ニュース

JR西日本に聞く、新幹線の無料Wi-Fiサービス「Shinkansen Free Wi-Fi」開始の舞台裏

導入第1号列車は、500系の「ハローキティ新幹線」

JR西日本「Shinkansen Free Wi-Fi」サービス導入第1号列車は500系の「ハローキティ新幹線」

 6月29日、JR西日本はJR東海やJR九州と共に、東海道・山陽・九州新幹線車内の無料Wi-Fiサービスとして、JR 3社共通の「Shinkansen Free Wi-Fi」を提供することを発表した。新幹線を利用するビジネスパーソンや旅行客をはじめ、訪日外国人旅行者などからも要望の多かったWi-Fiサービスがどのようにして提供されることになったのか。JR西日本とネットワークを担当したワイヤ・アンド・ワイヤレスの担当者に話をうかがった。

JR西日本「Shinkansen Free Wi-Fi」の通信ユニット

交通機関の競争軸になりつつあるWi-Fiサービス

 鉄道や航空機、バス、船舶などの交通機関で移動するとき、ちょっとした空き時間があれば、誰もがスマートフォンを手に取り、インターネットを利用したり、SNSでコミュニケーションを楽しんだりしている。ビジネスパーソンなら、パソコンやタブレットを取り出し、メールをチェックしたり、文書を作成したりしている。そんなとき、欠かすことができないのがインターネットの接続環境だ。

 移動中のインターネット接続の手段としては、一般的に各携帯電話会社と契約したスマートフォンを利用したり、パソコンやタブレットではスマートフォンのテザリングやモバイルWi-Fiルーターを利用したりするが、最近では各交通機関が移動中に利用者が快適に過ごせるように、Wi-Fiサービスを提供するところが増えてきている。たとえば、航空機では従来から国際線で有料のWi-Fiサービスが提供されていたが、昨年、JALが国内線で無料Wi-Fiサービスを提供し、各方面で話題になった。対するANAもこれに追随し、国内線の無料Wi-Fiサービスをスタートさせている。高速バスや長距離バスでもWi-Fiサービスが提供され、利用者から好評を得ている。

 こうした状況に対し、日本を代表する交通機関である新幹線では、これまで東海道新幹線の一部で、限定的にWi-Fiサービスが提供されているのみで、最近は利用者の増加から十分な通信速度が得られないなどの声も聞かれていた。訪日外国人旅行者などが急増する中、新幹線でもより快適にインターネットが利用できることが期待されていたが、いよいよJR3社で「Shinkansen Free Wi-Fi」として、無料のWi-Fiサービスが提供されることになった。

 そこで、今回はどのようにして「Shinkansen Free Wi-Fi」を提供することになったのか、その仕組みはどうなっているのかなどをJR西日本を訪ね、ネットワークを担当したワイヤ・アンド・ワイヤレス(Wi2)の担当者といっしょに、話をうかがった。

LCX回線によるサービスから独自サービスの検討

 今回、「Shinkansen Free Wi-Fi」の取材には、JR西日本 鉄道本部 CS推進部 サービス戦略 課長 高須優子氏、同 新幹線鉄道事業本部 新幹線企画部 サービス品質課 牧野早希氏、同 新幹線鉄道事業本部 新幹線車両部 車両課 坪田篤氏、ネットワークを担当したワイヤ・アンド・ワイヤレスからは、公共ソリューション 本部長 雨宮直彦氏、ネットワークサービス本部 コーポレート管理本部 本部長 佐藤圭氏に対応いただいた。

──「Shinkansen Free Wi-Fi」のサービスが発表になりましたが、その前に、これまでの新幹線におけるWi-Fiサービスなどについて、教えてください。

JR西日本 高須氏:今回の「Shinkansen Free Wi-Fi」を検討するよりも前に、当社でも新幹線でWi-Fiを使えるようにできないか、試験的にチャレンジしたことがありました。当時は汎用的な機材がなく、新幹線仕様の機材を開発しようとしたため、コストが高いという課題がありました。新幹線の場合、8両や16両といった車両を連結していますが、装置を搭載したうえで、車両間を接続する工事が必要になるため、車両の改修が大規模になることも問題で、結局、当時の取り組みはチャレンジのみで終わってしまいました。もうひとつはJR東海が持つLCX回線を利用した「キャリアWi-Fi」(携帯電話事業者や通信事業者が提供するWi-Fiサービス)を提供しようとした動きがあり、JR東海のエリアを通るJR西日本の車両にも装置は搭載しました。ただ、新大阪よりも西には通信回線がないため、JR西日本としてのWi-Fiサービスは提供できないという状態でした。

