旅レポ

長崎県北の佐世保、波佐見エリアにある日本遺産を巡る旅(その2)

躍動的で迫力満点な軍港から静寂のなかで黙々と作業する窯元まで、佐世保の奥深さを体感

 長崎県北の「日本遺産」を巡るプレスツアーの2日目。午前中は軍港都市として発展してきた佐世保の見どころを堪能し、午後からは江戸時代に将軍への献上品にもなっていた三川内焼の産地を見学するという内容だ。

大正時代にできた旧海軍施設が元になる、佐世保市民文化ホール

 宿を出発後に向かったのは海上自衛隊佐世保地方総監部からも近い「佐世保市民文化ホール」で、ここは旧海軍佐世保鎮守府凱旋記念館であった。建てられたのは1923年(大正12年)。第一次世界大戦の頃はイギリスと日英同盟を結んでおり、イギリスから要請によって、日本も連合国軍として参戦し、佐世保鎮守府の艦艇がインド洋、地中海あたりまで出向いたという。そして実績を上げて帰還したことを記念して建設されたのがこの建物だ。

登録有形文化財の佐世保市民文化ホール。建てられた当時は海軍佐世保鎮守府凱旋記念館と呼ばれていた。2013年に耐震工事と復元作業が行なわれている
館内に展示されている絵画。左がアメリカ軍接収後の姿で、右が復元工事後。アメリカ軍が使っていた頃は外壁が白いペンキで塗られていた。旧日本海軍のレリーフは外されることなく上から白く塗られただけだったのでペンキを落として復元している

 建設のための費用は九州、四国、沖縄から浄財を集めたとのことだが、建築費用は当時のお金で約8万6000円。現在のお金に換算すると約11億円という巨額な費用をかけて作られたとのこと。

 大正から昭和初期は海軍の催しに使われていたが、第二次世界大戦中は海軍の合同葬の式場にあてられた。大平洋戦争後は安保条約によってアメリカ軍への提供施設になった。接収後、この建物はアメリカ軍からショーボートと呼ばれ、映画の上映やダンスホールとして使用されていた。その際に外壁はペンキで白く塗られたり、内装にも手を入れられたりしたという。

 アメリカ海軍から日本へ返還されたのは1977年で、その5年後に佐世保市に譲与され佐世保市民文化ホールとなり、1997年に国の登録有形文化財となった。

 ちなみに軍港であった佐世保は戦中に激しい空襲があったところだが、凱旋記念館やこのあとに訪問する海上自衛隊のセイルタワー(旧水交社)などは、被害を免れている。

 返還後から2013年まではアメリカ軍が使っていた状態のままだったが、耐震工事を行なう際に、当時の凱旋記念館の姿に戻す復元工事も行なわれ、今の姿となったのだ。この佐世保市民文化ホールは外観のみ自由に見学できるが、内装を見たい場合は事前連絡をして、その日に催事など入っていなければスタッフのガイド付きで対応してくれるとのこと。

ホール内もペンキが塗られていたので凱旋記念館の頃の雰囲気に復元。ホールを見下ろせる2階通路は幅の広い造りだった
手すりが二重になっているが、背の低いほうが当時からあるもの。ちょっと低すぎて危険なので新たに追加された。階段ホールの光景も戦争映画などで将校同士が立ち止まって話をするシーンなどに出てきそうな雰囲気
新しく作られたステージの下には当時の演台が残っていた
柱にあるリングは海軍の葬儀のときに鯨幕が張られていたという
復元工事の際に取り外された建物の装飾
アメリカ軍は映画の上映にも使っていたので屋根裏に映写室が設けられていた。
現在は天井を新設したので映写機が備えられていた窓からは天井の裏側しかみえない。鉄骨は耐震工事で付けられたものだ
梁の根本部分に菊の紋章が残っているのが確認できる。この部分の作りは当時のものだ
映写室跡の屋根裏。ここに見える柱などは当時のもの。電線を支える碍子もレトロだ。建物正面になる壁はレンガ積みになっていた
正面入り口にはガス灯があったが、アメリカ軍によってランプ部が外されて台のみ残っている。旧日本海軍が使っていた頃は正面にひさしはなく、現在の玄関部分が開放状態のホールになっていた。その奥に扉があったが、アメリカ軍が娯楽施設にするため正面に玄関を付けた。写真の窓部はその頃に作られたチケット売り場のあとだ
佐世保市民文化ホール

所在地:佐世保市平瀬町2
TEL:0956-25-8192(市民文化ホール)
営業時間:9時~22時(施設利用がない場合は17時まで)
定休日:火曜および年末年始(12月29日~1月3日)

