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リニア新幹線の中間駅4県知事が開通に向けた展望語る。南海トラフ地震に対する備えとは?

2023年11月6日 実施

11月6日に都内で開催された「リニア中間4駅による広域中核地方圏の創造と国土構造の改編シンポジウム」。4県の知事や東海旅客鉄道 代表取締役社長の丹羽俊介氏も出席した

 静岡工区を除き、開業に向けて工事が進んでいるリニア中央新幹線。

 東京・品川~名古屋間には中間駅として4駅が設置される予定であり、「リニア中間駅(4駅)を中心とする地域活性化に関する検討委員会」ではリニア中央新幹線の中間駅を核とする地域活性化に関する議論を行ない、2023年7月にとりまとめを公表。その内容を踏まえて、4県の知事が出席し、中間駅の発展可能性などについて議論するシンポジウムを都内で開催した。

 シンポジウムには、神奈川県知事の黒岩祐治氏、山梨県知事の長崎幸太郎氏、長野県知事の阿部守一 氏、岐阜県知事の古田肇氏のほか、政策研究大学院大学 名誉教授の森地茂氏、計量計画研究所 代表理事の岸井隆幸氏、東京大学大学院工学系研究科 特任教授の和泉洋人氏、JR東海の代表取締役社長である丹羽俊介氏が登壇した。

 検討委員会は、森地氏、JR東海、NTTグループ、計量計画研究所がリニア中央新幹線の整備と革新的なICT技術によるリアルとバーチャルの融合が日本の国力向上につながるという共通認識のもと立ち上げられ、2022年3月に第1回目を開催し、その後5回にわたる検討会を重ねてきた。取りまとめについては、計量計画研究所のWebでも公開している。

検討委員会からの提言がまとめられた資料

検討委員会からはリニア開通の効果を引き出すための要件を提言

 最初の基調講演では森地名誉教授が登壇し、取りまとめの概要を説明した。東京~名古屋・大阪間のリニア中央新幹線が開業することで周辺地域へもたらす効果は大きい。当初は東西方向の議論が先行していたが、南北方向への影響にも注力する必要があると説明。人口減少と日本経済の活性化には地域を盛り立てることが重要であるとし、そのためには「アジアや海外の繁栄を取り込む」「2層の広域圏の形成」「技術革新への対応」の3つを要件として掲げた。

 1番目の海外の繁栄を取り込むについては、交通利便性と市場の拡大、地元産品の販売や観光を指している。かつて「一村一品運動」がムーブメントを起こしたが、海外向けには展開されていないといった例も挙げ、アジア向けの加工食品をまずは始める、そして海外からの直接投資も取り入れてはどうかと説明した。

 2番目については、リニア中央新幹線が開通することによって、甲府や松本、飯田といった中央部に位置する都市が大都市圏と結ばれることで近くなり、通勤や2地域での居住といった生活行動の変化が起きると予想されている。そして、3大都市圏に対する防災拠点としても民間企業が機能を移すことが考えられるとしている。そのためにも広域圏を中間駅から見たものとして見直す必要があると提言した。

 3番目は情報の高度化や地域の産業蓄積、高度専門家の地域居住をどのように進めていくかが重要であるとしている。中間駅の周辺地域には航空産業や運輸産業、企業の研究施設があり、ポテンシャルはそうとう秘めているが、都市部の人たちには伝わり切れていない部分が多々あると説明した。今後は品川や名古屋ではイノベーションを創出し、中間駅周辺において実証試験を行なうフィールドを設けるなどすれば、地域においても先端技術の発展の可能性はまだまだあるとしている。

 これらの提言には自治体の垣根を越えた協力が不可欠であるとし、委員会としては自治体に対し、以下の10点を要望したいという。

検討委員会から自治体への10の期待

1. 超高速鉄道と超高速通信との融合の活用を!
2. 駅への高速道路ロングランプ、新たな骨格路線整備を!
3. リニアと高速バス、地域交通とのMaaSを!
4. 空港ターミナルビル、道の駅のような機能集積を!
 ・広域圏からの土産物、レストランなど
5. 駅前広場や駅周辺整備から広域・多様な機能集積対応を!
 ・6G通信機能、自動運転、遠隔医療基地、教育施設
6. 防災拠点整備を!:データセンターなど
7. 広域圏核都市機能を!
8. 県域を越えた戦略を!
 ・3種の協議会設置:4県協議会、後背圏域との協議会、国との協議会
9. 長期戦略:政府への要請項目の明確化と働きかけを!
10. リニア担当部局から全県を上げた戦略部局への改編を!