西日本旅客鉄道株式会社 鉄道本部 CS推進部 サービス戦略 課長 高須優子氏

──これまで東海道新幹線で利用可能であったWi-Fiサービスで使われている「LCX回線」について、少し教えていただけますか? 確か、都市部の地下鉄などではトンネル内に同軸ケーブルを通して、そこから携帯電話の電波を漏えいさせることで、通信をできるようにしているものも「LCX(Leaky Coaxial cable/漏えい同軸ケーブル)」と呼んでいたような記憶がありますが……。

JR西日本 坪田氏:そうですね。仕組みとしては同じことで、新幹線の場合、線路に沿って、固定のLCX回線が敷設されていて、そこから専用の周波数の電波を漏えいさせるようにすることで、列車と指令所を結ぶ列車無線などに使われています。

西日本旅客鉄道株式会社 新幹線鉄道事業本部 新幹線車両部 車両課 坪田篤氏

──これまでの新幹線のWi-Fiサービスは、通信速度があまり速くなく、スマートフォンの通信方式がLTEに移行してからは、スマートフォンのWi-Fiをオフにして、LTEで使う方が快適に使えるような印象がありましたが……。

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 佐藤氏:従来のLCX回線を利用した新幹線のWi-Fiサービスが始まった当時、モバイル通信では、まだ今ほどスマートフォンが普及する前で、従来型の携帯電話の利用が中心でした。初期の公衆Wi-Fiサービスはビジネスパーソンがパソコンを使うケースを想定していましたが、まだ利用者もそれほど多くなかったので、速度が気になることも少なかったと思います。ところが、新幹線で パソコンを使う人に加えて、みなさんがスマートフォンを使うようになってきたので、結果的にLCX回線の部分が混雑し、「速度が出ない」といった声が聞かれるようになったわけです。実は、弊社の親会社であるKDDIも、auのスマートフォンで新幹線のWi-Fiサービスを利用できるようにしたいと考えておりましたが、残念ながら容量の制約などの面から実現が難しかったという状況がありました。

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 雨宮氏:そういった検討をしたのは、2013年頃だと思います。実際に、試験まで実施いただいたのですが、やはり、これ以上のトラフィックをLCX回線で対応するのは厳しいのではないかという判断になり、見送られた経緯があります。

──なるほど。そういう経緯があって、山陽新幹線ではWi-Fiサービスが提供されなかったわけですね。では、今回の「Shinkansen Free Wi-Fi」は、いつ頃から、どのような形で検討がスタートしたのでしょうか?

JR西日本 高須氏:昨年(2017年)の夏頃、JR東日本との間で、北陸新幹線で車内で使えるWi-Fiサービスを検討しませんかという話があり、スタートしました。JR西日本のエリア内ではWi2さんのご協力により、駅でのWi-Fiサービスをはじめ、関空特急はるか、関空快速、大阪環状線の一部車両などで、「JR-WEST_FREE_Wi-Fi」というSSID(無線ネットワーク名)のWi-Fiサービスを提供していました。JR西日本としての連続性を持たせるため、北陸新幹線でもJR西日本のエリア内では同じSSIDで提供できるように、着手しました。

 続いて、山陽新幹線をどうするかという話になったとき、北陸新幹線と同じように「JR-WEST_FREE_Wi-Fi」というSSIDのWi-Fiサービスを提供するという案もありました。ただ、北陸新幹線が金沢から東京の間のみで運行されているのに対し、山陽新幹線は東京から新大阪まで来る東海道新幹線、博多から鹿児島まで行く九州新幹線ともつながっています。お客さまの使い勝手を考えたとき、山陽新幹線のみ、JR西日本の「JR-WEST_FREE_Wi-Fi」のままで運用するのはどうなんだろうという話になりました。

