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ANAと成田空港、野生生物の違法取り引き防止に向けたワークショップ開催。空港勤務スタッフが実態と対応学ぶ

2019年12月12日 実施

ANAHDとNAAが共同で「野生生物の違法取り引き防止に向けた航空業界社員向けワークショップ」を開催

 ANAHD(ANAホールディングス)とNAA(成田国際空港)は12月12日、野生生物の違法取り引き防止に向けた航空業界社員向けワークショップ」を成田空港で開催。旅客/貨物を取り扱う航空会社関係者や空港施設関係者、税関や検疫所などの関係機関の関係者らが集まった。

 このワークショップは野生生物の取り引きを監視、調査する目的で、WWF(世界自然保護基金)やIUCN(国際自然保護連合)の事業として活動している非政府組織、TRAFFIC(トラフィック)の担当者や、東京税関職員が講師となり、航空会社や空港が提供するサービスが違法取り引きに利用されないようにするためにどのようにしたらよいか、また違法取り引き(あるいはそうと疑われる)現場に遭遇した際にどのようにしたらよいかを学ぶもの。

 ANAは2018年3月に、日本の航空会社として初めてIATA(国際航空運送協会)が推進する、野生動物の違法取り引きを減らすことを目的とした「野生動物保護連盟特別輸送委員会、バッキンガム宮殿宣言」に調印。同年12月にはANAグループ社員向けにも違法取り引き防止に向けたワークショップを実施した。そして今回はNAAと共催し、グループの枠を越えた幅広い関係者が出席した。

会場には経済産業省が啓発用に用意している、ワシントン条約該当物品も展示。工芸品や漢方などの薬品は、密輸の動機でもある。象牙など、合法に取り引きされていた時代に輸入したものを、現在では違法に輸出される例も増えているという
ANAホールディングス株式会社 CSR推進部 部長 宮田千夏子氏

 冒頭、あいさつに立ったANAHD CSR推進部 部長の宮田千夏子氏は、野生生物の違法取り引きについて「2018年にTRAFFICさまと一緒に野生生物の違法取り引きを知ろうとワークショップを開催したが、それを通じて、どのようなことが今起きているのか、航空業界として大きな課題であることを認識することができた」と前面のワークショップを振り返りつつ、この日のワークショップも興味深い内容であると紹介。

 今回のワークショップ開催について、「今年はNAAさまと一緒に開催することがポイント。野生生物の違法取り引きの解決に貢献をしていきたいが。1社では限界がある。本当にこの問題を解決するにあたってはいろいろなところが連携してやってこと、取り組みができると思う。今回空港会社さまと一緒にできること、たくさんの方に参加いただいたことで、昨年からのワークショップをさらに一歩進められると思っている」と話し、国連のSDGs(持続可能な開発目標)で掲げられる「パートナーシップで目標を達成する」との項目にも触れ、「こうして航空輸送に関わる皆さんが集まってワークショップができ、パートナーシップでの取り組みが考えていければ」との期待を寄せた。

TRAFFIC担当者が野生生物違法取り引きの実情を紹介

参加者に配布されたリーフレットなど。手前のサイが表紙になっているものはANAが、TRAFFICやIATAなどの情報を元にして対応をまとめた「空港トレーニング ハンドブック」。対応方法などについてはこの冊子にも記載されている内容がベースになっていた

 ワークショップでは、TRAFFIC担当者が野生生物違法取り引きの実情について紹介し、野生生物が取り引きされる動機を大きく6つ挙げ、現在、2兆9000億円規模の違法取り引きがあることとのデータを提示。航空輸送が使われるのは、その速達性や利便性、経済性のほか、海外での汚職(賄賂)なども含めて阻止をされにくいといった理由に挙げられるという。

 違法取り引きに利用されてしまうことによる航空事業者側のリスクとしては、違法行為に利用された会社として名前が出てしまうことや、合法性が担保されていなかったのではないかとの指摘を受ける点、違法取り引き監視などに対するコスト負担増、現場スタッフへの病原菌感染などの危険がある、といった点を示した。

 そして、さまざまな具体例とともに、どのような手口で密輸が行なわれているのかを紹介。例えば、輸送手段として一般的な「身に着けての輸送」「機内持ち込み手荷物」「預け入れ荷物」「クーリエや郵送などを含む貨物輸送」というそれぞれについての具体例や、“ホットスポット”と呼ばれる違法生物密輸の出発地としての典型的な場所やルート、そのルートにおける密輸品などを例示している。

TRAFFIC担当者の説明を聞く参加者

 そのうえで、航空輸送に関わる人には、密輸者や密輸品を「探知」し、自身と輸送された生物の安全を守れるよう「保護」し、とるべき「対応」を行ない、しかるべき場所、人に「通報」することが重要であると提言。

 担当者は「航空業界でいうと、多くの人や物が行き来するなかで発見するのは大変に難しい問題。水際を取り締まる執行機関の方がいらっしゃるが、その人たちをサポートするための、連携、協力が重要になってくる。違法な取り引きはすべて水際を通って出入りするので、その水際の現場である空港には防止するチャンスがたくさんある」と、空港における探知、保護、対応、通報の重要性を語った。

