旅レポ
東北復興に向けたJATAの道プロジェクト総括。多くの人の願いから生まれた「みちのく潮風トレイル」を知る
2022年3月23日 09:00
JATA(日本旅行業協会)は、東北地方太平洋沿岸地域の長距離の自然歩道「みちのく潮風トレイル」を活用した東北復興支援活動「JATAの道プロジェクト」の総括を2日間にわたって行なった。
この取り組みは2014年より実施されており、観光による交流を活発にし、地域経済の振興を図ることを目的としている。三陸沿岸の現状を視察したり、みちのく潮風トレイルを実際に体験するなど、JATA会員から参加者を募って7回ほど実施されている。
8回目の今回は総括として、1日目は名取市を訪問し、2日目は福島第一原子力発電所周辺を訪れた。なお、本来であれば2日目は発電所構内に入り、ALPS処理水の現場を視察する予定であったが、新型コロナウイルスの第6波による全国的な蔓延の影響もあって中止された。視察研修の開催にあたっては、前日に参加者全員が抗原検査を受けて感染の有無を確認し、期間中は徹底した感染防止対策をとった。本稿では初日の模様をお伝えする。
閖上地区で名取市長とみちのく潮風トレイルを体験する
まず最初に、みちのく潮風トレイルを体験するために名取市の閖上(ゆりあげ)地区を訪れた。詳細は後述するが、みちのく潮風トレイルは青森県八戸市蕪島から福島県相馬市松川浦までのトレイルルートで、全長1025kmにおよぶ長い区間は三陸沿岸の大自然を身近に感じることができるものだ。閖上地区には情報を発信する「名取トレイルセンター」も設置されている。
今回は名取川の河口にある「かわまちてらす閖上」から「名取市震災復興伝承館」と「名取市震災メモリアル公園」を経由して、名取トレイルセンターまでの1.6kmを歩いた。名取市震災復興伝承館までは名取市の市長である山田司郎氏も加わった。山田市長によると、2019年にオープンしたかわまちてらす閖上は閖上地区の復興ランドマーク的な存在で、物販、飲食、サービス業を営む26店舗が入っており、昨年はコロナ禍においても40万人の利用があったとのこと。
また、名取市の「閖上地区かわまちづくり(名取川水系名取川)」は、国土交通大臣が表彰する令和3年度の「かわまち大賞」を受賞し、先進的な取り組みが評価されたことを報告した。名取トレイルセンターに加えて「名取市サイクルスポーツセンター」があることにも触れ、「仙台空港があって、閖上港があって、風光明媚な名取市は人力による旅や楽しみをこれからも発信していき、周辺地域の回遊性を高めて発展させていきたいと思います」と山田市長は話した。
あの日の被害を今に伝える名取市震災復興伝承館
名取市震災復興伝承館は、東日本大震災で被災した名取市の過去から現在までを学習できる施設だ。
館内中央には被災する前の閖上地区を1/500に縮尺して再現したジオラマがあり、美しくて活気のある街並みを後世に伝えていくために展示されている。そのほか、被災前と被災後の様子を写した写真など、今でも目を逸らしたくなるような歴史も展示されているが、一方で防災意識の高い所長が被災時のマニュアルを作成していたおかげで、海沿いにある保育所にもかかわらず54人の1~5歳児全員が迅速に避難して助かった事例など、改めて重要な教訓も目にすることができる。
近隣には東日本大震災で犠牲になった方たちを追悼する「名取市震災メモリアル公園」も設置されているので、近くに来た際は立ち寄ってご冥福をお祈りしたい。
みちのく潮風トレイルの情報拠点である名取トレイルセンター
名取川から少し離れたところに名取トレイルセンターは建てられている。みちのく潮風トレイルの情報発信拠点として2019年4月にオープンした施設で、もうすぐ3周年を迎えようとしている。
トレイルとは、森林や原野、里山などにある歩道を徒歩で旅するもの。クルマではなく、歩むスピードでゆっくりと自然やそこで暮らす人たちとの触れあいを体験できるのがトレイルの魅力だ。欧米では3000kmを超えるロングトレイルが整備されており、世界中から楽しむ人が訪れている。
