旅レポ

タイとラオスの国境を旅する【前編】

ソムタムだけじゃない! 巨大蝋燭にインド文化、当たるおみくじ……タイの東北・ウボンラーチャターニー

 ラオスやカンボジアと国境を接するタイのイサーン地方。なかでも一番東にあるウボンラーチャターニー県は、日本ではあまり知られていません。しかし、ラオス、カンボジアはもちろん、インド、ベトナム、中国などが混ざり合った複雑な文化をこの地で見ることができます。今回の旅はウボンラーチャターニーの魅力を紹介するとともに、国境を越えお隣のラオスの世界遺産へも足を伸ばします。

イケメン職員からのお誘い

イケメン職員のセッタポンさん。写真の腕はプロ級!

 タイ国政府観光庁きってのイケメン職員、セッタポンさんから、ある日、同庁が主催する研修旅行へのお誘いの電話がかかってきた。

「白石さん、ウボンラーチャターニー県に行きませんか?」

「ウドン県!?」

「ウドンではありません! ウ・ボ・ンですよ。タイの東、イサーン地方です!」

 ごめんなさい、セッタポンさん。ちょうどお昼どきで、おなかがグウグウ鳴っていたのです。

 イサーン地方といえば、全般的に辛いタイ料理のなかでも最も辛い郷土料理で有名です。辛いものが好きな人には天国のようなところ(らしい)。青いパパイヤのピリ辛サラダ「ソムタム」をご存知の人は多いでしょう。あの食感、あの瑞々しさ、あのピリ辛っぷり……ソムタムが大好物の私は、タイ国政府観光庁が主催する魅惑の研修旅行を二つ返事で引き受けたのでした。

 朝、羽田空港からタイ国際航空でバンコクへ。セッタポンさんともうひとりの参加者で旅行会社のAさん、そして現地ガイドのキャオさんとバンコクのスワンナプーム国際空港で合流しました。

タイ国際航空のLCC「スマイル」。格安航空ではあるが、短時間のフライトでも菓子パンや水、コーヒーなどのサービスも。添乗員さんもスマイル!

 国際線から国内線に走ってタイ国際航空のLCC「スマイル」に乗り継ぎ、ウボンラーチャターニー空港に到着したのはその日の夕方。町の体育館のような小さな空港ですが、警備と観光案内所を兼ねたようなデスクがポツンとあって、制服を着た空港職員のおじさんが、私たちを見ると、「お! ジャパニーズ!」と大歓迎してくれました。

大歓迎の空港職員さん。大都会・バンコクよりも陽気で大らか。空港のポスターによると、ウボンラーチャターニーは蝋燭アートで有名らしい

 そして「ちょと、並んで!」と手持ちの携帯でパシャ! シャッターを切った音に、まわりの乗客も「あ、日本人よ! キャッ!」という反応。我々はただのフリーライターと旅行会社の社員であって、スターでもなんでもないのですが、日本人は珍しいらしく、こんなに喜んでくれて、いきなりウボンラーチャターニーに好印象です。

いろいろ混ざったお寺が大集合!

 翌朝、早速ウボンラーチャターニーの街へ。タイといえば仏教。仏教といえばお寺。もちろん、ウボンラーチャターニーの街にもたくさんのお寺があるのですが、バンコクでさんざん見ているし、「どうせ同じでしょう?」と期待せずに最初のワット・トゥン・シー・ムンを訪れたのですが、池のなかに建つ美しいお堂に意表をつかれました。なぜ、わざわざ池!?

池のなかに建つワット・トゥン・シー・ムンの図書館。涼しげに見える

「これは本堂ではないのです。ホートライといって、お寺の経典を納める図書館ですよ」と説明するガイドのキャオさん。今から200年前の建物で、虫やネズミが入らないように池を作って、そのど真ん中に建て長い橋を作ったそう。

「虫やネズミだけではありません。昔は火事が多かったので、大事な資料や本を燃やさないようにするためです。屋根は6段ありますね? タイ式は3段ですが、屋根が多いのはラオス式です」

