井上孝司の「鉄道旅行のヒント」

車内で安全に過ごすために。車掌の定位置や通報装置を知っておこう

駅に停車している列車は、当然ながら側扉を開けた状態だから、車内外の出入りは自由にできる。では、車内で何か「わるさ」をした輩がいたら……?

 日本は比較的、治安がよい部類だと思うが、それでもさまざまな事件が起きる。東京駅を発車する前に新幹線の車内で「盗難に御注意ください」という趣旨の放送をしているぐらいだから、何もないわけではないだろう。

盗難対策として、駅停車中は離席しない

 もちろん、「荷物は肌身離さず、目を離さず」を実行できれば理想である。しかし実際のところ、そうもいかない場面は少なくない。連れがいれば問題ないが、ひとりで列車に乗っているときはどうするか。それでも、トイレや洗面所に立つぐらいのことは起きる。その際に、いちいちすべての荷物を持って行くのは現実的ではない。

 また、途中駅でホームに出て買物をするような場面もあるだろう。これもやはり、いちいち荷物を持って出るわけにはいかない。

 ただ、犯罪者の視点から考えると、走行中の列車というのは、コトに及ぶには具合がわるい。犯行後に逃げ出せる場所がないからだ。ことに新幹線では、過去にさまざまな事象が発生したせいもあり、警備会社の警備員が車内を巡回している。そうなるとますます、逃げ場がなくなる。

 そう考えると、駅に停車しているとき、あるいは停車する直前がもっとも危険と考えられる。「もしかすると、車両の中央付近よりも出入台に近い車端の席の方が、そのあとの逃走に好都合ではないか」とも考えたが、そういう席に、おあつらえ向きの“獲物”があるとは限らない。だから、そこまで考える犯罪者がどれだけいるかは分からない。

 ともあれ、駅に停車する直前と停車中は席から離れない方がよい、とはいえるだろう。もちろん、停車中だろうが走行中だろうが、貴重品は常に身につけておくようにしたい。

居眠りにも注意

 実は、以前に取り上げたことがある「居眠り」も、盗難につながるリスク要因といえる。いかにも値の張りそうな品物を出したままで寝入ってしまったら、危ないのは容易に理解できる。

 すると、PCやタブレットやカメラが問題になると思われる。この手のモノは、必要なときだけ出して、それ以外はバッグのなかにしまっておく方がよいという話になる。特に眠気を感じたときには。

 また、脱いだ上着などを壁のフックにかけてあると、それが狙われる可能性もある。ことに、ポケットに貴重品を入れている場合は要注意だ。

アイスぐらいならいいが、PCやスマートフォン、カメラの類を置き去りにして席を立つのは避けるべきであろう。まして業務用のデバイスなら

SOSボタンや車内通報装置について知っておく

 列車の車内で乗務員がいるのは、まず運転台。それから、ワンマン運転の場合を除いて、車掌。

 車掌の定位置は列車によって異なり、在来線の特急列車や新幹線では中間車に乗務員室がある場合と、最後尾車両の運転台を定位置にしている場合がある。一方、普通列車、都市部の通勤電車や地下鉄では、最後尾車両の運転台が車掌の定位置だ。

 なお、「はやぶさ/こまち」「やまびこ/つばさ」のように、併結列車で、かつ編成間の行き来が物理的にできない場合には、それぞれの編成に車掌が乗務している。

 しかし、1~2両ならいざ知らず、編成が長くなると、何か事象が発生した車両と車掌の定位置が離れていることもある。そこで登場するのが、いわゆる車内通報装置やSOSボタン(非常通報ボタン)の類。大抵、客室の端部あるいはデッキに設置されている。

 もっともシンプルなものは、とりあえずブザーが鳴って、非常事態の発生を知らせるだけ。乗務員室ではSOSボタンが押されたことが分かるので、直ちに現場に駆けつけることになる。さらに、駅ホームにいる係員にも非常事態の発生が分かるように、車体の側面に設けられている灯火が点灯する仕組みになっている。

2023年の春に引退した、JR北海道・183系気動車(グリーン車)の車内。左上にSOSボタンがあるのが分かる。これは通話機能は持たないタイプ

 車両によっては、このボタンが扱われると、列車がその場で緊急停止する。火災が発生したときにトンネル内でそれが起きると、却って具合がわるい。だから「火災の際には扱わないで」との注意書きが付いていることがある。

これはN700Aのもの。SOSボタンは客室の端部に設けられており、これを押すと列車が停止することと、火災の際には扱わないようにとの注意が記されている。その上には、あとで取り上げる防犯カメラがある

 最近になって増えているのが、通話機能付きの車内通報装置。東海道・山陽新幹線では、N700AやN700Sで導入している。JR東日本の新幹線では、E5系(JR北海道のH5系も含む)・E6系・E7系(JR西日本のW7系も含む)と、E2系・E3系の一部が通話機能付きになっている。都市部の通勤電車でも、けっこう導入事例が多い。

 こうした装置が扱われると、乗務員は通話機能を使って状況を把握したうえで、各社の規定に合わせた対応をとる。運転士は状況に応じて、「その場で直ちに停車する」「トンネルや橋梁を抜けたところで停車する」「次の最寄り駅まで行って停車する」といった対応を使い分ける。また、指令所にいる輸送指令に報告を上げるのも乗務員の仕事だ。

N700Aの場合、SOSボタンは客室内に設置しているが、車内通報装置はデッキに設置している
N700Sでは、SOSボタンと車内通報装置のいずれも客室内に並んで設置している。火災のときに使用すべきは車内通報装置の方だ
こちらは東北・北海道新幹線向けH5系のもの。車内通報装置と、停電で照明が消えたときに使う懐中電灯が並んでいる
横浜市営地下鉄4000系。この車両に限らず、車椅子スペースには通話機能付きの車内通報装置を備えるのが一般的
JR西日本・大阪環状線の323系が備えている車内通報装置。これぐらい目立つ外見をしていれば分かりやすい
車内のどこにSOSボタンが設置されているかを示した標示の例。これは近鉄21000系「アーバンライナーplus」のもの

 できればお世話になりたくない種類のものではあるが、「こういう設備がある」と知っておくことには意味があるだろう。いざというときに慌てずに済む。

近年になって増えている防犯カメラ

 東海道・山陽新幹線のN700系あたりが発端だっただろうか。車内の模様を撮影する防犯カメラを設置する車両が増えてきた。

 平素から、すべての列車のすべてのカメラについて映像を監視し続けるのは現実的ではないが、例えば車内通報装置のボタンが押されたときに、当該号車の車内の模様を確認する使い方ができる。また、何か事件が起きたときの記録(証拠映像の確保)という意味もある。それに加えて、カメラの存在を意図的に公にすることで、抑止効果を狙っているともいえる。

最近の新型車両は当初から防犯カメラを組み込む設計になっているが、防犯カメラの設置が一般化する前に作られた車両では、後付けとなる。こんなふうに蛍光灯と一体化するタイプもある

 機器の性質上、どこの事業者も詳しい話は公にしていない。もっとも我が国の場合、車内にいる人・全員の一挙手一投足を全部監視するとか、顔認証で個人を特定するとかいう使われ方はしていない、といってしまっても間違いはないだろう。