政策研究大学院大学 名誉教授 森地茂氏
地域活性化の要件
自治体へ向けた10提言

広域中核地方圏を創造するための道筋を解説

 基調講演に続き、リニア中央新幹線の開通による圏域構造が変わるなかで、国土構造の改編と地域発展のためにどうするべきか、岸井代表理事と和泉特任教授がそれぞれの意見を述べた。

 岸井代表理事からは土地の活用や基盤についての説明があり、広域中核地方圏のような地域を作っていくためには、そこに居住している人たちが快適に生活できるという前提がまず最初にあるとしている。医療や教育が都市圏に比べて弱い部分なので、まずはデジタル基盤をしっかりと整備し、リニア中央新幹線を活用してリアル面も拡充するのが望ましいとした。医療であれば、通信による遠隔診療などを活用し、緊急時においてはリニアを利用するなどの方法を提言した。

 中間駅から波及する効果については、まずはターミナルである品川と名古屋に短時間でつながる部分をメインとし、そこから乗り換えの利便性を強化する、高規格道路を整備するといった地域構造を変えていくことも大変重要であるとしている。例としては、神奈川県駅が予定されている橋本の近くには圏央道が南北に伸びており、鉄道もあることから600~700万人の価値があると見込まれており、政令指定都市をはるかに超えるものが駅周辺に広がると説明した。

 そのような構造を実現するためには駅周辺の土地利用のコントロール、あるいは基盤整備を一体的に行なっていくことが重要であり、地権者や住民らに協力してもらいつつ段階を踏んで整備していくのは今後の大きな課題であることも話した。

一般財団法人計量計画研究所 代表理事 岸井隆幸氏
拠点形成における連携のイメージ

 和泉特任教授からはリニア中央新幹線が開通することによる波及効果に対し具体的な政策の実現、国土強靭化のための整備、そして太平洋側や日本海側だけでなく、中央部にバックアップ要素があることの重要性が語られた。

 リニア中央新幹線は東京と大阪を1時間で結ぶことで、7000万人の人口を持つ3都市、4つの国際空港などが容易にアクセスできることになり、世界でも類を見ないエリアができるとしている。それが完成したときにはどのような相乗効果が生まれるのか国土政策局で検討したが、抽象的な議論に終始してしまったので、リアリティを持った議論をできる場が生まれたので、4県の知事にも積極的に声を上げてもらいたいと述べた。

 東西を結ぶ交通としては、海側は東海道新幹線と東名高速道路があるが、どちらも近い場所にあるのが災害時においてはネックとなり、中央部も中央自動車道はあるが高速鉄道はないので、その点においてもリニアの開通は災害に対する備えになることを説明した。

 そして東日本大震災の際には沿岸部が壊滅的な被害を被ったことから、東北自動車道と国道4号から“くしの歯”のように沿岸部に伸びる道路を救援ルートとして切り開いた「くしの歯作戦」の事例を挙げ、それを中間駅から南北に伸びる道路を整備すれば、同じようにバックアップ体制が取れるのではないかと話した。

 このような整備を行なううえで障害になるのが権限の問題で、個別の市町村を越えて、もしくは県の範疇も越えてしまうことからスムーズに事が運ばない状況が予想される。そこで、従来の地方自治体の制度ではなく「特定地域再生制度」を用いることで、垣根を越えた政策の実現を目指せるのではないかと提言した。

東京大学大学院工学系研究科 特任教授 和泉洋人氏
特定地域再生制度

 以上の提言を踏まえ委員会からは、政府にはリニア新幹線による国土構造の改編と日本経済立て直しへの政策構築、4県に対しては広域中核地方圏と地域活性化の具体的プログラムの作成、地元市に対しては時間軸を考慮した土地利用戦略と計画策定、UR都市機構に対しては法改正も踏まえた都市開発への貢献などを早急に対応してもらいたいと述べた。

4県の知事がリニア政策を詳細に説明

 東京・品川~名古屋間で中間駅が設置される4県の知事も意見を述べた。

 最初に黒岩知事が神奈川県の取り組みについて説明した。神奈川県ではさがみロボット産業特区に力を入れていることを紹介。その背景には神奈川という中間駅に人が降りてくれるのかという強い危機感があるとのことで、県と市町村が一丸となって整備を進めていくと黒岩知事は述べた。ただし、そのためにはリニアがつながるのが大前提であるとし、政府も一丸となって、この国家プロジェクトにしっかり関わってもらいたい旨を伝えると話した。