 そう、タイはラオスやカンボジアと国境を接しています。また接してはいないもののベトナムとも近いため、いろいろな国の文化を受けているそうです。

書庫の中はさらに書庫。厳重に書物を守っている。細かい装飾が美しい

 さっそく橋を渡って、中に入ってみましょう。おおっ、なんと蔵の中に蔵! よっぽど大事な資料を入れていたのでしょう。壁画や柱などの美しい装飾にいくら見ていてもあきません。けれど、時過ぎて今ではすっかり鳥たちの棲家になっていているようです。ピーチクパーチクとうれしそうに鳴いていますが、こんな豪華な棲家に住めてご機嫌なのかも知れません。さあ、次に本堂へと向かいます。

ワット・トゥン・シー・ムンの本堂へ
屋根には3匹が合体した象「パラムロム」が

 一見、普通のタイのお寺に見えますが、屋根の部分に象の彫刻が付いています。「象だ!」と指を指すと、キャオさんが「よいところに気が付きましたね。これはヒンズー教に出てくる象の神様です。当時、この辺りではヒンズーと仏教が混ざったんでしょう」。そうなのか、てっきり、この辺に象がノシノシ歩いていて、建築家が適当にデザインしたのかと思ってたのですが。

「さあ、さっそく中に入りましょう」と近づくと、階段の前に白い狛犬のような銅像が参拝者にお尻を向けて座っています。

「キャオさん、どうしてこの白い狛犬はお尻を向けているの?」

「狛犬じゃないですよ! タイでは獅子です。それにお尻を向けているんじゃなくてお寺を見守っているんです」

「へえ、獅子は中国っぽいですね。ところで階段のニョロニョロした装飾はヘビ?」

「ヘビでも龍でもありません。神様ナーガです。これもヒンズーの影響でしょう」

獅子がお尻を向けているのはお寺が心配だから? 慣れないと不思議な感じ

 靴を脱いで本堂に入ると、祭壇の前に微動だにせず座っているお坊さんが……痩せすぎですよ! 骨が浮き出るまで修行しなくても……と近くに寄ってみれば息をしていません。誰が作ったのか今にも動きだしそうな高僧のリアルな銅像(仏様?)でした。このお寺を作った偉いお坊さんかも知れません。

骨が浮き出て痩せたお坊さん。今にも動き出しそう。
本物の(?)お坊さんはこちら。お参りに来た人たちに祈りを捧げてくれる
金箔を貼られた仏様。タイのお寺はキラキラしている

 祭壇の前に進むと、金ぴかな台座はお金を入れるお賽銭箱のようで、なぜか巨大な足裏の形に掘り抜かれています。約200年前、バンコクの修行僧がこの地に来てお寺が建てたとき、元いた寺からもらった仏足石のレプリカだそうです。「仏様の足の裏、でっかい……」と驚きつつ、足の裏にお賽銭を入れ旅の無事をお願いしました。

巨大な足の裏には模様が描かれている

ラオスからやってきた小さな仏像

 続いて訪れたのは、ワット・シー・ウボン・ラタラナームというトパーズでできた直径5cmほどの、1300年前に作られた小さな小さな仏像を納める、大きな寺院です。この仏像はバンコクにある有名なエメラルド寺院に安置されている仏像の出身地と同じラオスから18世紀にお引っ越しされたとか。

青空に映えるワット・シー・ウボン・ラタラナーム

「もともとはビエンチャンにあったんだけど、戦争に勝ったのでタイに持ち込まれたんですよ」とさわやかに語るキャオさんの言葉に、「略・奪」の2文字が頭をかすめましたが、勝ったり負けたり、仏様も政治の都合であちこちに引っ越しているようです。

獅子ではなく、ここでは象がお寺を守っている?
ラオスからいらしたのは手前の大きな仏様ではなく、高いところにある光る仏様

 狙われやすいのか、天井の近くの高いところに安置されたトパーズの仏像は、肉眼ではまったく見えず、カメラの7倍ズームを使ってようやくお顔が拝めました。こちらでお参りするときは双眼鏡を忘れずに。

形はシンプルだけど豪華絢爛なインド仏塔

 ウボンラーチャターニーのお寺めぐり。最後は、高さ57mの四角錐の仏塔がそびえるワット・プラ・タート・ノン・ブアへ。

「このピラミッドを引っ張って細長くしたような塔は本当に仏教なんですか?」とセッタポンさんに聞くと、「そうです。けっこう新しいんですよ。1957年に仏塔を建てたようですね。インドスタイルでピラミッド型なんて珍しいでしょう?」。

白い壁に金の装飾。上品なワット・プラ・タート・ノン・ブア

インドのブッダガヤにある仏塔をお手本に設計したそうですが、赤い屋根のどちらかというとカラフルなタイのお寺とは違い、白い壁に金の装飾が施され、シンプルながらも上品です。ところが、中に足を踏み入れると、ピカーッ!と目を開けていられないほどのゴールド・ワールド!

