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ポルシェ×東大先端研、長崎の離島でさまざまな「流れ」に気づく予測不能の旅。かき集めた「調べ学習」の壁に直面し、子供たちが自分自身と向き合うサマープログラム

「LEARN with Porsche 2026」密着レポート

2026年の「LEARN with Porsche」は長崎県の離島へ

 全国から選ばれた中高生がスマートフォンを“封印”し、行き先を告げられない予測不能の旅に出る――。ポルシェジャパンと東京大学先端科学技術研究センターがタッグを組んで展開する若者向けのプログラム「LEARN with Porsche(ラーンウィズポルシェ)」が、8月中旬に開催された。

 2021年のスタート以来、トラベル Watchが密着を続けてきた「旅を通して学ぶプログラム」も今回で6回目。費用はポルシェジャパンがスカラーシップとして支援し、同社広報部長の黒岩真治さんも4泊5日の全日程に同行する。移動そのものも学びの一部となる今回の旅では、911 カレラ Sとタイカン GTSも移動を支えた。

 プログラム中はスマホなどの情報機器は使用禁止。それだけでなく、家を出るときでさえどこに行くのか一切知らされない。例えば、大阪から参加した子の場合、事前に渡されるのは新幹線のきっぷやノートが入った封筒のみ。初日の早朝、新大阪駅で初めて開封し、中に入っていたチケットを見て、ようやく自分が「博多駅」に向かうのだと知る。そんな予測不能なミステリーツアーなのだ。

1次、2次審査(オンライン面談)を経て選抜された2026年のメンバー。「学校名と学年を言わない」というルールの下、肩書きを捨てて旅に挑んだ
旅を引率するのは、東京大学先端科学技術研究センターの特任助教であり、LEARNの統括マネージャーを務める赤松裕美さん
東大先端研のシニアリサーチフェローである中邑賢龍さんは、LEARNプロジェクトの発起人でプログラム全体のディレクター

 今年の舞台は、長崎の離島である対馬、的山大島(あづちおおしま)、生月島(いきつきしま)。それぞれまったく異なる歴史や風土を持つこれら3つの島々を、子供たちは体ひとつで駆け抜けることになる。

 そんな5日間の旅に掲げられた主題が、「流れに気づく旅」だ。人の流れや物資の流れ、離島ならではの海流もあれば、経済や歴史の流れなど、さまざまな「流れ」を自分の目と耳、そして人との会話から見つけ出していく。

 スマホを封印し、知らない土地で知らない人に話しかけ、ときには中邑さんや赤松さんから厳しい問いを投げかけられながら無我夢中で自分自身と向き合った、子供たちの4泊5日の旅をお届けする。

今年も東大先端研の客員上級研究員で料理研究家の土井善晴さんが同行。味噌汁作りを指導した

【1日目】日本で一番韓国に近い場所「対馬」へ。北部エリアに秘められた“国境と歴史”に触れる

会ったばかりで、まだ緊張気味の様子@博多ふ頭第1ターミナル

 初日、飛行機で福岡空港入りしたメンバーと、新幹線で博多駅に到着したメンバーは、朝10時に博多港に集合して初顔合わせとなった。そこからジェットフォイルに乗船して、対馬の厳原(いづはら)港へ向かう。

博多港から厳原港までは九州郵船の高速船「ジェットフォイル」で。壱岐島を経由しながら約2時間15分
博多港から約132kmの距離にある対馬が見えてきた

 厳原港に到着した子供たちは、レンタカーチームと路線バスチームの2チームに分かれ、島の北端にある上対馬町の中心エリア「比田勝(ひたかつ)」を目指しながら「対馬がどんな島なのか」を調べるという最初のミッションが言い渡された。

