井上孝司の「鉄道旅行のヒント」

東北新幹線の編成分離はなぜ起きた? 安心のためにブレーキの仕組みを知る

JR東日本の新幹線では併結運転の事例がいろいろある。過去には上越新幹線にもあったが、現在は東北新幹線と山形・秋田新幹線の組み合わせのみ

 9月19日に東北新幹線で、編成分離が発生した。併結運転しているE5系「はやぶさ」とE6系「こまち」の連結が切れて、それぞれ個別に停止した。この件に関して、いろいろ思い違いがあるようだったので、今回はブレーキの話を。どんな仕組みでどんな動作をするかを知っていれば、列車に乗っていても安心できる。

 なお、今回の編成分離について、JR東日本は「編成を分割するためのスイッチの端子付近に金属片が見つかったことが推定原因」との調査結果を発表している。

編成分離が起きると自動的にブレーキがかかる

 実は、2両以上の車両を連結して走っている列車では、なんらかの理由で走行中に連結が切れた(解放された)場合に、自動的にブレーキがかかって停車するようになっている。9月19日の件でも、この仕組みは正常に機能した。件の「はやぶさ」「こまち」では、315km/hで走行中に分離が発生して、そこから4.6~4.8km走って停止した。その間の平均減速度は2.97~3.11km/h/sと計算できる。

 新幹線でも在来線でも、ブレーキには複数の段階がある。日常的に使用する「常用ブレーキ」が何段階かあるほか、それよりも減速度が大きい「非常ブレーキ」を用意する。常用ブレーキが7段、その上に非常ブレーキという構成が一般的なようだ。

 具体的な数字を出そう。すでに引退した車両だが、JR東日本のE4系新幹線電車では常用ブレーキの減速度は2.69km/h/s、つまり1秒間に2.69km/hずつ減速する。それに対して非常ブレーキの減速度は4.04km/h/s、つまり1秒間に4.04km/hずつ減速する。ただしいずれも、70km/hを下回ると減速度が下がるようになっている。

 最近の車両では、なんらかの理由によって非常ブレーキが作動すると、自動的に「急ブレーキです」などと放送が入る仕掛けを備えたものがある。もっとも、放送がかかったときにはすでに減速は始まっているから、立っているときに何も掴まっていないと、ひっくり返る恐れがある。常日頃から手すりや吊手は持っておくようにしたいものである。

 新幹線電車の場合、非常ブレーキとは別に緊急ブレーキというものがあり、今回の編成分離で作用したのはこちらだ。また、新幹線では地震の発生を検知すると変電所からの送電を停止するが、車両はそれを検知して自動的にブレーキを作動させて停止する(これは以前にも書いた)。

 編成分離発生時の緊急ブレーキでも、地震発生時のブレーキでも、金切り声を立てて止まることはない。鉄道車両で金切り声を立てるということは、ブレーキによって回転が止まった車輪とレールがこすれているということで、それではかえって止まってくれない。しかも、車輪に平らな場所(フラットという)ができてしまう。

 いかに滑走させずに、かつ早く止めるか。そこで滑走検知装置を設けて、いわゆるアンチロック・ブレーキを作動させることが多い。滑走したらちょっと緩めて、滑走が止まったらまたブレーキを強めるわけである。

JR東日本の40系気動車。連結器の周囲に3本のエアホースがあるのが分かる。これがブレーキ用の圧縮空気を供給するためのもの。もちろん編成分離が発生すればホースも切れるから、それを受けて自動的にブレーキがかかる
とある車両が装備している滑走検知装置の機器箱。ナブテスコ製だが、この会社のかつての社名は「日本エヤーブレーキ」であった

空気を「抜く」とブレーキがかかる

 クルマのブレーキは作動油、つまりブレーキフルードをシリンダに送り込むことで作動させている。それに対して鉄道車両のブレーキは、空気圧縮機で作り出した圧縮空気を送り込んで作動させるのが一般的。

 車輪に制輪子と呼ばれる部品を押し付ける「踏面ブレーキ」と、車輪と一緒に回転しているブレーキディスクをブレーキライニングで挟み込む「ディスクブレーキ」(これはクルマでもおなじみ)があるが、どちらも圧縮空気で作動させることが多いのは同じだ。

