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ベビーカーと車椅子を気兼ねなく持ち込める「ひだまりスペース」搭載。子育て世代にアピールする京王電鉄2000系を見てきた

2025年10月27日 公開
京王電鉄が新型車両2000系を報道公開した

 京王電鉄は10月27日、若葉台の車両基地で新型車両2000系を報道向けに公開した。

 2000系は地上線専用車で、都営地下鉄新宿線への乗り入れは行なわない。2026年1月31日から京王線内で営業運転を開始する予定だ。

 製造は、総合車両製作所(J-TREC)が担当している。現在の計画では、2025年度と2026年度に2編成ずつ、合計で10両編成×4本・40両を製造することになっている。

編成の全景。手前が新宿方先頭車(10号車、2701)で、以下9~1号車はそれぞれ、2001-2051-2501-2101-2551-2651-2201-2251-2751という車番

藤本美貴さんが「子連れの外出」について語る

現車の取材に先立ち、藤本美貴さんによるトークセッションを行なった

 少子高齢化が進むなかで、各地の自治体では「子育て世代の奪い合い」が起きているという。それは、鉄道事業者にとっても他人事ではない。子育て世代が沿線に住んで、日常生活のなかで鉄道を利用してくれることは、持続的な鉄道事業を実現していくうえで無視できない要素である。

 ところが、公共交通機関を利用する際に、特に小さな子供を連れて歩くのは案外とハードルが高い。近年、バリアフリー関連の施策が進んだことで、ベビーカーを利用する際の敷居は下がったが、それだけの話ではない。

 すぐ退屈してしまう小さな子供を連れた状態で、どう「快適な移動」を実現するか。周囲の乗客に気兼ねすることなく、小さな子供を連れて、大きな荷物を抱えて移動する際の負担を、車両の側から減らすことはできないか。その取り組みのひとつとして、後述する「ひだまりスペース」が登場した。

 こうした背景から、今回の報道公開には3人の子供を持つ母親でもある藤本美貴さんが特別ゲストとして登場して、「子供を連れての鉄道利用」について語るセッションが用意された。

 藤本さんは「子供が電車で通学していますから、子供と一緒に電車で学校に行くこともありますし、電車でお出かけすることもあります」という。2000系については「優しさが詰まっていると思いました」「顔の部分が笑っているみたいでかわいいですね」と話す。

 では、実際に子連れで電車に乗ると何が起きるのか。何が課題になるのか。

 案の定というべきか、ベビーカーを押した状態で乗車すると「畳めよ」といってくる人に遭遇する場面もあるという。しかし、そうすると子供を腕に抱いて、さらに荷物をいろいろ抱えて、ということになってしまう。おまけに、畳んだベビーカーという荷物も加わる。「ちょっとやってみてくださいよ、って思ってしまいますね」と藤本さん。

 また、混雑している電車でベビーカーを畳んで乗ると、「スペースを確保できなくなるので、子供がつぶされそうになって怖い」ともいう。この感覚は正直、話を聞くまで気付かなかった。

ただでさえ子供連れの移動は荷物が多いのに、さらにベビーカーを畳んで抱っこして乗るのは「もはや筋トレ」

 まわりの人から冷たい目で見られている、と感じてしまうこともあるそうだ。ある程度の年齢になれば話は違うだろうが、小さな子供では、泣き声などのコントロールも難しい。周囲に気兼ねしてしまう場面は避けがたい。

「子供がいる人だけが気を使って違う電車に乗らなければならないとか、時間帯をずらさなければならないとか。でも、混んでる時間に乗らないといけないこともあるんですよ」

 一方では、こんな話も。「階段のところでベビーカーを持って、どうしよう、どうしようと思っていたら声をかけていただいたこともあります。東京だと子育てに冷たいんじゃないか、なんていうわけでもないんです。優しい方も多いんですよ」。こうしてみると、車両だけでなく駅設備も含めた、総合的な取り組みが要るのだと分かる。

