旅レポ

「ユーレイルパス」で欧州を鉄道で巡る旅(その2)

イタリアのオルビエト~スロヴェニアの港町ピラン。古来の塩田や大鍾乳洞を見学

スロヴェニアの「美しい村」ピラン

 欧州28カ国の鉄道などを自由に乗り降りできるユーレイルパスを利用して、JATA(日本旅行業協会)が選定した「ヨーロッパの美しい村30選」のうち6カ所を巡る旅の第2回。イタリア中部にあるチヴィタ・ディ・バーニョレージョをあとにし、今回は最寄りのオルビエト駅からいよいよ列車に乗って、次の目的地であるスロヴェニアはピランへ向かう。

 イタリアとスロヴェニアは隣り合っているとはいえ、1本の列車でたどり着くことはできず、1回か2回の乗り換えが必要となる。また、ピランには鉄道が通っていないため、例えば国境近くの駅まで行ってからバスで移動するといったことになる。そのため、今回選んだルートはオルビエトを出たあと、フィレンツェとヴェネツィアで乗り換え、アドリア海沿いのトリエステを目指すというもの。所要時間はおよそ7時間。

オルビエト駅
オルビエトの街の中心部はケーブルカーで行ける高台の上にある
駅構内。蒸気機関車用の給水設備も残されている
乗車した列車はイタリア語で「レッジョナーレベローチェ」。日本の快速に相当する
フィレンツェ駅
フィレンツェから乗車した「フレッジャルジェント」。10ユーロ(約1230円、1ユーロ=123円換算)の指定席券が別途必要
3列席の一等客室
4列席の二等客室
立ちながら飲食できるバー車両を備える
バリアフリー対応のトイレ
ヴェネツィアで乗り換える

 ただし、欧州の鉄道は定刻から遅れることはざらで、予定どおりの時刻に目的地にたどり着けるとは限らない。乗り継ぎの間隔は、少なくとも30分から1時間は余裕を見て設定するのがお勧め。長距離の夜行列車はさらに遅れる可能性があり、タイトに予定を詰め込むと完全に消化できない場合もあるだろう。

 ユーレイルパスを使った旅行でルートを決める際には、スマートフォンアプリの「Rail Planner」が便利だ。乗換案内の機能を備えており、出発駅と到着駅、出発時間などを指定するだけで最適な乗り換えルートが表示される。しかしながら、乗り継ぎ時間の余裕を考慮せずに候補を表示することもあるので、乗る列車は慎重に検討したい。

Rail Plannerを使うと乗り換えの検討がしやすい

ヴェネツィアを感じさせる街並み。郊外の塩田と鍾乳洞に心を奪われる

 スロヴェニアのピランは人口4000人ほどの港町で、穏やかなアドリア海に面したイストラ半島の根元に位置している。成り立ちは7世紀頃とされ、当時のヴェネツィア共和国の影響が色濃く残る、ヨーロッパらしいオレンジ色の瓦屋根の家々と石畳の街並みが特徴だ。

ピラン中心部の広場
ガイドのシモーナ・マグニッチさんはスロヴェニア出身で慶応大学に留学経験もある

 街は数時間で十分に見て回れるほどコンパクト。ピラン出身の作曲家・バイオリニストであるジュゼッペ・タルティーニの銅像がある中心部の広場、街を見下ろす時計塔がある聖ユーリ教会、外敵からの攻撃を防ぐために10世紀頃に建立されたタウンウォール、住宅地の隙間を縫うように敷設された狭隘な道路など、歴史と情緒ある建物や風景が見どころ。

広場に立っているのは、ピラン出身の作曲家ジュゼッペ・タルティーニの銅像
広場の一角にあるタルティーニの生家
広場のすぐ前の港にはボートが係留されている
狭い道路が住宅の間を縫うように走る
高台から眺めた街並み
エメラルドグリーンのアドリア海が広がる
住宅の隙間にひっそりとカフェや土産物屋、市場などが開かれている
聖ユーリ教会と時計塔
最も古い部分で10世紀頃からの名残があるという、かつて街を守っていた壁
壁の上から臨むピラン全域

 郊外のセチョヴリエ塩田では、804年から始まったとされる天然塩の生産が現在も続けられている。いまや欧州で唯一、機械に頼らず人の手によって野外の塩田を耕す伝統技法を用いており、生産のピークとなる6月から8月にかけては、750ヘクタールの広大な敷地で、ピランからやってきた多くの作業者の姿を目にすることができる。

