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ドクターイエローは走りながら何をしているのか?

米原駅の下り本線を通過する923形T5編成

 JR東海とJR西日本は6月13日、923形電気軌道総合試験車、通称「ドクターイエロー」の引退について発表した。このニックネームのせいか、「新幹線のお医者さん」と言われることもあるが、走りながら“治療”をしているわけではない。では、この車両はいったい何をしているのか。

医師というより検査技師

 冒頭でも書いたように、正式な名称は「電気軌道総合試験車」である。しかし実際には、電気・軌道だけでなく、さらに多くの項目を検査の対象としている。具体的には、以下のとおりとなる。

・軌道(レールとその関連)
・電力(架線から供給される電気)
・信号(列車の位置検出や衝突防止を司るシステム)
・通信(列車と地上の間で行なわれる無線通信)

 まず、軌道。1編成で約700トンぐらいある列車が285km/h~300km/hという高速度で走るのだから、それを支えるレールには相応の負荷がかかる。それによって上下方向、あるいは左右方向の位置の変化が生じることがある。それを業界用語で書くと、こうなる。

・高低(上下方向のレールの変位)
・通り(左右方向のレールの変位)
・水準(左右レールの高さの差)
・平面性(2本のレールで形作られる平面のねじれ)
・軌間(2本のレールの間隔変化)

 分かりやすく水平直線区間で説明すると、左右のレール頭頂部・内側同士の間隔は1435mm、かつ、左右のレールの高さが揃っていなければならない。しかし実際には負荷がかかって、変形が生じることがある。それを見つけ出すのが、いわゆる軌道検測だ。

 次に電力。東海道・山陽新幹線の架線に供給される電力は単相交流2万5000V・60Hz。多少の変動が生じることはあるが、その変動が規定の範囲内に収まっていなければならないので、実際に架線から電力をとって確認する。また、トロリー線(いわゆる架線のうち、パンタグラフが接する線)はパンタグラフで擦られれば摩耗するから、その状況も確認する。

新幹線が速く、安全に、快適に走るためには、適切に整備された軌道が不可欠
トロリー線が摩耗限度に達したら交換しなければならない。そこに流れている電気の電圧も、規定の範囲内にある必要がある

 次に信号。新幹線ではレールに信号電流を流して、それを使って列車がいるかどうかの検出を行なっている。さらに、その信号電流は列車に対して減速の指令と停止すべき位置の情報を送り、先行列車にぶつからないようにする役割も果たしている。これが、いわゆる自動列車制御装置(ATC)である。安全運行のためには、その信号電流が適正なレベルで出ているかどうかを確認しなければならない。

 そのATCと関連する機能として地点検知がある。約1km間隔で地上子(一種のアンテナみたいなもの)が設けられており、車両はそこを通過する際に現在位置を確定する。N700系から導入された車体傾斜も、ATCによる速度制御も、この地点検知のデータに立脚している、とても大事な機能だ。そこで地点検知機能の動作も確認する。

 最後に通信。新幹線では線路脇に漏洩同軸ケーブル(LCX:Leaky CoaXial cable)を設けて、車両と地上の間の無線通信を行なっている。乗務員が指令所とやり取りする際に使用するほか、かつては車内公衆電話でも使用していた。この無線通信設備が正しく機能しているかどうかも確認する。

線路脇に這っている、伏せた樋のようなものがあるが、このなかにLCXが通っている。駅間では防音壁に取り付けることが多いが、駅部ではこうして軌道の横に、あるいはホームの直下に取り付けることが多い。車両と地上を結ぶ神経線である
これは古い0系電車の速度計。昔のATCは0・30・70・120・170・220などといった速度段があり、指示された速度に“当たらない”ように減速させる仕組みだった。今のATCは、停止すべき位置を指示して、そこで止まれるように減速パターンを算定する仕組み

 923形は、本線を営業列車と同水準の速度で走りながら、こうした多様な項目について検査を実施して、データをとっている。

7両編成、それぞれの役割分担

 923形は7両編成。外観でお分かりのとおり、ベースは700系だが、編成両数はもっと短い7両。中間の4号車以外は走行用のモーターを持つ、いわゆる電動車。その7両の機能分担はこうなっている。