 というわけで、京王2000系である。この車両はどんな考えのもと、どんな経緯で生み出されたのか。

安全、安心、優しい、ワクワク

 京王電鉄 取締役常務執行役員の井上晋一氏から、車両導入の経緯と概要に関する説明があった。2000系について「まったく新しい車両」と前置きしたうえで、「安全、安心はもちろんのこと、優しい、ワクワク、といったキーワードのもとで開発しました」と説明。

 外観については「丸いフォルムで、安心や優しさを表現した」という。内装も、色調や形状の工夫によって、ふんわりした、優しい雰囲気を演出している。

車両の概要について語る京王電鉄株式会社 取締役常務執行役員 井上晋一氏

 続いて、車両電気部・車両企画担当課長の佐々木昌氏が登壇した。

 2000系の開発に際しては、アンケートや座談会を通じて、利用者からの意見を取り入れることに注力した。それが、座席の高さや袖仕切の構造、吊手の高さなどの決定に活かされている。

「お客さまにとって使い勝手のよい車両は何か。そこで、2000系では多くのお客さまの意見を取り入れました」と佐々木氏。ただし、意見を実車に反映させるにしても、人によって意見はいろいろ。いかにして結論を導き出すか。

 そこで、車両メーカーのデザイナーがいくつかの案を作り、それと「利用者が求めているもの」をマッチングさせる流れで、デザイン・プロセスを進めた。そのマッチングの過程で、京王のグループ企業・感性AI株式会社が提供する、人の感性を分析できるAIサービスを利用した点をアピールしている。

デザイン・プロセスについて説明する京王電鉄株式会社 車両電気部 車両企画担当課長 佐々木昌氏

省エネルギー、安心、安全

 鉄道車両としての部分では、SiC(炭化ケイ素)ベースのパワー半導体を利用する最新型のVVVF(可変電圧・可変周波数)インバータを用いて、交流電動機を駆動するシステムを導入している。

 京王電鉄は2012年に、全車両をVVVFインバータ化した。そして2000系では、従来のVVVFインバータ車と比べて約20%の省エネルギー化を実現した。昔の、省エネルギーという言葉とは無縁の抵抗制御車(先代の5000系までが該当する)と比べると、約70%ものエネルギー消費低減を実現した。

 安心という面では、まず10両編成を完全に貫通させており、何かまずいことが起きてほかの車両に避難する際の障壁(途中で行き止まりになる)をなくしている。そして、トラブルの発生を乗務員などへすみやかに通報できるように、双方向対話式の車内非常通話装置を備えている。車内防犯カメラも、当然ながら設置されている。

2000系が搭載するVVVFインバータ装置の例。昔と比べると、機能は同じでも大幅に小型軽量化され、効率も改善した
「安心」を構成する要素のひとつ、双方向対話式の非常通話装置
一部の車両の床下には、非常脱出用の梯子が設置されている。近年、導入が増えているアイテムのひとつだ
各車の車端部には、優先席や車椅子用フリースペースがある。外には、そのことを示すピクトグラム。もちろん、可動式ホーム柵で隠れないように高い位置としている
車椅子用フリースペースはこんな按配。非常通話装置は妻壁に設置している
その対面は優先席。ここはモケットと吊手の色が異なる

子育て世代にアピールする「ひだまりスペース」

 京王2000系のハイライトは、5号車に設置された大型フリースペース「ひだまりスペース」(当初の仮称は「大形フリースペース」)にほかならない。設置位置が5号車となったのは、「5号車付近にエレベーターが設置されている駅が多い」との理由による。

 冒頭で説明したような事情から、最近、親子連れでの利用を念頭に置いたスペースを車内に設ける電車が増えつつある。そのひとつが京王電鉄2000系の「ひだまりスペース」というわけだ。

「ひだまりスペース」を八王子方から新宿方に向いて見た様子。「ベビーカーを押して電車に乗ると、そのまま乗っていいのかな、畳んだ方がいいのかな、と悩むんですが、堂々と乗れそうなぐらいに広いスペースですね」(藤本さん)
反対側から。1番目の側扉と2番目の側扉の間が「ひだまりスペース」となり、その向こう側は通常のロングシートになっている様子が分かる

