荒木麻美のパリ生活

サン=ジャン=ド=リュズでフランス・バスク地方の食、文化、歴史に触れる(後編)

スペインの国境線が走る山や「フランスの最も美しい村」を訪ねる

今回はバスク地方らしさを感じられるサン=ジャン=ド=リュズ近隣の小さな村や町を紹介します

 バスク地方というと、世界遺産の大聖堂やチョコレートで有名なバイヨンヌに、高級避暑地のビアリッツ、スペイン側に行くとバルで人気のサン・セバスチャンや、グッゲンハイム美術館で有名なビルバオなどが特に知られています。どこも行きたい気持ちはあったものの、2週間の滞在では、サン=ジャン=ド=リュズを中心に、近隣の小さな村や町を見るだけで私には十分でした。

 今回はそのなかから私が特に気に入ったところをご紹介したいと思います。

ラ・ルーヌ(La Rhune)

Webサイト:ラ・ルーヌ(La Rhune、英文)

 ホテルからはクルマで30分くらい。標高約900m。ふもとから徒歩だと往復で5時間半くらいだそうですが、私は登山列車で往復しました。ゆっくりトコトコ進む列車の窓にはカーテンのみで、ガラス窓がありません。上るにつれて風が強くなっていくので、夏でも上着を忘れずに。頂上に着いて、まずは海と山を眺め、強風でしたが周囲をぐるっと散歩してみました。

ここまで自転車で来た人がいてビックリ!

 途中にスペインとの国境を示す印があったので、スペインへ入国です(笑)。

これがスペイン側の風景

 その後、またフランス側に戻り、再び列車で30分くらいかけて下りました。

サール(Sare)

Webサイト:サール(Sare、英文)

 ラ・ルーヌからサールという村へ移動です。クルマで10分くらいです。ここは「フランスの最も美しい村」の一つとなっています。村の中にはレストランとホテルが数軒あるのみで、周囲を歩いてもすぐ見終わってしまうでしょう。でもバスクらしい風景とのんびりとした雰囲気は、私には心地よいところでした。

 村のシンボルである教会もバスク様式で木製バルコニーがあります。私は気が付かなかったのですが、フランス人の夫は「帽子かコートをかけるフックが教会にあるなんて面白いね」と言っていました。

教会裏手にある墓地の墓石にも「ラウブル」と呼ばれるバスク民族の印が

 ここだけではなく、バスク地方のいたるところで巨大な壁を見かけました。「テニス用?」と最初は思ったのですが、「バスク・ペロタ」というスポーツがあり、素手、グローブ、ラケットなどを使って、ボールをこの壁に交互に打ち合うのだとか。

 実際の様子を見たかったのですがその機会がなく残念に思っていたところ、後日、夫が関わっている映画にバスク・ペロタのシーンが必要になり、しかもサールでエキストラの人たちがやるというではないですか! せっかくなので私も見学に行ったのですが、思っていたより激しいスポーツでした。

バスク・ペロタ

 なお、写真では見にくいかもしれませんが、壁の上にある赤地に白十字、緑のバッテンが入った旗は、バスクの旗で「イクリニャ」というのだそうです。この旗もバスク地方のいたるところで見かけました。

 サールの村の中を見たところでランチに。向かったのは「Baketu」というレストランです。一瞬日本語の「バケツ?」と思いましたが、辞書で調べると「静まる」とか「和らぐ」といった意味のバスク語のようです。

Baketu

所在地:Le bourg, 64310 Sare
TEL:+33(0)6 37 38 01 22

 ここで頼んだのは「仔牛肉のアショア」と「ヤギのチーズのサラダ」です。「アショア」というのはバスク地方の伝統的な家庭料理。ひき肉、タマネギ、ピーマン、パプリカ、ニンニク、そしてバスクの名産エスプレットなどの入った煮込み料理です。エスプレットの辛みがほどよく効いており、素材の味が引き立つ素朴な味わいです。

なにか頂戴と、かわいこちゃんが各テーブルをまわっていました

 このレストラン、パティスリーでもあるのでデザートもすべて自家製です。リンゴのタルトとレモンのタルトを頼みましたが、どちらもタルト生地がサクサクであっという間に食べてしまいました。しかもこれだけ食べて30ユーロ(約3900円、1ユーロ=約130円換算)くらい。お勧めです。