 目的地の比田勝では、この日ちょうど夏祭りが開催されており、地元の人に話しかけて生の声を聞き出すには絶好のタイミングだったようだ。

車内や運賃表の画面はハングルが併記。路線バスも韓国人観光客の移動の足となっていることが分かる
バスの車内でさっそく聞き込み開始。前に座っていたおばあちゃんに話しかけていた

 筆者は路線バス組に同行したのだが、なんと乗車時間2時間40分、停留所の数は70を超える壮大なバス旅! しかし車窓からの景色は飽きることはなく、「対馬のお墓って大きくて立派」「道路標識にツシマヤマネコ飛び出し注意の文字がある」など、初めて訪れた対馬の風土や輪郭を、まずは感じとることができた。

バスの終点は国際フェリーターミナル。その「国境の港」に子供たちと一緒に立ち寄ってみた

 島の最北端にある、国境を見渡すスポット「韓国展望所」で高知から参加の1名とも合流し、ようやく10人全員が揃った。わずか50km先は朝鮮半島。天気がよければ釜山の街並みが見えるというこの場所で、子供たちは文字どおりの「国境」を実感することになる。

ぼんやりと見える陸地は韓国。わずか50km先が外国であるリアルを肌で感じる
10人全員が揃った「韓国展望所」。展望台の建物は韓国の伝統的な建築様式だ
「豊(とよ)砲台跡」。かつて戦艦の巨大な主砲が据えられていた砲塔部の底から空を見上げる

 LEARNでは必ずその日の夜に振り返りの時間がある。ネット検索に頼らず五感で駆け抜けた初日の夜、それぞれが集めてきた対馬について、子供たちからは次のような発表があった。

「東京から来た私にはすごく遠い場所だと感じたけど、韓国(釜山)から見た方が対馬は近い場所なのかも」

「バスでおばあちゃんに話を聞いたら、第二次世界大戦前は釜山に働きに行っていた人がいたそうだ。対馬の人の心理的な近さって、日本ではなく韓国なのかもしれない」

「砲台跡や航空自衛隊の基地があったりして、国防の最前線というイメージ。のどかな島の雰囲気とは違って緊迫感も感じた」

自身で拾い集めた対馬の情報を発表。途中で夏祭りの花火が上がり始めたのはいい思い出に

【2日目】薄れてきた「お互いさま」の精神から海洋ごみまで。島に渦巻くコミュニティの変化と“社会の流れ”に直面

穏やかで心に深く染み入る圓通寺ご住職 米田大器さんの語り口

 2日目の朝は、対馬中部の峰町にある曹洞宗の古刹「圓通寺」へ。600年もの歴史を持つこのお寺で、子供たちはご住職の米田大器さんからさまざまなお話を聞いた。

 かつては住民総出で葬儀を執り行なうなど、「お互いさま」の精神で成り立っていた対馬の暮らし。しかし現代では関係性が薄れ、「迷惑をかけたくない」と遠慮するようになってきたという。人と人のつながりの変化には、子供たちだけでなく、スタッフ側も熱心に耳を傾けていた。

 ちなみに、お寺の御本尊である釈迦如来像はかつて朝鮮王朝から贈られたものだそうだ。対馬ならではの歴史と宗教の流れが、静かに息づいていた。

「曹洞宗には、知識を入れるよりもまずは実践、行動という教えがある」というご住職の言葉が深く胸に刻まれた

 続いては、海岸環境保全活動を行なう「対馬CAPPA」協力のもと、浜辺の清掃活動へ向かう。

 山道を10分ほど歩いて到着した「クジカ浜」は、ペットボトルやポリタンク、漁業ブイ、発泡スチロールなどの漂着ごみで埋め尽くされていた。

海洋ごみ問題の現状について聞く。基本的に海ごみは塩分を含み、紫外線などで劣化しているためリサイクルしにくいのだそう
漂着ごみで埋め尽くされていたクジカ浜。拾っても拾っても、あっという間にまた同じ光景になるという

