旅レポ

摩天楼発祥の地・シカゴを歩く(その2)

建築が好きになる! ライトの家から超高層ビルまで

 世界の名だたる建築家が活躍した街、シカゴ。街を歩けば、知らず知らずのうちに上を見上げてしまうほど、個性豊かなビルが並び、郊外のオークパークには近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトが設計した建築が残っています。シカゴ歩きの第2回は近代建築の宝庫とされるシカゴの魅力に迫ります。

摩天楼のきっかけは火事だった?

「摩天楼」という言葉はシカゴから始まった……と聞くと、意外な気がしますか? どちらかというと、ニューヨークのマンハッタンや香港の高層ビル街を思い描いてしまうかもしれません。

 しかし、高層ビル街が米国で一番早く出現したのはシカゴ。そのきっかけは、1871年の大火事でした。街の南から出火した火事は、あっという間に燃え広がり、市の3分の2を焼いてしまったそうです。

 大打撃を受けたシカゴですが復活は早く、焼け出された人々のため、一度にたくさんの住宅を供給するためにも、高層ビルが次々と建設されました。

 最新のビルに混じり、いまも100年前の高層ビルがちらほら残っています。シカゴの街を歩けば、まるで、ビルの見本市のように新旧さまざまなビルを一度に見ることができます。

船から眺めるシカゴの街並み

 歩いて建築を楽しむのもいいのですが、観光客に人気があるのがシカゴ川から見学する「建築リバークルーズ」です。大統領選に出たことで話題の大富豪、トランプ氏が建てた92階建てのビルの前にクルーズ船の乗り場があります。

リバークルーズの乗り場

 さっそく船に乗り込み、屋上のデッキに出てみれば、さきほどのトランプ氏のビル、円柱を重ねたかのようなしなやかなデザインのトランプ・インターナショナル・ホテル&タワーのほか、1922年に建設された時計台が美しいリグレービル、シカゴの新聞社「シカゴ・トリビューン」のゴシック調のトリビューンタワーなどが見渡せます。

屋上デッキからは左右どちらも見渡せる
トランプ・インターナショナル・ホテル&タワー

 滑るように船が動き出すと、前方にまるでトウモロコシのようなデコボコした円形のノッポビルが2本、見えてきました。「コーンビル」と愛称で呼ばれるマリーナシティ。

 オフィスと住居を兼ねたビルで、下層階は駐車場になっているのですが、柵は見えず、いまにも車が落ちそうです。船のアナウンスで「車をパーキングに入れるプロの人が雇われています」と放送があり、ほっとしました。

「コーンビル」と呼ばれるマリーナシティ

 川が合流する地点にさしかかると、36階建てのスリー・スリー・スリー・ウエスト・ワッカー・ドライブというビルが登場しました。扇形のこのビル、ガラスの窓面に向かい側のビルが映し出され、まるで油絵で描いたかのような色彩に見えるのです。思わず見とれていると、船が左手に進路を取り、次第に高層ビルから離れて低層階のビルが多くなってきました。

スリー・スリー・スリー・ウエスト・ワッカー・ドライブ

 いくつかの鉄橋をくぐり抜けていくと、火事の原因だったと言われている牛舎のあったエリアでUターン。ちなみに、牛舎の跡地は、いまではなんと消防署が建っているのだとか。

 いま来た川を戻り、ミシガン湖へ出てあらためてシカゴのビル群を振り返ると、まさに絶景。人工的な光景ではあるけれど、さまざまなビルの競演に感動します。

ミシガン湖から眺めるシカゴシティ
橋の下をくぐりぬけるのも楽しみのひとつ

傾くガラス面に絶叫! ジョン・ハンコック・センター

 リバークルーズでシカゴの街並みを掴めたら、今度はビルの屋上から街を俯瞰してみましょう。個性的なビルが建つシカゴで、シンプルだからこそ目立つ黒い台形のジョン・ハンコック・センターへと向かいます。鬼の角のように2本のアンテナがニョキッと生えていて、X字に組まれた鉄骨がトレードマークです。