神奈川県知事 黒岩祐治氏
神奈川県の取り組み

 山梨県の長崎知事は中部横断自動車道の開通により、静岡県の清水港や静岡空港、さらには東海道新幹線とも接続できることを視野に入れ、新しい取り組みとしてはプライベートジェットが離着陸できるような飛行場の設置ができないか検討していると話した。人を集める取り組みとしては、アクセスのよさを活かして実証実験のフィールド作りを強化していく考えだ。

 水素燃料電池関連の研究機関が集積していることや、大学と認知症予防の研究、国と人口問題について取り組んでいることも具体例として紹介した。観光面では海外の大学と交流する日本オフィスを設け、学問やアートを通じて国際的な若い力を取り入れていきたいと話した。

山梨県知事 長崎幸太郎氏
山梨県の取り組み

 長野県の阿部知事は市町村や経済団体ともに「リニアバレー構想」を策定し、ハード面の整備や地域の在り方について議論を重ねていることを述べた。重要な道路面に関しては、中間駅が建設される飯田市の北に位置する伊那谷エリアの人口の85%を東京へ90分圏内にするという目標を立てて整備を進めていると話した。

 また、飯田市は航空宇宙産業の特区に指定されており、信州大学の人材育成拠点も設けられていることから、今後もモノ作り産業の拠点として誘致を進めていきたいとしている。ひいては高等教育機関が足りていないので、リニア開業を契機に立地を促していきたい考えも明かした。そのほか、新駅周辺は自然も多いので、リゾートオフィスの設置や移住も提案していきたいと話した。

長野県知事 阿部守一氏
山梨県の取り組み

 岐阜県の古田知事は最初に県内55kmある区間のうち90%が着工しており、残土の問題はあるが順調に進んでいることを話した。そして、地域には中部総合車両基地が付帯することになるので、ここがコアとなってクラスター的な発展を今後は検討していくことになるのではないかと述べた。

 岐阜県ではリニアと自然が融合する地域として9年前から検討を重ねてきたそうで、その一つとして現在は新しい駅舎を岐阜県らしい地域景観に溶け込むようなスタイルで建設できないかJR東海と話し合いを行なっていると説明した。また、今回の大きなテーマにもなっている広域中核地方圏の創造に向けては3段階に分けて進めることを検討しているそうで、まずは駅周辺のハブ機能を集積することから始めたいとしている。そして、県全域に広げ、北陸3県や滋賀県とも交通交流できるよう連携して取り組んでいきたいと説明した。

岐阜県知事 古田肇氏
岐阜県の取り組み

 4県の知事が説明を行なったあと、委員会からはそれらを踏まえて、駅周辺だけでなく地域に広がるネットワークの拡充、土地取得の重要性、横とのつながりの確認に対して再度提言がなされた。特に横とのつながりの部分では、品川や名古屋に対して声を大にして要求することが重要であると話した。

中間駅の工事が進んでいることを丹羽社長が説明

 JR東海からは丹羽社長がリニア中央新幹線の意義と4県における現在の進捗状況について説明した。

 東海道新幹線は来年で開業60周年を迎え、現在は新車両の導入や適切なメンテナンスを行なっていることで運行にはまったく問題はないが、近い将来に起こることが予想されている南海トラフ巨大地震に備えて、東京~名古屋~大阪間の大動脈輸送を二重化することは大変重要なことであり、社会経済の活性化においても非常に意義のあるプロジェクトであると説明した。

 そして中間駅におけるライフスタイルに及ぼす影響や観光面においては、沿線地域に広がる河岸段丘の美しさに着目し、英語でリバーテラスと説明するところを「ジャパンテラス」と称し、景観なども含めて地域と一体となってブランディングしていけるのではないかと展望を語った。

 現在の工事状況では、神奈川県駅は地下30mまでの掘削が完了しており、駅の構築工事に着手していることを説明。山梨県は高架橋工事を進めており、以前の記事でも取り上げたが本線トンネルとして初めて開通した第一南巨摩トンネルについても紹介した。長野県では南アルプストンネルの本坑トンネルの掘削を進めており、長野県駅は橋梁工事に着手したことを伝えた。岐阜県においては中津川において車両基地の工事を進めており、岐阜県駅においても高架橋の工事が進んでいることを説明した。加えて、鉄道の日(10月14日)には神奈川県駅の工事現場においてコンサートを行なったことを紹介した。地下30mの巨大な空間に相模原市の吹奏楽部、JR東海の社員で構成されている音楽クラブが参加して、地元住民と交流を図ったとのことだ。

東海旅客鉄道株式会社 代表取締役社長 丹羽俊介氏
リニア中央新幹線のメリット