井上孝司の「鉄道旅行のヒント」
日本の鉄道における車内での電源コンセント事情
2022年12月7日 06:00
スマートフォンの利用拡大に伴って、公共交通の業界で生じた変化の1つに「電源コンセント」がある。筆者の記憶が正しければ、鉄道車両の客室に旅客向けの電源コンセントを設置した最初の事例は、JR西日本の「ひかりレールスター」だったはずだ。
電源コンセントが欲しいと思ったときは
新幹線や特急列車に話を限定しても、電源コンセントの設置が全車に行きわたっている状況にはない。近年の新造車は標準装備が普通になったが、このあとで述べていくような事情から、既存車両への後付けは一筋縄ではいかない。
幸い、今は大抵の鉄道事業者が、自社で使用している車両についてWebサイトで情報提供を行なっている。まずはそれをあたってみれば、電源コンセントの有無を確認できることが多い。そして、同じ形式でも車両によって電源コンセントの状況が異なる場合には、確実にあると判断できる席(例えば、東海道・山陽新幹線のN700一族であれば、普通車の窓側および前後端、またはグリーン車)を狙って指定をとるのが最善であろう。
電源コンセントの設置場所
ひかりレールスター(700系7000番代)では「オフィスシート」と称して、指定席車の客室前後端の席に、電源コンセントと大型の折りたたみ式テーブルを設置した。テーブルとコンセントは妻壁に取り付けられているから、事実上は最前列の席だけが電源コンセントの利用対象となる。このほか、8号車の4人用個室にも電源コンセントがある。この「車端席だけ」パターンは、16両編成の700系があとを追い、在来線でも同様の事例がいくつか続いた。
次のトレンドは、「普通車は窓側全席と前後端席、グリーン車は全席」。東海道・山陽新幹線のN700系(N700Aを含む)や、東北新幹線のE5系、秋田新幹線のE6系などが該当する。これなら、窓側席か前端の席、あるいはグリーン車の指定をとれば、確実にAC電源を確保できる。そして、2014年に営業運転を開始した北陸新幹線用のE7系あたりから、普通車も全席設置が当たり前になってきた。
当初は「試しに付けてみよう」というニュアンスが感じられた。しかし、現実問題として車内でラップトップを持ち出して仕事をする人は多いし、スマートフォンの普及により、動画を見たりゲームをしたりする人も増えている。当然ながらバッテリの消耗が気になるので、AC電源はありがたい。
すると今度は、「AC電源がない既存の車両にも後付けできないの?」「窓側だけではなく、通路側の席にも後付けできないの?」という疑問・要望が出てくるのは自然な展開といえよう。JR北海道の気動車特急では、グリーン車の腰掛交換にあわせて電源コンセントを後付けした事例がある。空の上でも、JALのボーイング 737型機や767型機で、USB電源を後付けした事例がある。
電源コンセントの後付けは意外と難しい
「○○でやっているのだから他社でも」と思うのは無理もない。しかし実は、電源コンセントの設置は、見た目よりも難しい。その大きな理由は「電力供給源の確保」と「配線の設置」にある。
電源はもちろん単相交流100V(周波数は50Hzの場合と60Hzの場合がある)で、容量は2Aが一般的。仮に1両あたりの定員を60名として、その全員が限度いっぱいで使えば2A×60=120A(12000W)の電力消費となる。120Aといえば、30A契約の家庭4つ分だ。
もっとも実際には、乗客全員が電源コンセントを利用するとは限らないから、一定の割合で利用するとの想定で容量を決めている可能性が高い。それに、2Aフルパワーで使うこともないだろう。それでも、相応の電源容量は確保しなければならない。こうした低圧電源を供給するのは補助電源装置の仕事だが、それは当然ながらスペースと重量を要する。大容量化すれば、その分だけ大きく、重くなる。
先に触れたJR北海道の気動車特急における後付け事例では、1両あたりの定員は24~26名と少ない。その全員が利用しても電源の所要は知れている。しかし、普通車全席となると話は違う。そのために補助電源装置の載せ替え・増設が必要となれば、費用の問題、そしてスペースの問題は無視できない。
次に配線の問題。個別の席まで補助電源装置から配線を引っ張ってくるのに加えて、床に穴を空けて床下から床上に配線を引き出さなければならない。しかも、鉄道車両は飛行機と違って双方向に走るから、腰掛が回転可能な構造になっている。すると、回転しても支障なく機能するような電気配線を腰掛に組み込まなければならない。
こうした改造をあとから行なうのは、まったく不可能とはいわないにしても、多大な手間と費用を要する。だから、電源コンセントを後付けした車両は、コンセントが壁際に設置されていることが多い。これなら腰掛をいじる必要はないし、配線を設置する手間も抑えられる。
E5系のように、途中から設計変更して全席に電源コンセントを設置した事例がある。しかし、そのE5系でも既存車に後付けしていないのは、こうした事情があるからだ。新造車であれば、補助電源装置も配線も、最初からそのつもりで設計・設置できるので、後付けに付随する課題には直面せずに済む。