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【インタビュー】JAXA 大西卓哉宇宙飛行士についてANAの同期パイロットに聞く

大西宇宙飛行士と同期の3名の機長。左から福本健氏、井上龍一氏、大木健太郎氏。当時の思い出や、大西宇宙飛行士の人柄などを語ってくれた

 日本人宇宙飛行士の大西卓哉氏は、この夏にロシアのソユーズ宇宙船(47S/MS-01)に搭乗してISS(国際宇宙ステーション)に向かい、ISSでの長期滞在ミッションが予定されている。日本人初の民間航空機パイロット出身として注目を集めた大西氏の前職は、ANA(全日本空輸)のボーイング 767型機の副操縦士。ANAはJAXA(宇宙航空研究開発機構)とも協力し、打ち上げに向けて応援イベントなどを企画し、全面的に盛り上げていく予定となっている。

2009年3月10日、大西氏のANA退職前、宿泊を伴う最後の国内線乗務にて 写真提供:ANA

 今回、ANAで大西氏と訓練や業務を共に過ごした同期3名の機長に、運航業務の合間を縫って集まっていただき、大西さんの人柄やエピソードなどを語っていただいた。大西宇宙飛行士と大学の同級生で同じ学部、お互い副操縦士になってからはプライベートでの付き合いもある福本健氏、パイロットを養成する初期訓練から副操縦士に昇格するまで大西さんと一緒だった井上龍一氏、入社後半年間の地上配置で大西さんと一緒で、同じ研修インストラクターという業務もしていた大木健太郎氏の3名。3名ともフライトオペレーションセンター B777部の所属で、ボーイング 777型機の機長。

――大西宇宙飛行士の人物像について

大西宇宙飛行士とは大学の同級生でプライベートでの付き合いもあるボーイング 777型機機長の福本健氏

福本氏:友人として、同期として、よき相談相手であり、今でもその関係が続いています。そして人に接する際だけではなく、物事に対してもすべて謙虚です。

 パイロットという仕事は多くの情報を元に、なるべく早く判断を下すというプロセスの連続です。仕事に慣れてくると、感情や思い込み、願望などで判断に非客観的な要素が入ってしまい、隙ができてしまいます。大西は常に冷静で、思い込みや願望などを排除し、都合の悪い事実で物事を拒否しません。客観的な要素だけで判断できます。自然の法則や機械の挙動に対して謙虚で、おそらくそういう部分が宇宙飛行士に選ばれた要素のひとつではないでしょうか。

 彼は相談されたときに自分が思ったことを率直に答えます。友人から相談された場合、間柄が近ければ近いほど、相手を傷つけないような答え方をするのが普通です。相談相手が何を言ってほしいかを察して、それに寄せて答えますよね。大西は、そういう所が一切なく、自分の価値観、自分の言葉で答える。

 相談した側にとっては、自分の言ってほしいことを言ってくれませんが、彼の誠実な返答によって自分で気が付かない面や、都合がわるくて目をつぶっていた部分を気付かせてくれる。結果的に、相談相手としてすごく信頼できる人間だと言えます。

 彼が現役のころ、副操縦士という立場でありながら、機長にポジションの差に臆することなく、自分の価値観や経験、知識をもとに、自分なりに意見を伝えていました。逆に、大西が機長やリーダーとしての立場になったら、“リーダーとしてどういう風に接すれば、よりまわりのクルーの能力を発揮できるか”というのが分かっているでしょうね。

パイロット養成の初期訓練から副操縦士昇格まで大西宇宙飛行士と一緒だったボーイング 777型機機長の井上龍一氏

井上氏:彼とは訓練時期が一緒でした。彼自身がいろいろなメディアのインタビューでも答えていますが、とにかく目の前のことを一生懸命やるタイプです。能力はもともとも高いのですが、さらに努力もできる。訓練の際は、失敗する姿も見ましたが、その失敗を隠さずに共有していました。

 さらに失敗した後も、頭脳や精神力で、失敗を生かして上のステップに進むにはどうすればいいのかを冷静に考えて実行していました。自分が求められているレベルまで、高い能力と努力で持っていける。宇宙飛行士として難易度の高いミッションも、彼なら乗り越えられるということを見極められたのではないでしょうか。

