ニュース
東急テクノシステム、VRヘッドセット「オキュラスリフト」を活用した列車運転シミュレータ公開
5月2日~5月4日に一般体験。東急線の運転体験の動画も掲載
(2015/4/23 19:11)
- 2015年4月23日 公開
東急電鉄の子会社である「東急テクノシステム」は、米国Oculus VRが開発中のVR(ヴァーチャルリアリティ)特化型HMD(ヘッドマウントディスプレイ)「オキュラスリフト」を利用した列車運転シミュレータを開発。4月23日に東急テクノシステムの中原工場において発表会を開催した。
オキュラスリフトは、低価格に仮想現実を実現するシステムとして、様々な業界から注目を集めているHMDデバイスだ。約110度と広い視野角を備えるディスプレイを搭載し、HMDを装着すると視界の大部分がディスプレイの映像で占められる。また、HMD内蔵のモーションセンサや外部カメラを駆使して頭の動きや位置を正確に検出し、頭の動きに合わせて表示映像を360度全天周に動かすことができる。さらに、左右の目に視差を考慮した異なる映像を届けることで3D立体表現も可能となっており、あたかも映像内に自分が存在しているかのような臨場感が得られる。今回東急テクノシステムが開発した列車運転シミュレータは、このオキュラスリフトを利用して開発されたものだ。鉄道業界におけるHMDを用いた運転シミュレータの実現は、今回のシステムが初とのこと。
東急テクノシステム取締役 安全品質委員会部長 成長戦略推進室長の神尾純一氏によると、このHMDシミュレータは「省スペース」と「臨場感」をキーワードとして開発したという。従来の運転シミュレータでは、実際の車両の運転台などを忠実に再現したカットモデルを用意するなど、大型のモックアップを利用するものが多く、かなり広大な設置スペースが必要となる。それに対し今回のHMDシミュレータは、CGで再現した仮想空間に入り込んで体感できる仕様となっており、走行中の風景はもちろん、電車の運転室などもHMD内のCG映像で再現されている。これにより、これまでのシミュレータでは不可欠だった大型モックアップや大型ディスプレイの設置が不要となり、1m×2m×2m(幅×奥行き×高さ)のスペースがあれば設置が可能という。基本となるシステムは、映像表示用のPCが1台と教官などが利用する制御用PCが1台、HMD、確認用のディスプレイで構成される。ただ、シミュレータを動作させるだけであれば、PCが1台とHMDさえあればいいとのこと。極端に言えば、PCを1台設置し体験者が座るスペースさえあれば利用が可能とのことで、大幅な設置スペースの節約が期待できる。
大型のモックアップが不要になることで、導入コストも抑えられるという。既存の運転シミュレータの価格は5000万円から2億円程度(仕様によって変動)になるそうだが、今回のHMDシミュレータでは4000万円から1億4000万円ほどを想定しており、3割ほどコストが削減できるとしている。また、路線や車両をCGで再現するため、1つのシステムだけで様々な路線や車両を再現し運用できる点も大きなメリットになると指摘。これも大きなコストダウンに繋がるとしている。
また、CGによる実際の車両や風景を再現しているが、HMDにオキュラスリフトを利用することで、頭を動かして全天周を見渡せるだけでなく、3D立体表示によって奥行き感も再現されるため、臨場感も優れるという。実際の運転士からも、これまでの2D映像を利用したシミュレータと比べて、より本物に近い感覚で利用できるとの評価を得ているとのことだ。
実現される訓練項目としては、列車の運転訓練に加え、360度全天周CG映像を利用した事故・故障処置の訓練、車両基地などに留め置かれている車両を出発させる前に行われる出庫点検の訓練などを用意。さらに、CGは運転台付近だけでなく列車の客室から外部まで全体が忠実に再現されているため、ワンマン運転の運転手や車掌による車内のアクシデント対応の訓練や、電車外に出て行う事故・故障処置を想定した訓練、車内巡回訓練といった教材も実現可能という。これまでのシミュレータでは不可能だった訓練が実現可能になるため、運転士や車掌の習熟度向上を目的とした幅広い教育が行えるとしている。
