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サービス精神旺盛な若手パイロットが集まったJAL「空飛ぶ合唱団」。結成のいきさつなどを聞く

先輩機長の「やらない理由を言うな!」が後押し

JALの現役パイロットで結成された「空飛ぶ合唱団」

 JAL(日本航空)の社員有志による音楽グループといえば、毎年クリスマスシーズンに合わせて結成するCA(客室乗務員)によるハンドベル隊「JALベルスター」や、さまざまな職種のスタッフが集まる合唱団「JALフロイデ」などが知られているが、2017年、新たにボーイング 767型機の副操縦士を中心に「空飛ぶ合唱団」が結成された。その結成のきっかけや活動の様子を聞いた。

 JALの「空飛ぶ合唱団」は、2017年12月23日と24日に羽田空港で行なわれたクリスマスイベントでデビュー。2018年5月5日のこいのぼりフライト(関連記事「JAL、男性スタッフだけで運航する10回目のこいのぼりフライト。現役パイロットの『空飛ぶ合唱団』も歌声を披露」)の搭乗口で2度目のステージを行なったあと、羽田空港第1旅客ターミナル2階出発ロビーにある「JALスマイルサポート」前など、5月5日に計5回のパフォーマンスを羽田空港内で披露した。

「こいのぼりフライト」の搭乗口前でのステージはマイクなしで生の歌声を披露
羽田空港第1旅客ターミナルのJALスマイルサポート前でも披露。こちらは一般エリアということもあって、声が響くと人だかりに
JAL空飛ぶ合唱団が披露した「君という名の翼」

 メンバーは指揮者、エレクトーン担当者を合わせて13名。指揮者は機長の織田直行さんが務め、ほかのメンバーは11名がボーイング 767型機の副操縦士を務める。1名はボーイング 737型機の乗務を行なっていたが、訓練のために今回は参加できなかったという。

JAL空飛ぶ合唱団のメンバー

織田直行さん(指揮者)
山崎祐太さん
小澤佑介さん
藤本新之助さん
平峰新也さん
前田亮輔さん(エレクトーン奏者)
山本賢さん
谷田海博孝さん
安齋惠一郎さん
神原悠佑さん
坪田和紀さん
島津陽介さん
草次佳さん(今回不参加)

5回のステージを行なった5月5日。合間をぬってインタビュー
小澤佑介さん

 この空飛ぶ合唱団は、小澤佑介さんの発案がきっかけとなって結成された。「NHK BSで『ギャレス・マローンの職場で歌おう』という番組を見て、職場の人がプロのもとに集まって、それぞれパートに分かれて練習していく。最終的に一つのコンサートの場で歌う。職場のみんなが集まって、家族もみんな来て、笑顔で終わるのが非常によかった。僕自身もずっと同期と訓練してきて、途中、(破綻の影響による)訓練の中断もあり、7~8年ぐらい訓練生の身でずっと一緒に生活してきたメンバー。ぜひこのメンバーで合唱をしたいと思うようになった」と、発案の経緯を説明。

 しかし、現在集まっているメンバーからも最初の反応は芳しくなかった。「最初、声をかけたが『なにを言ってるんだ?』という顔で見られた。そのあと、2017年9月のコナ就航の前にイベントが有楽町のJALプラザであった(記者注:関連記事「JALプラザ有楽町が『ハワイ州観光局サテライトオフィス』に認定」)。織田さんに話をしたら『絶対やろうよ』と話を進めていただいた。自分としては、今年(2018年)のクリスマスぐらいで考えていたが、トントン拍子で話が進んで、2017年のクリスマスに実施することになった」と、先輩である織田さんを「運命の人」と表現して存在の大きさを語る。

織田直行さん

 織田さんは、そのときの話を、「JALプラザ有楽町のイベントは楽しく終わったので、『楽しかったよね。ほかになにかやりたいことあったら言って』と話したら、ここぞとばかりに小澤君が『合唱やりたんですけど』と言ったが、シーンとして『できるわけないよ』という話になった。それでも小澤君に話してもらったが、彼のなかで相当練られていると思った瞬間に、その話がもう色の付いた映像になってクリスマスでやったイベントのような映像が想像できた。

 僕らは会議などでもどうしてもやらない理由やできない理由を並べたがる。そういう雰囲気になったから、『やらない理由を言わない!』と言った途端に、『こうしよう、ああしよう』という話になって、やる雰囲気ができた」と、前向きな方向へ舵を切ったことが、実現に向かって進むきっかけになったと説明した。

