旅レポ

都心から1時間、富士の麓で見つけた癒やしとふれあいの郷、静岡(前編)

ほどよいスリルとすべてが満たされるナチュラルフードを味わう1日。山生まれのキャビアも?

都心からわずか1時間の静岡で満喫する、大人の休日

 静岡は横に長い。東名高速道路で名古屋方面に向けクルマを走らせたときのことを思い返すと、行けども行けども静岡だった記憶がよみがえる。

 静岡の東端、伊豆半島の根元に位置する三島には、東京駅7時56分発の新幹線こだま637号に乗ってわずか1時間と2分。そんな通勤圏にもなる近さから、当時書籍執筆中で疲労困憊中の筆者に活力を与えてくれるプレスツアーはスタートした。

野菜の素性のよさを活かしきった「本日のパスタランチ」

 実際に新幹線で都心に通うビジネスマンも少なくないというこの三島近隣地域。なぜかといえば、ここはまさしく富士山のお膝元であり、都会の喧騒をすっかり忘れられる豊かな自然にあふれ、まるで離島を訪れた時のようなゆったりとした時間が流れる癒やしの地だから、かもしれない。

 最初にそう実感したのは、三島市の東側一帯に広がる「かんなみ」と呼ばれる田方郡函南町で、こだわり抜いた素材を用いて仕立てられた料理を提供する「ビブラ ビブレ」のランチをいただいたときだった。開けた山の斜面から富士山の全景を眺められる抜群のビューポイントで(当日は富士山ははっきり捉えられなかったが)、静かに景色を楽しみながら食事できる、大人のためのレストランだ。

「ビブラ ビブレ」

 料理に使う野菜や牛乳、静岡名産のイチゴなどはほとんどが周囲の契約農家・牧場か、店の周囲に広がる自家所有の畑から得られたもの。店のオーナー兼シェフである増井靖丈氏が自ら買い付けた海外の野菜の種子を農家に渡し、ほかではあまり見られないユニークな作物を栽培してもらって、それをメニューに取り入れているという。また、増井氏自身が無農薬、無肥料の自然農法で育てた野菜を料理に加えることもあるそうだ。

店内からの眺め。天気がよければ向こうに富士山が臨める

 この日いただいた「本日のパスタランチ」(2000円前後)も、もちろんそれらの野菜がふんだんに用いられたメニューだ。最初のキャベツのバーニャカウダは、キャベツ自体の甘みとソースのコクの組み合わせが絶品。10種類以上もの野菜と、さまざまな酸味の違いを堪能できる5種類のトマトの盛り合わせは、トマトソースが添えられたリガトーニと一緒にいただく。夢中になって口に運ぶのに集中してしまい言葉が出てこない。こんなに味の濃い野菜を食べたことがあっただろうか。

キャベツのバーニャカウダ
10種類以上の野菜と5種類のトマトが添えられたリガトーニ
厳選された丹那牛乳から作られたミルクプリン、生キャラメルソース添え

 静岡富士市出身で、フランスの3つ星レストランなどで修行を積んだオーナーの増井氏が腕をふるうビブラ ビブレの料理は、地元でとれた素材の使い方、うまみを知り尽くした同氏だからこそ提供できるメニューだ。パスタランチと言えども、決してパスタだけが主役なのではなく、どれもが素材のよいところを巧みに引き出したメインディッシュとなりうる存在感があった。2000円という値段から「かなりぜいたくなランチ」と思われてしまうかもしれないが、質もボリュームも、とてもその金額に収まっているとは思えない。

 聞けば増井氏は、ビブラ ビブレを妻とともに経営する以外に、ほかのレストランのデザインやコンサルティング、商品開発なども手がけているとのこと。静岡生まれの新品種イチゴ「きらぴ香」(きらぴか)の栽培にも契約農家らと取り組み、すでに出荷段階にきている。このきらぴ香と、同じく静岡のイチゴのブランド品種「紅ほっぺ」をスライスし、日本ミツバチのハチミツを振りかけたデザートピザもまた、イチゴの名前のように幸せな気持ちになれる一品だった。

きらぴ香と紅ほっぺ
これらのイチゴをスライスして乗せ、日本ミツバチのハチミツを振りかけたデザートピザ
大地の誘惑カレー
箱根の森のミートソース
トマトのペペロンチーノ。これらとデザートピザは撮影用に作っていただいたものだが、最後は当然ながらツアー参加者全員でいただいた
ビブラ ビブレ