佐世保市博物館島瀬美術センター

 次に訪れたのは佐世保市島瀬町にある、佐世保市博物館島瀬美術センター。ここでは10月26日から11月6日の期間「2つの日本遺産展」を開催。訪れたときは公開目前の準備が慌ただしい時期で、まだ展示されていないものもあったようだが、今回のツアーの全行程を通じてここにしかなかったものもいつくかあり、見応えは十分だった。「2つの日本遺産展」についてはいくつかの展示物の写真で紹介していこう。

パネルもかなり読み応えあった。佐世保は戦争遺産が特に多いので、数日かけてじっくりと回ってみたいところだ
佐世保鎮守府を建設した際の技術者に触れた資料。戦時中の人物については戦闘に赴いた軍人や将校が取り上げられることが多いが、建築技術者にスポットをあてるのは面白い
技術者の礼装などは写真資料など含めても見たのは初めてだ。これらの展示品の一部は佐世保市民文化ホールで継続展示されている
佐世保で建造された一等駆逐艦「雪風」の1/50模型。雪風は大平洋戦争のほとんどの主要海戦に出撃。戦果を上げつつほぼ無傷で終戦を迎えたという経歴を持つ艦船だ。この模型は雪風に乗船していた元軍医の証言を参考に、故坂口忠男さんが製作したもの。装備から1943年(昭和18年)頃の仕様と推測されている。真鍮や銅板などで作られていて実際に水に浮かべて無線操縦で動かすこともできたという
三川内焼を含む肥前の窯業が日本遺産に認定されている。有名な唐津焼や有田焼なども肥前の窯業だ。こちらのコーナーには三川内焼の実物やパネルが展示してあった。こちらのブースは一部まだ準備中だった
旧海軍時代、海軍士官などが利用していた佐世保水交社の一部を利用した海上自衛隊 佐世保史料館「セイルタワー」。アメリカ軍が使っていた頃は将校クラブだったという
セイルタワーは7階建て。エレベーターで7階に上がり、各階の展示物を見ながら階段で下りてくる見学コースとなっている。館内は1階の記念撮影コーナーと展望室からの風景以外は撮影禁止。展示物は所有者の戦死者の遺族の方から借り出しているものも多いため一切撮影できない
セイルタワーに停まっていた海上自衛隊の車両。ごく普通の軽バンだがフロントフードの海自のマークがカッコよく、軽自動車に一般とは形状も違う白いナンバー(自衛隊ナンバー)が新鮮だった
佐世保市博物館島瀬美術センター

所在地:佐世保市島瀬町6-22
TEL:0956-22-7213
開館時間:10時~18時(入館は17時30分まで)
休館日:火曜日、12月29日~1月3日
Webサイト:佐世保市博物館島瀬美術センター

海上自衛隊佐世保史料館「セイルタワー」

所在地:佐世保市上町8-1
TEL:0956-22-3040
開館時間:9時30分~17時
休館日:毎月第3水曜日、12月28日~1月4日
Webサイト:海上自衛隊佐世保史料館「セイルタワー」

海上自衛隊、最新鋭のイージス艦からアメリカ海軍第7艦隊の艦艇を海から見学

 ツアーバスは佐世保港に到着。ここからは個人的にも楽しみにしていた佐世保港を遊覧船で回る「SASEBO軍港クルーズ」。土曜、日曜、祝日限定の運航で、便は1日1便のみ。午前11時30分頃に佐世保港 新みなとターミナル前桟橋から出港。今回はプレスツアー用のチャーター便となっていたので平日の運航となっている。

 料金は大人(中学生以上)2000円、子供(小学生まで)が1000円。注意事項としてはあらかじめ悪天候が予想されている場合、前日の正午までに運航するかの決定が出るという。ちなみに運休の目安は風速10m以上、波高1m以上、視界500m以下の条件に当てはまるときという。

 クルーズ船は定員64名で、窓もある船室のほかに船の先端とルーフにある展望コーナーに出ることができる。船は反時計回りに佐世保港を回るので、陸地や港湾施設は常に進行方向右側に見える。ただ、せっかくなので乗船した場合は360度見渡せる展望コーナーへ出ることを勧める。クルーズ中はガイドの方が常に解説してくれ、デッキでもスピーカーがあるので解説を聞きながら港を観察できる。

