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降って沸いた「貨物新幹線」構想。実は「高収益・美味しいスキマビジネス」になり得るかも。課題は?

新幹線60周年デイに降ってわいたスクープ「貨物新幹線」その実は?

 1984年10月1日の開業から60年に渡り、延べ20億人近い人々(ヒト)を運び続けてきた新幹線が、本格的に貨物(モノ)を運ぶかもしれない。

 10月1日に朝日新聞が報じたところによると、JR東日本が、新幹線の編成のうち1両を改造した貨物専用車両の開発を検討しているという。

 貨物輸送を別部門・別会社(JR貨物)に任せ、基本的に旅客輸送に専念していた新幹線が、専用車両を作ってまで参入する。新幹線の歴史を変える一大革命でもあり、物流の「2024年問題」の解決策にもなるかも、という反応も多い……そうなのだろうか?

 先に言っておくと、貨物新幹線といっても運ぶのは最大120サイズ(縦×横×高さの3辺が計120cm内の荷物。手で持てるサイズ)までの小荷物が主体になると思われる。JR東日本はすでに小荷物輸送「はこビュン」(法人向け)、「はこビュンQuick」(個人向け)サービスを開始しており、スペースをもっと広く取るために、先頭車両の座席を撤去して「1両ごと貨物スペース」を実現してしまおう、というのが「貨物新幹線」の試みだ。なお、JR東日本の取り組みであるため、東海道・山陽・九州新幹線などは今のところ関係がない。

 少なくとも、貨物新幹線と聞いて人々が想像するような「鉄道用の“ゴトコン”(最大積載量5トン)コンテナが時速300kmで新幹線の高架上を爆走」という話ではない。既報の見出しも「荷物新幹線」といった方が正しいが、インパクト重視で「貨物新幹線」としたのだろう(本稿でも貨物新幹線と記述する)。

 さて、貨物新幹線は、実際にどのように活用されるのか。どこにライバルがいて、どう市場に定着していくのか。まだまだ構想の段階ではあるが、大胆に予測してみよう。

貨物新幹線、どれくらい荷物を積める?

ジェイアール東日本物流のはこビュン

 いまの「はこビュン」は、最大120サイズまでの小荷物を、車内販売準備室の近くに最大40箱積載できるという。貨物新幹線なら、どこまで積載能力が上がるのか。東北新幹線・E5系の改造と仮定して、かなりおおまかに計算してみよう。

 先頭車両の全長26mのうち、空気抵抗を軽減するためのノーズと運転席を差し引いて車内スペースは10m弱。ここを貨物スペースとしたうえで、トラックのウィングボディのような側面の全面開閉扉とはいかないまでも、積み下ろしのために広めの扉を設けるという。

 ここにイージーコンテナ(スーパーのバックヤードなどにあるカゴ車。標準的な110×80×170cmと仮定)をそのまま入れるとして、7台×2列積載なら14台、1台あたり120サイズで最大8箱くらいなら、いまのはこビュン(最大40箱)の倍以上、100箱以上は運べる……と書くと、大量輸送が可能のように見えるが、実際には2トントラック1台程度の容量だ。

 手積みならもっと詰めるが、積み下ろしが人海戦術になる。またパレットならさらに積めるが、フォークリフトで積み下ろしできるほどドアを広く取れるか、という問題もあるため、あえてイージーコンテナで仮定した。

 一方で、コンテナ貨物列車は、北海道~東京間だと最大20両編成が、電気機関車にけん引されて行き来する。1両あたりゴトコン5台=20両で100台、最大500トン。これが1日40本、コメや野菜などの農作物がある秋冬は50本も運行。輸送能力、輸送手段としては、まったく別モノだ。

荷主さん、フォワーダーさん! 貨物新幹線使えそうですよ? 期待できる役割

 貨物新幹線は、札幌~東京間が開業すれば4時間半(コンテナ貨物列車は約17時間)というスピードが魅力だ。かつ年間を通じて運休・遅延が少ないため、「少量・高単価・高速輸送」が必要な荷物の輸送で力を発揮するだろう。また、特に北海道~東京間の高速輸送で一択状態になっている「航空貨物」(フレイター)の対抗手段にもなり得る。

 ここで、貨物新幹線の荷主、ひいては太客になりそうな商品を探してみよう。

生鮮食品(野菜・鮮魚など)

 生鮮食品なら、「高速」「安定運行「揺れが少ない」こういった特色を十分に活かせる。

 これまでの新幹線輸送の実証実験では「さくらんぼ」(山形→東京駅)、「甘えび」(佐渡~新潟~東京)、「スルメイカ・メバル」(函館・金沢→東京→首都圏のイオン各店)など、鮮度管理が必須で、高単価な生鮮食品が、主に扱われてきた。

2019年に行なわれた新幹線物流の実証実験。ウニ、甘えびなどを輸送した(JR東日本グループ 報道資料より)

 JR東日本のエリア内か乗り入れ先(新函館北斗・敦賀など)であれば、新幹線なら片道3~4時間といったところ。海産物を冷凍することなく、保冷ケース+氷詰めで生のまま送れる。また新幹線車内で電源供給ができるとすれば、航空貨物機のような「最大34ユニットに仕切って4℃~29℃に保持」(日本貨物航空 ボーイング 747-8Fの場合)といった温度管理もできるだろう。かつ船や飛行機と違って地上を走るため、GPSで荷物の位置、温度などを確認できるのも、荷主にとってうれしい。

 百貨店でご当地グルメフェアが開催される冬場も商機だ。こういったフェアに並ぶ目玉商品(例「産地直送・12時入荷! 100名限定の絶品駅弁」など)は、だいたい飛行機で地方から送り込まれる。百貨店は都心の駅前にあり、貨物新幹線はこういった需要にうってつけだ。