そのようなトレイル文化を日本にも根付かせようと環境省と関係団体が東北復興のシンボルとして整備したのが、全長1000kmにおよぶ、みちのく潮風トレイルだ。北は青森県八戸市蕪島から始まり、南は福島県相馬市松川浦まで、複雑に入り組んだ三陸沿岸の美しいリアス式海岸沿いの大自然を満喫できる。4県28市町村をつなぐこの道は、2019年6月9日に全線開通した。
1000kmを超える区間のなかには、公共交通がなかったり、登山に等しいルートも存在する。そのため、「種差海岸インフォメーションセンター」「北山崎ビジターセンター」「浄土ヶ浜ビジターセンター」「碁石海岸インフォメーションセンター」「南三陸・海のビジターセンター」といった5つのサテライト施設が設けられており、各地域の詳細な情報が得られるようになっている。今回訪れた名取トレイルセンターは、それらすべての情報が集約される場所であり、談話室や会議室、実習室など、ハイカーが交流できる設備も備わっている。
シンポジウムの開会でJATA 副会長の原優二氏が登壇
午後から開催した総括シンポジウムでは、最初に開会のあいさつとしてJATA 副会長の原優二氏が登壇した。冒頭ではウクライナ情勢に触れ、観光業が平和産業であることを改めて感じたと話した。
国内においては、2011年3月11日に起きた東日本大震災で、これまでに見たことのない津波が押し寄せ、東北地方の太平洋沿岸は甚大な被害を受けた。JATAでは観光を通じた復興支援に力を入れて続けているが、まだまだ道半ばといった状況であることを報告した。そのようななか、観光の柱として期待しているのがみちのく潮風トレイルであり、いくつかのルートをJATA会員に体験してもらう機会を設け、延べ500名ほどが参加したそうだ。
実際に歩いて素晴らしい景観を体験し、地元の人を交えながら観光資源の意見交換を行ない、商品の造成につなげている。最後に「コロナもようやく出口が見えてきて、新しい観光の在り方を模索しています。コロナによって人と人とのコミュニケーションが失われている昨今ですが、逆につながりのありがたさが身にしみており、私たちの仕事の役割と大切さを自覚しております。ぜひこのトレイルを使って、地元の方との交流を交えた商品開発をし、長く復興の応援を続けていきたいと思います」と述べた。
亡き作家の提案が実った、みちのく潮風トレイル
みちのく潮風トレイルができるまでの経緯については、みちのくトレイルクラブの理事である加藤正芳氏が説明した。同氏はアウトドア作家でロングトレイルの魅力を伝えてきた加藤則芳氏(故人)の弟で、その縁もあって同NPO法人に所属している。
トレイル誕生の発端は、則芳氏が2006年~2007年にかけてカナダの西海岸にあるウエストコーストトレイルを旅し、その素晴らしさに感動したことから始まる。帰国後は素晴らしい海岸のある三陸地方にロングトレイルを設置できないか提唱したそうだが、残念ながらこのときは実現しなかったそうだ。
その後、則芳氏は2010年に難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症してしまうが、ロングトレイル実現に対する熱意は衰えていなかった。2011年に正芳氏が病院にお見舞いに行くと、「三陸沿岸トレイル」(初期の呼称)は環境省が復興プロジェクトとして動き出してくれているので、今度こそは実現すると熱く語ってくれたそうだ。ただし、則芳氏は自分の病状を察したうえで「開通を自分の目で見ることはできない。ましてや歩くことはかなわないだろう。もし、開通した際には自分の代わりに歩いてほしい」と正芳氏に託したそうだ。
その言葉を胸に、正芳氏は時間を見つけては歩き続け、2021年に南端の相馬市松川浦に到達。則芳氏が常に身に着けていたバンダナと一緒に歩いたロングトレイルは感慨深い旅になったと話した。
国内や海外のハイカーから注目されているみちのく潮風トレイルだが、「トレイルビギナーにも気持ちよく、気楽に歩いてもらって、肌で素晴らしさを感じてもらいたい」と、より多くの人に体験してもらいたいと語った。
総理大臣のゴーサインも得てルート選びが始まる
環境省の取り組みとしては、東北地方環境事務所の所長である中山隆治氏が説明した。みちのく潮風トレイル設立にあたっては、復興対策としていろいろ検討している際に前述の加藤則芳氏の提案もあり、自然の恵みを活用しながら復興対策ができるプロジェクトになるのではないかと省内で話は進んだ。
