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実用化迫る自走型ロープウェイ「Zippar」の実験線を見てきた。鉄道敷設の空間・費用の問題を解決するヒミツとは?

「Zippar」の市街地走行イメージ(画像提供:Zip Infrastructure)

電車? ロープウェイ? いやいや、新しい鉄道「Zippar」です!

 地上を走る一般的な「電車」や、高架上を走る「モノレール」などとちょっと違う、新しい鉄道の形態「Zippar」の開発が進んでいる。8月現在、神奈川県秦野市のZip Infrastructure本社敷地内で、2025年頃の実用化を目指して検証・走行実験を繰り返している。

 このZipparは、2本のケーブルを掴んで空中をスイスイと進むため、分類としては索道(ロープウェイ)にあたる。しかしロープウェイと違って、カーブを描いてこまめに停車できるため、路面電車や路線バスのような「チョイ乗り」移動を担うことができるだろう。かつ、従来の鉄道より格安・短期間で建設が可能だ。

 さまざまな鉄道車両のいいとこ取りといえるZipparなら、渋滞した幹線道路の頭上をスイスイと抜け、自由自在に路線を建設できる。そこで、開発を手掛けるZip Infrastructureに伺って、近未来の鉄道Zippar試作機を見てきた。

見かけはロープウェー、駆動部はEV? 自走型ロープウェイ Zippar「3つのヒミツ」

Zippar車両

 現在のZippar試作車両は、12人乗り(座席は6席)とコンパクトだが、12秒間隔で次々と発車できるため、1時間あたり最高3600人と普通の鉄道・モノレールに近い輸送能力を発揮できる。かつ運転士は不要、無人で運行できるため、開業後の人件費を大幅に節約することも可能だ。

車両に駆動部・バッテリー搭載! そのメリットは……

Zippar車体の上部。試作機では、電気自動車の足回りを転用している

 通常のロープウェイは、巻き上げ装置を通じてロープで動かすため、車両(搬器)は基本的に引っ張られるだけだ。しかし、Zipparは車体上部に駆動部・バッテリーを搭載し、動輪・補助輪でロープを掴んで走行している。「車両が自走できるかどうか」が、ロープウェイとの大きな違いだ。

 通常のロープウェイ車両だと冷暖房の設置がない場合も多いが、バッテリーを搭載したZipparなら、頭上の駆動部から引き込むことで容易に搭載が可能だ。またバッテリーからの電力供給で、車内の電光掲示板や「瞬間曇りガラス」(住宅街を通過する際にガラスを不透明にする)など、鉄道としての設備を充実させることも可能。かつ、バッテリー容量の減少を検知した際には、家庭のロボット掃除機のように「自力で車庫に帰る」プログラムも組み込めるという。

 なお、現行のZippar試作機の駆動部は、既存の電気自動車(三菱 i-MiEV)を転用している。いわば、「電気自動車(EV)の足回りの下に12人乗りの車両が吊り下がっている」ようなもので、下から覗くと「あぁ、これクルマだな!」と分かる部分も多い。

 実用化の際には、今より高性能なバッテリーを使用する可能性が高いが、モーターの分解整備が必要とされる鉄道車両よりは、市販の電気自動車と保守の工程が共通するZipparの方が、車両メンテナンスの手間も軽減されるのではないか。

曲がれる! こまめに停まれる!=道路の上に建設できる

R20(半径20m)の曲線を描くZipper試験線。カーブ部は軽量鉄骨のレール上を走る

 基本的に直線しか進めないロープウェイと違って、Zipparの軌道はR20(半径20m)の曲線を描くことができる。一般的にカーブが多いとされる箱根登山鉄道・江ノ島電鉄(R28~R30)よりも、さらに強烈にくねったルートの設定も可能だ。実際に、現在の試験線はR20の急カーブが建設されており、Zipparはなんなく曲がっている。

 かつ、途中に停留所さえ設置すれば、路線バス・路面電車のように200m~500mほどの間隔でこまめに停車できる。Zipparの導入を検討している秦野市の資料では、駅の建設費用は「地上部の場合1億円、空中の場合5億円」とされているが、Zipparならモノレール・高架鉄道のような大仰なホームを必要としない。例えば沿道のビルからホームが突き出したような、簡素な構造で済むという。

 グネグネの曲線を曲がれて、こまめに停車できるZipparなら、東京都を例にとると葛飾区・足立区あたりの下町の路地にまで建設が可能だろう。

えっ、このお値段・工期で鉄道ができるの?