佐世保港を遊覧船で回る「SASEBO軍港クルーズ」にはガイドさんが付く。土日、祝日の天候条件がよいときに出港
佐世保の港は軍港なので陸地からはほとんど見えない。それだけに海から港を見られるこのクルーズは観光として最高
展望コーナー。これからの季節は航行中の船の屋外は寒いと思うかもしれないが、乗るならここがいちばんよいと思われる
海上保安庁の巡視船「あまみ」。聞き覚えがある人もいるかと思うが、この船は2001年に東シナ海で北朝鮮の不審船からの攻撃を受けたことによる正当防衛射撃で応戦。その後、不審船が爆発、沈没という結果になった事件のときに対応した船である。現在も現役でちょうどこの日に佐世保港に停泊していた
出港してすぐに見えるのが在日アメリカ軍基地。ここにいるのはアメリカ海軍第7艦隊だ。また、佐世保基地は海外における唯一の強襲揚陸部隊の基地にもなっている。建物は佐世保基地の司令部でもともとは佐世保鎮守府港務部庁舎だった。旗は3本あり、右から日章旗、星条旗、国連旗となる。星条旗の下には黒い旗が掲げられているが、これはイラク戦争での死者を弔うものだという
海上自衛隊のイージス艦「ちょうかい」と「あしがら」が停泊。佐世保を母港とするイージス艦にはほかに「こんごう」がいるが現在はメンテナンス中とのこと。「あしがら」のほうが建造が新しいのでマスト形状などは「ちょうかい」よりステルス性が高い作りになっている。イージス艦が2隻も揃っているのは珍しいとのこと
アメリカ海軍第7艦隊、ホイットビーアイランド級の8番艦「アシュランド」という艦も停泊していた。軍港にはパトロール艇がいて警戒もしている。船の先端に機銃が見える
多目的に使える汎用護衛艦「あけぼの」。海上自衛隊の艦隊で中核の存在であるむらさめ型の艦で9隻建造されたうちの8番艦である
1日目に見学したSSKの250トンクレーン「ジャイアントカンチレバークレーン」も海から見られる。停泊しているタンカーと比べるとその大きさがより分かりやすい
軍港だけにあちこちに軍用艦が停泊している。タンカーは建造途中ということ。このサイズの船はSSKの第4ドックで建造する
SSKの第4ドックを海から見る。海水をせき止めるゲートにはナンバーが書いてあった。第4ドックは旧海軍時代、海軍工廠第七船渠という名前で、大和型戦艦の艤装や整備のために造られた。実際に大和型戦艦の2番艦「武蔵」の舵やスクリューなどの艤装がここで行なわれた。そばに停泊していたタンカーは引き渡し前のもの。タンカーの舳先が切り落としたような絶壁形状なのは初めて知った
アメリカ海軍の燃料施設が3カ所ある。これも旧日本海軍が整備したものを改造して利用している。貯蔵量は佐世保にいる第7艦隊の船、70隻全艦を満タンにしても3カ月間の軍事作戦が可能という量だという。自衛隊の燃料施設もあり、貯蔵施設がある周辺は岸壁は海から侵入できないようにする作りになっている
陸地の間に見えるのが外洋とつながるところ。佐世保港で水平線が見えるのはここだけ。出入り口は850mと狭いので外洋から湾内を見ることはできない。しかし、水深は40m以上ある。そこが軍港として大きなメリットとのことだ
てっぺんに十字架が見える小島が八ノ子島。かつてはポルトガル船などの航海の目印だった
米軍の揚陸部隊のホバークラフト、LCAC(エルキャック)の格納庫
海から上がるスロープも見ることができた
針尾送信所も見える。海から見るとその高さがよく分かる
白い建物は海上自衛隊の教育隊。かつては日本海軍航空基地であった。
避雷針が建っているのが弾薬庫。これらも全て日本海軍が作ったもの。地下にはさらに大きい弾薬庫があるとのこと
到着間際にも護衛艦に遭遇。むらさめ型4番艦の「きりさめ」。搭載される哨戒ヘリコプターの格納庫も少し見えた
SASEBO軍港クルーズ

発着地:佐世保港
TEL:0956-22-6630
料金:大人2000円(中学生以上)、小人1000円(小学生)
Webサイト:SASEBO軍港クルーズ

考案者を引き継ぐ店で「レモンステーキ」をいただく

時代屋

 約60分の佐世保港クルーズのあとは昼食。いただいたのは佐世保の名物料理である「レモンステーキ」だ。実は現地へ着くまでレモンステーキというものを知らなかったので、どんなものが出てくるのかと興味津々だった。

 行ったお店はレモンステーキといえばこの店という「時代屋」さん。こちらのご主人の父がレモンステーキの考案者とのこと。作るきっかけになったのは夏場でも売れるステーキを考案することだったが、それに加えて佐世保は昔から外人が多かったので、パッと焼いてパッと食べられるワンミニッツステーキの需要があった。