 そのような思いになった理由として、織田さんは「JALは破綻を経験して、彼らもつらい訓練時代を過ごしたり、我々も会社のなかで下向きになったりするようなところもあった。でも、これからの時代を背負う若い世代には、自分たちがやりたいと思ったことは叶えられるということを経験してもらいたいと思った」と話す。

 集まっているメンバーは、織田さんを除いては30代前半から半ばの同世代で、米国で行なわれる基礎訓練期間のうち、少なくとも1年以上は同じ期間を寮で過ごした仲間だという。JALは破綻によって一時運航乗務員の訓練を中断していたこともあって、この世代はパイロットのなかでも若い世代なのだという。

 そのJALプラザ有楽町のイベントに参加していたメンバーは小澤さん、織田さんを含めて6名。その後、メンバーへ声がけを進めていったが、小澤さんの意気込みに打たれた人、「やれるわけがない」と思った人など、さまざまな気持ちがあったようだ。各メンバーに参加の経緯や参加しての感想を尋ねてみた。

山崎祐太さん

山﨑さん「こういった活動には前のめりな方で、小澤が言った瞬間に、このメンバーなら絶対に楽しいことになるという確信があったので、二つ返事で『やろう』と答えた。JALプラザ有楽町での空気は『シ------ン』としたもので、その空気はいまでも忘れられない。頓挫するかと思ったが、織田さんが『やろう』と背中を押してくださった。それでいまこのメンバーが集まっている」

藤本新之助さん

藤本さん「コナ線就航イベントの前に東海道線のグリーン車のなかだったと思うんですけど、小澤と向かい合わせに座って、真剣なまなざしでNHK BSの番組を見せられ、『これを見てください、これをやりたいんです』と熱く語られた。中学、高校と合唱部だったので『ぜひお力を貸していただきたい』と。これは本気だと思って、ぜひやろうと。その後も、『みんなを誘いたいんだけど、いったら断わられるだろうからどうしたらいいだろう』など相談を受けた」

平峰新也さん

平峰さん「なんの前触れもなく、小澤さんから電話がかかってきて、『クリスマスになにか面白いことしよう』と電話がかかってきて、飲み会かなにかかと思って軽い気持ちで『いいよ』と返事したら、2~3日後ぐらいに『合唱することになった』と。行くよって言ってしまっていたので撤回できず、そこから始まった。最初は合唱は中学校以来で、不安だったが、メンバーが集まって楽しいなかでやる気を出して、やるうちにどんどん楽しくなった。こうやってお客さまの前でも歌わせていただいて楽しんでいる」

前田亮輔さん(エレクトーン奏者)

前田さん「参加したのは最後の方で、やらないと思われてたと思う(笑)。ピアノを担当しており、坪田君に声をかけられた。仕事に慣れてきたところもあって、なにかお客さまのためにできないかと思っていたが、こんなに大規模になるとは思ってなかった。また、個人的に音楽を15年ぐらいやっていて、社会人になってもコツコツやっていたが、自己満足の範囲で皆さんに還元できる場があればと考えていて、このような機会があったので参加させていただいた」

山本賢さん

山本さん「一番最初に声をかけられたときは、歌が苦手だったので合唱はいやだと思ったが、仲のよい同期で集まって一つのことをやり遂げるのがすごく面白そうだった。苦手なことでも中途半端にするつもりはないと小澤君からも聞き、『やるからには本気なんで、本気でやりましょう』という言葉が響いて、挑戦しようという気持ちで参加を決めた。コックピットに乗っているとお客さまに接することができないので、そういうことに関われるのが楽しい」

谷田海博孝さん

谷田海さん「月1回に同期ミーティングというのを開いていて、だいたいフライトの話をするが、そのときに温め続けてきた小澤がいよいよ『合唱やりたいんだけど、やってくれる奴?』と言ったときに『シ-----ン』とした空気になった。その場はそのまま解散になったが、そのあと個々に小澤から声がかかった。僕としては、ずぶの素人が適当にやってお客さまの前に出るのはすごくいやで、『やるんだったら感動してもらえるようなことをやりたい、そのぐらいできるの?』と聞いたら、先生を連れてきたり、メンバーを集めたりすることができる奴だった。それならら一緒にやろう、と。高校生以来の部活みたいで楽しくやらせていただいている」