入社後半年間の地上配置で大西宇宙飛行士と一緒だったボーイング 777型機機長の大木健太郎氏

大木氏:記者会見で彼の姿を見て、入社当時から変わらず昔のままだと感じます。一見、物静かに見えますが、実はすごい情熱家で好奇心も旺盛ですね。地上配置時代、羽田空港で旅客係員として勤務していた際は、4勤2休(4日働いて2日休む)という勤務リズムが一緒だったので、よくオフも一緒に過ごしました。先輩からも可愛がられていました。彼は誰に対しても同じ接し方で、誰からも好かれていました。一緒に研修インストラクターという業務をしていましたが、ミーティングで訓練生に訓練のアドバイスや心構えを教える際、彼が後輩を前に熱く語っていたのが印象的でした。

 遊びでは、彼はF1が好きで、一緒にカートをしたこともありました。また、お互い初心者でしたがゴルフを一緒に回ったこともあります。ゴルフをすると性格が出ると言いますが、彼はまったく変わらない。常に冷静で、ミスしたことも含めて楽しんでいました。

福本氏:なんでも突出しない。特別な存在ではないというタイプですね。

大木氏:欠点がないということが大きいのではないでしょうか。オールラウンダーで、すべて平均点以上取れるという印象があります。そういう部分が宇宙飛行士として求められている資質ではないのでしょうか。

アメリカでパイロット訓練中の大西宇宙飛行士(右)と井上機長(左から2人目) 写真提供:ANA
プロペラ機の訓練過程で、初めてのソロフライトを終え、仲間によってプールに投げ込まれた様子 写真提供:ANA

――大西さんが宇宙飛行士の候補生に選ばれたとき、どう思いましたか?

大木氏:うれしかったですね。宇宙飛行士を目指しているということは、その時知りました。彼が昔から宇宙が好きだということは知っていました。スターウォーズが好きで、パイロットの訓練でアメリカにいたときも、スターウォーズの映画に誘われました。

福本氏:自宅でもNASAが開発した素材を使った生活用品を使っているという話を聞いたこともあります。自分は、彼が宇宙飛行士の選抜試験に応募する段階から話を聞いていました。選考過程が進むにつれ、逐一進捗を聞いていましたが、最終選考に臨む段階で彼は受かると思いました。

 宇宙飛行士選抜の最終段階の試験で、泳力試験があるという話でした。自分は大学の時に水泳部だったという事もあり、大西に「水泳の試験があるなら、一緒に練習に行こう」と誘って、都内のプールに行きました。立ち泳ぎの特訓だったのですが、彼は教えればできる人で、立ち泳ぎもすぐにできました。帰りにいつも通り食事に行き、そこで、最終選考で残っているのは10人、それがどんな人か、どんなことをやるのかなど話を聞いているうち、だんだんその10人の中で自分の立ち位置を客観的に見たような話になってきました。

 選考がどのように進み、選ばれたらこうなるという道筋で話をする。冷静で謙虚な彼が選抜されたことを話すのを聞いて、受かると確信しました。彼もそう思っているのか、普段は割り勘の会計も、冗談半分で「これから会社を辞め、JAXA入って引っ越しなどで物入りだから、ここはおごるよ」と言ったら、珍しく大西は遠慮しませんでした。これは彼なりの自信の現れだったのかなと今では思います。

大木氏:彼は「人類の発展というものは、より速くより高くより遠くという本能的なものが育んでいて、自分はパイロットよりもさらに上を目指していく」と言っていました。それを聞いてすごいと思いました。

福本氏:気分が高揚すると、ひとりカラオケに行きます。一緒に食事をしたことはあっても、カラオケに誘われたことはないですね。宇宙飛行士の試験の中で彼が披露した『1人ミュージカル』ですが、劇団四季が好きで、ひとりカラオケで地道に歌唱力を磨いていたのかもしれませんね。

――最近、大西宇宙飛行士とお話ししましたか?

昔話に花が咲く、大西宇宙飛行士の同期3名のパイロット

井上氏:たまに帰国したときに、一緒に食事をします。最近では、今年の1月ですね。

福本氏:同期10人ほどで、焼肉を食べました。

――どんな話をしたのでしょうか?

