荒木麻美のパリ生活
モン・ドールから始まるオーヴェルニュの夏休み、火山と湖と温泉と(前半)
2026年9月19日 08:00
複数回の熱波もあり、今年の夏もパリは暑かったです。8月は少し涼しいところで避暑と思い、フランス中部、オーヴェルニュ地方にあるモン・ドール(Mont-Dore)に行きました。標高約1000mに位置し、冬は20世紀初頭からあるスキーリゾート地、夏はハイキングやトレイルランニングで人気の地です。
宿泊は町の外れにあるアパートにしました。敷地内には山小屋タイプのシャレーもあります。借りたアパートはレトロな雰囲気で、祖父母の家に来たかのようです。
モン・ドールのアパートでまず驚いたのは水道水の冷たさ! 氷水のようです。火山地帯の湧水や地下水を水源としており、とても柔らかくて飲みやすいです。蛇口の水が美味しいというのはとてもありがたいこと。近くの採水地で詰められたモン・ドール名のボトル水も買ってみましたが、水道水で十分でした。
モン・ドールの周辺にはハイキングコースがたくさんあります。そのなかでも中央高地の最高峰であるピュイ=ド=サンシー山(Puy de Sancy、標高1885m)は外せません。山頂からはオーヴェルニュ火山地帯を一望できます。山頂までは町から歩くか、麓から山頂までロープウェイを使って一気に行くこともできます。山頂到着後も体力に合わせて選べるハイキングコースがいくつもあります。
グランド・カスカード(Grande Cascade)は、町から気軽にアクセスできる人気の滝です。滝のすぐ近くまで歩いて行けるため、落差約30mの迫力ある滝を間近で感じられます。
モン・ドールはローマ時代から利用されてきた温泉地で、19世紀には保養地として発展し、特に呼吸器やリウマチ系に効果があるといわれています。温泉施設Thermes du Mont-Doreは療養施設として使われる一方、観光客向けのスパ利用も人気です。私は見学ツアーに参加しましたが、大きなドーム風の空間、色鮮やかなモザイク装飾などの美しさにうっとり。温泉の蒸気を吸い込む部屋は植物園のようです。施設には13の源泉がありますが、現在使われているのは8か所です。人が一番多く来る夏の間は、1日に1000~1250人が訪れると聞いて驚きました!
モン・ドールの町を出てすぐの川沿いに、無料の屋外温泉があります。ほんのり白くてさらっとしたお湯です。ここは1900年前後くらいから使われており、その近くには今では廃墟となっている旧浴場もあります。お湯の温度は一番熱いところでも40℃くらいで、下に行くほどかなりぬるくなりますが、体を冷ましたい人は隣の氷水のような川に入っていました。
モン・ドールからクルマで20分ほどのところにあるミュロル城(Château de Murol)は、中世の雰囲気がたっぷりです。バカンスシーズンはとても混むとあったので、開場時間に合わせて到着。中世の衣装をまとったガイドの解説を聞いてから、鎧を着た騎士による人気の馬上槍試合を見ずに城内に入ったため、人がまばらで大正解。大広間、台所、礼拝堂などをゆっくり見てから最上階へ。周囲の絶景や、庭で行なわれていた馬上槍試合を上から楽しみました。
ミュロル城の案内で一番興味深かったのは、ギヨーム2世・ド・ミュロールについてです。14世紀末から15世紀初頭に活躍したミュロル城の領主・騎士で、城で行なわれているガイドツアーや歴史再現イベントも、彼の時代を舞台にしています。
彼が活躍したのはペストの流行と百年戦争でフランスが混乱していた時代。周辺では略奪や疫病によって村が衰退していました。そのため彼は、城を地域住民の避難所・防衛拠点として強化することに力を注ぎ、現在見られる要塞としての姿の基礎を築きました。彼が歴史上特に有名なのは、自分の仕事を非常に詳しく記した帳簿や自伝的なメモを残したことです。
90歳くらいに亡くなったので、当時としては大変な長生きでしたが、これらの記録は50歳くらいからの20年間書かれています。そこには小作人との契約内容、家臣への支払い、城の修理費、食料や家畜の管理といったことから、個人的な内容、例えば二番目の妻とはなかなかうまくいかなかったことなどまで書かれています。ミュロル城が当時の暮らしをリアルに再現できているのも、この記録のおかげです。
ミュロル城を出て、小さな旧市街やシャンボン湖(Lac Chambon)などを見て回りましたが、あちこちから見えるミュロル城は存在感がありました。






















































