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大河ドラマは誘致できたのに! 魚やサンゴ礁が丸見え「足摺海底館」なぜ消えゆく?
2026年9月3日 06:00
高知県の最南端に近い海岸で、荒々しい海のなかに、重量500トン以上の真っ赤な鉄塔がそそり立っている。橋を渡って塔の底まで降りると、そこは水深7mの世界……海底の魚や珊瑚礁が目の前に広がっている!!
そんな「足摺海底館」(高知県土佐清水市三崎4124-1先)が、この9月をもって閉館する。老朽化によってすでに5月末から休館に入っていたが、本体の改修と連絡橋の架替に伴う約5億円の資金が捻出できず、費用が必要となることなどから、8月31日に存続断念の発表に至った。
海底館がある高知県土佐清水市といえば、2028年のNHK大河ドラマ「ジョン万」の主人公・中濱万次郎の故郷でもある。あと2年待てば、全国から“ジョン万詣で”の人々がこの地に押し寄せ、おそらく開設されるであろう「大河ドラマ館」とともに、絶好の人気スポットとなったはずだ。
にもかかわらず、なぜこのタイミングで足摺海底館は閉鎖に至るのか。全国に7か所しかないという「海中展望台」の1つであるこの地の訪問記録をたどり、歩いて海底に沈んでみよう。
水深7mの「リアル海底」を眺める!
足摺海底館の一帯は「見残し海岸」とも呼ばれ、国内各地をくまなく廻った空海ですら徒歩での到達をあきらめ、景色を“見残し”たと言われている。現在は市内の中心部からバスで20分弱。とはいっても、空港から土佐清水市に到着するまでに「距離160km、バスと鉄道を二度乗り継いで5時間」と、南西端の秘境であることに変わりはない。
バス停を降りると、手前には高知県西部の独自の生態を再現した「足摺海洋館SATOUMI」があり、左側から伸びる細道を5分ほど歩けば、真っ赤な海中展望塔「足摺海底館」入口に到着。海上にかかる5mほどの橋を渡り、塔内の急角度の階段を下りれば、そこはもう海底7mの世界だ。
展望塔の最下層で海底を眺めるために、ほぼ360度にわたって16枚の丸窓が設置されている。イシダイ・ウツボ・ボラなど年間120種類の魚を眺めることができるが、人造の水槽と違って自然の海底なので、台風が近いと魚が流されまいと必死で泳いでいたり、タコ・イカが普通に魚を捕食していたり……荒々しいサンゴ礁をバックに、ほかの水族館ではまず見られない、「リアル海底」の風景が広がっている。
なかには、ガラス窓の窪みを隠れ場所と勘違いしているのか、カワハギが窓に体をこすりつけてひと休みしていることも。この海中展望塔は漁礁代わりでもあり、もはや海底の自然そのものと化しているのだ。
総重量500トンの海中展望台、どう建造できた?
さて、この「足摺海底館」の歴史をたどってみよう。ここまで壮大な海中展望塔は、容易に建設できたわけではない。
同館が50周年を記念して発行した「50年のあゆみ」によると、展望塔は川崎重工業の兵庫県・姫路工場や加古川工場で2ユニットに分けて組み立てを行ない、つなぎ合わせることで23.75mにもおよぶ鉄製の展望塔を完成させたという。
ここに、日本板硝子・アルナ工機(鉄道のアルミサッシメーカー。現存せず)が共同開発した窓ガラスをはめ込んでいく。耐圧性と透明度を兼ね備えたガラスは1枚当たり厚さ45cm、ユニット重量は窓1枚当たり、実に400kg。規格外の堅牢さを実現するために、実際の水深(7~8m)よりさらに低い水深40mまでいったん沈め、重さ60gの銅球を何度もガラスに叩き付けるという、分かりやすく厳しい最終試験を実施。なんなくクリアしたという。
その後、大丸特殊建築グループが鉄塔の内外に装飾を施し、赤い鉄板を覆う「防食板FRP」(強化プラスチック)を総出で張り付け、海中展望塔がついに完成。総重量500トンにもおよぶ鉄塔はクレーン船で釣りあげられたものの、塔の構造自体が不安定ということもあり、時速4ノット(人間の早歩き程度)のノロノロ航海で瀬戸内海・豊後水道を経由、3日間かけて土佐清水市に航送したという。足摺海底館はこうして、1972年元旦の開業に辛うじて間に合った。
ただし、当時のこの地へのアクセスは、今とは比べ物にならないくらい過酷であったという。鉄道は「足摺海底館」開業の2年前に中村市(当時。足摺の30kmほど手前)まで到達したばかりで、中村駅から土佐清水へのアクセス道路も軒並み“酷道”(走行が酷な国道)だらけであった。