「うおっ、まぶしい!」と我々を慌てさせるほど、ピカピカです。お寺への寄進は惜しまないタイの人たちの心意気を見たような立派な本堂にドキドキしました。

シンプルな外観とは違い、中は金一色! 豪華絢爛だ

当たりすぎる……恐怖のおみくじ

 本堂を出て敷地内の別のお堂に入ると、仏様とボタンがずらりと並んだゲーム機のようなものや、ピカピカ光るパチンコ台のようなものが置かれています。お寺だから、おみくじの機械なのでしょうか?

お賽銭を入れてお参り。日本のお寺にもあったら楽しいのに
「僕は木曜日」とお賽銭を入れるセッタポンさん

「おみくじでもゲーム機でもありませんよ。これは自分の干支や生まれた曜日の日にお賽銭を入れるんです」とキャオさん。

「僕の生まれたのは木曜日だから……この仏様だ!」

「おお、セッタポンさん、私も木曜日生まれなんです」

「ええっ!? キャオさんも木曜日とはうれしいなあ、フフフ」

 タイ人の2人はうれしそう。木曜日の仏様にお賽銭を入れると音が鳴り七色に光りますが、何か出てくるわけではありません。ところで、そんなに生まれた曜日が同じってうれしいの? と同じ仏教徒ながら文化の違いを噛み締めていると、キャオさんが振り返りました。

「白石さんは何曜日、生まれですか?」

「知りません」

「えー!」

「どうして? 自分の誕生日の曜日も知らなくて、それでいいの?」というびっくり感が伝わってきます。今度、タイに来るときまでに調べておこうと思いました。

 では、タイのお寺にはおみくじのようなものはないのでしょうか? いいえ、仏様の前に座ると、目の前にありました。日本のお寺と一緒で棒の入った木箱を振って出た数のおみくじをいただけるのです。

棒占いに挑戦するキャオさん。
おみくじが半分くらい切れている! でも大丈夫、お寺の壁にも張り出してある

 最初にキャオさんがカシャカシャと箱を振り、当たった番号のおみくじを手にとり読み上げ始めました。「なになに……彼女ができます……そ、そんな、嫁さんがいるのに!」と激しく動揺しています。しょせん占いなのに、大層、困った顔しているところを見ると、よく当たってしまうのでしょうか?

 それでは私も挑戦しましょう。おみくじ番号15番の棒が飛び出し、キャオさんが読み上げてくれました。

「他人のトラブルに巻き込まれる恐れがあるので、首を突っ込まず逃げなさい」

「えっ!? どういうことだろう?」

「白石さん、大丈夫ですか?」

「うーん、みなさん、旅の途中、私を巻き込まないでください」

と、同行の3人を疑ったものの、翌日にはすっかり忘れてしまいました。しかし、帰国直後、まさにこの予言どおり、友人のトラブルにぐるぐる高速回転で巻き込まれて本当に大変な目に遭ったのです。ワット・プラ・タート・ノン・ブアのおみくじ恐るべし! 果たしてキャオさんは、どうなったのでしょう? 三角関係でもめていないか、今、原稿を書きながら心配なのです。

100%当たったワット・プラ・タート・ノン・ブアの占い

 ワット・プラ・タート・ノン・ブアに来たらぜひ寄っていただきたいのが、お寺の境内に展示されている蝋燭作品。これが小さな蝋燭の彫刻だと思ったら大間違い。空港のポスターでもちらっと見ましたが、高さ4m、幅10mもの巨大な作品なのです。

蝋燭祭りに出展された仏教の物語をテーマにした作品。村人みんなで作ったそう

 普段は静かなウボンラーチャターニーに全国各地から人が集まってくるお祭り、それが蝋燭祭りなのだそうです。25作品ほどの巨大な蝋燭作品が山車に乗せられ、市内あちこちを練り歩き、優勝を競うそうです。

