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西武、建築家・坂茂と投資運用会社経営ケン・チャンをエグゼクティブアドバイザーに招聘。軽井沢千ヶ滝に複合リゾート開発へ

2024年4月26日 実施

左がエグゼクティブアドバイザーに就任した坂茂氏、右が同じくエグゼクティブアドバイザーに就任したケン・チャン氏。中央は、株式会社西武ホールディングス 代表取締役会長 会長執行役員兼CEOの後藤高志氏

 西武グループは、建築家の坂茂(ばんしげる)氏と、投資運用会社を経営するケン・チャン氏をエグゼクティブアドバイザーとして招聘、その発表会を4月26日に実施した。

不動産事業を重視する西武グループ

 西武グループが鉄道事業に加えて、ホテル、ゴルフ場、スキー場といった事業を手掛けていることは、読者の皆さまもご存じかと思う。そして2024年度から始まる新しい中期経営計画において、不動産事業を「成長のキードライバー」と位置付けている。

 西武グループの特徴として、自社の鉄道沿線やその周辺だけでなく、全国各地の著名なリゾート地で事業を手掛けている点が挙げられる。

 その始まりが軽井沢(1918年~)と箱根(1919年~)。さらにメジャーどころとしては、大磯、苗場、富良野が挙げられ、「日本のリゾート文化を創り出してきた」とする。特に軽井沢では、民間企業としては最大のアセットホルダーとなっている。

西武グループのリゾート開発史は、1918年の軽井沢に始まる
現在は、全国各地に資産を擁するまでになっている

 現在、東京都心では高輪と品川、芝公園、新宿。このほか、富良野、十和田、軽井沢、志賀高原、嬬恋、日光、伊豆、箱根、湘南など、北海道から九州にいたる各地に、さまざまな資産を擁している。

 そこで「不動産事業をキードライバーに」と考えた場合、手持ちの資産が持つポテンシャルをどう活かし、価値を付けていくかが問題になる。

ハコモノ作りよりも地域社会と調和したリゾート開発を

 後藤氏は、「1980年代には、ハコモノだけ作るようなリゾート開発が多かった。しかし現在では、もっと地域社会や自然環境との調和を図る必要がある。街づくりとリゾート開発の調和が必要。利用者や地元住民からの知見・見識も反映させていきたい」と語る。

 シンプルに考えれば、「既成概念にとらわれない不動産開発のコンセプト」「世界に誇る日本らしいリゾートを作り上げて発信したい」といった類の話は当然ながら出てくる。しかしそれはあくまで、開発を手掛ける側の視点だ。

 地元との共生や調和ということを考えると、「地域に住む方が、もっと誇りとやりがいを持てるような開発を」という視点が必要になるし、もちろん、地域の経済や雇用にも貢献すべきであろう。

 特定の時期だけワッと人が集まるのではなく、年間を通じて継続的に訪れる人がいる。そういう仕組みもほしい。また、そこを訪れる人に対しては「お客さまに感動を提供する」などといった形で価値を付けていかなければならない。

 そして、西武グループが今後のリゾート開発を進めていくに際して、社内のリソースだけでなく外部の視点を入れたいという考え方が出てきたようだ。そこで白羽の矢が立ったのが、2名のエグゼクティブアドバイザーである。

2人のアドバイザーの横顔

 坂茂氏は1957年東京都生まれ。建築家として活動するだけでなく、1995年に設立したNGO「Voluntary Architects' Network(VAN)」を通じた世界各地での災害支援への貢献、被災地へのボランティアといった活動にも携わっている。

 その坂氏は、リゾート開発と地域の関わりについて、「日本が災害に見舞われたときに、西武グループの施設が滞在可能なシェルターになっていかなければならないのではないか。地域の方に安心・安全を提供できる施設にするためのお手伝いをしたい」と述べた。宿泊施設があれば寝泊りや食事の場になるが、それだけではない。温泉があれば入浴支援のようなこともできよう。

