旅レポ

「九州の小京都」熊本県人吉の街をゆく

県内初の国宝「青井阿蘇神社」を中心とした散歩ルートで“隠れ里”の雰囲気を味わう

 熊本応援企画の第6回目は、県南部の人吉市。熊本市中心部からは鉄道で2時間(快速で1時間半)と、南北に長い移動を要し宮崎と鹿児島の県境もすぐそこ、という山あいの街だ。九州山地に囲まれた立地とあって、隠れ里といった雰囲気が醸成されてきたエリアでもある。今回は人吉駅前から徒歩でスタートし、4時間弱で回れるルートを歩いてみた。そのなかには人吉城跡や、国宝にも指定されている青井阿蘇神社という、“もう一つ”の阿蘇神社もある。

まずは人吉駅でオススメスポット情報をゲット

JR肥薩線 人吉駅

 人吉市の中心部は九州自動車道人吉IC(インターチェンジ)から2km弱。熊本市の中心部からは90km近く走ることとなり、レンタカーで1時間ほどだろうか。レンタカー移動もよいが時間に余裕があれば鉄道の利用も視野に入れておきたいところ。

 熊本駅からはJR鹿児島本線とJR肥薩線を利用するかたちとなるが、「SL人吉」や「いさぶろう・しんぺい」といったD&S(デザイン&ストーリー)列車でアクセスするのもよいだろう。所要時間は片道で1時間半〜2時間といったところ。特に肥薩線は、経由地でもある八代海に流れ込む球磨(くま)川沿いを走っているので、深い渓谷の眺めを楽しめる。人吉駅には、「人吉鉄道ミュージアム MOZOCAステーション868」や転車台といった“鉄”成分が多めのスポットもある。

駅に直結している人吉市観光案内所

 筆者は福岡からクルマで現地入り。駅前に駐車して人吉駅の観光案内所で見どころを探ってみる。そこでは青井阿蘇神社から街全体をグルっと歩くルートマップを提案されたので、そのとおりに歩いてみることに。

 人吉駅前には、からくり時計が建っており、1時間毎に臼太鼓踊りなど日本遺産にまつわる演舞が披露される。人吉駅と、もう一つの鉄道会社である「くま川鉄道」のサービスカウンターではレンタサイクルのサービスもあるので、より多くのポイントを回りたい! という場合は利用してみるのも手だ。

JR九州のD&S列車「いさぶろう・しんぺい」
くま川鉄道のサービスカウンター。くま川鉄道は人吉駅から湯前(ゆのまえ)駅を結ぶローカル線だ
人吉駅前に建つからくり時計。到着時、ちょうど演舞が披露されるタイミングで撮影ができた
人吉鉄道ミュージアム MOZOCAステーション868
駅前通り。ここから青井阿蘇神社へと向かう

熊本県唯一の国宝「青井阿蘇神社」

青井阿蘇神社(熊本県人吉市上青井町118)

 JR人吉駅から駅前通りを400mほど行くと、最初の立ち寄りスポットである「青井阿蘇神社」(熊本県人吉市上青井町118)に到着。

 茅葺き屋根の意匠が特徴的なこの神社は、806年(大同元年)に創建され、現在の本殿は江戸時代初期に造営されている。2008年には本殿、廊、幣殿、拝殿、楼門が熊本県初となる国宝に指定された。

 名称にもあるとおり、阿蘇神社の御祭神十二神の内の三神の御分霊が、ここ青井阿蘇神社に祭られている。健磐龍命(たけいわたつのみこと)、妃の阿蘇津媛命(あそつひめのみこと)、その2人の子供である國造速甕玉命(くにのみやつこはやみかたまのみこと)の三神。

 室町時代から江戸時代にかけて700年もの間、藩主を務めてきた相良氏が中心となってさまざまな文化財を生み出してきたが、ここ青井阿蘇神社をはじめとする人吉エリアは、その宝庫としても知られている。

禊橋
鳥居からのぞく楼門
楼門
拝殿
楼門から本殿を真横から見たところ
本殿脇にある青井大神宮
拝殿の脇には青井稲荷神社と宮地嶽神社があり回廊となっている
球磨焼酎の全蔵元を集結させたディスプレイ

