井上孝司の「鉄道旅行のヒント」
なぜ列車は遅れたり止まったりするのか
2025年1月29日 06:00
第70回で、列車の遅延が生じたときについて回る「接続待ち」「接続の崩壊」について取り上げた。もちろん、そんな事態が生じない方がいいに決まっているが、当事者の努力だけではどうにもならないこともある。そこで今回は、輸送障害について取り上げてみたい。
遅延の原因とその影響
輸送障害の原因には、事前にある程度の予測がつくものと、それができないものがある。よくある原因をリストアップすると、こんな按配になろうか。
・混雑によって乗降に手間取る
・動物との衝突
・救護活動
・人身事故
・踏切事故、線路内へのクルマの侵入
・車両点検、異音の確認
・信号・通信・電力など、各種の機器・設備における故障や点検
・強風・多雨・降雪など、天候に起因する抑止や設備損壊
・保守作業の遅延、保守用車の故障
・沿線での火災発生
天候に起因するものなら、天気予報を見て旅行の見合わせや延期といった手を打てる可能性があるが、人身事故や故障の類を事前に予測するのはムリである。高速道路の事故渋滞と同じだ。
こうした輸送障害の原因によって、すぐに運行を再開できることもあれば、なかなか運行再開のめどが立たないこともある。
例えば走行中の列車が鹿とぶつかった場合、車両に不具合がないかどうかを確認して、問題がなければ運転を再開できる。救護活動も、それが終われば運転を再開できる。逆に、天候に起因する遅延や運行見合わせは、相手が自然現象だけに予測が難しい。
また、設備の故障や点検も、修理や交換に時間がかかることが間々ある。ことに、車両が故障して本線上で止まってしまった場合には、それを動かしてどかさなければ始まらない。沿線火災で信号・通信関連の設備やケーブルが焼損すれば、それを復旧するまで運転不可能だ。
では、こうした輸送障害による影響はどうなるか。路線全体あるいは一部区間で運転見合わせになることもあれば、一部列車の遅延だけで済むこともある。ところが、発端が1本の遅れでも、遅れが遅れを呼ぶことがある。
特急列車が普通列車を追い越す場合、特急が遅れれば、普通列車は待ちぼうけになって遅れる。先行する普通列車が遅れれば、あとから来る特急は頭を押さえられる格好になり、遅れる。
単線区間で下り列車が遅れれば、途中で行き違いとなる上り列車は待ちぼうけになって遅れる。第70回で書いたように、遅れた列車の接続待ちをすれば、待っている方の列車も遅れる。
天候などの理由から抑止がかかって列車の運行を止めた場合、そのあとで運行を再開すると、多数の列車が一斉に動き出す。すると、終着駅では次々に到着した列車でホームが満線になってしまい、後続列車が手前で待たされることもある。
輸送障害が発生すると何が起きるか
遅延の“延焼”を防ぐため、相互直通運転を行なっている路線では、直通を止めて自社線内での折り返しに切り替えるのが一般的。また、待避や行き違い(交換)を実施する駅を変更したり、駅での発車順序を変更したりして、遅延の波及を食い止めようとすることもある。
大都市圏でしばしば発生するのが、間隔調整。遅れた列車と、その前の列車の間隔が開くと、遅れた列車に利用者が集中して、ますます遅れがひどくなる。そこで先行列車を意図的に遅らせて間隔を平準化するわけだ。
不通区間が1つ発生したからといって全線で運転を見合わせると影響が大きくなってしまうので、運転できるところだけでも走らせようとすることはよくある。ただし途中駅で反対方向に折り返すことになるので、これができるかどうかは線路配線次第となる。
さらにそのあとには、所定ダイヤに戻す作業が必要になる。業界用語でいうところの運転整理である。
第70回で書いたように、余裕時間に収まる程度の遅れなら大事にはいたらないが、それを超えた遅延が起きたら、なにかしらの手を打たなければもとに戻らない。
例えば、行先変更。「この列車は○○行きですが、本日に限りまして△△行きとなります」というやつだ。また、時刻表のうえでは1本の列車だが、途中駅で別の車両に乗り換えてもらう「車両交換」が発生することもある。
遅延発生時の救済手段いろいろ
ある列車が大きく遅れたときに、それが長距離を走る列車だと、影響がおよぶ範囲も広い。そこで、本来の列車と同じ時刻で走る列車を、途中の駅から別に出してしまうことがある。
例えば、東海道新幹線の博多行き下り列車が大きく遅れたときに、当該列車と同じ時刻で走る臨時を新大阪から出して、博多まで先行して走らせる場面が、時折発生する(もちろん逆方向もある)。この場合、同じ「のぞみ○号」が2本、同時に存在することになるが、列車番号は違えてあるので運行管理が混乱することはない。
バス代行が行なわれることも
うまい具合に平行する他社局の路線がある大都市圏は振替輸送が可能だが、それがなければどうするか。事故・災害・工事などに起因して不通区間が生じたときに、バス代行が行なわれることが多い。
これを書いている2024年11月の時点では、工事に伴う長期のバス代行が行なわれている事例として、陸羽西線(新庄~余目)がある。また、函館本線でレール破断による貨物列車の脱線が発生したときには、翌日から復旧までの間、長万部~函館間でバス代行が行なわれた。
ただし、何もないよりマシとはいえ、鉄道と比べれば明らかに輸送力が落ちるだけでなく、時間もかかる。バス代行が発生した場合には、可能なら日程や経路の変更を考える方がよいだろう。
交通系ICは振替輸送の適用対象外
大都市圏では、ある路線で輸送障害が発生して運転見合わせとなったとき、平行する他社局の路線がある場合には、振替輸送を実施するのが一般的。
まず、運転に支障が出た社局の駅で、区間や金額が表示されている乗車券を示して、振替乗車票を受け取る。それを提示することで、振替先となる他社局の利用が可能になる(振替乗車票を省略して、振替輸送先で乗車券を示すだけで済むようにしている社局もある)。
ただし注意が必要なのは、定期券ではない交通系ICカードで乗車していると振替輸送の適用対象にならないこと。これは技術的な話ではなくて、運送約款の問題が影響している。
事前に乗車券や定期券を購入して乗車する場合、乗客が「ここからここまで乗るので、対価を支払いました」ということだから、鉄道事業者の側には運送の責任が発生する。それを果たすための振替輸送である。
ところが交通系ICカードの場合、行程が確定するのは出場してからだ。それでは、事前に区間を決めて運送の責任を発生させるわけにはいかない。入場してから行程を変えられる柔軟性は交通系ICカードの強みだが、意外なところにデメリットがある。