ニュース
大西卓哉宇宙飛行士が宇宙で飛ばした紙飛行機を“故郷”のANAに贈呈
「飛んだときは感無量」の理由とは?
2017年7月14日 06:15
- 2017年7月13日 実施
ANA(全日本空輸)は7月13日、元ANAのパイロットで、現在はJAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙飛行士となり、2016年7月~10月にISS(国際宇宙ステーション)に長期滞在した大西卓哉 宇宙飛行士を招き、宇宙で飛ばした紙飛行機の返還を受けた。
大西卓哉 宇宙飛行士は、1998年にANAに入社し、退職前はボーイング 767型機の副操縦士として乗務していたが、2009年にISSに搭乗する宇宙飛行士の候補に選抜され、同年JAXAに入社。ISS第48次/第49次長期滞在クルーのフライトエンジニアとして、2016年7月7日にカザフスタンのバイコヌール宇宙基地からソユーズ宇宙船に乗って宇宙へ行き、10月に地球に戻るまでISSに滞在した。ANAでは打ち上げ前にイベントを行なうなど、会社を挙げて応援していた。
ANAは、大西宇宙飛行士の出発前に、応援メッセージ入りの紙飛行機を記念品として渡しており、大西宇宙飛行士はISSの実験棟「きぼう」で実際にそれを飛ばした。その紙飛行機がANAに返還されるとともに、宇宙で飛んだことを証明する証明書を、ANA代表取締役社長の平子裕志氏に手渡した。
この返還のセレモニーは、パイロットがブリーフィングなどを行なう羽田空港内のフライトオペレーションセンターで行なわれ、大西宇宙飛行士は「宇宙飛行をして初めてANAに帰ってきたが、レイアウトはちょっと変わっているが、雰囲気は全然変わっていなくて、先ほども機長に昇格された方の挨拶があったり、本当に故郷に帰ってきたような懐かしい気持ち」とコメント。
紙飛行機と証明書を受け取った平子氏は、「おかえりなさい。ようこそいらっしゃいました」と、ねぎらいと歓迎の言葉を述べたあと、「皆の応援メッセージが書かれた紙飛行機が無事に帰還し、その飛行証明書をいただいた。これは間違いなくANAにとっての大きなレガシーになると思う。実はANAグループはこれから先、宇宙事業にも関心を寄せており、今後の飛躍の可能性を示唆するものではないかと思って、私の期待はますます高まっている。これをきっかけに大西さんのますますの活躍を期待している」と、大西宇宙飛行士、ANA双方にとって飛躍のきっかけとなることを期待した。
その後は、元同僚や紙飛行機をデザインしたキャステム代表取締役社長の戸田拓夫氏らを交えてトークセッションが開かれた。
ANAの仲間から紙飛行機を受け取ったときの気持ちを問われた大西宇宙飛行士は、「昔の仲間たちから貴重なものを預かったという身が引き締まるような思いと、打ち上げ前はイベントや訓練で緊張感が高まるが、みんなと一緒だと思うと心強くもあった」と回答。
さらに、宇宙で飛ばしたときのことを問われ、「これ、折るのが結構難しいんですよね(笑)。地上で2回ぐらい練習していったが、ISSで折ったときも難しくて、1時間ぐらいかかったと思うが、飛ばせたときは感無量だった」と気持ちを語り、実際に飛ばす際には、「地上用にデザインされているので、無重力の宇宙では上に行ってしまう。ちゃんと昇降舵をいじらないと宇宙ではまっすぐ飛ばない」と宇宙ならではのエピソードを明かした。
その紙飛行機をデザインしたキャステムの戸田社長は、「このモデルは、40年前に病気をして天井しか見ていない頃に考えた飛行機。もし宇宙に行けばなぁと思っていたことが実現してうれしい」と喜びのコメント。
会場には、紙飛行機がISSのなかで飛んでいる様子を撮影したパネルが展示されていたが、元同僚で現在ボーイング 777の機長を務めている椎名真己氏は、「我々パイロットも日頃から贅沢な景色を楽しませてもらっているが、(この写真を見て)本当に贅沢なきれいな景色を大西宇宙飛行士は楽しんできたんだなと、改めてすごいと思う」と感想を話した。
さらに、フライトオペレーションセンターを統括するANA 取締役 執行役員 フライトオペレーションセンター長 大井道彰氏は、「みんなで盛大に送り出したが、今でも帰ってきてほしいという思いは今でも強く……いつでも帰っておいで。月にも火星にも行きたいだろうけど。でも、ここに君の故郷はあるよ」と言葉を贈り、大西宇宙飛行士は「JAXAをクビになったら……」と笑いを誘った。
最後に今後の抱負を尋ねられた大西宇宙飛行士は、「私は初めてのフライトを終えて地上に帰ってこられたが、今後ももっと遠くに飛び続けたい。それが月であれ、火星であれ、宇宙飛行士として、人間の活動領域を広げるようなことに貢献していけたらと思うので、ANAの皆さまにも応援していただけたらと思う」と述べ、集まった大勢のANAスタッフの拍手に包まれた。