 そこで薄切りの牛肉をサッとあぶって食べられるものがあればいいのでは、という発想から生まれたとのこと。その際にレモンを合わせればさっぱりするということからレモンステーキとなったという。

時代屋のレモンステーキ
薄切りの牛肉を熱した鉄板におき、食べるときは裏返して上面を鉄板で焼く。ソースは醤油ベースのレモン入りオリジナルソース。肉を食べ終えたあとは鉄板にゴハンを移してソースと混ぜながら食べるのが正式な食べ方
時代屋

所在地:佐世保市吉福町172-1
TEL:0956-30-7040
Webサイト:時代屋

繊細優美の三川内焼。その作品を見て産地を巡る

三川内焼伝統産業会館にある三川内焼美術館

 盛りだくさんの午前中が終わり、ようやく午後の部へ。向かったのは三川内焼伝統産業会館にある三川内焼美術館。三川内焼とは、一説には1598年(慶長3年)平戸藩の藩主、松浦鎮信公が朝鮮より陶工を100名連れてきて、平戸中野村で窯を焼き始めたのが起こりとのこと。その後、質のいい原料を求めて1634年(寛永11年)に現在の佐世保市三川内町に定着した。

 三川内焼はその作りの細やかさや美しさから朝廷や将軍への献上品として使われていた。日用品から室内装飾品まですべて上物として作られていて、三川内焼の製品は「繊細優美」という言葉で表現されていたという。

 江戸時代は平戸藩の御用窯だったが、明治維新後は民窯になり、それに伴って陶工達はそれぞれ独立して今に至るということだ。

 この美術館には江戸時代から明治にかけての三川内焼(磁器作品)の展示に加え、現代の名窯元の作品を展示するコーナーがある。陶磁器についてまったく知識のない筆者が見ても、その作りのキレイさと細やかさは感じるし、なによりも江戸時代の作品からすべてにおいてデザインにおけるアイデアの面白さに感心した。装飾品として有名だっただけに、当時の陶工も相当アイデアをひねったのだろう。そんなことを考えながら見て回ると知識がなくてもしっかり楽しめる。

三川内焼美術館は江戸時代の作品から現在の作家の作品まで展示されている
葭之本窯跡からの出土品。出土した磁器は陶器風に仕上げてあることから陶工が磁器製作の基本技術を会得して作ったものではないかといわれている
美術館にある昔の三川内焼作品。装飾品が多いが、確かにどれも凝った作りだ。生き物をデザインに取り込んでいるものが多い
デザインは仏教の影響を受けている。水差しには水と関わりが深い龍などが使われることが多いという。ちなみに仏教の世界では龍と蛇は同じ扱いという説明だった。この壺には龍のほかに獅子がいる。神社では獅子と対で狛犬を置くが、獅子は雄だが狛犬は雌ということで、仏教の影響を受けるこの壺には使われていない(仏教には女性に対する独特の考えがある)。大根にネズミが乗った置物は文鎮。こういう遊び心もある
献上品らしい作り込み。カップはヨーロッパに渡ったもの。海外では三川内焼のような薄手の磁器を卵殻磁器と呼んだ。これは明治時代の作品
こちらは現代の名窯元が作った作品。やはりデザインは凝ったものになっている
三川内焼伝統産業会館の隣にある「させぼ四季彩館」は土産品もあり、もちろん三川内焼も買える。それだけにほかの土産物店にはないものもある。
佐世保市内で帰る土産物が多く揃っている。店内には三川内でとれる野菜や佐世保の干物もある。ここには人気の護衛艦カレー全種と、もう一つの佐世保名物、入港ぜんざいも揃っていた
三川内焼美術館

所在地:佐世保市三川内本町343
TEL:0956-30-8080
営業時間:9時~17時
定休日:年末年始
利用料:無料

三川内焼の産地へ、窯元の工房にも立ち寄り

 三川内焼伝統産業会館の見学のあとはバスで三川内焼の産地へ。そこで窯跡や献上品の検品を行なっていた代官所跡などを回った。案内はみかわち観光ガイド協会の金氏さんが担当してくれた。

 平戸松山窯(ひらどしょうざんがま)という窯元の工房にも立ち寄った。現在の窯はガスが燃料。熱の入り方を細かく調整でき約1300度まで温度を高めて焼くという。この窯で白く固い焼き物ができあがるとのこと。色つけなどは専門の職人さんが手がけていて、機械やPCなどなく、筆のみで仕事をする作業場は非常に静か。集中して絵を付けている光景は、見るほうもつられて音を出さないようにしてしまうものだ。