 ランチを食べて次の目的、サールの洞窟へ。サールからはクルマで10分くらいです。入場料は大人8.5ユーロ(約1100円)。洞窟内の写真撮影は禁止されています。

Grottes de Sare(サールの洞窟)

所在地:Grottes de Sare, 64310 Sare
Webサイト:Grottes de Sare(英文)

 バスク地方に行くと、バスク語をメインにフランス語、スペイン語、英語が併記されていることが多いです。バスク語はヨーロッパのどの言語グループにも属さない、起源が謎の言語とされているのですが、世界でも最も難しい言語の一つともいわれているとか。

一番上にバスク語、その下にフランス語、スペイン語、英語が併記されています

 バスク地方では学校でバスク語を習うそうですが、何人かの地元に人に聞いてみたところ、「話せるよ!」と自信をもって答えた人にはほとんど会えませんでした。ただ、スペイン側に行くとバスク語を話す人はとても多いようです。

 さて、この洞窟はある程度の人が集まると、ガイドさんの先導に従って見学します。説明の言語は集まったお客さんが理解できる言語に合わせて、バスク語、フランス語、スペイン語、英語となります。見学が始まると、ガイドさんの歩みに従って洞窟内がライトアップされ、途中には先史時代の生活の様子を再現する人形などもあります。

 洞窟がどうできたのか、近代にいたるまで洞窟がどう使われてきたのか、中に住むコウモリの生態なども含め、ガイドさんが多岐に渡って説明をしてくれたので、あっという間の45分間でした。ちょっと慌ただしいので、私はもっとゆっくり見たかったくらいです。

洞窟横の売店で売っていた、バスク地方では誰でも知っているという「ラミナ」という妖精(妖怪?)の人形。バスク地方には魔女や妖精、妖怪の話がとても多いです

 ちなみに私たちのガイドさんはサール生まれの人でしたが、長い間メキシコで暮らしていたそう。でも歳をとり、子供たちも自立したので生まれ故郷に戻ってきたとか。「ここはファミリーが団結して暮らす土地なの。サールに戻ってこられて本当に幸せ」とのことでした。

洞窟を出て近くを散歩していたらバスク地方固有種のポニー、ポトックを間近に見られました。とても人懐こい子で、柵越しに私の靴をしばらくかじっていました

ゲタリー(Gethary)

Webサイト:ゲタリー(Gethary、英文)

 サン=ジャン=ド=リュズのすぐ北にある町がゲタリーです。サーファーが集まるところとして有名のよう。でも私はサーフィンに特別な興味があるわけではありません。

ゲタリーは駅も小さくてこじんまりした町です

 サン=ジャン=ド=リュズのExte Nami(エチェ・ナミ)を訪ねた際(関連記事「サン=ジャン=ド=リュズでフランス・バスク地方の食、文化、歴史に触れる(前編)」)、オーナーのグロリア・玲子・ペドゥモントさんが「ゲタリーに最近、『八百屋さん』ができたのよ」というのでよく聞いてみると、日仏カップルが日本・バスクのエピスリーを始めたのだとか。これは行かなくては!と思い訪ねてみたというわけです。

YAOYA Epicerie Guéthary

所在地:251 avenue du Général de Gaulle, 64210 Guéthary
営業時間:9時30分~13時、16時30分~19時30分(火・日曜日の午後は定休)

 訪ねて見るとお客さんの多さにびっくり。大盛況です。できるだけ邪魔をしないように店内をあちらこちら見ていたのですが、本業は写真家とデザイナーの夫婦がオーナーというだけあって、とにかくオシャレ! ついでに来ている人たちもオシャレ! フランス版「ELLE」で特集を組まれたというのも納得です。

 YAOYAオーナーのビエルあいさんに少しお話を聞かせてもらったのですが、ピレネー地方生まれのセドリックさんともども、10年以上前からサーフィンをしているそう。それもあってこの地を気に入って移住を決め、本業の傍らYAOYAを今年の6月に開店することになったのだとか。