人吉城正門が移設された「武家蔵」までの道のりに「川の街」を感じる

球磨川にかかる人吉橋
透明度の高い水が流れる球磨川

 青井阿蘇神社をあとにし、再び駅前通りに戻り、さらに南に向かって次のポイントへ。すぐに大きな橋が現われて球磨川を渡る。次の目的地は、人吉城のかつての正門が移設されたという「武家蔵」。

 そうして歩いている途中、「ゆうれい寺」の看板が現われた。永国寺という曹洞宗の寺院だが、幽霊の掛け軸が展示されている場所として聞き覚えのある読者もいるかもしれない。

歩いていると「ゆうれい寺」の看板が目に入る
幽霊の掛け軸で有名となった永国寺。現在は仮本殿に掛け軸が置かれている
永国寺から歩いて数分の「武家蔵」

 そこから東に進むと、城の門のような入口をもつ建物が現われた。この門こそ人吉城の堀合門が移設された武家蔵だ。さっそく脇の入口から入場し入館料300円を支払う。その奥には、青井阿蘇神社でも見られた分厚い茅葺き屋根の「御仮屋:おかりや」と日本庭園がお目見え。御仮屋の中は囲炉裏のある部屋や、西郷隆盛が「西南戦争」の後に30日間ほど滞在した部屋が資料とともに公開されている。2階建て構造を持つこの屋敷には隠し部屋があり、屋根裏の隣にスペースが設けられているところも確認できる。今となっては貴重となった松の一枚板が用いられた床材など、建物全体が資料そのもの、といった内容だ。

武家蔵には人吉城から移設された「堀合門」がある。人吉城の唯一現存している構造物でもある
御仮屋の外観。こちらは江戸時代に移設された建物
武家蔵の屋内は資料とともに公開されている
庭側から見る武家蔵
日本庭園。右奥には富士山を表した山が盛られている
天井を見上げると左側の竿縁が縦方向に通っているのが確認できるが、武士が切腹するときの「床差しの間」として使用されていた
茅葺き屋根の様子がよく分かる屋根裏。台風による強風時にも建物全体がしなるように、建材の接合部分には、隙間が確保されている
床材には湿度変化による影響が少ない松が使用されている
屋外には武士が使用していた石風呂が展示されている
屋根の右側が屋根裏。左側には隠し部屋がある
茅葺き屋根を下から見上げると分厚さがよく分かる

城壁に「武者返し」が残る人吉城公園

武家蔵から人吉城公園方面に歩いていくと、球磨川の支流でもある胸川に架かる大手橋に到着
大手橋を越えると多聞櫓が現れる。ここが人吉城の西側を守っていた城壁である

 武家蔵から歩くこと200m。小さな川に架かる橋を渡るとそこは「人吉城公園」の敷地内。中に進んでいくと「人吉城歴史館」なる建物や広大な芝生広場があり、その向こうに城壁跡が見える。

 人吉城歴史館は、当時の藩主として人吉を統治していた相良家の資料など、人吉城が長きに渡り繁栄してきた資料が展示されている。入館料は高校生以上の大人が200円。建物の中心には、発掘作業によって出現した井戸が復元されていて見学することが可能だ。

 人吉城歴史館から芝生広場を通って城壁方向に歩いていこう。ここまでくると球磨川に沿って城壁が続く様子が確認でき、まさに「天然の堀」といったところだ。中に入っていくと、球磨川に向けた「水手門」の位置関係もよく分かる。

 三の丸があった場所は平地にならされており、人吉市が一望できる展望台となっている。そこまでたどり着くためには高低差のある石段を登っていかなくてはならず、少しハード。しかしその眺望は九州山地を背にする隠れ里の全貌が見られるので、ぜひ登っていただきたい。

