井上孝司の「鉄道旅行のヒント」

新幹線では夜間に何が行なわれているのか

東海道新幹線で夜間に行なわれている、交換用レールの取り下ろし作業。こうした作業が人目に付くことはないが、安全輸送のためには不可欠なものだ

 現在、日本で定期運行している夜行列車は「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」ぐらいのものだが、かつては多数の夜行列車が運行されていた。また、現在でも貨物列車は昼夜を問わずに走っている。しかし新幹線では、当初から現在に至るまで、夜間には列車が走らないのが基本である。

0~6時は作業時間帯

 列車を安全に走らせるためには、施設・設備の点検やメンテナンスが欠かせない。在来線では、営業列車が行き来している合間を縫って作業を実施したり、日中あるいは夜間に数時間程度の空き時間(保守間合)を確保して作業を実施したりしている。

 ところが、高速運転を行なううえに列車の運行頻度が高い新幹線では、営業列車の合間を縫って作業を行なうのは現実的ではない。300km/hを秒速に直すと83.3m。遠くの方に「あっ列車が見えた」と思ったら、それはたちまち目の前までやってくる。そんな状態で線路内に人や機材を入れて作業をするわけにはいかない。

 そこで新幹線では、営業列車を走らせる時間帯と、施設・設備の点検やメンテナンスを行なう時間帯を完全に分けている。後者は基本的に0~6時の間だが、その6時間を丸ごと使えるわけではない。

 まず、最終列車が終着駅に到着して、線路上から営業列車がすべていなくなったことを確認したうえで、「線路閉鎖」の手続きをとらなければならない。また、電車線への送電を止める「饋電停止」(きでんていし)も必要になる。これらが済まなければ、線路上に作業員や保守用車を入れることはできない。

 しかも、作業の拠点となる事務所や保守基地から現場まで進出したり、現場から戻ったりするための時間も必要になる。人だけなら自動車で現場に近いところまで進出させる手もあるが、資材・機材の類はそうはいかない。撤収の際にも、すべての資材・機材を外に持ち出して、作業対象区間の全体について、忘れ物がないかどうかを見て回る。

 なお、忘れ物防止策として、夜間保守作業のために線路上に立ち入る前と後に「員数確認」が行なわれる。これは目視や紙のリストだけに頼るのが一般的だが、JR西日本ではRFIDを用いて迅速・確実に行なう研究開発が進められている。

東海道新幹線で使われているロングレール輸送車「LRA9200」。これが営業線上を走るのは夜間だけである
LRA9200は、レールを搭載した貨車を前後から機関車で挟んだ構成。このように多数のレールが積まれている。これを迅速に現場で降ろすため、独特のメカを備えている
LRA9200がレールを降ろしている現場。写真の場合、LRA9200は左手に向けてゆっくり走っており、その際に前面からレールを地上に繰り出している

実質的に使える時間は3時間足らず

 筆者は新幹線の夜間保守作業を何回か取材した経験があるが、その際のデータを見ると、線路内に入って作業を開始して、それが終了して退出するまでの時間は、3時間から3時間半ぐらいしかない。

 その短い時間の間に、例えば道床(バラスト)や枕木を交換したり、レールを交換したり、架線(正確にはトロリー線)を張り替えたり、といった、多種多様な作業を行なっている。

 使える時間が限られるから、一度に長い距離にわたって一挙に作業を行なうのは現実的ではない。作業を「やりかけ」の状態で翌朝を迎えることはできないのだ。それでは営業列車が走れなくなってしまう。

 だから、例えば道床交換であれば、一晩に実施できる距離は何十mのオーダーになる(これでも機材の改良によって長くなったのだ)。レールの交換であれば、交換対象区間の両端で既存のレールを切断して取り外したあとに、新しいレールを取り付けて前後のレールと溶接して、正しい精度で組み付けられたかどうかを確認する。これを3時間足らずの間に行なう。

 このほか、防音壁の設置や拡張、電化柱(いわゆる架線柱)の建植や建て替え、レールの頭頂部形状を適切に維持するための削正作業、道床の突き固め、摩耗したトロリー線の張り替えなど、夜間に行なわれる作業の内容は多岐にわたる。それが、施設・設備の状態を維持して、安全・快適な運行を支えている。

道床の突き固めとレールの狂い修正(位置関係が基準内に収まるように修正する作業)を担当する、マルチプルタイタンパー。これは東海道新幹線で用いられているもの
トロリー線の張り替えを担当する架線延線車。これは東北新幹線で用いられているもの。トロリー線の位置はレール上面から5mも上だから、高所作業のための作業台が必要になる
レール頭頂部の形状を適切に保つため、砥石で削るレール削正車。鷲宮保守基地の特別公開(後述)で撮影
鷲宮保守基地の特別公開で行なわれた、レール削正のデモンストレーション

 なお、寒冷地では冬季になると降雪に見舞われるが、その際の除雪作業も夜間の作業時間帯に実施している。

 そして新幹線に特有の事情として、「確認車」がある。夜間作業がすべて完了したあとで確認車を本線上に出して、運行の支障となる障害物がないかどうかを確認する。障害物がないことを確認すると初めて、営業列車を出すことができる。言い換えれば、確認車を出したあとに作業をすることはできない。この確認車が本線上を走り、基地に戻るまでの時間も確保する必要がある。

夜間保守作業がすべて終了したあとに出動する確認車。これは東海道新幹線で用いられているもの。ほかの新幹線では異なるタイプの確認車が用いられているが、障害物を検知するバーや、前方の状況を記録するカメラといった機材は共通装備

新幹線の保守基地はあちこちにある

 基本的に、保守基地は1駅ごとに1か所ぐらいの割合で設けられており、極端に保守基地同士の間隔が空かないように配慮されている。そうしないと、保守基地から現場まで進出するためによけいな時間がかかってしまうからだ。

 旅客にとっては縁のない施設だから、場所が知られていることはあまりない。しかし、ときには旅客の目に触れやすい場所に保守基地が見えることがある。例えば東海道新幹線だと、静岡駅の東方にある柚木や、米原駅の北側にある米原の保守基地は、車窓から見えやすい位置といえる。

 また、東北新幹線の鷲宮保守基地では、過去に何回か、一般公開イベントを開催したことがある。ここは新幹線の本線から西方に離れた、東北本線(宇都宮線)の東鷲宮駅に近い場所。貨物列車でレールなどの資材を搬入できるように、在来線に隣接する場所に設けられている。普段は目に触れることのない保守用車を間近に見られる、貴重な機会だった。

鷲宮保守基地の特別公開で行なわれた、レール溶接のデモンストレーション