 そこで、JR東海とJR九州と共同で同じSSIDのWi-Fiサービスを提供しませんかという話し合いをすることになりました。サービス開発には機材を含め、Wi2さんにいろいろとご協力いただいたのですが、最終的に「Shinkansen Free Wi-Fi」という共通のSSIDを使って、提供できることになりました。お客さまにとっては、東海道新幹線も山陽新幹線も関係なく、新幹線はひとつの新幹線ですから、ひとつのWi-Fiサービスとして使えるようにしたわけです。

──なるほど。ということは、JR西日本のエリア内では以前からいろいろな場所でWi-Fiサービスが提供されていたわけですね。

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 佐藤氏:JR西日本さんのエリア内ではKDDIグループがWi-Fiサービスのお手伝いをさせていただいて、たとえば、新幹線は全24駅、在来線も188駅でWi-Fiサービスが利用できます。車両についても先ほど、高須さんからご説明があったように、訪日外国人旅行者のニーズが高い特急はるかや関空快速をはじめ、在来線も大阪環状線を中心に整備しています。さらに、JR西日本さんのグループ関連施設である京都鉄道博物館や駅ビル、商業施設、ホテルなどでもWi-Fiサービスが提供されています。今年の6月現在ですが、国内の鉄道会社として最大級となる総計1916のアクセスポイントが設置されています。

──特急はるかや関空快速、大阪環状線はどういう回線を利用して、サービスが提供されているんですか?

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 佐藤氏:これらの車両に設置されているWi-Fiサービスでは、モバイル回線を利用しています。具体的には当初、UQコミュニケーションズのWiMAXを利用していたのですが、現在はより新しい通信方式のWiMAX 2+に置き換わっています。ただ、これが新幹線の車両ですと、高速移動への対応等で難しい部分があり、auのLTEネットワーク(携帯電話のネットワーク)を利用しています。なお、今回、新幹線でLCXに代わってLTEでWi-Fiを提供できることになった背景には、沿線のLTEのネットワークが充実したということもあります。

──「Shinkansen Free Wi-Fi」として、提供されるにあたり、JR東海やJR西日本、JR九州とは同じJRグループとは言え、別々の会社ですよね。このあたりはどうやって調整をされたのでしょうか。

JR西日本 牧野氏:たとえば、先ほどの北陸新幹線で言うと、JR西日本では先ほどのご説明のとおり「JR-WEST_FREE_Wi-Fi」という名前でWi-Fiサービスを提供していますが、JR東日本は「JR-EAST FREE Wi-Fi」というSSIDで、首都圏エリアの駅などを中心にかなり整備されています。そのため、北陸新幹線については「それぞれのエリアでサービスを拡充していきましょう」という流れでした。ところが、東海道、山陽、九州の新幹線については、エリアも広くなりますし、ご利用されるのもビジネスパーソンだけでなく、旅行者やご家族連れなど、もっとボリュームが大きくなることが想定されます。そこで、もっと全体的に利用できる共通の SSIDのWi-Fiサービスを作ろうということで、「Shinkansen Free Wi-Fi」としてのサービスを開発することになりました。

西日本旅客鉄道株式会社 新幹線鉄道事業本部 新幹線企画部 サービス品質課 牧野早希氏

──同じJRグループとは言え、それぞれに違う会社ですよね。実際にサービスを開発していくうえで、会社間の調整はかなり難しかったのではないでしょうか。

JR西日本 牧野氏:そうですね。どこがイニシアチブを取るのかといった部分もありますが、利用者数で見ると、やはり、東京と大阪間を走る東海道新幹線、JR東海がもっとも規模が大きくなります。とは言っても弊社はちょうど真ん中の区間で、元々、JR東海、JR九州ともそれぞれ個別にお付き合いをしていました。これまではJR東海とJR九州が直接、話をするケースはあまりなかったので、弊社が鉄道の路線と同じように、各社の間を取り持つような形で、いっしょにサービスの開発を進める形になりました。

──SSIDを「Shinkansen Free Wi-Fi」に統一する方向で動き出したのはいいとして、実際にはJR各社ごとに新幹線の車両も違いますし、機材やネットワークも違いますよね。

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 佐藤氏:そうですね。JR西日本さんの「Shinakansen Free Wi-Fi」車両は弊社(Wi2)が機材やネットワークを担当しましたが、JR東海さんとJR九州さんの車両はNTTグループさんが担当しています。そのため、車両もネットワークも機材も違うものをお客さまから同じサービスとして見えるように作る必要があったわけです。しかもそれぞれに推奨している機器が違って、それらの仕様も合わせて、動作するように開発をすすめたわけです。

──「Shinkansen Free Wi-Fi」の通信部分の仕様を教えていただけますか?