平戸松山(ひらとしょうざん)の工房にある窯。こちらは染め付け作業に長けているところ
献上品は収める前に検品が行なわれた。その作業を行なっていた代官所跡。建物はなく柱があった場所に敷石が残るのみだが、跡地に上がる石積みの階段は当時のものなので、江戸時代の役人や陶工の人と同じ階段を使うことができる
三川内焼陶祖の一人、如猿を祀った神社。小さい街だがあちこちに古くから続く窯元がある。建物を見て歩くだけでも面白い
全長120mという登り窯の「東登窯跡」。ここは平戸藩の御用窯だが、民窯と一緒になっていて、窯の火のまわりがいい一部を御用窯として使っていたという。現在は窯はないが地形として登窯の形状を留めている。窯の一部である通焔孔は見学が可能
横に道があるが歩いて登るのも大変なくらいの急坂だ
この方がみかわち観光ガイド協会の金氏さん。登窯を壊したときに出るトンバイを使って作った塀がトンバイ塀。長年、窯の中で燃料の松材の灰を被っていたのと熱によって独特の質感と色合いになっている。三川内では自然石をトンバイとして使っていて、この石のことをモウロ石とも読んでいたので、モウロ塀ともいうらしい
当時は焼き物用の薪や陶土、でき上がった焼き物などを馬車で運んでいた。そのとき馬の踏ん張りが効くように道の中央に突起物を付けた。現在もなごりが残っている
昭和初期の窯がそのまま残っているのが今由製陶所跡。窯の内部も見学することができた。窯の裏にある電灯の傘も白磁だったが、これはなかなかに洒落ている
1882年(明治15年)に建てられた旅籠の建物を使う「泰平や」さん。平戸藩の伝統料理を食べられる。今回は休憩でお茶を頂いた
街の入り口にある観光案内所。店内では三川内焼の販売も行なっていて、高級な焼き物ながらリーズナブルな品が揃っている。奥はオーナーが集めたコレクションを展示。このカップは焼き物としては難しい細い足をキレイに仕上げている
三川内出身のアニメーション美術監督が故・椋尾 篁さん。アニメにおける美術のクオリティを高めた功績を持つ人。三川内の山々をアレンジして数々の有名アニメーション作品の背景に描いてきたという。三川内焼という美術の地から、こんな人も輩出されていたのだ
平戸松山窯

所在地:長崎県佐世保市三川内町774
Webサイト:平戸松山窯

夕食はこだわりのイタリアン「アルブル モンド」

こちらがアルブルモンドの小野寺さん。お店は人気なのでランチ、ディナーともに満席が多い。旅行で訪れるなら予約がお勧めだ

 この日は波佐見地区へ宿泊。夕食は波佐見町陶芸の館 観光交流センター入り口にある「アルブル モンド」というイタリアンのお店に。こちらのオーナーの小野寺さんは東京に実家があり、東京で飲食店の店舗立ち上げの仕事をしていた。そのとき、波佐見の隣の西の原地区で廃業した陶の工房などを改装していろいろな店を作るというプロジェクトに呼ばれて東京から来たところ、この地の地域性や若い人の考えや力を取り入れてくれる体制などが魅力的に思えたという。

 その後、東京へ戻って仕事を続けたが、西の原の仕事で知り合った女性と結婚することになった。そのとき東京に住むか波佐見に住むかという選択肢があったが、迷わず波佐見を選んだとのこと。奥さまの実家は自動車修理工場を営んでいて、その工場の一画を改装して2015年12月にアルブル モンドを立ち上げた。ただ、予算がなかったので内装などはすべて自分たちで行なったという。

 ここはメニューの少ないお店だが、理由はオーナーの小野寺さんのこだわりによるもの。自分できちんとやりきれることを毎日やって、毎日美味しくなっていき、その途中に新しいものができたらそれはそれでいいという。でき合いのものや冷凍物は一切使用しないスタイルだ。しかしそういうものを使わないといけない店があることも理解しているので批判はしなかった。それどころか「それに頼らずやれることを証明するサンプルにもなりたい」と語った。料理はもちろんのこと、いろいろなものに味があるお店だった。

ディナーコースに出た料理の一部を紹介。これは自家製フォカッチャと前菜
焦がし玉ねぎとキャベツのコンソメスープ
佐賀牛 ランプとサーロインのタリアータ
ツナとほうれん草、フレッシュトマトのトマトソースパスタ
デザートはプリンかブランマンジェ
アルブル モンド

所在地:長崎県東彼杵郡波佐見町井石郷2248-3
TEL:0956-85-2636

深田昌之