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ANA、「赤ちゃんが泣かない!?ヒコーキ」チャーターフライトを実施
幼児の心拍数測定や気圧変化に伴う耳痛対策などをフライトで技術検証
2017年10月10日 12:00
- 2017年10月1日 実施
ANA(全日本空輸)、コンビ、東レ、NTT(日本電信電話)は10月1日、4社共同で行なう「赤ちゃんが泣かない!?ヒコーキ」プロジェクトの一環で、成田空港と宮崎空港を往復するチャーターフライトを実施。関連会社から乳幼児36名を含む34家族、合計114名が参加して、赤ちゃん用耳抜きグッズや赤ちゃんモニターの効果調査を行ない、実施の様子を報道陣にも公開した。
赤ちゃん用耳抜きグッズの効果を裏付け、赤ちゃんモニターを新開発
「赤ちゃんが泣かない!?ヒコーキ」は、小さな赤ちゃんのいる家族が、飛行機の機内で赤ちゃんが大泣きすることを心配して飛行機移動を避ける傾向があることから、赤ちゃん用耳抜きグッズや赤ちゃんモニターを利用して、赤ちゃんやその家族が機内でもより快適に過ごせるようにするための取り組み。
今回のテストで利用する赤ちゃん用耳抜きグッズは、コンビが販売する既製品の「テテオ マグストロー」と「テテオ 乳歯期からお口の健康を考えた 口内バランスタブレット DC+」の2つ。マグストローに入れるための麦茶も搭乗ゲート通過後にペットボトルで配られた。飲み物を飲んだり飴をなめたりする方法は、乳幼児の保護者がすでに一般的に行なっている対策だが、これに実際に効果があると裏付けされた形になる。
赤ちゃんモニターは、東レが開発した機能素材「hitoe(ヒトエ)ウェア」と、NTTが開発した「hitoeトランスミッター」および「hitoeアプリ」を組み合わせたもの。赤ちゃんの心拍数と体の動きから、赤ちゃんのご機嫌を測定し、スマホ画面で伝える仕組みだという。
大人用のhitoeはすでに実用化されており、これまでも僚誌ケータイ Watchで取り上げられている。「着る心拍計『hitoe』をリハビリに活用、藤田保健衛生大学と実証実験」や、「「ドコモ『hitoe』活用の『眠気検知アプリ』、補助金交付の対象に」「「『hitoe』がスーパーフォーミュラ・デビュー」などの記事で詳しく紹介されている。今回はこれを初めて乳幼児へ応用した格好だ。
乳幼児連れの参加者たちは、成田空港の国内線出発ロビーに作られたコーナーで受付。受付もマタニティの旅客スタッフたちが担当し、かわいらしい参加者たちを迎えてなごやかな雰囲気に包まれた。
チャーターフライト出発の前に、今回プロジェクトに関わった4社共同で、報道陣向けに技術的な観点での説明が実施された。
まずANAホールディングス デジタル・デザイン・ラボ チーフディレクター 津田佳明氏が今回のプロジェクト立ち上げの経緯を説明。
「小さなお子さまがいらっしゃるご家族が、お子さまの大泣きが原因で航空機の利用を避ける傾向にあります。全搭乗者に占める3歳未満のお客さまの割合は国内線で1.6%、国際線で0.8%。座席を用意しない場合は無償で利用できることを考えると、まだまだ潜在的な需要があると考えています」とコメント。
この対策についてNTTに相談したところ、NTTと東レが開発したhitoeを紹介されたという。hitoeはすでにアスリートや力仕事をする大人用に活用が始まっているが、これを赤ちゃんの号泣予知に展開できるのではないかという提案があったという。
そして、プロジェクトを進めるうちに、予知ができるのはよいが、予知したあとに泣かなくする対策が必要だとの考えから、赤ちゃんの生態に詳しいコンビの紹介を受けたという。「このテーマに関しては最強といえる3社の協力をいただき、試行錯誤しながら進めてきました。本日のチャーター便でのトライアルをしっかりと分析して、実用化に向けて大きな進歩につなげたい」とコメントした。