その後、上司が当時の内閣総理大臣である菅直人氏に提案しにいく流れになり、土曜の朝に「月曜に持っていくので、それまでに用意しておいてくれ」と言われ、慌てて資料を作成したそうだ。話を聞いた菅氏も「これは非常におもしろい」と感想を述べたが、「ただし、この北から南までのルートは是が非でも通さないといけない」と要望されたので、1025kmのルート作成はかなりのプレッシャーになったことを明かした。
みちのく潮風トレイルが通る三陸復興国立公園は、もともとは陸中海岸国立公園としての名称だったが、2013年に種差海岸や八戸エリアを編入し、2015年には南三陸金華山国定公園も加えることで、ルート沿いの国立公園を同一名称に統一した。国立公園はブランド力があるので、インバウンド訴求にもつながるとしている。
豪壮な景観、緩やかな景観、たまにある浜辺とエリアによってロケーションはさま変わりし、漁業が盛んな地域なので暮らす人が多いのも特徴として挙げている。三陸復興国立公園の絶景を味わう、自然の恵みを活かした産業に触れる、豊かな自然がもたらす食を堪能するといったものに加え、鎮魂の旅、祈りの旅先としても訪れてもらいたいとしている。
そのために環境省としても、トレイル沿いの拠点では着地型のツアーを用意する、施設や標識を整備する、Q&A集の作成(日本語・英語)、有識者による現地視察や講演会の開催など、観光業を通じた復興にも取り組んでもらえるように、さまざまな取り組みを行なっていることを紹介。最後にシンポジウムに参加した旅行会社の力でツアー客を誘致してもらえるよう、旅行商品の拡充をお願いした。
景観だけにとどまらない、みちのく潮風トレイルの魅力
みちのく潮風トレイルの魅力については、みちのくトレイルクラブの事務局長である相澤久美氏が紹介した。
ルートは岩礁海岸と砂浜が入り混じる北部の種差・階上海岸、高さ200mにも達する海食崖がある陸中海岸北部、リアス式海岸の複雑な地形が多く見られる陸中海岸南部、平地沿いに多くの人が暮らす仙台平野となっており、「長いからこそバラエティに富み、飽きることなく歩いていただけると思います」と魅力を伝えた。
そのなかには景観だけでなく、海沿いの復興を目指す大きな町、山間の小さな伝統集落といったように、地域ごとの文化も魅力となっており、そこで暮らす人たちとの交流も記憶に残る体験になるとのことだ。実際、全区間を踏破するには50~60日ほどかかるが、長期休暇などで一気に歩いた人、休みの日に足しげく通った人、5年かけてゆっくり歩を進めた人など千差万別で、それぞれのペースで楽しめるのもロングトレイルの魅力であると説明した。
旅行者が繰り返し訪れることで地域の振興にも役立ち、バックパックを背負ったハイカーに対して地元の人が温かく出迎えてくれるようになったのも認知されてきたことの証であるとし、地域の魅力に触れることで東京や大阪から移住を決めてくれたスタッフの例もあるので、Iターンによる地方活性化にもつながるのではないかと話した。そのような持続的な観光資源として末永く活用できるよう、同NPO法人では憲章を定めて在り方を伝え、サテライト施設では地域の詳細な情報を発信している。
旅行業者に対しては、ツアー造成のお手伝い、現地ガイドの紹介、写真の提供なども行なっているので問い合わせしてもらいたいとのことだ。新しい取り組みとしては、2023年4月スタート予定のスタンプラリー「ハイキングパスポート」を紹介した。
2つの旅行商品から見えた課題をクラブツーリズムが紹介
旅行会社からは3社がプレゼンターとして登壇した。ここでは、実際に商品を企画して販売したクラブツーリズムのプレゼンテーションを紹介する。
60代をメインターゲットに募集型の旅行商品を造成している同社では、顧客の属性に合わせてテーマ別に紙媒体を送付して販売につなげている。歩くことに興味がある人のすそ野を広げる専門誌で販売したのが2つの旅行商品だ。
