旅レポ

尾瀬へつづく福島の玄関口「檜枝岐村」を探訪。絶品そばに歌舞伎舞台、郷土の伝統に触れました

国指定重要有形文化財「檜枝岐の舞台」。江戸時代から伝わる檜枝岐歌舞伎がここで上演されます

 福島県が主催する尾瀬ツアーに参加してきました(前回の記事「福島県側から尾瀬にアプローチ! 神秘的な光景広がる名勝「尾瀬沼」を目指して1泊2日のハイキングへ」)。2日目の午後は、尾瀬の玄関口「檜枝岐村(ひのえまたむら)」へ戻り、村内を観光することに。

 檜枝岐村は、福島県西南端の南会津郡に位置する人口500人ほどの村。そもそも「尾瀬」とは福島、新潟、群馬、栃木の4県にまたがる尾瀬国立公園を指しますが、今回私が訪れた「山の駅 御池」も、入山口の「沼山峠」も、宿泊した「尾瀬沼ヒュッテ」も、ぜ~んぶこの檜枝岐村エリア。日本で最も人口密度の低い市町村なのだそうですよ。

 実は私、ずいぶん前に伝統芸能「檜枝岐歌舞伎」のことを知って以来、いつか檜枝岐村に行ってみたいな~と思っていたのでした。そして実際に来てみると、歌舞伎や尾瀬の玄関口というだけでなく、特色ある歴史や食文化がとっても興味深いところでした!

 今回はかけ足のミニ観光だったので、今度また訪れたら旅館や民宿に泊まって、温泉も楽しみながらゆっくり滞在したいな~。

檜枝岐川にかかる前川橋
その橋のたもとに建つ「割烹民宿 かどや」

 ということで、まずはお昼に立ち寄った「割烹民宿 かどや」(福島県南会津郡檜枝岐村上ノ原595-1)からご紹介しましょう。こちらは民宿も営んでいるお店で、川のせせらぎを聞きながら美味しいお蕎麦を食べることができます。

そば定食(裁ちそば、山菜2品、はっとう3枚付き)1300円。わっぱに盛られたお蕎麦は初めて!

 檜枝岐村は標高939mの高地にあるため稲作には適しておらず、昔はお蕎麦が主食でした。つなぎを使わない生そばを2~3mmほどの厚さに伸ばして何枚か重ね、手を定規のように包丁を手前に引いて切る独特な製法で作られます。あて布を裁つように切ることから「裁ちそば」と呼ばれています。

 かどやでいただけるのも、もちろん「裁ちそば」。ちょっぴり幅広の麺は歯ごたえがありましたが程よいのどごしで、あっという間にわっぱが空に。ご主人曰く「秋の新そばのシーズンにぜひまたお越しください」とのこと。行きた~い!

裁ちそばはつなぎなしの十割そば。打ちたて&茹でたてをいただきましたが美味しすぎ!
この日の山菜はきのこときくらげ。青シソや唐辛子などを塩漬けにした薬味の「山人漬け」も美味

 檜枝岐村には「山人料理(やもーどりょうり)」と呼ばれるものがあります。山人とは、かつてお米を買うために山小屋で杓子作りやヘラ作り、狩りなどをしていた男衆のこと。

 彼らが日ごろ食べていた、裁ちそばを中心とする山菜やきのこなどの料理を観光客に振舞ったのが「山人料理」のはじまりだとか。檜枝岐村の旅館や民宿に泊まると、山の幸たっぷりの山人料理が食べられますよ。

あまりの美味しさに男性陣はおかわり続出だった裁ちそば
檜枝岐村の郷土料理「はっとう」は甘じょっぱいお餅のデザート

 さて、今回の観光ツアーで1番びっくりしたのは檜枝岐村の姓について。なんと「星」「平野」「橘」という3つの姓で8~9割を占めるのだそう。国道沿いのあちこちにお墓があるのですが、見るとほとんどが星家、平野家、たまに橘家!

 実際にこの日のガイドさん2名はどちらも星さんで、お蕎麦を食べたかどやのご主人は平野さん。あとでご紹介する檜枝岐歌舞伎「千葉之家花駒座」の座長さんも星さんで、ついでに調べた現在の檜枝岐村長も星さん! 皆さん下の名前で呼び合っていましたよ。

村内には素朴な石仏があちこちに

 日本各地には「平家の落人伝説」が伝承されている地域があって“平家の隠れ家”とか“平家の里”なんていう言葉を聞くことがありますよね。ここ檜枝岐村にも平家の落人伝説が残っていて「平野」姓はそれに由来すると伝えられています。

 また檜枝岐村は、会津弁や東北弁の“ズーズーなまり”がない村特有の発音や言葉づかいがあることからも、平家の落人伝説は有力視されているとか。言葉の歴史ってすごいですね。

3番目に多い「橘」姓。その橘家先祖の説明書き

 ちなみに「星」姓は紀州から移住した藤原さんが星姓を名乗ったのがはじまり。「橘」姓は、織田信長の時代に伊勢国から移り住んだ橘さんがルーツと伝えられています。

村内に残る最も古い台本から、檜枝岐歌舞伎は約270年の歴史があるとされています
歌舞伎の衣装や小道具などの展示

 ちょっと檜枝岐村に興味が湧いてきませんか? そんな方には村役場前にある「檜枝岐村歴史民俗資料館」(福島県南会津郡檜枝岐村下ノ原887-1)がオススメです。1階には歴史紹介や檜枝岐歌舞伎の衣装などの資料展示。2階には狩猟や漁、農耕などに使った昔の暮らしの道具が展示され、入館無料で見学することができます。