 こうした提言の背景には、坂氏が災害発生時に、避難所でプライバシーを守るための間仕切りを提供するなどの活動に携わっている事情がある。当初はなかなか理解してもらえなかったが、今は自治体との間で平素から防災協定を締結して、迅速に対応できるようになったという。

 西武グループでは、この「社会的課題に建築が果たすべき役割を追求する姿勢が、当社グループの理念に合致する」と説明する。単に建物をひとつ建てて終わりではなく、「建築を通じてクライアントが抱える課題を解決」「地域や人に寄り添う姿勢」「街づくりという広い観点での知見・発想」ということだ。

 一方のケン・チャン氏は、1967年東京都生まれで、6歳まで日本で過ごした。その後は高校までシンガポール、大学はアメリカで過ごしている。そのあとに日本で仕事を始めて、証券会社勤務の後にシンガポール政府投資公社(GIC)に移り、最後はGIC日本法人の代表を務めた。

 氏が長く不動産投資や不動産事業の分野を手掛けている点と、グローバルなネットワークを持つ点から、西武グループ側は「当社グループの不動産戦略先鋭化に欠かせないパートナーであると確信」と説明する。

 チャン氏は過去に、オフィス、リテール、住宅、物流、野球場など、多様な不動産投資を手掛けたほか、土地の開発にも携わっている。そうしたバックグラウンドを基に、「どうすれば価値の高い資産を生み出せるか、資産に付加価値をつけることができるか」という提案が期待されるポジションといえそうだ。

今後のリゾート開発事業のありかた

 総合保養地域整備法(いわゆる「リゾート法」。1987年6月9日施行)がひとつのトリガーといえるだろうか。全国各地で官民が入り乱れて、さまざまなリゾート開発事業が行なわれた。

 しかし、そうやって開発された施設のうち、どれだけが定着して、安定的に事業を継続できているだろうか。経営難に見舞われて閉鎖されたり、次々に事業主体が変わったりしている事例が多いのが実情であろう。

 坂氏は「アドバイザーの話があったあとで、全国各地の西武グループのリゾートをいくつか回ってみた。多くの施設が利用されていなかったり、閉鎖されていたりして驚いた。稼働していても時代に取り残された施設もある」と語る。

 西武リアルティソリューションズは野村不動産と組んで、これから軽井沢の千ヶ滝地区で共同開発プロジェクトを推進する。その千ヶ滝地区は西武グループが手掛けた別荘地が発端で、スケートリンク、ホテル、温泉など、さまざまな施設が設けられた。しかし現在、営業しているのは「軽井沢千ヶ滝温泉」のみである。

「初めて千ヶ滝に入ったら“猿の王国”になっていてびっくりした。もともとはショッピングや文化やスポーツのための施設があり、周囲の別荘の住人をサポートする施設だったのではないか。場所は素晴らしいので、軽井沢の次なる文化を作るうえでの中心に」(坂氏)。

西武リアルティソリューションズが野村不動産と組んで共同開発プロジェクトを推進する、軽井沢の千ヶ滝地区の概要

 そして坂氏は、将来を見据えた“新しい文化を作る開発”が必要であるとして、例としてアメリカ・コロラド州のアスペンを挙げた。ここはスキーリゾートとして有名だが、国際会議やデザイン会議の場所としても知られている。そうしたイベントなどを通じて、年間を通じて人が訪れる仕組みを作っている。

 まだエグゼクティブアドバイザーの就任から10日足らず。今回の記者会見は、いわば「決意表明」の段階であり、これから順次、さまざまな開発事業を通じて新たな取り組みが進むこととなろう。その成果が、「西武グループのリゾートが提供する価値や体験」という形で、われわれ利用者の前に出てくることになるはずだ。

 軽井沢千ヶ滝の開発ひとつとっても、2020年代を通じて進めるというロングスパンの話。長い目で今後の動向を見ていきたい。