1つは、「みちのく潮風トレイルと宮城オルレ 3日間」で、1日目と2日目がみちのく潮風トレイルを歩き、3日目は宮城オルレを歩くものだ。お得感を出すために、あえて2つのトレイル名を盛り込んだとのこと。造成したうえで見えてきた改善点としては、知名度を上げるためにこれからもPRをしていくこと、よくもわるくも距離が長いので、企画者が個人的視点でもよいのでハイライトを用意する必要があるのではないかと説明した。
また、ルートにより難易度の差がかなりあるので、一般大衆向けに間口を広げるなら歩きやすいルートを限定して用意する必要があるとのこと。こちらの商品は登山に近いルートもあったため、あまり受けはよくなかったと説明した。
それらの反省点を踏まえて造成したのが、滞在型の「普代村に5連泊 トレイルガストロノミー6日間」。こちらの商品は普代村を拠点に5連泊し、プチ移住気分でトレイルを楽しんでもらうのがコンセプトになっている。12名の募集だったが即完売したとのことだ。
久慈市から田野畑村までのトレイルルートは「海のアルプス」とも呼ばれる絶景が広がり、ガストロノミーの名に恥じない地産の食材をふんだんに使った食が自慢になっている。催行後、参加した12名にアンケートを依頼したところ、一番多かったのが「参加して初めて、みちのく潮風トレイルを知った」という声だ。これに対しては、まだまだPRしていく必要性を感じていると話した。
想定していた以上に多かったのが、食と文化面に対する絶賛に近い声で、食は素材がよいのは明白なので、セールスポイントであるのは間違いないとしている。また、トレイルルートが普代村の商店街を含むことから「町を歩く、町を知るという時間も思いがけず貴重な体験になった」「地域の皆さんのもてなしがうれしかった」との声が寄せられ、文化体験として用意した「鵜鳥神楽」も好評だったことから、地域の人が絡むファクターも重要であると説明した。
これら2つの企画商品から学んだこととしては、ロケーションだけではなく、背景にあるストーリーを掘り起こして提案することが、ほかのトレイルにはできない点だと説明した。加えて、普代村だけでなくほかの場所でも企画し、2回目、3回目につながるようにし、ルートをもっと知りたいという声に応えられる商品としての受け皿を旅行会社が用意する必要があるのではないかと話した。
多くの人の応援で実現した、みちのく潮風トレイルを振り返る
シンポジウムの最後にはまとめ役として、宮城大学で教授を務める小沢晴司氏が登壇した。小沢氏は2020年7月まで環境省に所属し、環境省福島環境再生本部長、東北地方環境事務所長などを歴任。福島第一原子力発電所の事故に伴う汚染土を長期保管する中間貯蔵施設で、環境省の現地責任者として奮闘してきた。その後は宮城大学の教授として活躍している。
JATAの道プロジェクトではアドバイザーとして参加しており、今回を含めて5回ほどみちのく潮風トレイルを体験している。まとめでは、複数回参加した人たちから記憶に残った場所などを拾い上げて共有し、歩くときの服装はどのようなものがよいのか、みちのくトレイルクラブの加藤正芳氏に話をうかがうなど、トレイルにまつわる話題で進めた。
自身も記憶に残ったエピソードとして、JATAの前々会長である坂巻伸昭氏(故人)が水産加工場において満面の笑みでカキむきをする姿を挙げた。作業場の女性にほめられてこのような姿が見られたのも交流研修ならではないかと振り返った。みちのく潮風トレイルの全線開通記念式典では、開通にあたってのお礼を述べたい旨を関係市町村をはじめ、省庁や関係団体、事業者や報道陣にも伝え、結果として昼の部は700人、夜の部は300人が参加してくれたことを紹介し、「いろいろな方がこのプログラムを応援してくれている。そのような視野のなかで作業するのがとても大事だという思い出があります。それはこれからもそうです」と話した。
最後に2日目に近隣を訪れる中間貯蔵施設についても触れ、2014年に当時の福島県知事、大熊町、双葉町の町長が苦渋の決断をしてくれたから進んだ話であり、近隣の理解があって成り立っている場所であることを紹介した。現在は相澤久美氏が中心となってその区域の一画まで、みちのく潮風トレイルの延伸を進めているところであり、それらを頭に入れたうえで明日の視察をしていただきたいとお願いしてシンポジウムは閉会した。