階段付近に掲げられていた昔の写真。山人(やもーど)の皆さんカッコいい
昔は「裁ちそば」が作れないとお嫁にいけないとまでいわれていたそう

 この歴史民俗資料館にはレンタサイクルが置いてあるので、クルマで行った人は役場の有料駐車場に停めて、サイクリングで村内を散策することもできます。

 レンタサイクルの料金は半日500円、1日1000円とのこと。なお村内に宿泊している人は無料で利用できるそうですよ。

階段を上がっていくと2階から鹿(剥製)が顔を出していてビビります
昔の暮らしの道具がいろいろ展示されています
2つの泉質を持つ尾瀬檜枝岐温泉ですが、村内にある日帰り湯は3か所。こちらは「駒の湯」。村内の家庭のほとんどに温泉が引かれているそうです
季節に合わせて可愛らしい衣装が着せ替えられる六地蔵。子宝・子育ての守護として参拝する人が多いのだとか
村重要文化財になっている板倉。昔は火事から守るため、大切な物を納めたこのような倉を住家から離れた場所に建てました
檜枝岐歌舞伎の舞台が建つ「鎮守神社」へと続く参道

 鎮守神社の参道途中に鎮座するのは「橋場のばんば」。その昔、水難から子供たちを守る神様として祀られてきましたが、今は「縁切り」と「縁結び」をお願いする神様として親しまれています。

 なんでも切れるハサミをお供えすることで“悪縁を絶つ”。錆びて切れなくなったハサミをお供えすることで“良縁が切れない”とのことで、持ち込まれたハサミの数がすごくてなかなかシュールな光景!

 なかには“良縁が切れませんように”とハサミを太い針金でぐるぐる巻きにして奉納していたりと、願の強さがひしひしと伝わってきました。

縁を切ります&結びます!「橋場のばんば」

 またこのばんば様には、昔から恋に悩んだ若い男女がこっそり祈って幸せのご利益をあずかってきたそうで、今はパワースポットとしても人気。縁結び用のハート型の絵馬や、縁切り用の割れる丸い(円=縁)絵馬がたくさん奉納されていました。絵馬は「道の駅 尾瀬檜枝岐」や村内の売店で販売しています。

“ばんば”はお婆さんのこと。コロナ禍なのでマスク着用中。お供えされたハサミの数がすごい!
ハサミが多くなりすぎたので隣に別のお供えスペースが設けられていました

 ばんば様と斜向いの場所にあるのが「檜枝岐歌舞伎伝承館」(福島県南会津郡檜枝岐村居平664)です。長年気になっていた「檜枝岐歌舞伎」は、親から子、子から孫へと江戸時代より伝承されてきた伝統芸能で、国の重要有形民族文化財に指定されています。

檜枝岐歌舞伎伝承館。入館無料で自由に見学できます

 その昔、お伊勢参りに出かけた村人たちが江戸で観た歌舞伎を見よう見まねで村に伝えたのがはじまりといわれている檜枝岐歌舞伎。座名は「千葉之家花駒座」で、役者から裏方まで約30人すべてが檜枝岐村民で構成されています。座の名称が付いてちょうど100年になる今年は、6月に特別公演も行なわれたそうですよ。

檜枝岐歌舞伎の歴史や11題ある演目の紹介をはじめ、当時の台本などといった貴重な品々を展示
舞台側から石段の観客席を観たところ。公演当日はここがびっしりと観客で埋まります

 歌舞伎の舞台は鎮守神社の境内にあります。上演日には人でいっぱいになるという観客席がこれまた見事で、神社へ続く坂を利用して造られたそれはまるでヨーロッパなどにある古代遺跡のよう(ちょっと言い過ぎ?)。

 頭上を覆う大きな木々の緑、苔むした石段、何よりそこに漂う空気感が特別なのです。この場所こそがパワースポットではないかと思うほど! ますます檜枝岐歌舞伎を観てみたくなっちゃいました。

村民は「檜枝岐の舞台」の舞殿を“めえでん”と呼ぶそうです
今年は10年ぶりに茅葺屋根の葺き替えが行なわれました

 そんな檜枝岐歌舞伎が上演されるのは、毎年5月12日、8月18日、9月第1土曜日の年3回のみ。夕暮れどきに開場し、日が落ちる19時ころからスタートするそうです。元来神社の祭礼として神様に奉納するものなので料金は無料です(ただし9月は1000円/村中宿泊者は無料)。

1番上の席に座って見おろしたところ。この観覧席が人で埋め尽くされる光景をいつか見たいものです
急斜面なので上りが大変ですが、下りも大変

 最後に檜枝岐村へのアクセス情報を。東京方面からは東北自動車道を北上し、西那須野塩原ICを降りてから下道を約2時間。ノンストップでもトータル約4時間の道のりです。あるいは那須塩原駅まで東北新幹線に乗って、そこからレンタカーを利用するという手も。

 いずれも山間部の下道約100kmとなかなかの距離なのですが、山あいの絶景ドライブがたっぷり楽しめますよ。皆さんもこの秋、尾瀬ハイキングとあわせて檜枝岐村観光を計画してみてはいかがでしょうか。

1日目に立ち寄った「道の駅 尾瀬檜枝岐」内にある「山人家」。道の駅には食堂や売店、山旅案内所があり、目の前は尾瀬檜枝岐温泉スキー場です
ゆきぴゅー

長野生まれの長野育ち。2001年に上京し、デジカメライター兼カメラマンのお弟子さんとして怒涛の日々を送るかたわら、絵日記でポンチ絵を描き始める。独立後はイラストレーターとライターを足して2で割った“イラストライター”として、雑誌やWeb連載のほか、企業広告などのイメージキャラクター制作なども手がける。