続いてコンビ プロダクトセンター部長 小倉一直氏が挨拶し、「我が社は創業から60年、育児環境の向上に努めていますが、今回この赤ちゃんが泣かない飛行機というプロジェクトが我々の企業理念と一致するため、参加をすることにいたしました。飛行機の離陸・着陸の際に感じる違和感を、私たちの研究で解決できないかと取り組んでいます。今回、マグとタブレットを使って赤ちゃんが耳抜きをして快適に飛行機で旅行ができることを達成したいと思っています」とコメント。
東レ 機能製品事業部門長 鳥越和峰氏からは「今回は、赤ちゃんの体調を把握するため、hitoeという素材を使ってNTTさんと異業種コラボレーションで開発を行ないました」と挨拶し、hitoeについて技術的に説明。
hitoeとは小さな電極のことを指し、ポリエステルナノファイバーという髪の毛の1/140という非常に細い糸を使用しているため皮膚との接触面積が大きく、金属繊維を使っていないため肌に優しく、親水性が高く汗や湿気に強いという特徴があるという。これらの特徴から安定して正確な生態情報を取ることができるとのこと。
今回はhitoeを固定するバンドも赤ちゃん向けに肌触りを柔らかくするため、綿とポリウレタンのストレッチ性のある素材を使い、ホルマリン対策など工程の工夫も行なわれている。「“新しい価値の創造を通じて社会に貢献する”という東レの企業理念に従って、今後ともこういった新しい領域に向かって社会に貢献できるよう全力で進めていきたい」とコメントした。
続いてNTT 先端技術総合研究所 所長 佐藤良明氏が挨拶。同社は3年前に東レとhitoeを開発以来、すでに一般商品として販売され、利用例の開拓を行なっているという。「最近ではスポーツ向けとしてランニングで心拍を把握したり、企業の中で現場で働く社員の安全を見守ったり、バスの運転手の健康やストレスを見るという用途にも広がっています。今回は“赤ちゃん”というターゲット目指して新しい挑戦を行なっています。hitoeを付けたシャツを着ると、心拍が分かります。その心拍から心臓の健康だけでなくストレスや疲れも分かります。肉体的にも精神的にもその人の今の状態が分かるわけです。大人ではその分析のノウハウがたまってきましたが、今回は赤ちゃんということで、発達途上のため研究者もかなり悩みましたが、今回は画面で赤ちゃんがこんなことを言いたいんじゃないか、と保護者にお知らせできるアプリケーションを開発しました。今回一緒に行っていただくお父さんお母さんの皆さんにいろいろなコメントをいただいて完成度を上げていきたいと思います」とコメントした。
最後に NTT物性科学基礎研究所 機能物質科学研究部 分子生体機能研究グループ 上席特別研究員(主幹研究員)医師 博士(医学) 塚田信吾氏から解説が行なわれ、「飛行機の旅には3つポイントがあります。機内の乾燥対策の水分補給、気圧の変化に伴い鼓膜が張って耳が痛くなる圧迫感を水やつばを飲み込んで解消する耳抜き、環境が短時間で変化するときに子供の表情をこまめに見ることで状況を把握し、先を予測して対策することです」と解説。
今回は赤ちゃんの様子を少しでも分かりやすく把握するため、これまで医療用やスポーツ用に開発してきたhitoeのシステムを赤ちゃん用に応用したという。赤ちゃんの様子を観察して推測するということは、エキスパートにしかできなかった手間がかかる実験だが、hitoeのベルトを使うと心拍数の変化から誰でも赤ちゃんの状態を推定できるという利点があるという。
また、アプリがバックグラウンドで動くので、心拍数の変化があった場合はポップアップのメニューできざしを表示するとのこと。「こういった技術をさらに発展させると、“これから泣きそうだ”という予知につながると思います。今回のフライトでたくさんのご家族にご協力いただいてデータを集めさせていただき、より正確な推定ができるようなシステムにしていきたいと思います」とコメントした。