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 雨宮氏:Wi-Fiについては2.4GHzと5GHzの周波数帯、IEEE802.11a/b/g/n/ac対応ですね。ネットワークはJR西日本さんがauのLTEネットワーク、JR東海さんとJR九州さんはNTTグループの回線をそれぞれ利用しています。ちなみに、これは新幹線が走っている地域、営業区域によって変わるわけではなく、JR3社が保有する車両ごとに違います。たとえば、JR西日本さんの車両であれば、東京から鹿児島まで、弊社の機材とauのLTEネットワークを利用しますし、JR東海さんの車両であれば、NTTグループさんの機材とネットワークを利用するわけです。携帯電話のローミングみたいなものと考えれば、分かりやすいでしょうか。

──なるほど。携帯電話で言えば、端末と契約回線によって、接続されるネットワークが決まることと同じ仕組みなのですね。

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 雨宮氏:そうなんです。そうしないと、JR西日本さんの車両に、我々の機材とNTTグループさんの機材をいっしょに積まなければならないため、効率がわるいわけです。

JR西日本 坪田氏:もし、そういう仕組みになると、機材だけでなく、会社間の境界で切り替えるなど、特殊な設備改修が必要になってくるので、現実的ではないんですね。

車両搭載ならではの技術要件

 駅や商業施設などに設置されるWi-Fiサービスと違い、移動する車両、しかも新幹線という高速で移動する車両でWi-Fiサービスを提供するには、その環境に合った機材を設置する必要がある。具体的に、どのような機材を設置したのだろうか。

──今回の「Shinkansen Free Wi-Fi」をJR西日本の車両で提供するための機材や設置方法について、教えていただけますか?

JR西日本 坪田氏:新幹線の車両に載せるとき、まず、どこに機材を載せるのかという問題があります。たとえば、荷棚のような場所はお客さまの目につきますし、最近ではトランクを置く方も増えているので、邪魔になってしまいます。できるだけ、お客さまの目につかない場所を探したところ、車内案内表示器の両サイドに少しスペースを見つけることができ、ここに搭載することにしました。

──外というか、車内からは見えないんですか?

JR西日本 坪田氏:そうですね。普段はカバーが取り付けられているので、外観上は分かりません。狭いスペースなんですけど、ここに収まればいいなということで、Wi2さんに「どうでしょうか?」と打診したわけです。もし、ここに収まらないということになると、カバーそのものを作りかえなければならないので、改修の規模が大きくなってしまいます。作りかえることになると、また型を起こさなければならず、3~4か月もかかってしまい、時間も要しサービス開始も遅れてしまう可能性がありました。早くサービス提供を開始したいという声がある中でしたので、何とか収まらないかとお願いしたわけです。

新幹線に取り付けられた「Shinkansen Free Wi-Fi」通信ユニット

取り付け位置は、電光式ニュース表示装置近くの空間を使用する

通信アンテナ
ユニットは2階建て構造となっている
特製のカバー

──そして、出来上がってきたのがこの機材だったというわけですね。これはどういう構造になっているんでしょう?

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 雨宮氏:実は、LTEルーターと無線LANアクセスポイントを二段重ねにすることで、狭いスペースに収まるように作りました。この下側にあるのがLTEルーターで、両サイドに備えられている二本の黒く長い棒状のものがLTEのアンテナになります。車両の屋根などにLTEのアンテナを設置するのではなく、ここで直接、LTEの電波を受けて、車内にWi-Fiの電波を出すという構成になっています。

JR西日本 坪田氏:こうした狭いスペースに収めるために作られた機材なので、実際に車両に設置したとき、正しく通信ができるのかどうかが心配でしたが、車両を改造する前に、バッテリーで動作するモックアップ(動態模型)を持ってきていただいて、設置スペースに固定して、通信状態などをチェックしたところ、特に問題はなかったので、この機材で行こうということになりました。

──新幹線に搭載するための条件みたいなものはあるわけですよね?