JR東日本の燃料電池車・FV-E991系「HYBARI」の台車。右手に、踏面ブレーキ装置と、車輪に押し付けられる制輪子が見て取れる
こちらは相模鉄道9000系のディスクブレーキ付き台車。ブレーキディスクは輪軸と一緒に回転しており、制動時はそれをブレーキライニングで挟み込んで止める

 シンプルに考えると、「運転士がブレーキ操作をしたら圧縮空気を送り込んでブレーキを作動させる」となる。だが、これでは具合がわるい。複数の車両を連結しているときには、車両と車両の間に圧縮空気の配管を渡すが、連結が切れたら圧縮空気の配管も切れてしまう。それではブレーキをかけられない。

 19世紀の後半、アメリカのウェスティングハウスという会社に知恵者がいて、真逆の方式を考え出した。普段は圧縮空気の配管を通じて各車両が持つタンクに圧縮空気を送り込んでおく。そして、運転士がブレーキ操作をしたら、その配管の空気を「抜く」のである。

 編成を貫通する配管から圧縮空気が抜かれると、各車に備えたブレーキ装置が作動して、自車のタンクに貯めておいた圧縮空気をブレーキ装置に送り込む。連結が切れた場合にも同様に、編成を貫通する配管から圧縮空気が抜けるから、やはりブレーキがかかる。これなら安全である。

 今は電気指令式といって電気信号でブレーキの指令を出す方式が一般化しているが、これもやはり、制御線が切れたら自動的にブレーキがかかる仕組みになっている。

ブレーキを作動させる手段いろいろ

 ブレーキは本来、運転士が操作するものである。車両によって、「加速の指令を出すハンドル」と「ブレーキの指令を出すハンドル」が別々に設置されている場合と、ひとまとめにされている場合がある。

JR四国・1200系気動車の運転台。左側にあるT型のハンドルはエンジンのパワーを加減するもの、右側にあるハンドルがブレーキハンドル
FV-E991系「HYBARI」は、ほかのJR東日本の車両と同様に、モーターの出力を加減する主幹制御器のハンドルとブレーキを一体化してある。中間位置から手前に引くと加速して、奥に倒すとブレーキがかかる。7段階の常用ブレーキに加えて、一番奥に「非常」があるのが分かる
「急停止に注意」との掲示は飾りではない。何も掴まらないで立っているときに非常ブレーキがかかったら、転んで打撲するぐらいのことは起こり得る

 実はそのほか、車掌もブレーキを作動させる手段を持っている。昔の客車には「車掌弁」というものがあって、これを作動させるとブレーキ配管の圧縮空気が抜けてブレーキが作動する仕組みになっていた。ただし全車がこれを備えていたわけではなく、車掌弁がある車両とない車両があった。

 今でも、運転台(後ろ側に回ったときには車掌の定位置となる)には、同様の機能を備えるスイッチが設置されているのが一般的だ。車掌が何か緊急事態を見かけたり、通報を受けたりしたときに、急いで止めるためのものである。

 ただしときには、乗客の目に触れる場所に車掌弁が設置されている事例もある。もちろん、非常事態でもないのにむやみに操作してはいけない種類のものである。

 ブレーキ関連の機器が乗客の目に触れる場所に鎮座している事例としては、手ブレーキもある。円形のハンドルを手でぐるぐる回してブレーキをかけるものだ。これは通常、走行中に使用するものではない。今では予備的な存在で、留置しているときの転動防止、要するにパーキングブレーキとするのが主な用途のようだ。日本では、1980年代以前に造られた古い車両でなければ、まず見かけない。

これはかつて、特急「北斗星」で使われていた客車の通路で撮影したもの。右手の、「非常用」と書かれたプレートの上の蓋を開けると、非常停止用のコックがある
40系気動車の運転台では、助士席側の前面に手ブレーキが組み込まれている
これは津軽鉄道の「ストーブ列車」に乗ったときの撮影。常用するものではないので、手ブレーキのハンドルはチェーンでロックしてある。石炭ストーブに石炭をくべるためのトングを掛けてあるのは御愛敬
スウェーデンで乗った客車のデッキに、立派な手ブレーキ用ハンドルが付いているのを見かけたことがある