安齋惠一郎さん

安齋さん「副操縦士に昇格してしばらくして、フライト以外のことでなにかやりたいと同期で話をしていた。そのときに小澤さんの『合唱どう?』という言葉に加えて、織田さんの『できない理由を探さない』という言葉に背中を押されて、みんなで合唱を始めた。いまでは一乗務員として乗務しているだけでは見られない景色を見せていただいているので、みんなでこうして歌っているのがよい思い出になっている」

神原悠佑さん

神原さん「コナ就航時の有楽町のイベントには行ってないが、その前後に小澤が『(合唱を)やりたいんだ』というのは聞いていた。有楽町のイベントで盛り上がったと聞いて、口頭かメールかで『やるでしょ?』と誘われたのがきっかけ。一緒に訓練をしていた時期がある先輩や同期が集まっていて、訓練が懐かしいというか、久しぶりに怒られたり、褒められたりして、一生懸命取り組むのが楽しく思う」

坪田和紀さん

坪田さん「ある日突然、『坪田さん、クリスマスに楽しいことしませんか?』と聞かれて、『うーん、じゃあ、はい』と言ったのがきっかけ。『実は合唱を』と言われても有無も言えずに参加したが、慣れ親しんだ仲間で集まると、毎回少しずつ成長していくのが感じられて楽しい。仕事とはまた違うメリハリがあるように思う」

島津陽介さん

島津さん「リーダーの小澤と同期でご飯などをよく一緒にするが、ずっと合唱をやりたいと言っていた。まさに僕が『こいつなに考えてるんだ』と思っている立場だった。コナ就航のイベントをやったときに、織田さんが小澤の背中を押して、織田さんからの話を聞いて、正直なところ、合唱に興味がなかったし、やっても面白くないだろうと思ったが、『面白くないかどうかはやらないと分からないじゃん』と言われて参加した」

先生も「パイロットのエネルギーと情熱をいろんな人に見てほしい」

 成田~コナ線就航を控えた2017年9月に東京・有楽町のJALプラザ有楽町でのイベントをきっかけに集まったメンバー。イベントにも参加していた山﨑さんは「その場にいたメンバーと、そのあと呼んだメンバーがいるが、選ぶうえで基準としたのは『断わらなさそうな人』。それだけみんなサービス精神旺盛で、お客さまのいろんな笑顔をみたいと思っている」とメンバーを紹介。

 とはいえ、合唱に関しては未経験者がほとんどで、経験者は藤本さんのみ。そんな藤本さんは初回の練習を見て、「経験者ということで発声練習や、(歌うことが決まっていた)米米CLUBの浪漫飛行を少し歌ってみようと声を出したときに、『これはダメだな』と(笑)。ただ、みんな本気だし、小澤の思いを共有している感じがあった」と振り返る。

ゴスペルディレクターで、空飛ぶ合唱団の先生を務める長谷川繁さん

 その後、藤本さんの高校の後輩で、現在はゴスペルディレクターや、ミュージカル、ボーカルの指導に携わっている長谷川繁さんにレッスンを依頼。長谷川さんは依頼を受けて、「こういうメンバーで、こういうことをやろうと思っていると聞いたときに、率直に『これは大変な仕事になるな』と思った(笑)」と話す。

 だが、いざレッスンが始まると、「まず思ったのが、へこたれないのが、すごくよいことだと思った。レッスンでは素人もプロも関係なく『少しできないことを頑張ってやってみよう』というのを大事にしているが、『これやってみて。できた、じゃあ今度はこれやってみて』となったときに、まったくできないときもあるが、それでもちゃんと向かってくる。レッスンを重ねていくうちに、本当にみんなエネルギーがあって、その時間を楽しんでいて、素敵な人たちだと純粋に思った」と評価する。

 長谷川さんは、「パイロットの方たちのなかでは当たり前に見えるかも知れないが、こういうエネルギーがあって、情熱を持っているというのは、ものすごく素晴らしくて、キラキラして見えること。それを空港を利用されている方たちにも、もっと身近に知ってほしいと思った。クリスマスも今日(こどもの日)の本番もそうだが、みんなが充実した顔で歌って、そのあと子供たちや飛行機を利用される方と触れ合っている時間を見ていると、この仕事をしてよかった」と、いまでは思っているという。合唱のときにはパーカッションで参加し、機材も私物を持ち込むなど、空飛ぶ合唱団には欠かせない存在になっている。