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 雨宮氏:そうですね。最初にJR西日本さんから仕様の要件を先にいただいたのですが、外気温はマイナス20度から40度、保管温度は60度で12時間耐えること、外湿度は30%から80%に対応することが挙げられていて、これらを満たすように作られています。車両に搭載するうえで、対策が重要な振動については、LTEルーターの方はJIS規格の耐振動規格「E4031」というものがありまして、それに準拠することが条件でした。落下などについては欧州でも同様の「EN50155」という規格があり、それに準拠しています。さらに、この機材を固定している台座もJIS規格の耐振動試験をクリアするように、アルミの厚みを調整して、製造しました。大きさについてもルーターなどの機材を含め、何とか収まるものを探し回り、ようやく合うものを見つけたという感じです。

──この機材は新幹線の車両にどれくらい設置されているんですか?

JR西日本 坪田氏:1両につき、1台が設置されています。先ほどお話しした車内案内表示器の隣に設置されています。

──ルーターや無線LANアクセスポイントの仕様についてはどうなっていますか?

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 雨宮氏:Wi-Fiの部分については車両内の多くのお客さまが接続されるので、市販品とは違い、弊社が商業施設などでWi-Fiサービスを提供するときに使う事業用のものを採用しています。Wi-Fiのアンテナもビームフォーミング技術に対応したものを採用していて、実際に接続されている対応端末へ向けて、もっとも特性が良くなるように電波が出ます。

 LTEルーターも100Mbps以上のスループット(実効通信速度)が得られることが条件でしたので、キャリアアグリゲーションに対応したものを採用しました。キャリアアグリゲーションは複数の携帯電話の電波をキャッチして、それらを束ねて送受信することで、高速通信を実現する技術です。最新のスマートフォンなどと同じで、カテゴリー6(Cat.6)に対応しています。実は、この機材で採用するまで、一般的なLTEルーターにはキャリアグリゲーションに対応したものがなく、今回が初採用ということになりました。

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 佐藤氏:車両は電源まわりの条件も厳しいですね。今回の仕様では、1秒以上の電源断に耐えられるという条件があったんです。

JR西日本 坪田氏:新幹線も含め、電車は架線から供給される電気で動いていますが、架線は区間ごとに変電所があり、これを切り替えながら走行しています。その切り替え時に瞬時停電があるので、それに耐えられるという条件が必要だったわけです。

──この瞬時停電に耐え得るというのは、どうやって対応されたんですか?

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 雨宮氏:機材に内蔵できるバッテリーを搭載することで、対応しました。瞬時停電の時間が変わる可能性もあるので、可変できるようにプログラマブルなバッテリーを採用しています。

走行試験の結果を踏まえ、カバーなどを微調整

──新幹線は区間によって違いますが、特に山陽新幹線や北陸新幹線はトンネルが多いですよね。実際に機材を設置して、走行試験で通信状況などを確認されたんですよね?

JR西日本 牧野氏:はい。実際に設置して、走行試験でWi2さんといっしょに確認をしました。山陽新幹線の区間については、トンネル内でもご利用いただけます。北陸新幹線はまだ一部の区間が整備中なので、糸魚川以降、上越新幹線の区間はまだご利用いただけません。JR九州の区間についても、新八代以降は整備中なので、これからの対応になります。

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 佐藤氏:東海道新幹線、山陽新幹線の区間は問題なく利用できますね。関門トンネルでも使うことができます。ただ、トンネルは閉鎖的な空間ですので、屋外のLTEネットワークを利用しているときに比べると、どうしてもパフォーマンスは制限されてしまいます。これは「Shinkansen Free Wi-Fi」に限ったことではなく、トンネル内のエリア整備は携帯電話会社3社共同で行なっているので、どのサービスを利用した場合でも状況は同じですね。

