ニュース

JR西日本、大阪環状線201系最終運行。“オレンジ色”の電車が姿を消した日

2019年6月7日 最終運行

大阪環状線201系電車が最後の運行を終えた

 JR西日本(西日本旅客鉄道)は6月7日、大阪環状線で運行を続けてきた“オレンジ色”の201系電車の最終運行を行なった。列車は最後の営業運転を終えて11時19分にJR京橋駅に到着、乗客が降車したあとは「回送」となり、11時21分に吹田総合車両所森ノ宮支所に向かってゆっくりと京橋駅を出ていった。

 201系の引退は、2013年12月にスタートした「大阪環状線改造プロジェクト」の一環。プロジェクトでは、駅の改良・美化、車両の新製、高架化・駅周辺の開発などが盛り込まれており、201系も車両の老朽化と3ドア車への統一を図るため新型の323系電車に置き換わることになっていた。このプロジェクトで同様に置き換えられることになった103系は2017年10月に引退しており、今回は323系電車の全編成(8両編成22本、計176両)投入が完了したことを受けての最終運行となった(関連記事「JR西日本、大阪環状線201系を引退へ。“オレンジ色”は6月7日最終運行」)。

JR西日本の大阪環状線201系最終運行
201系に代わって運行するのは323系
最終運行は、大阪環状線(外回り)桜島10時55分発、京橋11時19分着
京橋駅に進入する201系(LB9編成)
京橋駅には定刻の11時19分に到着した

 当日の混乱を避けるため、最終運行時刻のアナウンスはされていなかったが、それでも噂を聞き付けた鉄道ファンらがJR京橋駅のホームで列車を待ち構え、また終点の京橋まで乗車するなどして、それぞれに“オレンジ色の201系”との別れを惜しんでいた。

停車時間は約2分。多くのファンが車両を撮影する
ドアが閉じられ、まもなく森ノ宮支所に向け出発

 京橋駅で最終運行の201系を出迎え、回送となって出ていく姿を見送っていた46歳会社員の男性は、「最後ですので見送りに来ました。長く続いてきたオレンジ色の電車が消えてなくなるのは、やはり寂しいですよね」と話す。男性にとって、仕事で外出する際や休日にはよく利用した思い入れのある電車だという。最後に「今はただただ、お疲れさまでした!と言いたいですね」と話した。

 最終運行の201系に乗車し、京橋駅で下車してきた20歳の男性は「高校生のころから、通学で数えきれないくらい乗りました。201系は運転台のまわりが黒い“ブラックマスク”が大好きです」と話した。最終運行では、終点の京橋駅に近付くにつれじわじわと寂しさがこみ上げてきという。最後に201系にどんな声をかけたいか尋ねると、「素敵な青春の思い出をありがとうございました!ですね」と笑顔で話してくれた。

列車が京橋駅を出発。ホームには多くのファンが詰めかけていた

 営業運転の終了後、報道陣も後続電車で森ノ宮支所へ移動し、回送した201系の電車庫へ入線を取材した。

 201系は、323系電車が並ぶ森ノ宮支所の4番留置線に12時17分ごろに入線、停止位置で停止した。ブレーキの空気圧が抜ける音を響かせ、やがて前照灯を消灯する。運転士が線路に降りて車止めを設置、ついに最後の運転を終えた。

森ノ宮支所の4番留置線にゆっくり入線する
前照灯が消灯
運転士が降車し、車輪止めを設置
同僚たちが横断幕を掲げ、拍手で出迎える
一生を終えた201系(LB9編成)は廃車が決まっている

 最後に、最終運行の運転士を務めた森ノ宮電車区の坪本竜大氏が取材に応じた。坪本氏の大阪環状線での乗務歴は21年。“オレンジ色”は103系、201系と乗務してきた。大阪環状線といえば全身オレンジで、そこが好きだったという。

 坪本氏に201系の特徴を聞くと、「201系は最新の電車と違って、ブレーキ弁ハンドルを使って空気圧でブレーキをかけます。このブレーキは少し難しくて、停止する瞬間にショックがある。このショックをなくし、乗り心地をよくするためには、うまいブレーキをとっていく必要があります。導入当初はこのクセが難しかったですが、経験を積んで腕を磨いてきました」と話した。

森ノ宮電車区 運転士の坪本竜大氏。201系のブレーキにはクセがあったと語る

 そんな坪本氏に、最後に乗ってみないかと声がかかったのは約1か月前。最終運行の列車を運転できるのはめったにない光栄な機会と思い、引き受けた。そのときはあまり感慨はあまりなかったが、最後の1週間ほどは沿線にファンやマスコミの姿を見つけることも多く、最終運転に向けて気持ちも高ぶってきたという。

 最後の乗務で終点の京橋に到着するときは「多くの鉄道ファンが来られるだろうとは思っていましたが、予想以上の方がたくさん写真を撮られていたのでびっくりしました。多くの方に出迎えられて、また見送ってもらえてとてもありがたい気持ちです」と振り返った。

 最後にどんな声をかけてあげたいかという質問には、「今までありがとうございました。お疲れさまでした。この言葉につきる」と話した。

「ありがとう、お疲れさま」と坪本氏

“全身オレンジ色”の電車が大阪環状線に登場したのは、1961年。101系電車からはじまったもので、首都圏では中央線快速、青梅・五日市線、武蔵野線で、京阪神では大阪環状線、桜島線、片町線などで半世紀以上にわたって親しまれてきたが、今回の大阪環状線201系引退とともについにその姿を消した。同時に、大阪環状線から国鉄時代に製造された車両も姿を消すことになった。

 今後、大阪環状線内は323系を中心に、221系、223系、225系が走ることになる。これらはすべて3ドア車であり、今回4ドア車の201系が引退したことで、ホーム柵の設置工事なども本格的に進むことになる。なお、JR西日本の201系電車は大和路線、和歌山線、おおさか東線、桜井線で今後もしばらく走り続ける予定だ。