 京王電鉄の井上氏は「ベビーカーを押していたり、小さいお子さんをお連れしたりしているお客さまが、もっとお出かけしたくなるような空間を、というコンセプトの下で導入した」「すべての人に優しい、がキーワード」と説明する。

 一方、佐々木氏は「年代や性別に関係なく、目的を問わず、あらゆるお客さまが安全・快適に鉄道をご利用いただけるように」という考えのもとで設置したと説明する。

 このスペースは腰掛を設置しておらず、車椅子やベビーカーを停めるスペースを広く確保している。そして、中央に細長いS字形の衝立を設けている。その衝立と左右の側壁には、寄りかかったときに利用できるようにクッションを設けた。

 そして「ひだまりスペース」のところだけ、左右の側窓を大型化している。側窓の下辺を下げることで、小さな子供でも外を見やすいというわけだ。ロングシートで体をひねって外を見る光景をよく見かけるが、それよりも楽だろう。

 また、車両が揺れたときに掴まれるように、頭上の吊手に加えて、左右の側窓に重なる形で「ロ」の字形の手摺を設けた。手摺の設置位置が高いと、車椅子、あるいは小さな子供にとっては掴まりにくいものになってしまうので、高い位置と低い位置の両方に設置する必要がある。それをデザインの工夫でうまく実現している。

斜め方向から。S字形をした衝立の側面に、クッションと手すりが設けられているのが分かる
「ひだまりスペース」は、5号車の新宿方から数えて1番目と2番目の側扉の間。車端部はこのように、他車と同様に優先席と車椅子用フリースペース
「ひだまりスペース」だけ側窓が下方に拡大されており、そこに「口」の字形の手すりが設けられている。これなら背が低い子供でも大丈夫。この手すりはおそらく、混雑時にガラスが破損しないようにガードする機能も担っているのだろう
S字形の衝立に取り付けられたクッション。この向こう側は手すりになっている
手すりは上下2段構成。その下にはヒーターが組み込まれているようだ
衝立の前後端にも手すりがあるが、これは低い位置のみ。左右の窓下にもヒーターが組み込まれているようだ。側窓の左右にある戸袋部分にもクッションがついている様子が分かる

 親子連れだけでなく、車椅子を利用している人や、スーツケースのような大荷物を抱えている人にとっても、こうした広いフリースペースはありがたいものだ。

「ひだまりスペース」以外のいろいろ

客室の全景。卵型(?)の袖仕切だが、上端部を透明にして視界を広げている
妻壁には車番と製造所の標記。ふつうは文字だけだが、キャラクター入りになっているのが目新しい
側扉は一般的な両開き扉で、上部に2画面の液晶ディスプレイを配置する作りも現在のスタンダード
貫通路の扉はガラス製で、扉の存在を視覚的に把握できるようにマーキング入り。そのマーキングも、外装と軌を一にした「円」を主体とするデザイン
一部の吊手だけ高さを下げているのは、小柄な利用者のための配慮。藤色の配色が新鮮だ
運転台。将来、ワンマン運転を導入することになっても対応できる準備がなされているという
運転台背後の仕切壁を見ると、右端の扉の窓が大きく、その下端に手すりが設けられているのが分かる。「かぶりつき」が大好きな子供のための配慮だろう。ただ、機器配置の関係で窓が中央にしかない
通常の中間車はこんな外見。側窓の高さはすべて同じである。外装には水玉模様のラッピングがあしらわれて、優しそうな雰囲気を演出している
「ひだまりスペース」を設けた5号車は外見が異なる。「ひだまりスペース」のところだけ拡大された側窓がよく分かる
同じ5号車の反対側も、同じような外見
5号車の新宿寄りは、「ひだまりスペース」の存在を示す円形ラッピングとピクトグラム、それと、車端部の優先席・車椅子用フリースペースの標記がある
前面。灯火も「円」でデザインしており、中央にあるLED前部標識灯と、楕円形のLED灯列を組み合わせてある
後部標識灯は、LED前部標識灯を囲むように設けられた赤色LEDの灯列で実現している。このとき、周縁部にある楕円形の灯列は点灯しない