医療用品

 現状のはこビュンは医療の現場にも貢献している。医療関係の方にお話を伺ったところ、地域によっては災害などで患者が急増したり、治験薬や輸血の緊急手配、不具合が生じた検査機器の代替手配などが多々生じたりするため、新幹線が活用されているのだとか。

 また、急患の検体を東京の病院に送り、数時間で検査結果を知らせてもらう、といった使い方もされている。航空貨物でもこういった需要に対応しているものの、だいたいの病院は空港寄りではなく市街地にあるため、新幹線で運ぶ方が好都合な場合も多いそうだ。

自動車部品・半導体製造装置

小松空港。航空を利用した精密機器の出荷が多い
航空貨物のイメージ(写真はヤマトホールディングス×JALの報道公開のもの)

 北陸地方のなかでも福井県・石川県南部はものづくりのメーカーが集積しており、小松空港からはこういった機器類が航空貨物で頻繁に出荷されている。航空は輸送コストとしては高くつくものの、1部品の不足による工場の操業停止を避けるために、航空輸送での出荷がよく行なわれるという。北陸新幹線も工場街に近い立地に「えちぜん武生駅」があり、こういった需要の取り込みも期待できるのではないか。

 ただ、この需要は航空貨物から奪えないかもしれない。なぜなら、こういった部品は海外への輸出が多く、羽田空港・成田空港に集約される場合がほとんどだ。また自動車部品だと荷姿(形状)が不安定で、これをホームまで上げて新幹線に積んで、また降ろして……という作業は難航するだろう。

 ほかの機器類・部材なども同様の理由で貨物新幹線を使わない可能性があり、JR東日本がどう営業をかけていくかが課題となりそうだ。

貨物新幹線の強みは「ついでビジネス」。高収益も可能、ただし課題は……

貨物新幹線は旅客輸送がメインの新幹線で、一部スペースを使って営業する。いわば「ついでビジネス」であることが、今後の経営の強みとなるかもしれない

 1両分の客席を撤去するといっても、先頭車両は片側が30席~50席と通常の車両の半分程度、全体の数パーセントであり、繁忙期以外で満席になるのはまれだ。かつ、新幹線は別に荷物がなくても走るため、貨物新幹線は極端に言うと「輸送コストほぼゼロ」「カラで走ってもたいして損はしない」。旅客部門・貨物部門で料金をどう分配・調整するかにもよるものの、基本的には美味しいビジネスとなり得る。

 さらに、現在のはこビュンでも、JR東日本グループのテナント・飲食店(エキュートなど)への食材輸送が多く、その気になれば「新幹線で運んだ厳選食材フェア」などで、需要を創出できる。専用車両が導入されれば、こういったグループ内部からのアシストで、初年度からそれなりの稼働率は叩き出せるだろう。

 しかし、実際の貨物新幹線としての営業には、課題も多い。まずは「実際の輸送オペレーション」だ。

 現状のはこビュンでは、中間車両の車内販売スペースを活用しており、ほとんどの駅では降りてすぐにエレベーターなどに載せることができる。しかし、先頭車両が貨物スペースとなると、ホームの端で貨物を降ろすことになる。ここから業務用エレベーターまで、降りてから荷受け場までの動線を、旅客の動線と接触させずに作ることが必須だ。

 またおそらく、実際に先頭車両が荷物スペースになるころには、ホームの端まで取りにいく人材の確保が困難になるだろう。近い将来のAGV(無人搬送車)導入は当然として、新幹線でのわずかな停車時間に、迅速な積み下ろしを行なうための実証実験も必要とされる。

 本当は、コンテナ貨物列車のターミナルのように配送トラックを手前側までつけたいところだが、新幹線駅は高架上にあり、車両基地で積み下ろすにしても、新幹線が待機する側線にすべてクルマが入れるわけでもない。根本的な対策としてトラックの進入路を作るか、もしくは手積みで十分な荷物にターゲットを絞るか……という決断は、早々に迫られるだろう。

 もう1つの課題は「営業体制」だ。現状、はこビュンはJR東日本のグループ企業「ジェイアール東日本物流」が運営しており、JR貨物とは特に連携しているわけではない。しかし実際にはおなじ荷主が「大量・低速」と「少量・高速」を両方求めている場合もあり(例:JAなら「コメ・ジャガイモ」と「フルーツ・花卉」、製造業なら「半導体の部材」と「半導体の完成品」)、広く荷主を取り込むなら、JR東日本・JR貨物の営業面での連携は必須ではないか。

 さらに商品の配送にしても、いまの基本は「航空貨物が集荷・集配」「はこビュンは駅持込(集荷は要相談)」だ。法人需要を広く取り込んでいくのであれば、どう協力し合えるのか連携を行なった方がよいだろう。

長らく実現できなかった貨物新幹線

 これまで「新幹線での貨物輸送」といえば、東海道新幹線の開業時の構想(鉄道コンテナを新幹線輸送。一部工事まで行なわれた)、JR北海道の「トレイン・オン・トレイン」(新幹線車両の内部に在来線の貨車を搭載)など、たびたび検討されたものの実現していない。

 先に述べたとおり、今回明るみに出た貨物新幹線構想は、実際には荷物輸送と変わらない。しかし、これが呼び水となって「高速・少量輸送」の一手段としてサプライチェーン(供給網・供給連鎖)に定着すれば、将来的に、本当の意味での貨物新幹線誕生につながるかもしれない。

 どこまで輸送手段として認知され、需要を創出できるか。これからの貨物新幹線構想や、現状のはこビュンから目が離せない。