1号車:信号・通信・電力関連の測定に使用する操作卓が集中配置されている。また、信号・通信の測定装置が載っている
2号車:屋根上に測定用パンタグラフと走行用パンタグラフを搭載する。博多方が測定用で、東京方が走行用だ。そして、電力関連の測定装置と、トロリー線の摩耗をレーザーで測定する装置と、トロリー線の左右の位置を測定する装置も載っている
3号車:電力関連の測定装置と倉庫、電力データ整理室があるほか、測定機器用の電源装置と蓄電池を搭載している。蓄電池は、瞬間的な停電があっても測定装置が止まらないようにするためのもの。このほか、2号車のパンタグラフに向けて観測ドームが設けられている
4号車:軌道の状態を測定する装置が集中しており、軌道関連の測定用操作卓もこの号車にある。測定の基準をつくるレーザー光の光路が床に組み込まれているため、ほかの車両よりも床が一段高い
4号車の台車。レーザーなどを使ってレールの位置などを把握する仕組みが組み込まれているため、外観がほかの台車とはまったく異なる
5号車:休憩室と蓄電池室、トイレ、洗面所。そして6号車のパンタグラフに向けて観測ドームが設けられている
6号車:ミーティングルーム、予備部品を収容する倉庫、そして屋根上に測定用パンタグラフと走行用パンタグラフを搭載する。博多方が走行用で、東京方が測定用だ
7号車:50席分の添乗室が設けられている。700系普通車と同じ腰掛を10列設置しているほか、大型ディスプレイがある。このほか、信号・通信関連の計測機器が一部、載っている

検査走行の実際

 923形は、だいたい10日に1回ぐらいの割合で東京~博多間の本線を走っているが、これがいわゆる「のぞみ検測」。しかしこれだけでは、通過駅の副本線(通過線ではなくホームに面している線)など、走らない線路ができてしまう。そこでときどき、各駅に停車する検査走行、いわゆる「こだま検測」も行なっている。

 そして先に挙げた4分野について、多種多様なデータをとり、記録していく。そのデータから「手直しが必要」と判断される部位が見つかった場合には、担当部署による作業が行なわれる。例えば軌道の状態に問題があれば、担当の保線所に指示して、保線機械を出して直す。すると次の検査走行で、基準値に収まったかどうかを確認する。

 下り線を走るときには、2号車の測定用パンタグラフと、6号車の走行用パンタグラフを上げる。上り線を走るときには、2号車の走行用パンタグラフと、6号車の測定用パンタグラフを上げる。測定用パンタグラフを先に通さないと、「先に通ったパンタグラフに起因するトロリー線の揺れ」に影響されるからだ。

豊橋駅の副本線に進入する923形T4編成
検査走行中のパンタグラフ。これは2号車のもので、左側(前方側)にある測定用パンタグラフだけが上がっている様子が分かる。このとき6号車は、走行用パンタグラフだけを上げている。3号車の観測ドームが、パンタグラフを視認できる位置に設けられている様子も分かる
夜間でもパンタグラフの状況が分かるように、このように照明が付いている
4号車は車体が直射日光で熱せられて変形する事態を抑えるため、屋根が白く塗られているのが特徴

 923形には、JR東海所属のT4編成と、JR西日本所属のT5編成があり、先に引退するのはT4編成の方。T5編成は2027年ぐらいまで残る。どちらも基本的には同一仕様だが、車番の脇に描かれているJRマークの色がそれぞれ違うほか、細かい差異はある。どちらも一括して管理されており、走る区間は同じ。日によってどちらが出てくるかが変わる。

 ちなみに、先代「ドクターイエロー」922形のうち1両が、名古屋の「リニア・鉄道館」で展示されている。922形の時代には測定結果を記録紙にペンで書き出していて、それに定規を当てて規定範囲内かどうかを確認したり、マズい部位があると鉛筆で印を付けたりスタンプを押したりしていたそうだ。

なぜ引退に?

 923形が引退する理由については「車両の老朽化」と説明されている。それはもちろんあるが、そこで後継車を作らないことになった理由は何か。

 まず、検査用の機器が小型軽量になり、営業車に搭載できるようになれば、専用の電気軌道総合試験車を用意する必要がなくなる(九州新幹線や西九州新幹線は、当初からそうしている)。また、営業車を使う方が高頻度で検査ができる利点もある。早く不具合が見つかれば、早く手を打てる。

電車線の検査装置を屋根上に搭載してテストを実施していた、N700S確認試験車J0編成。これも営業車検測の一端を担う機器だ。これ以外にも、さまざまな営業車用の検査装置がJ0編成でテストされた

 そして、700系がベースの923形は最高速度が270km/hどまりだから、最高速度285km/h~300km/hの営業列車の間を縫って走らせるのが難しくなってきていたのではないか。これでも、最高速度210km/hで、日中に走らせる余裕がなくなって夜間走行になった922形よりはよくなったのだが。

 ともあれ、「なくなる」と聞くと血が騒ぐのは世の習い。これから923形を見に行ったり、撮りに行ったりする方が増えそうだが、まずは安全第一である。ホームの柵から身を乗り出すとか、長い棒を振り回すとかいう危険な行為は厳に慎んでいただきたい。