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ANA、歴代グランドスタッフの制服が揃った鹿児島就航60周年記念セレモニー
前身の極東航空時代、1957年7月1日に初便
2017年7月3日 00:00
- 2017年7月1日 開催
ANA(全日本空輸)は7月1日、鹿児島就航60周年を記念したセレモニーを鹿児島空港で開催した。日本ヘリコプター輸送と合併して全日本空輸が誕生する前年、1957年7月1日に極東航空は鹿児島~福岡線、鹿児島~宮崎~大阪線の運航を開始しており、それから60年が経過している。
この節目を祝って、就航当時からの歴代グランドスタッフの制服を着用した鹿児島空港勤務のANA職員が参加して、セレモニーは空港2階、出発ロビーの特設ステージで華やかに行なわれた。
登壇したANA 取締役常務執行役員の清水信三氏は、「ANAは60年前の本日、鹿児島空港から初便を出発しました。実際の出発時刻は11時10分だったそうで、その時間に合わせて記念式典を設けました。当時は鹿児島の鴨池に空港がありまして、その15年後の1972年に、現在の霧島市に移ったと聞いております。
弊社は今では世界42都市、国内49都市、1日1000便を飛ばせる規模になりました。ANAを支えていただいた皆さまに改めて感謝いたします。また、極東航空時代から、(鹿児島のバス会社)南国交通の皆さまには大変お世話になっていて、手厚いフォローに支えられてきました。
来年は明治維新から150年で、多くの偉人を輩出した鹿児島県には、たくさんの観光客が訪れるはずです。また、ANA便で鹿児島空港を発着するお客さまは現在累計9800万人で、来年には1億人に届く見込みです。引き続きご愛顧ください」と、空港周辺関係者と利用者に感謝を述べた。
来賓として臨席した国土交通省 大阪航空局 鹿児島空港長の佃健次氏からは、「ANAグループは鴨池飛行場の開港当初から、鹿児島と各都市を結ぶ高速・大量輸送手段として運航を続け、鹿児島の経済発展に大きく寄与するとともに、空港が成長する支えとなってくれました。これからも鹿児島の空を守り、空港と地域の発展を支え、貢献されることを祈っております」と、60年間のたゆまぬ運航に対する謝意が述べられた。
鹿児島空港を擁する霧島市 市長の前田終止氏は、衆院議員の秘書を務めていた自身の20代当時について「たびたび鴨池飛行場を利用していて、全日空とは50年近い付き合いになる」と振り返った。
また、歴代ユニフォームを着用してステージ袖で控えるグランドスタッフを指して、「私が覚えているのは(2代目の)グリーンの制服だったかなと思い返していました。これからも地域の足として、また多くの観光客を運んできてくれると思います」と期待を込めた。
最後に登壇した鹿児島空港ビルディング 代表取締役社長の渡邉勝三氏は、「鴨池飛行場で15年、霧島市で45年、合わせて60年になるわけですが、ANAの成長とともに鹿児島空港も発展してきました。現在、国際線・国内線で毎日50便近くが運航しており、60年前とは隔世の感があります。これまでのANAグループのご苦労、歩みに対して、深甚なる敬意と感謝を申し上げたい」と祝福した。