 最初の練習で、「これはダメだな」と思った藤本さんも、レッスンを重ねるなかで、「経験者の立場なので、いろいろ教える側かと思ったが、みんなの熱気と、練習に対する前のめりな姿勢に、逆に教えられることがすごく多くて楽しい。本気でなにかをやるというのは、仕事以外ではなかなか得られる経験じゃないので、やってよかったと思う」という気持ちになっているという。

 ちなみに、練習はクリスマスイベントの前には8回、今回のこいのぼりフライトの前には4回実施。それぞれに披露する1曲のみを練習するという。仕事をする13名が集まるというのは専門職ではないサラリーマンでも難しく、ましてや時差のある世界を飛びまわるパイロットとなると苦労は多いだろう。韓国や台湾などから朝の日本行き便に乗務し、そのまま練習に向かうといったケースもあるとのことで、全員が揃って練習できるよう工夫しながらやりくりしているようだ。

利用者と接する機会はパイロットにとってもサービス向上につながる経験に

 JALベルスターや、JALフロイデら、JALグループが結成しているほかの音楽チームに対するライバル意識の有無を尋ねてみると、声を揃えて「一切ないです」「おこがましい」と謙虚。空飛ぶ合唱団の特色として織田さんは「これからのJALは彼らに背負っていってもらいたい。そんな若い力がポイント。みなぎっているエネルギー。お客さまのためになにかしたいと本気で思っているメンバーなので」と、そのエネルギッシュなパフォーマンスが見どころと紹介。

 また、合唱のなかでは歌詞を手話(ハンドサイン)で表現するパフォーマンスがある。この発案は安齋さん。「もともと大学時代に手話の勉強をしていた。合唱をやるにあたって、ただ歌うだけじゃつまらなくて、すべてのお客さまに最高のサービスを提供するのがJAL。そのなかには、ろう者の方もいらっしゃる。その方々に対してパイロットは、普段の仕事で接することもできないし、機内アナウンスでもあいさつを伝えられない。だったら、これをよいチャンスと思って、全員に手話を勉強してもらって、最後に歌詞を手話で表現してみた」と経緯を紹介。 この日のこいのぼりフライトにもろう者の方が搭乗しており、搭乗口前のイベントでコミュニケーションすることができたそうだ。

 ちなみに、そのハンドサインに出る親指と人差し指と小指を立てるサイン。この形のまま、人差し指を前に出すと飛行機を表わす手話、人差し指を上に立てると「I love you」を意味する手話に。そして、この手のままJのように動かすと「JAL」を意味する手話となり、実際に外国人にも使われている表現なのだそうだ。

 英語の手話では、小指を立ててJの形に動かすと「J」、親指を立てると「A」、親指と人差し指を立てて、人差し指を上向きにすると「L」となることから、この3本の指を立て、Jの形に動かすと「JAL」になるというわけだ。

親指と人差し指、小指を立てて前に出すと「飛行機」を表わす
そのまま上に向けると「I love you」
そのままJの形に手を動かせば「JAL」の意味に(2枚の画像を合成)

 先の各メンバーの発言を聞いていても、楽しそうに取り組んでいる様子がうかがえるが、実際の業務にも活きる部分がある。前田さんは「パイロットはお客さまと接する機会が少なく、普段の仕事では機内アナウンスでしか接する機会がない。お客さまにどうしたら喜んでいただけるのか、どう話したら効果的かなどを考えるようになった。いままでは飛行機を飛ばすのに必死だったので、なかなかそういう余裕もなかったが、『こう接したら、こういう風にお客さまは思うんだ』という視点を持てることが一番大事だと思った」と話し、このようなパイロットが社内でもっと増えることにも期待しているという。

JALスマイルサポート前でのパフォーマンスでは子供を中心に多くの人が見学。パイロットから子供たちにシールが送られた。普段は乗客と接する機会が少ないパイロットにとっても貴重な機会になっている

 織田さんも、まずは現メンバーでの成長を図りつつ、現メンバーが中堅になるころには、さらに若い世代にもこのような経験をしてもらう場として、合唱団が受け継がれていることに期待しているそうだ。

 次のステージはまだ決まっていないのことだが、JALの新たなパフォーマーとしてさまざまなイベントに登場することが予想される。ぜひ足を運んで、その歌声を耳にしてみてほしい。