難所の伊豆田峠で起きたバス転落事故をモチーフにした映画「雲がちぎれる時」(田宮虎彦さんの小説が原作)で足摺・土佐清水の名が全国に知られたものの、映画の主演・佐田啓二さん(中井貴一さんのお父様。1964年死去)が劇中で苦心していた路線バス運転の過酷さは変わらず、当時は「トンネルが完成して改善されたが、難所はやっぱり難所」だったとのこと。その後、2代目のトンネルが開通するまでは、足摺アクセスの難所であり続けた。
にもかかわらず、足摺海洋館は初日から行列が絶えず、来場者は2日間で1万人を突破。開館10年目で250万人、20年目で500万人と、順調に客足を伸ばしてきた。なかなか足を運べない四国の南西端で、海中展望塔がここまでの集客を実現したことに驚く。
皇室と縁の深い海底館。礼宮さま「もう1周廻りたい!」
そして1978年5月には天皇陛下(今上天皇)の行幸が実現。陛下はたっぷり1時間も滞在し、目に入るほとんどの魚の種類を当てつつ、かなりご満悦な様子であったと報じられている。足摺と皇室の所縁は深く、この10年後に訪れた礼宮さまは風光明媚な景色に心を打たれ、海底館を1周して次の目的地に行かれる……と見せかけて、たってのご希望で2周目に突入。スケジュールを管理する事務方を慌てさせたそうだ。
その後も順調に集客を続けてきた足摺海洋館だが、この近辺が舞台となるNHK大河ドラマ「ジョン万」が2028年に放送される。高知県では「観光客数500万人」を目指して「ジョン万EXPO」を開催する予定であり、足摺海底館もその一端を担うはずであった。
災害との闘いだった「足摺海洋館」5億円の補修資金を捻出できず
足摺海底館が閉館に至る理由は、シンプルに「老朽化」「トラブルの多さ」である。土台は開業半世紀でも問題はないものの、予想もしなかった部分で問題が発生しているようだ。
海中展望塔の本体は致命的なトラブルが発生していないものの、2025年6月にはウニが分厚い鉄板を侵食したことで漏水が発生し、長期休館を余儀なくされる事態もあった。過去には台風後に海中が泥に覆われて視界が利かなくなり、ツアー客のキャンセルで売上の激減に見舞われたこともあるという。
陸地と海中展望塔を結ぶ連絡橋は、全国屈指の“台風銀座”に立地するがゆえに、本体以上に問題が頻発している。2004年9月に襲来した「台風19号」では入口の階段がすべて吹き飛ばされる被害が発生し、いまも錆が目立つなど劣化は否めない。
高知県が見積もりを出したところ、本体の改修と連絡橋の架け替えにあわせて、事業費が約5億円も必要となるとのこと。海底館を運営する県観光開発公社は存続を模索していたものの、「数億円規模の資金調達も投資回収も困難」といった結論に至った。いま休館中の「足摺海底館」を、9月30日をもって営業終了・閉館したうえで、劣化が激しい連絡橋は撤去。展望塔の本体はしばらく残置するという。
なお併設の水族館「足摺海洋館 SATOUMI」は存続する見通しで、大河ドラマ「ジョン万」放送とともににぎわいを見せるだろう。熱心な大河ドラマ誘致が実現したにもかかわらず、存続がかなわなかった「足摺海底館」を、いまは惜しみたい。
まだ6か所もある! 全国の「海中展望塔」
足摺海底館が消えゆく2026年現在、「海中展望塔」は以下の6か所が存在する。
- オホーツクタワー(北海道紋別市)
- かつうら海中公園 海中展望塔(千葉県勝浦市)
- 白浜海中展望塔(コーラルプリンセス)(和歌山県白浜町)
- 串本海中公園 海中展望塔(和歌山県串本町)
- 玄海海中展望塔(佐賀県唐津市)
- ブセナ海中公園 海中展望塔(沖縄県名護市)
1996年開業の「オホーツクタワー」を除いては、いずれも1970年~1980年の高度成長期に建設された。こういった建造物はブームが去ると早々に廃墟になりがちだが、意外にも純粋な閉館は足摺海底館のみ。ほかには和歌山県・白浜の海中展望塔が外国籍のタンカーに衝突されて3年間の長期休業を余儀なくされたものの、各地ともおおむね順調に営業を続けている。
現存6か所の海中展望塔は、5か所が日立造船(現在の「カナデビア」)、オホーツクタワーのみ五洋建設が施工を担っている。川崎重工業製は足摺海遊館のみだが、1970年大阪万博でも活躍した構造家・坪井善勝氏のデザインによって、真っ赤で地上部の窓も巨大なフォルムが完成した。のちに「デカ眼鏡」「ロボコン」「超合金」などと呼ばれたのも、もはや懐かしい思い出だ。
ともあれ、無念の最期を遂げた足摺展望塔にかわって、残る6か所が1日でも長く営業できることを願いたい。

