 景色を楽しんだら城下町として栄えた鍛冶屋町通りに向かってみる。

芝生広場の向こうには人吉城跡
植え込みの形状が当時の櫓や塀の位置関係を表わしている
人吉城歴史館
芝生広場では地元の消防団が訓練を行なっていた
芝生広場の反対側にある間米倉から入城
塀の上に突き出た「武者返し」。ねずみ返しともいわれている
水手門跡。球磨川に面していたことがよく分かる
三の丸の展望台に登っていくには堀合門から入場する。ちなみにこちらはレプリカ
三の丸広場
三の丸から人吉市街を望む
一段上の、二の丸広場の奥に進むと本丸があった場所につながる
球磨川に架かる「水の手橋」。ここを渡って市街地方面に戻る
水の手橋から人吉城跡を見ると、その全貌が分かりやすい

石畳の裏通り的な雰囲気の鍛冶屋町通り

路地裏のような鍛冶屋町通りの入り口付近

 人吉城をあとにして、水の手橋を渡り人吉市街地に戻ってきた。スタートからここまではゆっくり歩いたとして3時間ほどだろうか。今回のルートの最後に、かつて城下町として栄えた「鍛冶屋町通り」に立ち寄ってみたいと思う。

鍛冶屋町通りの中心にある正光刃物製作所
正光刃物製作所の隣には、石蔵を改装した「世界一小さな美術館Chobit」がある。芝生もあるコミュニケーションスペースといったところ

 ここは、かつて60軒ほど鍛冶屋が密集していた通りだが、現在は包丁鍛冶店は数軒まで減少し、残った蔵が別業態となり営業している。通りに踏み入ってみると、2017年の正月が明けたばかりで、それほどひと気はなかったが、無料で見学できる店舗がいくつか営業中だったので入店してみた。

 みそ・しょうゆ蔵の看板を掲げている釜田醸造所は、作業スペースをすべて公開して見学者の対応をしている。しょうゆの香りが立ち込める工場内の通路を、職人と挨拶を交わしながら進んでいくと、さまざまな機器や発酵部屋を見学することができる。最後にオリジナルの「みそアイス」(270円)を食してみたが、いうなればサッパリとした塩キャラメル風のモナカアイスが絶品だった。

みそ・しょうゆ蔵として一般の見学に対応している釜田醸造所
釜田醸造所の中に入ると奥まで続く通路がある。進んでいくとさまざまな機器が並ぶ
諸味室。中を覗くと発酵中の諸味からプチプチと気泡が出ているのが確認できた
水圧機。1年間寝かせた“もろみ”をプレスして、醤油になる前段階の液体を生成する
瓶詰機部屋
みそ袋詰室
見学スペースの終点
もちろん、味噌も販売されている
物販コーナー
オリジナルのみそアイス(270円)

 しょうゆの次は「お茶」。釜田醸造所の隣には人吉球磨茶を販売する立山商店がある。ここでは茶葉の販売だけでなく、人吉球磨茶の歴史館としてさまざまな資料が展示されており、試飲をしながら人吉球磨茶を楽しめる店舗となっている。

人吉茶を販売している立山商店
人吉球磨茶の歴史的資料が多く展示されている
人吉球磨茶の特徴は、玉緑茶とよばれる丸みを帯びた形状の茶葉であること
販売コーナー

2015年に国内初認定を受けた「日本遺産」や温泉など、見どころいっぱい

 人吉球磨エリアは、鎌倉時代から明治維新と700年もの長い年月、外から攻めづらい地形にあったこともあり、多くの文化財がそのままで伝えられている。

 宿泊を兼ねれば、今回は紹介できなかった人吉温泉や、伝統工芸を体感できる「人吉クラフトパーク」、季節によっては日本三急流の一つである球磨川の川下りといったアトラクションも楽しむことができる。

 ここまで楽しむには1日では足りないことは確実なので、ぜひ宿泊を兼ねたスケジューリングで訪れていただきたい。

鍛冶屋町通りの北端。今回は通りの南側から歩いてきた

赤坂太一

福岡市在住のライター。トラベル Watchでは、九州・山陽エリアの取材を担当することが多い。自動車誌をはじめとする乗り物系媒体に寄稿しているが、最近では一般紙から新聞の取材も。東京から福岡に移住して5年目をむかえた札幌生まれ。ブログはhttp://taichi-akasaka.com/