続けて行なわれた質疑応答では、赤ちゃんの大泣きについてANAが注目したのは2年前であること、今後の実用化については未定だが、一般の方のトライアルを経て実用化に進めたいと回答した。
hitoeを装着した乳幼児36名を含む34家族、合計114名が搭乗
チャーターフライトは、ANA2021便(成田10時00分発~宮崎12時05分着)、ANA2022便(宮崎15時00分発~17時00分着)の往復で行なわれた。関連会社から3歳未満のお子さんがいる家族のボランティアを募集し、事前説明会を経て参加した。
当日は、乳幼児36名を含む34家族、合計114名が搭乗。搭乗直前に、乳幼児にはhitoeを柔らかなバンドで胸に巻きつけ、モニターであるスマホとペアリングして保護者に手渡された。乳幼児36名は、0歳児が4名で、1歳児が全体の約半分。0歳児はパルスオキシメーターで酸素濃度もチェックするなど安全対策も実施された。
hitoeの装着は比較的スムーズに行なわれ、嫌がって泣く子などは見当たらなかった。保護者はスマホの画面で状況が推測できることにすぐに慣れたようで、混乱もなく、特にお父さんたちが「これなら分かりやすい」と口々に言っている様子が印象的だった。
装着が終わった家族は、このイベントのために飾り付けられたAゲートから搭乗を開始。ブリッジでマグや麦茶、タブレットが配られ、CA(客室乗務員)らママさんスタッフに見送られて機内に乗り込んだ。
機内で担当者がヒアリング。離陸、着陸時は泣き声も巡航中は静か
今回使用された機体は国際線仕様のボーイング 767-300型機。エコノミークラスが2-3-2配列で、各座席にモニターが付属するタイプだ。
10時6分に機体が動き出すと、それまで落ち着いていた赤ちゃんたちが泣き出した。つられて合唱のようになっていく。離陸前に「タブレットをなめるか、麦茶を飲むか、お好きな方をお試しください」とアナウンスが入り、10時18分にテイクオフ。マグやタブレットを使って耳抜きを始めると静かになり、離陸後も引き続き泣いている子供は2名ほどだった。
お話を聞いた味方利夫さんと聖真(しょうま)くんはパパと息子さんでの参加。聖真くんは2歳5カ月ですでに9カ月ぐらいのときから何度か飛行機には乗っているとのことで飛行機にも慣れていて、不安そうな様子はなかった。
この日は快晴のなかを順調にフライト。10時30分ごろに機長から巡航速度に入ったとアナウンスが入った。各社の担当者が参加者の様子を定期的にチェックしたりヒアリングを行なうほか、ドリンクサービスやおもちゃのサービスなど通常通りの機内サービスも提供された。
成田から宮崎までは約2時間。離陸から1時間ほどたった11時時点では機内はとても静かで、これだけ乳幼児が搭乗しているにも関わらず、ときどき1人の鳴き声がする程度だ。ただ、1時間を過ぎると2歳ぐらいの子供は歩きたがるようになり、機内を動く子供が多かった。
その後、着陸20分ぐらい前になり、高度が変化し始めると再び泣く子供が増えてきた。意思表示できる年齢の乳児は、hitoeを外したがる子もいて、一度外すと、二度と着けるのは難しそうだ。
着陸時に再び耳抜きグッズを使用して11時51分、宮崎空港に到着した。11番ゲートに到着した乗客たちは、hitoeを取り外し、あらかじめ宮崎駅に送られていたコンビのベビーカーを貸し出されて14時の再集合までつかの間の宮崎滞在に出かけていった。
宮崎空港で2時間の自由時間。順調な往路の検証にコメント
宮崎空港到着後、関係者らが取材に応じ、ANAの津田氏は「揺れも少なく順調なフライトで一安心。今回はCAも6名全員が子供を持つママさんCAで、かなり臨戦態勢でしたが、想像より安定したオペレーションができたと思います」。NTTの塚田氏は「hitoeのベルトの装着のとき少し驚かれたお子さんもいたが、泣き通すお子さんもおらず、計測も順調でした」とコメント。