井上氏:いろいろ、根掘り葉掘り聞くようなことはしませんでした。彼もたくさん聞かれているでしょうし。みんなで昔に戻って楽しく思い出話に花を咲かせました。

福本氏:彼がやっているブログは、みんな読んでいます。

――大西宇宙飛行士について印象的なエピソードはございますか?

福本氏:当時、私と彼は副操縦士としてボーイング 767に乗務していました。当時の運航路線は、主に国内路線や近距離の国際線などです。早朝に成田出発の便に乗務する場合は、前日に空港近くのホテルに宿泊する必要があります。前泊する際は、制服や運航に必要なものをすべて持っていく必要がありますが、前夜のため、私服で移動することが多いです。そうすると、ついつい何か忘れてしまいがちになるので、忘れ物には気をつけなければなりません。

2009年3月10日。退職が決まって最後の泊りを伴う勤務にて 写真提供:ANA

 ある日、大西が成田に前泊しているとき、乗務用の革靴を自宅に忘れたことに気が付きました。夜中にタクシーに乗って家まで取りに帰ったそうです。成田から都内の自宅まで、タクシー代は結構かかったのではないでしょうか。人に迷惑をかけず、自分のミスは自分で解決するという、彼の責任感を感じました。夜中とはいえ前日に気が付いたということは、彼は寝る前に持ち物のチェックをしているということです。そこは彼らしい。自分なら、翌朝気が付いてパニックになっているかもしれません。気が付いたこととリカバリーの冷静さは彼らしいと思いました。忘れ物をしたこと自体は彼らしくなかったですが。

井上氏:彼にはこだわりがいろいろあります。初めて買ったクルマも彼なりのこだわりの車種で、「これがいいんだ!」と力説していました。スターウォーズのキャラクターの冷蔵庫を購入したときも、すごく高価で、それを自慢げに同期に話してきました。

 冷静で謙虚な彼ですが、訓練後に反省会をした際、みんなが失敗談をひととおり話し終わって、彼が同じ話を繰り返したことがありました。「さっき、その話した!」と指摘されたのですが、彼はそのときのその場を笑いに変えて、うまく流していました。場を和ませることに変えられる能力も持っているんですね。

大木氏:服装に関しては、そこまでこだわりがないですね。旅客時代、制服の下にキャラクター物のシャツを着ていたところも彼らしいお茶目な点です。

アメリカにてプロペラ機でパイロット訓練中の大西宇宙飛行士 写真提供:JAXA

福本氏:入社後にアメリカで行なわれるプロペラ機の訓練で、英語の補習を受けられます。当時、訓練所(教室)に現地のアメリカ人教官を招いて英会話の補修をしていましたが、最初のレッスンで、「How was your weekend?」と聞かれ、発音がわるかったんでしょうね、その後1時間「ウォルマート」の発音をクラス全員で練習したと聞きました。

井上氏:今ではロシア語で質疑応答をしていますね。びっくりしました。

福本氏:彼が宇宙飛行士に決まった際、同期から餞別を贈るのに何がいいか訪ねたところ、開口一番「ロシア語の入った電子辞書」と答えていました。

――最後に、大西宇宙飛行士にひと言お願いします

福本氏:今回のミッションは、大西の宇宙飛行士としてのキャリアのあくまでも第一歩だと思っています。次に何ができるかというところが、彼の真価が問われる部分。今回のミッションはもちろん成功を願っていますし、大西らしく着実に結果を残して、元気に、無事に帰ってきてほしいと思っています。

井上氏:今回、(打ち上げ目標日の)延期が発表されましたが、彼の夢にまで見た舞台なので、早く行きたいだろうなと思います。彼が背負う重圧もあると思いますが、重圧も含めて貴重な経験なので、楽しんできてもらいたいです。

大木氏:我々からすると、今回延期になったのは残念ですが、彼は前向きに捉えているだろうと思います。無事に帰ってきてほしいですね。

日本での訓練中、同期の仲間と。大西宇宙飛行士(右)と井上機長(左から3人目)