「でっかい1本の蝋燭を削っていくのではなく、小さなブロックにして各家庭で削ったものをくっつけるのです。ほら、ここにつなぎ目があるでしょう?」

 学校や町内など、削るのは一般家庭。毎年、やっているからどの家庭も設計図どおりに蝋燭を削るのはお手のもの。ほかに世界中の芸術家を招いて作品を制作してもらったり、期間中、イベントも多く、街中に蝋燭作品があふれかえるそうです。7月ごろタイを訪れる人は、ぜひウボンラーチャターニーに寄ってみてはいかがでしょう。

お待ちかねのソムタムが……

 たくさんのお寺をまわったあとは、お待ちかねの夕食です。クルマに乗り込むと、助手席のキャオさんが振り返り、「今夜は、創業50年のウボンラーチャターニーでは老舗のレストランに連れて行ってあげます」と微笑みます。

「……ってことは、地元料理! つまりイサーンの辛いものがいっぱい食べられるのね?」

「もちろんです!」

「ソムタム!!」

 ああ、もう頭のなかはビール、ソムタム、ビール、ソムタム……。うきうきと浮かれる私の隣で、同行の旅行会社の社員、Aさんがだんだん無口になっていくのが気になりました。

 かわいいお姉さんの絵が描かれた看板の前でクルマは止まりました。ここが有名なポーンティップです。看板のお姉さんは、店に実在する看板娘でしょうか? 入り口で焼き鳥を焼いているおばちゃんが「いらっしゃい!」と顔を上げました。お、この人が看板の?

「うふふ」と笑ったおばちゃん、焼き鳥を片手に、「イーサンは焼き鳥が名物なのよ。食べてって」と笑いますが、香ばしい香りにすでにノックアウトです。

ウボンラーチャターニーの超有名店「ポーンティップ」。看板娘の絵が
「ポーンティップ」のおかみさん。「焼き鳥美味しいよ!」

 まずはイーサン名物のソーセージ「サイクロー・イーサン」。豚肉だけではなく米がたっぷり詰まっています。薄切りにして辛味をちょいちょいと付けてネギと一緒にビールで流し込めば、もうほかには何もいりません。

 何もいりませんと言いつつ、次に登場したイーサン名物の酸っぱくて辛いスープ、トムセープは絶品で箸が進みます! トムセープは世界三大スープの1つ、トムヤムクンのライバルとも言えるくらいタイではポピュラーなスープのようです。じっくり煮込まれた骨付き豚肉はジューシーだけど、ハーブたっぷりでスープは臭みもなく、辛いけれどすっきりした味わい。

イーサン名物のソーセージ「サイクロー・イーサン」
イーサン名物「トムセープ」。ハーブたっぷりで何杯でも飲めそう

 うまい、うまいと、スープをおかわりしていたら、そこへ私が愛してやまない青いパパイヤのサラダが登場! この辛いサラダを食べずしてイーサンに来たと語るなかれ。さあ、どれだけ辛いのか? ビールも注いだ、いただきます!……と大口あけてもりもり……あれ? 噛み締めても辛くない……。日本のタイ料理屋のソムタムよりも辛くない!! なぜ!? 本場の辛さってこんなもの? と首を傾げると、セッタポンさんがAさんに、「辛いものが苦手なAさんのために、控え目にしてもらいました。安心して食べてください」と声をかけているでは、ありませんか! うれしそうにうなづくAさん。

 がーーん。「なんで、辛いものが苦手なのに、イーサンへ出張に来たのだあああ!」と思わず、テーブルをひっくり返しそうになったのですが、まだ旅は始まったばかり。辛くないソムタムをつつきながら、私はある計画が頭に浮かびました。この旅でAさんを辛いもの好きにしてしまおう、Aさんが気が付かないよう、少しずつ辛さをアップしてイーサン料理なしでは生きていけない舌にしてしまおうという計画でした。

辛くないソムタム。このままでも美味しいけど……

 そんな私のたくらみに誰も気が付かず、翌日は国境を越えラオスへ。後編もお楽しみください。

白石あづさ

フリーライター。主に旅行やグルメ雑誌などで執筆。北朝鮮から南極まで世界約100カ国を旅し、著書に「世界のへんなおじさん」(小学館)がある。好きなものは日本酒、山、市場。