 対馬の西海岸には、日本海へと流れる対馬海流に乗って、すさまじい量のごみが押し寄せる。その大半がアジアの都市部から出た生活ごみだ。しかし一方で、日本の太平洋側の大都市が出したプラスチックゴミは、遠くハワイやアメリカ西海岸へ漂着しているという現実も知る。自分たちは被害者であると同時に加害者でもあるのだ。

「こんなに重大な問題なら、なぜ国同士で解決に向けて取り組めないんだろう?」。ある1人の子から飛び出した素直な疑問に対して、スタッフは「答えは簡単。プラスチック問題なんだ」と即答した。プラスチックは石油由来であり、産油国はプラスチック削減の動きに反対する――。海流という「自然の流れ」の裏には、国際社会の利害関係という「経済や政治の流れ」がべったりと張り付いていることを知った。

この日はペットボトルだけを拾う。5分もしないうちに1袋がいっぱいに
ラベルやバーコード国番号を見て、どの国から流れてきたのかを判別し記録した
短時間で拾った大量のペットボトルを手に。清掃を通じて、目に見えない社会の仕組みに気づいた子供たち
山道を戻る途中に振り返ってみると、来たときとほとんど変わらない光景が
午前中のワークを終え、対馬名物の黄金あなごをみんなで美味しくいただいた

 午後はLEARNの真骨頂ともいえる、詳細が明かされない突然の選択が迫られた。提示されたのは「ロシアチーム」と「中国チーム」という2つの選択肢。子供たちはその場で直感を信じて分かれた。

 ロシアチームは、幕末にロシア軍艦に占拠され、国境の危機に揺れた歴史を持つ浅茅(あそう)湾を一望する烏帽子岳展望所へ。中国チームは大陸との交易の歴史を伝える対馬博物館へと足を運び、それぞれ異なる角度から対馬の歴史を紐解いていく。

ロシアチームが向かった烏帽子岳展望所と、そこから一望する浅茅湾。一見のどかなこの海は、幕末にロシア軍艦が不法占拠し、当時の幕府を大きく揺るがした国境の歴史の舞台
対馬博物館の展示を通じて、古代から続く大陸との交流や戦いの歴史に触れた中国チーム。開催されていた特別展でツシマヤマネコの剥製とご対面

 夕方からは、対馬でゲストハウスや日韓文化体験プログラムなど幅広い活動をされている「対馬STORY」の鈴木純さんファミリーを講師に迎えた。元韓国の大学教授であり、現在は日韓夫婦として、まさに日本と韓国の「架け橋」となっている鈴木さん。ファミリーとの温かい交流を通じて、対馬と韓国の間にあるリアルな文化の違いなどを知る、盛りだくさんな内容だった。

夕方からは日韓文化体験。出迎えてくれたのは鈴木純さんとご主人、そして息子さん2人もプログラムに参加してくれた
夕食には、鈴木さんが用意してくださった本格的な韓国のお弁当が登場。キンパやチヂミなど本場の味に舌鼓
身近な国際交流の現場で、子供たちからも活発な質問が飛び出した夜の振り返り
充実した2日目を終え、鈴木さんファミリーと一緒に笑顔で記念撮影

【3日目】対馬から長崎本土、そして離島「的山大島」へ。移動で体感する交通とコミュニティの流れ

オリエンタルエアブリッジのプロペラ機で長崎空港に降り立った

 3日目は、対馬から長崎本土を経由して次なる目的地「的山大島(あづちおおしま)」へと向かう大移動の1日となった。

 まずは「対馬やまねこ空港」から長崎空港へ。ここから子供たちはクルマで平戸へ向かい、ひと足先に的山大島へ渡るチームと、長崎の公共交通機関を乗り継いで島を目指すチームの二手に分かれて行動した。