 例えば、「探知」であれば、臭いや音、見た目と重さのギャップ、書類の違和感など五感を働かせて探知につなげる“コツ”を伝授。チェックイン担当者、グランドハンドリング(地上支援)スタッフ、CA(客室乗務員)などのフライトクルーなどポイントごとに探知につながるポイントを挙げつつ、「セクションごとに担当業務が違うので、職場ごとにチェックリストを作ってみては」とも提案した。

 その後の「保護」「対応」は基本的に自身と動物の身を守り、現場を保全すること、そして、捜査や訴追がスムーズに進むよう協力できるような対応も可能であれば実践してほしいとした。

 そして、ワークショップで何度も繰り返されたのが「通報」の重要性だ。TRAFFIC担当者は「(参加している)皆さんは摘発、取り締まりをする立場ではないので、摘発や適切な対応をできる人に伝えることが重要である」とし、そうした報告をきっかけにして摘発につながった事例も紹介。

 加えてTRAFFIC担当者は「皆さんは兆候を発見、探知する機会が多いというところで(違法取り引き防止に対して)貢献できる。たくさんの人の監視があれば抑止にもなる。違法取引は許さないという風潮を高めることが重要」と呼びかけた。

野生生物の違法取り引きによる航空業界に対するリスク
こうした違法取り引きが国全体としてもリスクを高めるとの警告
水際である空港のスタッフに求められる対応を「探知」「保護」「対応」「通報」に分けて説明。とりわけ「通報」の重要性については強く啓蒙した
探知/通報につながる取り組みの例示。国内でも環境省とNTTドコモが連携して、写真からカメの種を識別する実証実験がスタートしている(写真右)
TRAFFIC担当者は「水際である空港では密輸品、密輸者を探知できる機会が多い」と繰り返し話し、そのチェックポイントを示した

「人や物の流入が増加するなか情報提供が効果的」。東京税関も通報を呼びかけ

東京税関 総務部税関広報広報室 矢作恵子氏

 ワークショップでは、東京税関 総務部税関広報広報室の矢作恵子氏も、税関の役割や密輸取り締まりの状況について説明。ワシントン条約に該当する該当物品の輸入差し止め実績として、2018年には674件を差し止め、生きている動植物はうち178件といったデータを示し、昨今話題のコツメカワウソや金地金、不正薬物の密輸事例などを紹介。民間事業者からの情報提供で摘発につながった例なども挙げた。

 また、1989年と2018年の税関の主要業務量を比較し、航空機の運航機数は7万7000機から28万9000機と3.8倍、日本への入国者数は1268万人から4920万人と約3.9倍、輸入申告件数は487万件から3974万件へと8.2倍と伸長したデータも提示。

 矢作氏は、「近年急速に人と物の国内への流入が増加し、税関での取り扱い量が増えているなか、密輸品を見つけなければならない。一方で方策を講じすぎて、貿易の円滑化、人や物の流れを阻害してもいけない。皆さんからの情報提供、通報がより効果的な取り締まりに役立っている」と話し、TRAFFIC担当者同様に通報の重要性を呼びかけた。東京税関では、密輸情報提供リーフレットを作成するなどして民間事業者からの情報提供を募っている。

1989年と2018年を比較した税関の主要業務量推移
情報提供を呼びかけ

 ワークショップでは、参加者からの実体験を共有時間が設けられ、ここでは動物検疫所のスタッフが感染症流入のリスクについてコメント。野生生物によってどのような感染症が持ち込まれる可能性があるのかを提示し、先述の「自身を保護する」という観点でも注意するよう呼びかけた。

 ワークショップの閉会にあたっては、NAA 上席執行役員の宮本秀晴氏があいさつ。「成田空港は開港以来11億人にご利用いただいているが、おそらく来年ぐらいには開港以来6500万トンの貨物を取り扱うことになる。航空産業は100年ぐらいで急速に発達し、暮らしにとってなくてはならない交通機関として発達した。一方で、航空のスピードや利便性が悪用されて、薬物や武器の輸出入、人身取引、今日説明のあった動物の違法取り引きに利用されている。これを阻止できるのはやはり空港だと思う」と、空港会社として今回のワークショップを共催した経緯を紹介。

 こうした違法取り引きに対しては、「こういった国際犯罪を見逃していると、我々のビジネスの発展が危ぶまれるだけでなく、私たちの暮らしの未来に、大きな悪影響を及ぼしかねない」との危惧を示し、「成田空港には4万3000人ぐらいのスタッフがいるが、みんなで力を合わせ、犯罪者に利用されない空港を作れるよう、空港会社として努力していきたいと考えている」と、関係者に協力を呼びかけた。

成田国際空港株式会社 上席執行役員の宮本秀晴氏

 約2時間におよぶこのワークショップに参加した、ANA社員は「思ってもいなかった意見を聞いたり、写真を見たりして、現実に世界的な問題だと感じられた」と感想を話した。

 また、以前はCAとして乗務していたというが、「実際に乗務しているときには、野生生物が違法に機内に持ち込まれている可能性に対する意識があまりなかった。グループには8000名のCAがおり、こうしたワークショップはよい意識付けになるのではないか。ほかのCAにもぜひ参加してほしい」とし、「CAに対して情報/注意(Notice)を発信する一助もできれば」と現場での活用に意欲を示した。