ジョン・ハンコック・センター
Xに組まれた鉄骨も目の前に
美しいミシガン湖

 展望台からの眺めは抜群で、周囲の高層ビルやダウンタウンの街並み、ミシガン湖の広さが分かります。そしてぜひ体験していただきたいのは、「The Tilt!(ティルト!)」。これは、ガラスの壁面に立つと、「ガクン!」と傾くというアトラクションなのですが、並んでいる最中にも「ぎゃあああ」と悲鳴が聞こえてきます。

これが噂のThe Tilt!(ティルト!)
「ガクン!」皆さん、腰が引けてます

 さっそく私も体験してみました。高いところは大好きなので、むしろ眺めがよくて気持ちいいのですが、ジワジワと体が外にせり出し、斜めになっていくと、落ちないと分かっていても腰が引けてしまうもの。

 今日に限ってネジがゆるんでないか心配になってきます。真下にはクルマが走り、人が歩いているのが見えます。地上を歩いている人も、うっかり上を見上げないほうがいいかもしれません。

地上412mの恐怖 ウィリスタワーのザ・レッジ

 続いて訪れたのは、長方形の箱を積み上げたような110階建てのウィリスタワー。104基のエレベーターに約1000個のトイレ……と聞けばその巨大さが分かります。

ウィリスタワー

 103階のスカイデッキをぐるりと回っていると、ビルの窓から約1.3mほど飛び出た透明のキューブを発見しました。その名も「ザ・レッジ」。上も下も横も透明ですから、中に立つとまるで浮いているような気分です。地上412m、真下の建物も道路もよく見えます。

見てるほうもドキドキするザ・レッジ
慣れると楽しい? 思わず座ってしまいました

 元気な子供たちは、こともあろうかキューブの中で大ジャンプ! 揺れるキューブに大人たちは顔面蒼白で、震える足のお父さんが本気で子供を叱っていますがどこ吹く風。お父さん、息子さんは、とび職に向いているかもしれませんよ。

高層ビルがぎっしり密集したシカゴの中心部

 そのほか、シカゴの街には、フランク・ロイド・ライトと並び、近代建築の父として知られるミース・ファン・デル・ローエが設計した重厚感ある連邦政府センタービルや、860-860 レイクショア・ドライブ・アパートも残っています。

 しかし、正直なところ、ミースの作品は、外観を見ても、あまり珍しくはないかもしれません。なぜなら、東京にもありそうなビルだからです。当時としては画期的な、外壁では支えず梁や柱で支える「カーテンウォール」という構法で、これが日本でも採用され、広まったそうです。

 派手さはありませんが、1つ1つのビルに歴史や当時の最新技術が詰まっていて、改めて建築は面白いと感心しました。

日本愛がほとばしるライト建築

 さあ、いよいよ建築めぐりも終盤です。街の中心から西に約19km、高級住宅地として知られている閑静なオークパークに、世界的建築家であるフランク・ロイド・ライトが設計した住宅がたくさん残っています。

閑静な住宅街オークパークの中心街

 ライトといえば、日本でも旧帝国ホテルや自由学園明日館の設計などで知られていますが、ライトの作品は日本の建築に大きく影響を受けています。

 そのきっかけは1893年に開催されたシカゴ万国博覧会。京都市宇治市の平等院鳳凰堂を模して建てられた日本館「鳳凰殿」と出会ったライトは、自然と調和するシンプルで無駄のない設計に感動。自宅兼仕事場にも日本建築の技法や装飾を随所に取り込んでいます。

ライトの代表作であるアーサー・B・ヒュートレイ邸

 ちなみに万博会場でひときわ話題を呼んだ鳳凰殿、当初は会場の片隅に建てられるはずだった日本館ですが、日本が近代的な国家であることを世界に披露する絶好の機会だと、何度も交渉してメイン会場に建設することができたそうです。

 日本からやってきた職人の仕事ぶりにも注目が集まり、建築中も見物客で賑わったのだとか。ライトもそのなかの1人だったのでしょう。

ライト邸への入り口。スタジオと自宅が一緒だった
ライト邸

 ライトの家は和洋折衷。障子や襖などのデザインを取り込んだ家具のほか、狭い廊下から広がりのある空間への誘導などはまるで茶室のようで、探してみるとあちこちに「日本らしさ」があふれています。