移動中のリラックスタイム。土井先生と一緒にお弁当を食べながら雑談する子供たち

 LEARNの旅は、移動のわずかな隙間さえも学びの場となる。本土側の平戸港ターミナル待合室でフェリーを待つ間、子供たちはお年寄りに声をかけ始めていた。「平戸に何しに来ていたのですか?」「的山大島ってどんな島ですか?」。見知らぬ土地で臆せず話しかける姿は、旅の3日目にしてすっかり板についてきた。

聞き込みに応えてくれる地元の方々は、皆さんいい人ばかり
カーフェリーに乗船。平戸~的山港は40分の船旅だ
お寺の屋根の向こうに教会の十字架がのぞく平戸独特の街並みが遠ざかる
的山大島の玄関口、的山港に到着
多くのお年寄りが大きな荷物を持って下船

 的山大島に上陸後、筆者は「大島調査Bチーム」に同行し、伝統的建造物群保存地区にもなっている神浦(こうのうら)地区へ。古い町家が立ち並ぶこのエリアは、江戸初期に創業した鯨組の成功で発展した港町だが、現在は人通りも少なく、ひっそりと静まり返っている。そこにも明確な時代の流れを感じることができた。

昔は肩がぶつかり合うほど人通りがあったというが、このときは(暑い時間帯ということもあって)歩いている人は誰もいない
時の流れが完全に止まっているかのように感じた神浦

 そんな神浦で、理髪店を営むかたわら空き家を利用して民宿を始めた石田逹之さんに、島の暮らしや観光、人の流れについてお話を伺った。続いて、生活のライフラインの中核を担うスーパー「A-COOP大島店」では、品揃えや価格をチェック。店員さんへの聞き取りから、1日の来客数や物流のリアルを探っていく。

民宿の利用客は福岡や佐賀からの釣り客がメインだという

 さらに、離島医療の現状を知るために伺ったのが、島唯一の医療機関「大島診療所」だ。2024年に赴任してきたという馬場寛先生は、かつては医務官として世界各国の医療事情に向き合ってきた経歴の持ち主。

 先端医療の現場を経験してきた先生は、設備などが限られる厳しさはあるものの、離島医療の魅力を次のように語ってくれた。

「的山大島は人と人とのつながりがはっきり見える場所。例えば『このおばあちゃんは、あそこの家のお母さん』とカルテの向こう側にある家族の関係まで分かる。だからこそ、その人に寄り添った個別の医療が提供しやすいのです」

大島診療所の馬場寛先生にお話を伺うひとコマ。外務省というワードが飛び出した先生の経歴に興味津々の3人
デイケアのお年寄りから話を聞いた別チーム
かぼちゃやオクラなど野菜の収穫体験も
佐世保駅前で地図を広げる公共交通機関チーム。佐世保バーガーや鯨肉を食べたり、松浦鉄道に乗車しながら少し遅れて的山大島入り
2泊した的山大島の宿「漁火館」
大島中学校の生徒さんを招いての夕食会
地元っ子たちと交流を深め笑顔もあふれた
宿の前に設置されたフォトスポットで記念写真

【4日目】離島を支える一次産業に飛び込む「労働の日」と、土井善晴先生の特別料理講座

まだ薄暗い早朝、イカ釣り漁船が港に入ってきた

 4日目は、LEARNプログラム恒例の“働く日”だ。しかしその労働が始まる前に、早朝から特別な体験が待っていた。水揚げされたばかりのイカの買い付けだ。さらに漁港では、プログラムに同行している料理研究家の土井善晴先生がその場で捌いた、イカのお刺身をいただくというご褒美が付いていた。

船から次々と水揚げされる獲れたてピチピチのケンサキイカは、その場で美しく箱詰めされていく
土井先生がその場で包丁を握り、お刺身にしてくださる展開に
子供たちは胴の中に指を入れてわたを引きはがす作業に悪戦苦闘
「え、軟骨ってどれ!?」「墨袋つぶしちゃった」。人生初体験の子がほとんどだった様子
イカ刺しの濃厚な美味しさが今でも忘れられない!