「宇都宮LRT」車両

 鉄道を建設する費用は、地下鉄なら1kmあたり200~300億円、LRTでも1kmあたり20~30億円はかかる。ところがZipparなら、その建設費用は1kmあたり15億円で程度で済む。「えっ、その額で鉄道敷けるの?」という額に抑えられる要因は、まず設備がシンプルであることだ。

 Zipparなら、分離帯に支柱を立ててケーブルを張れば、道路の頭上が鉄道の走行スペースに早変わり。支柱も、1両2.5トンの車両を何両か支える程度の強度があれば十分だ。モノレールや鉄道のように、1編成100トン以上の車両を支えるために、幅数mの太い橋桁と高架を建設して、その分道路も拡張して……という大掛かりな工事の必要がない。

 駅やカーブ部の構造物も、住宅やビルと同様の軽量鉄骨を用いるため、材料費も抑えられる。かつ車両は車庫で一括充電するため、鉄道のように変電所を何か所も設置しなくてよい。Zipparは全体的に構造・仕様がシンプルなこともあって、建設にかかる期間も2~3年あればよいという。

 なお、Zipparと似た「そこそこ少量輸送・高頻度・無人運転」ができる輸送手段として、1994年に広島県で実用化・開業された短距離交通システム「スカイレール」がある。しかし、スカイレールは「急こう配(26.3度)を登れる」という強みがあったものの、1kmあたり48億円という建設費用がネックとなり、導入が検討されていた「相模原市・北里大学病院周辺」「静岡空港」などでは、いずれも建設に至らなかった。そして広島県の路線も、2023年末で廃止が決定している。

 Zipparは坂道を登れる能力(10度)こそスカイレールに劣るが、平地であればコストや建設にかかる手間など、明らかに有利だ。スカイレールが果たせなかった国内での普及を、Zipparが果たすことを期待したい。

これから技術はもっと発展していく? Zipparオドロキの分岐方法

Zipparは駅の前後では、軽量鉄骨のレール上を走る

 Zippar実用化は、まだまだ課題も多い。しかし、そのなかでも「えっ、それアリなの?」という斬新な技術の導入も期待されているという。

 例えば、「路線分岐の方法」だ。Zipparの分岐部の仕様はまだ確定していないが、通常の鉄道のように、分岐器でレール(軽量鉄骨)を「ガチャン!」と切り換える方法と、もう1つ、立体駐車場のように鉄骨ごと車体を降ろす「上下移動」が検討されているという。

「上下移動」の手法を用いれば、分岐だけでなく「急行運転時の普通列車の待避」「単線での交換(すれ違い)など、さまざまな場面できるだろう。また車庫もタワー状に建設できるため、鉄道のように扇形の敷地を広く取得することもない。

 このほか、Zippar実用化までに改良の余地があるのは「車両の改良(大型化・高性能化)」「こう配の克服」などだろうか。このうち車両に関しては、今後のバッテリーの性能向上による部分も大きい。

 勾配に関しては、秦野市の実験線でも10度の急坂を問題なく登っているという。また、国内で唯一の「自走式ロープウェイ」だった高知県・五台山ロープモノレール(1992年廃止)は10度以上の勾配をなんなく登っていたといい、Zipparでも今後の性能向上に向けてさまざまな検討を行なっているという。

これまで秦野市長・神奈川県知事などが訪問している

 2024年には、福島県南相馬市にZipparの大規模な実験線が建設される予定で、高速運転や分岐などに関して、さらなる検証・検討を行なう予定だ。その間にも、全国の自治体・会社からは問い合わせも多く、8月には神奈川県知事の黒岩祐司氏も試乗、「神奈川県の新しい交通インフラとして期待したい」と話しているという。

 10年後には日本中に普及しているかもしれない、近未来の鉄道Zippar。その未来に期待したい。