今回の発表会では、報道陣向けにHMDシミュレータの体験会も実施された。体験会用に用意されたシステムは、映像を描画するためのデスクトップPCが1台と、運転区間の設定などシミュレータの制御を行うノートPCが1台の、合計2台のPCを利用して実現されていた。また、システムと組み合わせて利用する小型運転台と、HMD装着者が見ている映像を表示するディスプレイも用意。運転台には、列車の走行制御を行うハンドルと、前進・後進を切り替えるスイッチ、速度計、圧力計などが用意され、HMDシミュレータと連動して動作するようになっていた。体験者はHMDを装着した状態で簡易運転台の前に座って運転台のハンドルを握り、東急東横線を忠実に再現した路線での列車運転が体験できた。
HMDを装着すると、東急東横線で利用されている車両の運転台や路線の風景を忠実に再現した映像が目に飛び込んでくる。頭を上下左右に動かすと、それに合わせて見えている映像が動くのはもちろん、3D立体描画となっているため、目の前に実際の世界が広がっているかのような感覚となる。運転台に用意されているハンドルや計器類、各種スイッチも忠実に再現されており、スイッチや計器に頭を近づけるように動くと、細かな文字などもしっかり再現されていた。さらに、運転席横の窓から外に頭を出すように動くことで、窓から身を乗り出して車外を見渡たすといったことも可能。この動作では、例えば駅での停車時に規定の停車位置からのズレが確認できる。従来の2D映像を利用したシミュレータでは、こういった体験は不可能で、このような実際の環境に近い臨場感が得られるという点が、HMDシミュレータの最大の特徴と感じた。
なお、HMDを装着すると視界が完全に閉ざされ、外部が一切見えなくなる。今回の体験用システムでは簡易運転台が利用されていたが、その運転台のハンドルや計器類はもちろん、自分の手もHMD装着時には一切見えない。計器に関しては、ヴァーチャル映像内にも表示されるため問題はないが、ハンドルや自分の手が一切見えない点は少々違和感があった。ただ、体験時にはHMDを装着してハンドルを握った状態で位置をリセットすることで、目の前に広がる映像内のハンドルに手を伸ばすと簡易運転台のハンドルに自然と手が当たるなど、手探り感覚ではあるが、自分の手が見えない状態でもまずまずの臨場感で操作が可能だった。
今回公開されたHMDシミュレータは開発中のもので、今後様々な改良も考慮中とのこと。例えば、HMD装着時に自分の手が見えない問題を解決することを想定し、米国Leap Motionが開発するジェスチャー入力デバイス「Leap Motion Controller」を組み合わせ、映像内に自分の手を投影しながらジェスチャー操作が行える機能を追加した試作システムを展示。そちらでは、HMDのヴァーチャル映像内に自分の手が投影され、映像内の運転台に表示されるハンドルやスイッチに手を伸ばして操作できるようになっていた。それだけでなく、Microsoftが開発したジェスチャーコントロールセンサ「Kinect」や、バイブレーションなどのフィードバック機能を備えるグローブなどを組み合わせることで、車内を歩いて移動できるようにしたり、より現実に近い臨場感を再現するシステムの追加なども構想として考えているという。なお、今回のシステムで利用されていたオキュラスリフトは第2世代の「オキュラスリフト DK2」だったが、製品版ではヘッドホン搭載の次世代モデルが採用される見込みという。
利用されるPCは、一般的なWindows PCそのものとのこと。今回体験用として利用されていたシステムでは、OSがWindows 7、CPUがCore i7、ビデオカードがGeForce 600シリーズといった構成になっていた。システムの処理で最も負荷が高いのは描画処理だそうで、GeForce 800シリーズやGeForce 900などの高性能ビデオカードの搭載により再現度を高めたり、描画をよりスムーズにできるという。
このHMDシミュレータは、現在様々な鉄道事業者に対して提案を行っている最中とのこと。製品としては来年度からの受注を目指しているという。一般消費者向けへの販売は想定していないが、システム的にはゲームなどへの転用も可能とのことで、もし機会があればチャレンジしたいとのことだった。
なお、4月30日から5月6日の期間で、東急田園都市線たまプラーザ駅直結の大型商業施設「たまプラーザテラス」において開催される鉄道イベント「たまプラーザトレインパーク」において、5月2日から5月4日までの3日間に限り、このHMDシミュレータを利用した無料体験会が実施される。開催時間は10時~12時までの2時間のみで、1回につき5分程度、東急東横線 多摩川駅~横浜駅間の一部での運転を体験できる。 興味のある方は足を運んでみるのもよいだろう。