ベッドルーム
ドーム型の天井
押入れっぽい?
木材を使った温かみのあるバスルーム
自然の光が優しい

 欧米の家であれば、これみよがしにグランドピアノをドーンと真ん中に置いてあるものですが、ライトの家ではまるで「弾くときだけ見える」という押入れ方式。ピアノが階段まで迫り出していて、表から見たり裏に回ったり。からくり屋敷のような仕組みに、ついつい長居したくなります。

前から見るとアップライトピアノに見える
ところが実は階段にせりだしているピアノ

 1階は仕事場になっており、吹き抜けの大きな仕事場やお客さんとの打ち合わせスペース、そして図書館など、どの部屋もライトのこだわりが詰まっています。

 ライト邸の周辺には、しっくいでできたフランク・W・トーマス邸やイギリス・チューダー王家のスタイルで建てられたネイサン・G・ムーア邸など、ライトが設計した家が建ち並んでいますが、大きさや形こそ違えど、トレードマークであるひさしの「水平線」に、ひと目でその家がライト設計かどうか分かります。100年経ったいまでも実際に使用されているので、外から静かに鑑賞しましょう。

フランク・W・トーマス邸
ネイサン・G・ムーア邸

 こじんまりした地区ですが、ライトのほかのもう1人、歴史の偉人が誕生した街でもあるのです。それは「誰がために鐘は鳴る」「老人と海」などの作品を残したノーベル賞作家のヘミングウェイ。三角屋根が特徴のこの家は、現在公開されており、ヘミングウェイの幼少時代の生活を知ることができるので、すぐそばの博物館とともに寄っていきたいですね。

オークパークでお腹を空かせて

 オークパーク建築めぐりの最後に、お勧めのランチ情報を。数年前にオープンして以来、地元住民に大人気のレストランがあります。

 それは「ザ・リトル・ジェム(THE LITTLE GEM)」。素材の味を活かしたシンプルでヘルシーな料理を提供しています。チーズたっぷりのオニオンスープやクリームソースを添えたホタテのロースト、ホームメードのミートローフやニンニクで炒めたネギをこんがり焼いたトーストに挟んだサンドイッチなど、どれも味が優しく日本人好み。

濃厚なオニオンスープ
新鮮なホタテを使った一品
ボリューミーなミートローフサンドイッチ

 なかでも特にお勧めなのが、ベジタリアン・パベという料理。マッシュポテトやオニオン、ニンジンやトマト、キュウリにクリスピーなリークネギなどを彩りもよく重ね合わせた美しい料理。添えられたクリームソースとグリーンのバジルオイルとの相性も抜群です。

お勧めはベジタリアン・パベ

 この素敵な店のオーナーはショートボブの似合う陽気な女性、ジュディッシュさん。幼少の頃、英国から家族で移住し、ニューヨークでジャズバーを経営されていたそうですが、オークパークにいる友人を訪ねるうち、この街が気に入ってついに引っ越してきたそうです。

明るく陽気なジュディッシュさん

「なによりも、素晴らしいコミュニティに惹かれました。人種も出身地もいろいろですが、民族の多様性を受け入れながら発展している。ニューヨークのときと違ってこじまんりしたお店ですが、地元の人にくつろいでもらえたら」と話してくれました。

「GEM」とは宝石という意味ですが、1人1人が輝く場所であってほしいと店名に採用。夜は種類豊富なバーボンやアイリッシュウイスキーを片手にジャズの演奏も聞けるそうです(演奏は月曜、火曜、要確認)。

 ジュディッシュさんの顔写真を撮っていたら、「あなたがカウンターの中に入りなさいよ!」とカメラを取り上げられてしまいました。「うん、あなた、酒場の女が似合う! ここで働く?」と笑う彼女。お店の一番の魅力は、ジュディッシュさんのユーモアと笑顔かもしれません。

特製バーボンやウイスキーも充実
取材していたらカウンターの中に?
The Little Gem

所在地:189 N.Marion Street, Oak Park
WebサイトThe Little Gem(英語)

 ちょっと駆け足ですが、いかがでしたでしょうか? 近代建築の宝庫であるシカゴの街を歩けば、一日で建築通になれること間違いなし。ぜひ、上から下から、時間をかけてゆっくりと訪れてみてください。

白石あづさ

フリーライター。主に旅行やグルメ雑誌などで執筆。北朝鮮から南極まで世界約100カ国を旅し、著書に「世界のへんなおじさん」(小学館)がある。好きなものは日本酒、山、市場。