所在地:静岡県田方郡函南町平井12-1
営業時間:ランチ11時30分~(ラストオーダー14時)、カフェ14時00分~、ディナー18時00分~(予約制)
定休日:月曜日、毎月最終火曜日

400mの大吊橋から眺める富士山と駿河湾の壮観な風景

三島スカイウォーク

 三島付近では近年、見どころの多い観光スポットが次々に生まれている。2015年12月に開業したばかりの大吊橋「三島スカイウォーク」もその1つ。歩行者専用の吊橋としては国内最大とされる全長400m、地上高約70.6mの、深い森と峡谷をまたぐこの橋は、富士山と駿河湾を同時に臨むことのできる絶好のロケーションにある。当日は残念なことに富士山を目にすることはかなわなかったが、それでも視界一杯に広がる吊橋と遠くに見える沼津の街並み、きらめく駿河湾の景色は壮観の一言だ。

400mの大吊橋
遠くに駿河湾を臨む
ここでもやはり富士山の姿ははっきり見ることができず

 車いす同士でもすれ違えるように設計されたという幅広の歩廊は、吊橋とは思えないほどの安定感。当日はあいにく強風が吹きすさぶ状況でありながら、ほとんど揺れることはなく、誰もが安全に渡ることができた(凍えそうだったが)。とはいえ、はるか下の地面を歩廊のグレーチング越しに目にすることができ、メッシュ状の欄干でしっかり視界も確保されていることから、吊橋ならではのスリルも十分に体感できる。

幅に余裕のある歩廊。中央はグレーチングになっている
橋の下は70mもの高さ。くらくらする

 高所を歩くのはどうしても苦手という人でも、トレッキング用の別ルートから橋の向こう側に渡ることができる。急坂や荒れた路面もあるとのことなので、むしろハイキング気分で訪れて、帰路に橋を渡るのも楽しいだろう。北岸にはウッドチップの上を歩きながら森林浴できるエリアがあり、さらに花の種子が貼り付けられた自然素材のチャームを手に入れて、願いを込めて橋の上からまくこともできる。次回訪れたときには、自分のまいた種が森で芽吹き、山の斜面を彩る花の1つとして咲いているかも、なんて想像するのも楽しい。

大吊橋を北側から眺めた
森のなかを少し歩ける散策道もある
柔らかいウッドチップが敷き詰められ、足腰の負担は少ない
途中にはかわいらしいオリジナルキャラも
散策道の先には「flower drop」の販売所。200円
雨でピンク色の部分が溶け、そこに挟まれている花の種子が出てくるという寸法
橋の上から投げれば、いつかきっと花が咲いてくれることだろう

 歴史や美術品に興味があるなら、「かんなみ仏の里美術館」や「ヴァンジ彫刻庭園美術館」を観光ルートにぜひとも組み入れたい。前者のかんなみ仏の里美術館は、古くから地域の人の心のよりどころとなっていた、平安・鎌倉時代に由来する24体の仏像を保存、継承していくために2012年4月に設立された町営施設。現代的な外観をもつ施設でありながら、のどかな周辺一帯の集落の雰囲気になじむたたずまいが印象的だ。

かんなみ仏の里美術館

 展示されているのは国指定重要文化財である「阿弥陀如来及両脇侍像」や、静岡県指定有形文化財である「薬師如来坐像」をはじめ、「安底羅(あんてら)大将」「伐折羅(ばきら)大将」などの十二神将立像など。仏像を単に鑑賞できるだけでなく、30名体制のボランティアガイドによる丁寧な解説を聞くこともでき、如来、菩薩、明王、天部といった仏の役割の違いも含め、仏像が身近に感じられる知識も得られる。

阿弥陀如来及両脇侍像
薬師如来坐像
不動明王立像
毘沙門天立像
十二神将立像

※平常時は展示室内は撮影禁止です

 一方、ヴァンジ彫刻庭園美術館は、イタリアの具像彫刻家ジュリアーノ・ヴァンジの作品が展示されている、世界で唯一の美術館。一見前衛的で奇抜に見えがちななかにも、時流を取り入れた見る者の共感を呼ぶ趣向が凝らされていたり、作家の深い洞察に裏打ちされた繊細な表現が施されているのが垣間見えて、1つ1つの作品をじっくり眺めていても飽きがこない。