──実際にテストはどのような感じで行なわれたのでしょうか。

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 佐藤氏:試験は大きく分けて、3段階あります。auのLTEネットワークをバックボーンに使って、本当に十分な品質が得られるのかという確認のため、auの通常端末を使って、新幹線沿線の通信品質を調査して、その結果を示して、「auの回線で大丈夫だね」というご理解をいただきました。次に、先ほどご説明したように機材を開発し、これを車両に仮設置して、車両内の隅々にWi-Fiの電波が届くかどうかをチェックしました。これも大丈夫そうだということで、商用の車両に設置して、実走されているときに検査をしたという流れになります。

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 雨宮氏:商用サービス開始前に、テスト走行を行なうのですが、そこに乗せていただいて、スループットを計測するなどの試験を行ないました。たとえば、つい最近では金沢の車庫から富山までの区間、実際に走行して、計測をしました。

JR西日本 坪田氏:北陸新幹線の設置第1号ということで、W9編成の車両の全般検査にあわせて機材を設置する改造を行ないました。車両としては確認のために試運転をするのですが、そのときにいっしょに乗っていただいて、通信の状態を確認したわけです。

──実際のスループットも良好だったんですか?

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 雨宮氏:そうですね。高速移動車両ですので区間による変動はありますが、一般のアクセスポイントに対してそんなに変わらない体感品質が北陸新幹線や山陽新幹線でも実現できていました。

──新幹線の車両に機材を設置して、すんなりスループットが得られるような状態だったんですか? それとも途中でいくつか問題があって、改修したとか?

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 雨宮氏:実は、ちょっと修正がありましたね。機材を設置したところに付けられている新幹線の車両のカバーですが、北陸新幹線は樹脂で、その他の新幹線はアルミなんです。車両基地で機材を設置したとき、アルミのカバーでもWi-Fiの電波が通り抜けて、問題なく利用できていたのですが、実走試験では十分な品質が得られない結果となり、急遽、カバーを少し改造していただくなどの対策をしました。

──それは携帯電話などと同じで、金属に覆われていると、電波を通さない、通りにくくなるという話と同じことですか?

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 雨宮氏:そうですね。元々、アルミのカバーを装着した状態で少し影響があることは分かっていたんですが、当初の試験での劣化のレベルは限定的でした。ところが、実際に走行時にテストをしてみると、環境条件の違いが想定より大きく出てしまい、基準を下回ることが分かったので、対策をしたわけです。

JR西日本 高須氏:実は、当初、改造工事をする予定にしていて、アルミのカバーのままで大丈夫かもしれないという話になり、「改造工事をせずにコストが抑えられ、早く提供できる!」と思っていたら、最終的にはやはり改造工事が必要となってしまいました。ちょっとぬか喜びでしたね(笑)。

──ちなみに、そのカバーの改造というか、対策は、具体的にどういうことをされたんですか?

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 雨宮氏:見た目は分からないようにしてありますが、実はカバーにいくつか電波の通り道を設けました。

──実際にお客さんが使ううえでの話になりますが、ログイン画面などはどのようにされたのでしょうか?

JR西日本 高須氏:最初に接続されるとき、ポータル画面が表示されますが、これは基本的にJR西日本の車両でもJR東海やJR九州の車両でも同じものに見えるように作られています。

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 佐藤氏:画面の見た目は基本的に同じなのですが、表示される利用規約をよく見ると、提供会社ごとの違いがあります。Wi-Fiサービスを提供するエリアはJR各社さんにご提供いただくわけですが、通信役務としては通信サービスを提供する我々事業者に任せていただく形を取っているためで、ここで提供事業者を判別することが可能です。

 ログイン仕様については、初回ログイン時にメールアドレスか、SNSのアカウントを登録するようになっていますが、このあたりは自治体などを中心に多くのフリーWi-Fiなどで採用されているのと同じような仕様ですね。ちなみに、画面は多言語対応になっています。

──言語はいくつ対応されているんですか?