 宿に戻って朝食を済ませたあとは、それぞれ「稲刈り」と「畜産」のチームに分かれ、島の社会を支える一次産業の現場へ。宿の玄関には、子供たちを快く受け入れてくれる農家の方々が直々にお迎えに来てくださった。

 畜産チームが向かったのは、将来、肉牛として出荷される牛を育てる「田口ファーム」。ここでは約20頭いる子牛に人工粉ミルクを哺乳する仕事に挑んだ。

専用のバケツを使い、子牛たちに人工粉ミルクを哺乳。作業場を移動して、出荷に向けた玉ねぎの皮むきもお手伝い

 一方、稲刈りチームが向かったのは、大海原を見渡す絶景の棚田。先人たちが苦労をして積み上げてきた「石垣」の重要性を農家さんに聞きながら、まずは一束ずつ手作業で稲を刈り取っていく。その後、農家さんの指導のもとで大型コンバインの操縦にも挑戦。手作業の大変さと機械化の恩恵を同時に体感する、貴重な労働の時間となった。

稲刈りAチームの様子。ノコギリ鎌を使って一束ずつ手作業で稲を刈り取り。汗を流したあとの水分補給は格別だ
稲刈りBチームも絶景が広がる棚田での作業。コンバインの操縦も体験し、島のお米作りの今と昔を学んだ
日本の棚田百選にも選ばれている「大根坂の棚田」

 夕方からは、土井善晴先生によるお待ちかねの料理講座だ。冒頭の座学で「味噌汁は微生物が作った美味しさ。どう作っても美味しくできる」と語りかけた土井先生。その後、子供たちは3チームに分かれ、「イカとかぼちゃの味噌汁」「野菜の味噌汁」「クジラ汁」の3種類のお味噌汁作りにとりかかった。

料理番組のメロディが今にも流れてきそうな画!
味噌汁用に用意された地元の食材。味噌も地元の方の手作り
「根のあるものは水から!」「切るとき皮目は下」「料理は極力かき混ぜない」など、メモしたくなる語録が次々と飛び出した

 完成した大鍋の味噌汁を宿へと運び、この日の夕食は島の方々を招いての「味噌汁パーティ」が開催された。

 昼間お世話になった農家さんをはじめ、診療所の馬場先生や中学校の校長先生、まちづくり協議会の方々と、島が育んできた食の恵みを囲みながら、自然と人とのつながりを肌で感じる夜となった。

お世話になった島の方々を交え乾杯
子供たちが出来立ての味噌汁をよそっていく
「美味しい!」と言ってもらえてよかった
イカの旨みがたっぷり出ていた味噌汁

「下を見ないで、もっと素直に聞いたことで感じろ!」

旅の裏側で壁にぶつかっていた子供たち

 九州の海と島を駆け抜けた5日間。一見、順調そうに見えた旅の裏側で、実は子供たちは壁にぶつかっていた。

 流れが変わったのは、3日目の夜の振り返りだ。島民への聞き取り内容を1人ずつ発表していく子供たち。しかし、その言葉にはまとまりがなく、ただ聞いた事実を並べただけの長過ぎる発表が続いていた。

 昼間の聞き取りで、必死にノートを埋めることに追われ、目の前の話し手の表情すら見ていなかった子供たち。それまで黙っていた中邑さんの厳しい声が飛んだ。

「君たちは本当によくメモをとるよね。でも、メモをとり過ぎるから何を喋ったらいいのか分からなくなっているんじゃないか? せっかく人が話してくれているんだから、目をしっかり見て会話しなさい。下を見ないで、もっと素直に聞いたことで感じろ!」

 学校教育で培ってきた「優等生」としての姿勢を根本から覆すような喝だった。

ノートをとることに注力してしまったがために、取材した人の表情や本当に伝えたいことが分からなくなっていたのではないか。中邑さんの厳しくも本質をつく指摘が子供たちの胸に刺さる