ピランからクルマで15分ほどで到着するセチョヴリエ塩田。現在は主に北半分が使われており、最盛期には作業員の住居もあった。南半分は自然保護区として立ち入りを禁じている
塩田では物の運搬に610mmゲージを走るトロッコが用いられている
作業員が休憩に使う小屋
海につながる運河を設け、そこから海水を導入し、1つの“マス”から次の“マス”へと徐々に移しながら濃度を高めていく
最後に塩の“結晶化”を促す塩田群
長い年月をかけてバクテリアを醸成することで、ミネラルを多く含み、クリーンで真っ白なここならではの天然塩ができる
バクテリアを育てる必要があるため、この1つの塩田を使えるようになるまで15年はかかるという
塩田で取れた塩のサンプル。大きな粒が標準的なもの、小さなものは「ソルトフラワー(塩の花)」と呼ばれ、高品質な塩として取り引きされる
塩田の敷地内にある土産物店
塩はもちろん、塩が配合された石鹸やチョコレートも販売されている
昼食に立ち寄った現地のワイナリー「コレニカ&モシュコン」
オーナーのマテイ・コレニカ氏。ワイナリーとしての規模は小さいながらも、素材そのものの“力”を引き出して栽培、ワインを製造する「バイオダイナミクス」に取り組んでいるという
自家製のハム、トリュフ入りチーズ、トリュフ添えパスタ、ステーキ、リンゴのブリュレなど、盛りだくさん。プレートごとにその料理に合う異なるワインが出された

 スロヴェニア南西部には、1986年に世界遺産に登録されたシュコツィアン鍾乳洞があり、地表から最大223mの深さにまで達する大規模な洞窟の一部を歩くことが可能だ。一帯はカルスト地方と呼ばれ、石灰石を多く含み、雨などによって浸食されることで形作られる「カルスト地形」の語源ともなっている。

 洞窟内の見学コースは距離やルートの違いで2つ用意されており、今回のツアーでは片道1時間半~2時間かかる3kmのコース(入場料16ユーロ=約1968円、1ユーロ=123円換算)を体験した。内部の気温は12℃ほどと肌寒く、夏場でも1枚羽織る物を持っていきたいところ。徐々に洞窟の最深部へと向かっていくため、前半は下り、後半はきつい上りとなることから歩きやすい装備が必須だが、歩行路はコンクリートできれいに整備されていて、危険に感じる箇所はない。

シュコツィアン鍾乳洞の全体図
入口は100mほどある人工の坑道
そのあとすぐに姿を見せる鍾乳石
深く潜っていく
数千年前には人が住んでいたこともあるという。中央の四角い穴は飲み水としても使える井戸のようなもの
開けた場所にある巨大な鍾乳石

 垂れ下がった、あるいは堆積した鍾乳石の巨大さに目を奪われるが、後半にたどり着く高さ100メートル以上もある地下大渓谷は、外部から流れ込む水流の轟音もあって、そのスケールには圧倒されっぱなし。あまりの壮大さに寒さを忘れてしまうほどだが、地表へ戻る際の急な上り坂では、終始歩き続けで溜まった足の疲労を再確認することになる。最後の数十メートルほどの高さを運んでくれるケーブルカーがありがたい。

光の帯は歩行路の照明。奥深くまで洞窟が続いている。なお、この照明は洞窟のガイドが順次消しながら進んでいく。ずっと照らしていると鍾乳石の自然な成長が阻害されるためだという
最深部の大渓谷。常に水流の轟音が聞こえている。肉眼ではこれらの写真よりかなり暗く、底の方はよく見えない
底から50メートルの高さに架けられた橋
暗いためかはっきりと怖さを感じることはないが、高いところにあることだけは分かる
渓谷沿いに歩いていく
まるで棚田のように形成された石灰棚
3km歩いてようやく外に出た
壁にはユネスコによる世界遺産に認定された記録、発見の歴史などが刻まれたボード
洞窟に流れ込んでいる川
最後はケーブルカーで地表に戻ることができる

 次回はトリエステから夜行列車を乗り継ぎ、ウディネ、オーストリアのウィーンなどを経て、ハンガリーの美しい村「ショプロン」へと向かう。

日沼諭史