荒木麻美のパリ生活

現在テスト期間中で賛否両論。パリの「薬物注射室」を見学

注射室の入口。病院の入口とは別になっています

 フランス公衆衛生局(Santé publique France)とフランス薬物依存症監視委員会(OFDT:Observatoire français des drogues et des tendances addictives)が行なった、18歳から64歳までの2万人を対象とした2017年の調査では、「大麻を使ったことがある」という人は約半分。常用している人は3.6%となっています。これは経験者数では1992年に比べると約3.5倍、常用している人だと2000年に比べると約1.9倍です。

 そのほかの薬物になると、「使ったことがある」は3%くらい、最近の使用となると0.6%くらいと減るものの、コカインは1992年に比べると約5倍、エクスタシーも2000年に比べると約5倍の経験者数となっています。

 新型コロナウイルスおよびロックダウンの影響で、若年層に限っては大麻、アルコール、タバコ(電子タバコを除く)の使用が減った、という最近のデータも見ましたが、日常が戻った今、この傾向がいつまで続くのかは疑問です。

 私が8年ほど住んでいたパリ10区のスターリングラード駅周辺は、薬物の売買で有名なところでした。最近ではだいぶ雰囲気が変わったものの、いまだに北駅周辺は治安がわるい所と言われています。

 そんな北駅周辺の一角、病院の敷地内に、利用者が持ち込んだ薬物を打つための「Salles de shoot(注射室)」と言われる施設があります。ハーム・リダクションという、使うことによるリスクや健康面などの「被害」(ハーム)を少しでも「減らす」(リダクション)取り組みをしているところです。GAIAという団体が運営しており、GAIAのディレクターは医師。スタッフには看護師やソーシャルワーカーもいます。

 注射室ができたのは2016年。2026年までの10年間、注射室によってどんな影響があるかを見るテスト期間となっています。注射室についてより理解してもらうため、定期的に注射室への見学会をしているので参加してみました。

 注射室では利用者が来ると簡単な登録をします。偽名を使う人も多いそう。薬物そのものは渡しませんが、持ち込まれた薬物を使用する際に必要な器具を無償で提供し、注射室を利用後、休憩室で休んでから外に出る流れとなっています。

注射室の受付
必要な器具いろいろ。どういう風に使うのかを職員が説明してくれました
薬物を使うスペース

 休憩室で休んでいる間などにスタッフが声掛けをし、希望者には依存脱出のためのアドバイス、耳介(耳ツボ)療法といった依存を和らげる可能性のある代替療法、エイズや肝炎の検査、ソーシャルワーカーによる関連行政機関への橋渡しといった役割も注射室は担っています。

休憩室にあったパンフレット各種
人目につかないトイレの内側扉のみ落書きでいっぱい
フランスと薬物の歴史に関し、重要な年を示すモザイク画が廊下にありました。注射室の利用者たちも参加して作ったそう
注射室内外で薬物の売買などを禁止すると書かれた張り紙が

 注射室を訪れる人のうち、約60%がホームレス。そのほかは仕事や家庭もある、一見「普通の人」も来るそう。

 この日いたスタッフは、医師を除くと皆さん若そうでした。フランクな雰囲気なので、使用者にとって訪れやすい場所なのではないかと感じましたし、利用者が来やすいように、それを心がけているようです。

 見学者の一人からここで「『更生』する人は多いのか?」という質問がありましたが、「決して多くはない」という回答でした。それでも「居場所を作る」というのは大事な一歩であり、来なくなって数年後に元気な姿を見せてくれた元利用者もおり、希望を持って活動している、とのことでした。

 周囲の住民からは治安の悪化や、不動産価格に影響があるという声もありますが、地域の警察によると「注射室設立後に治安は悪化していない」とのこと。逆によくなってもいないということですが、もっと長期的に見ることで変化があるかもしれません。

 すでにずいぶん前から注射室を設置してハーム・リダクションをしている欧州他国、オーストラリア、カナダなどでは、成果を上げているといいます。

 国立衛生医学研究所(INSERM)が2021年に発表した、注射室利用者と非利用者の追跡比較調査によると、HIVやC型肝炎の感染、過剰摂取や緊急搬送のリスクも減っており、長期的に運営することで、治安の向上や医療費削減が期待できる、という結果を発表しています。

 私はもう10区に住んでいないとはいえ、住んでいたときから注射室がなくなればよいとは思ったことはありません。危険な目にあったこともありません。もちろんパリに住むうえで、安全には常に気を付けていますし、これはあくまで個人的な経験なので「10区は誰にとっても安全」とは言いませんが、これはパリのどこに住んでいても一緒だと思います。

 パリには多くの依存支援センターもありますが、ここに来るのは程度の差こそあれ、「治したい」という意識がある人向けに見えます。でもそうではない人たちには、まずはこうしたとにかく安心できる場所が必要だと私は思います。注射室はパリ、そしてストラスブールに1か所ずつあるのみ。少な過ぎると思います。

 今年2月には、仏人コメディアン・俳優が、薬物摂取後に運転した自動車で大事故を起こしました。薬物の問題にまた注目が集まりましたが、依存といえば、アルコールやタバコへの依存は、数でいえば薬物より深刻というOFDTからのデータも見ました。これによると、アルコールとタバコに因果関係を疑われる死亡者数は、薬物の比ではありません。

 社会的経済的不安が増すなかで、何かに依存せざるを得ない人は今後ますます増えるかもしれません。依存者は私には関係のない世界、行政がどうにかしてほしい、という他人事の話ではありません。今回の見学は、「私はどうなのか?」「私は何ができるのか?」という自分への問いを深めるよい機会となりました。

荒木麻美

東京での出版社勤務などを経て、2003年よりパリ在住。2011年にNaturopathie(自然療法)の専門学校に入学、2015年に卒業。パリでNaturopathe(自然療法士)として働いています。Webサイトはhttp://mami.naturo.free.fr/