 傍らといっても片手間にやっているわけではまったくなく、お店一番のお勧めである野菜や果物は、夫婦自らが知人の畑を手伝い、愛情を込めて収穫した作物です。

 そのほかの商品もすべてオーナーがこだわって選んだものばかり。例えばお店で売っているパンは、夫妻の知人がバスク産の小麦粉に天然ビール酵母を使って作っているものだとか。パンを少し買って帰りましたが、噛めば噛むほどに味が出てくる私の大好きなタイプのハード系のパンでした。

 この辺には飲食業に携わる人が多いということもあり、野菜や果物も含めて、お店で扱う商品はとても喜ばれているとのこと。

 そのほかにもあいさんがデザイナーということで、自らテキスタイルをデザインしたショールなども置いてありました。

 Exte Namiもそうですが、このYAOYAも日本、そしてバスクへの深い愛をたっぷりと感じられる場所でした

かわいい看板犬も店内を自由に歩きまわっていました。写真には写っていませんが、お店の片隅ではビエル夫妻の愛娘も大人しくお留守番

 YAOYAさんをあとに、ランチを食べにレストランへ。お魚が美味しいところがよいなと「Casamar(カーサマール)」というところに行ってみました。アンチョビとブッラータというフレッシュチーズを前菜に、メインにはスズキとアンコウを。どれも新鮮だし、メインの焼き具合もちょうどよい感じ。

 私たちが行った日はあいにくの大雨・強風でしたが、お天気がよければテラスで食べるのも気持ちがよさそうです。

Casamar(カーサマール)

所在地:15 rue Estalo, 64210 Guéthary
TEL:+33(0)5 59 51 64 99
Webサイト:Casamar(仏語)

 Casamarでは食事のみで、次のレストランへ。というのも夫の知り合いが別の映画の撮影のためにゲタリーに来ていたので、お茶でも飲もうということになっていたのです。向かった先は「Hétéroclito(エテロクリト)」というレストラン。ここも魚介類に強いレストランです。知り合いはランチがまだということで、ムール貝を軽くニンニクで炒めたものを食べていました。

 ほかのテーブルの料理も横目で見たところ、ここはお皿もステンレスだし、Casamarに比べてもっと素朴でダイナミックな料理でこちらも美味しそう。客層はCasamarより若い感じでした。この日はあいにくの大雨でしたが、天気のよい日なら窓から海を眺められるのもよいですね。

 知り合いがムール貝を食べ終わるのを待って、一緒にデザートだけを食べましたが、チーズケーキやチョコレートケーキなどがガラスポットに入って出てくるのがユニーク。どちらも美味しかったですが、特にチョコレートケーキはチョコレートの味が濃厚!

Hétéroclito(エテロクリト)

所在地:Chemin de la plage - bord de mer, 64210 Guéthary
TEL:+33(0)5 59 54 98 92
Webサイト:Hétéroclito(英文)

 2週間の滞在中、地元の人が「バスク人」と言っているのを何度も耳にしましたし、いたるところにバスクのシンボルマークや旗がありました。バスクの人はこの地に強い愛情と誇りを抱いているのでしょう。現代に続く複雑な歴史的背景を抱えながら、バスク語をはじめとして、独自に発展してきたバスク文化。これからも大切に受け継がれていくことでしょうね。

 今回サン=ジャン=ド=リュズに行くことが決まり、そのことをパリでフランス人たちに告げると、口をそろえて「わー、いいねー!」と言われたのですが、美しい海と山に囲まれた土地と、そこにある白い壁に赤い窓枠と屋根という、バスクの伝統的な建物が多く残る町並み、そして美味しい食材の宝庫であることがその理由であるようです。

 確かにそのとおりで、私も2週間という短い期間ではありましたが、興味の尽きないところでした。バスク地方は雨が多いと聞いていましたが、確かに天気がとても変わりやすかったです。でも雨の日でも終日大雨ということはなかったので、天気予報を見ながら予定を組めば問題ありませんでした。バスク地方は広いです。今回は行けなかったところにも、機会があれば訪ねて見たいと思います。

バスク地方の名産品、エスプレット
自分用のお土産に買ったオーガニックエスプレットの粉末

荒木麻美

東京での出版社勤務などを経て、2003年よりパリ在住。2011年にNaturopathie(自然療法)の専門学校に入学、2015年に卒業。パリでNaturopathe(自然療法士)として働いています。Webサイトはhttp://mami.naturo.free.fr/