 続く4日目の夜には、さらに深い学びの場が待っていた。「働く日」と言われながら、農家の方に質問ばかりして労働がおざなりになっていたチームがあった。その姿勢を見抜いていた赤松さんから鋭い指摘が飛ぶ。

4日目の夜にも働く姿勢について指摘が飛んだ

「みんなまじめで素直だから、何も間違ってはいない。だけど『あれも知りました、すごい人でした』というコメントばかり。その人の裏にある苦悩や、社会システムの矛盾といった、さらに奥にある『見えないもの』に、なぜ働きながら気づこうとしなかったのか」

 ついには数名がボロボロと涙を流し、自らの内面を告白した。

「言われたことしかやっていなかった」「きれいにまとめようと焦っていた」「単なる『調べ学習』をしていた自分が悔しい」

 悔しさをにじませる子供たちに、ポルシェジャパンの黒岩さんは最後にこう優しく語りかけた。

「私たちは、このプログラムで『夢を実現する力を養うお手伝いをする』と言っています。この悔しい!と感じた時間も含めて、皆さんはきちんと夢をかなえる力を養ってくださっていると思っています」

恒例のミニカー贈呈式で「私の中にある流れは、中邑さんと初めて会った日からはじまっています」と、自らの人生の歩みを重ねてエールを贈った黒岩さん

【5日目】最終日。今年も別れは突然やってくる

2日間滞在した的山大島を出発する朝

 あっという間に迎えた最終日の5日目。朝7時のフェリーで的山大島を離れた一行は、世界文化遺産の構成資産である「春日集落」の棚田や、生月島博物館「島の館」を訪れた。

 昼食を済ませたあとは、長崎本土を南下し、最後の訪問地である大村市の「大日堂と峯阿乗(みねあじょう)の碑」を見学し、すべてのプログラムが終了した。

世界遺産・春日集落の案内所「かたりな」で潜伏キリシタンの歴史や人々の生活の流れについて話を聞く
生月島博物館「島の館」を見学したあと、会議室で最後に全員でテーブルを囲んだ
ものづくりプログラムを入れるとちょうど10回目を数えた今回の旅。ここから未来に流れをつなげていきたいと黒岩さん
旅の最後に訪れた「大日堂と峯阿乗の碑」は、この地に生きた人々の複雑な信仰の流れを今に伝えている

 新大村駅で新幹線組の5名がクルマを降りた瞬間、突然の別れが訪れた。帰り道や誰がどこで降りるのかさえ、最後の瞬間まで知らされないのがこの旅のルールだ。残りの5名も長崎空港からそれぞれの日常へと戻っていった。

余韻に浸るまもなく迎えた仲間との別れ。「また会おう」と約束しながら握手

 最後に、旅を終えた子供たちのレポートを一部紹介したい。

「ポルシェさんが物理的な利益がないのにも関わらず、若者の教育を応援してくださっていることが本当にありがたいことだと旅中ずっと考えていました」

「机上では得られなかった大きな気づきと成長の場を用意してくださったことに感謝しています」

「この恩をいつか未来で誰かに返したい。ポルシェさんから受けた流れを受け継ぎ、止めることのないように励んでいきます」

今年も移動の合間には、ポルシェ(911カレラSとタイカンGTSの2台)に乗って大喜びする子供たちの笑顔をたくさん見ることができた

 最終日の会議室で、中邑さんはこうプログラムを結んでいる。

「街を歩いておじいちゃんやおばあちゃんと話をして気づいたことと、学校の授業で習ったことが、『あ、これってこういうことか!』とつながる。その気づいたおもしろさを感じてほしかった。何が答えかなんて、何もないんだ」

 国境の島から始まった、正解のない予測不能なサマープログラム。毎年、子供たちの成長に立ち会うことで、同行する私自身もまた、たくさんの大切なことを学ばせてもらっている。