東レの浅井氏は「機内では無理矢理外すお子さんもおらず一安心した」。コンビの亀井氏は「泣いている子もいたが朝が早かったので寝ぐずりもあったと思う。泣かないという意味ではまだ課題もあると感じたが、今後検討していきたい」と語った。
宮崎ブーゲンビリア空港は、宮崎駅から南にクルマで20分ほどの場所に位置する。観光地として有名な青島もクルマで20分ほどで行けるが、小さなお子さん連れだけに、ほとんどの家族は空港内で昼食を食べたり、屋上にあるエアプレインパークで遊んだりしてゆっくり2時間を過ごしたようだ。空港の一角にある会議室が、休憩室として参加者に提供もされていた。
再び成田空港まで搭乗。子供は熟睡
帰りは、同じく11番ゲートに集合し、再度hitoeを装着。15時00分発のANA2022便成田行きにスムーズに搭乗した。復路も往路と同じ作業で進み、離着陸時に耳抜きを、赤ちゃんモニターで測定を実施。
子供たちは、宮崎空港での2時間で遊びまわったようで、お昼寝の時間にもあたり、ほとんどの子が熟睡。赤ちゃんモニターも「すやすや、安心」を示している子が多かった。
モニターを見ていると、熟睡している間は波形がとても安定していて、起きかけると波形が大きく動き始める。その波形を見て親が「起きそうだ」と覚悟して飲み物などを準備しはじめたりと、予知の効果が目に見えた。
個人的には、経験上、赤ちゃんを泣かさないというのはかなり難易度が高いため、機器でどう対策するのかが疑問だったのだが、泣かないというよりは「そろそろ泣くので親に対策を促す」という親に優しい機器のようだ。例えば、今寝ているが波形が不安定なら毛布が暑すぎるとか、そろそろ起きそうならミルクを作っておいて泣く前に与えるといった工夫ができることになる。「泣く時間を短くする」ことには役立ちそうだ。
機内では普段誕生日などの記念フライトのときに手渡される写真入り搭乗記念カードを作成し全員に配られたほか、バスポンチョやお菓子など、このチャーター機のために追加で搭載している機内販売もあった。
また、機内誌の「翼の王国」10月号ではANA 代表取締役社長 平子裕志氏が、2016年4月に発足した「デジタル・デザイン・ラボ(DDL)」のことや、今回の「赤ちゃんが泣かないヒコーキ」の考案、「乗ると元気になるヒコーキ」プロジェクトについても触れていた。
成田に到着後、到着ロビーの3Dフォトスポット前で「おかえりなさい! フライトはいかがでしたか?」と書かれたパネルに出迎えられ、手荷物返却のターンテーブル前でhitoeを返却。大きなトラブルなく無事にチャーターフライトが終了した。
実用化まではまだ時間がかかりそうだが、「フルサービスキャリアとしての、サービスの一環としての提供を考えている」とのことで、小さい子供を抱える家族にとっては導入が待ち遠しいアイテムになりそうだ。また、マグやタブレットはいますぐにでも機内で販売してほしいし、配布されるおもちゃの代わりにタブレットが選べるとありがたい家族も多いだろう。
小さな子供を抱える親は、飛行機に乗るときは「どうやって空港で直前まで遊ばせて疲れさせ、飛行機で寝させるか」「対策グッズの不足はないか」など、子供をなるべく泣かせないためにピリピリしながら搭乗するのが常だ。赤ちゃんモニターで状態を見える化することで、赤ちゃんとお父さんといった経験則が不足しがちな組み合わせでも移動しやすくなるかもしれないし、泣く時間をなるべく短くできるかもしれないと感じたフライトだった。
小さな子供がいる家族にも、里帰り出産や帰省など、乳幼児連れで飛行機に乗る必要がどうしても発生する。ノイズキャンセリングなど「泣き声を聞かない」対策とは別のアプローチである「泣かせない」という難しいチャレンジになるが、各社のこうした取り組みが一層広がることに期待したい。