TEL:0238-26-8158
営業時間:11時~21時(ラストオーダー:20時30分)

 奥羽本線の米沢駅~福島駅の間にある板谷峠は、日本の鉄道屈指の難所の1つとして知られている。最大38パーミル(1000mあたりの高低差が38m)の急勾配は、現在JRの幹線ではもっとも急勾配の区間となっている。かつてはこの急勾配を越えるために赤岩駅、板谷駅、峠駅、大沢駅の4駅でスイッチバックをしていたが、山形新幹線の開業とともに廃止され、現在は駅周辺にスイッチバックの遺構が残っている。2007年に経済産業省が近代化産業遺産として認定しており、下車して見学したいところだが、福島~米沢間の普通列車は朝2本、昼1本、夕方2本、夜1本の計6本のみ。下車して散策するには綿密な計画を立てなくてはならないだろう。列車は険しい山の中を縫うように登っていく。米沢駅を出発しておよそ20分ほどで峠駅へ到着する。先ほど米沢駅で購入した「峠の力餅」は峠駅の駅前に店を構える峠の茶屋 力餅が本家。かつてはホームで駅売りの声が響いていたが、現在では閑散としている。先ほど米沢駅で購入した力餅は、のれん分けされた分家である峠の力餅米沢支店が製造したもので、微妙に味が異なるという。スイッチバックの遺構と力餅の本家と分家の食べ比べは、また別の旅で訪れることにしよう。

米沢駅から福島駅まで乗車した719系
米沢駅から約20分で峠駅に到着
峠駅名物の峠の力餅は米沢駅や山形新幹線車内でも購入できる
山間部を縫うように走る奥羽本線。駅はスノーシェルターで覆われている

 赤岩駅を過ぎ車窓左手に福島盆地が広がってくると、福島駅はもうすぐだ。福島駅には13時54分に到着。福島駅からは往路でも通った東北本線を南下する。14時20分発郡山行きの列車に乗車し、郡山で15時30分発黒磯行きの列車に乗り換える。どちらの列車も学校帰りの学生達でおおいににぎわっていた。定刻の16時30分に黒磯駅へ到着。橋を渡り乗り換える列車が、この旅で最後に乗車する列車だ。16時38分発上野行きの通勤快速にはグリーン車も連結されているので、優雅に列車の旅を締めくくることにしよう。詳しくは前編に記したが、グリーン券を購入すれば北海道&東日本パスでも利用可能だ。通勤快速という響きが、いかにも都会に近づいている感じがする。列車は19時4分、東北や北海道へ向かう寝台特急などが行き交っていた、上野駅13番線に到着。列車からは、家路を急ぐ通勤客がどっとホームへ押し寄せる。その様子を目の当たりにすると、一気に現実へ引き戻されるようだ。ホームを後にし、振り返ると「ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを 聴きにゆく」と石川啄木の句を刻んだ記念碑を見つけ、東北と北海道を巡った今回の旅を、そっと締めくくった。

黒磯駅発の上野方面への直通列車には、グリーン車が連結されている
筆者は途中下車する際、改札口で下車印を押してもらい旅の記念にしている
上野駅の地上ホームにある石川啄木の句碑

鈴木崇芳

北海道出身、旅とのりものが大好き。29歳でエンジニアからフリーのフォトライターへ転向する。飛行機、船、鉄道など乗り物と旅を撮影する。