JR西日本 高須氏:日本語、英語、中国語、韓国語、ドイツ語、フランス語、タイ語の7カ国8言語の対応ですね。中国語は繁体字と簡体字に対応しています。JRグループ6社で提供している「ジャパンレールパス」の仕様に準拠した形になりますが、こういった仕様も「Shinkansen Free Wi-Fi」として、提供各社で統一していかなければならない点でした。

──今回、JR3社で「Shinkansen Free Wi-Fi」を提供することになりましたけど、元々、JR各社が集まって、こういった物事を決める場というのは存在したのでしょうか?

JR西日本 高須氏:今回の件については、当初、個別に話をしていたのですが、共同じゃないと話が進まないので、いっしょにやりましょうということになり、そこにWi2さんとNTTグループさんも入っていただいて、JR東海とJR九州を含め、5社で協議を進めています。私たちはこのように複数の通信事業者も交えた形で物事を進めた経験がなく、「こうやって協議しながら進めていくものなんだな」と思っていたら、Wi2さんに「こういうフォーメーションでの取り組みはあまりないですよ」という説明をいただきました。

ワイヤ・アンド・ワイヤレス 佐藤氏:そうですね。通信事業者同士は元々、相互接続などで、お互いに顔を合わせるケースはあります。JR各社さんもおそらく鉄道事業のうえで、各社がごいっしょになることはあると思いますが、「Shinkansen Free Wi-Fi」という共通サービスの仕様を決めるために、通信事業者もJR3社もいっしょに顔を合わせて……というのは、ちょっと今までにない珍しい組み合わせだったと思います。それだけ重要なサービスということですよね。

「Shinkansen Free Wi-Fi」は「ハローキティ新幹線」が狙い目?

──設備が整い、7月25日から「Shinkansen Free Wi-Fi」のサービス提供が開始されたわけですが、現在、利用できる車両はどれくらいあるのでしょうか?

JR西日本 高須氏:まず、7月25日の段階で2編成が入り、8月のはじめにもう一編成が加わりました。まだ少ないですけど、現在は北陸新幹線で2つ、山陽新幹線で3つという構成になります。

──この編成は時刻表や車両の外から確認することはできないのでしょうか?

JR西日本 高須氏:実は、そこは今、まさに悩み事なんです。まだ編成も少ないですし、どうやって告知をしていこうかと検討を重ねています。JR東海はツイッターで情報発信していて、検索するとその日に利用できる編成が分かります。まだ利用できる編成が少ないので、日によっては編成がないこともありますが……。JR西日本では今年6月から「ハローキティ新幹線」の運行を開始したのですが、あの編成はすでに「Shinkansen Free Wi-Fi」に対応しているので、乗っていただければ、体験することができます。運行区間や運行スケジュールはWebページに掲載されています。

──それは楽しみですね。ハローキティ新幹線なのに、ビジネスパーソンであふれてしまったり……(笑)。ところで、これから順次、「Shinkansen Free Wi-Fi」の機材を搭載した車両が増えていくんでしょうけど、この取り付け工事というのは車両が整備などに入ったタイミングで行なわれるのですか?

JR西日本 坪田氏:改造工事は全般検査のタイミングで行なうケースもありますし、運用の合間に予備車として、営業に入らない日に、車庫に入れて、行なうケースもあります。工事にかかる期間は編成や車両数によって違います。ほかの工事といっしょに行なうため、期間は長くなる傾向にあります。

──最終的にはいつごろまでに完了する予定なのですか?

JR西日本 高須氏:北陸新幹線については2019年9月までに、全車両の工事を終える予定です。山陽新幹線については2019年度内なので、2020年3月末までに完了予定になります。東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年の夏には、各地を移動する新幹線で利用できる見込みです。

──今後、この「Shinkansen Free Wi-Fi」を使って、何か新しいサービスを提供されることなどは考えておられますか?

JR西日本 高須氏:たとえば、新幹線をご利用いただくお客さま向けのWebページも公開していますが、なかなかお客さまがそこへたどり着かないケースもあるので、その導線にできないかということは考えています。また、車内のインフォメーションなども告知できると思います。それから、車内販売サービスと結びつけると、もっとお客さまにご利用いただきやすくなるんじゃないかとも考えています。今は販売員がカートを押して、車内を回っていますけど、何かもっといい連携ができそうな気がします。

──今後の展開も楽しみです。本日はありがとうございました。