クレマチスの丘内にあるヴァンジ彫刻庭園美術館
美術作品も展示されているクレマチスガーデン

 このヴァンジ彫刻庭園美術館自体は、「クレマチスの丘」と呼ばれる施設内にあり、季節によっては250種、2000株も植えられているというクレマチスの特徴的でかわいらしい花が一帯に咲き誇るのも見どころ。心が洗われるような芸術品と花のコラボレーションを楽しみたいなら、5月下旬から初夏にかけてがちょうどよさそうだ。

ヴァンジ彫刻庭園美術館の内部展示室
真実
女性の二面性を表している?
ヴァンジ自身の姿
壁をよじ登る男
カテリーナ 3
クレマチスがは5月下旬から初夏にかけての季節が最も多く咲き誇るという
2月時点で目にすることのできる花はわずかだった
三島スカイウォーク

所在地:静岡県三島市笹原新田313
営業時間:9時~17時
定休日:年中無休
入場料金:大人1000円

かんなみ仏の里美術館

所在地:静岡県田方郡函南町桑原89-1
定休日:毎週火曜日、年末年始
入場料金:大人300円

ヴァンジ彫刻庭園美術館

所在地:静岡県長泉町東野クレマチスの丘347-1
営業時間:10時~17時(2~3月)、10時~18時(4~8月)
定休日:毎週水曜日、年末年始
入場料金:大人1200円(11~3月のみ1000円)

山生まれのキャビアが(いずれ)食べられる、細やかな気遣いもうれしい「長泉山荘」

 この日最後に訪れたのは、宿泊場所となる「長泉山荘」。立地は、三島を縦に貫く黄瀬川の支流をひたすら遡った、山に囲まれた一角。しかし、三島駅からタクシーを使っても30分ほどと比較的アクセスしやすい場所にある、近辺では唯一の旅館だ。周囲に民家は立ち並んでいるものの、人の気配をあまり感じないひっそりとしたところで、聞こえてくるのは近くを流れる川と滝の音だけ。ソファでくつろげるラウンジではWi-Fiを使えるが、施設内は携帯電話の電波がほとんど届かず、お籠もり宿のような贅沢なひとときを過ごせる。

長泉山荘
廊下の様子
ラウンジはソファでくつろげて、Wi-Fiも使える
中庭

 夕食は、1つ1つが美しく形作られ、味わい深い小鉢盛りと、食感が楽しい寒なまこと大和芋の座付、身のふっくらとした岩魚の塩焼き、静岡東部ならではの香り高い桜エビがふんだんに混ぜ込まれた桜海老御飯など。さらに、地元でもめったに入手できないような静岡の小さな酒蔵の日本酒も、ときには夕食のお供にできることもある。

小鉢盛り
岩魚の塩焼き
桜海老御飯

 ただ、なによりうれしいのは、必要なときに、必要な分だけ、節度を保ちつつ対応してくれる宿の従業員の方々の温かい姿勢だ。料理について過剰に説明してくることはないし、これみよがしに施設や温泉のウリについて長口上を加えてくることもない。しかし、こちらから尋ねれば適切と思われる分だけのインプットや手助けはしてもらえる。

 そして、常にあらゆる観点からサービスの向上を図る努力も怠らない。というのも、同旅館ではなんとチョウザメの養殖を独自に行なっているのだ。現在はまだ試験的な飼育段階で、キャビアとして提供できるようになるにはあと3~4年はかかるとのことだが、キャビアを取るには飼育方法だけでなく産卵の仕組みも把握する必要があり、本当にキャビアが取れるかどうかもまだ分からない。雄については食用としてすでに提供を始めているものの、ある意味コスト度外視でチャレンジしているようだ。

 今回はタイミングが合わずチョウザメを味わうことは残念ながらできなかったが、神経痛、慢性消化器病、冷え性などに効能があるとされる、この地域一帯に湧き出る桃沢温泉につかって身体を休め、一室最大4名まで宿泊可能な広々とした和室で眠りにつき、活力を蓄えた。

長泉山荘

所在地:静岡県駿東郡長泉町元長窪895
宿泊料金:1万5800円~(平日・休日2名1室利用)

独自に作り上げたチョウザメの養殖場
1年単位で水槽を分けて育てている
まだ小さいチョウザメは、人が近づくとエサを求めて顔を出すことも

日沼諭史