井上孝司の「鉄道旅行のヒント」

鉄道旅行と季節感・季節性

都市部でも季節感を感じさせる場面はある。その1つが東急東横線・中目黒駅の上りホームから見える「目黒川の桜」だが、これは有名になり過ぎた。ホームの幅が狭い場所でもあるので、昨今では撮影向きとはいいがたい

 日本で生まれ育ってありがたかったなと思うのは、四季がはっきりあることと、地域によって気候がバラエティに富んでいることだと思っている。同じ場所でも季節が変われば見える風景が変わるし、同じ季節でも場所によって見えるものは異なる。

 なお、「この季節ならこの路線」「この路線の○○駅が名所」みたいな話をはじめると際限がないし、それは「旅と鉄道」みたいな専門誌の方が強いので、本稿ではもう少し一般化した視点から書いてみる。

車窓に見る季節感

 季節を感じる、というとやはり筆頭は車窓であろう。

 もう30年ぐらい前の話になるが、初めて北海道の釧網本線に乗ったときに、釧路から網走に向かう列車を利用した。斜里を過ぎるころには日が暮れていたが、そこで線路が海岸沿いに出て、流氷で埋め尽くされた海が車窓に現われたときに、車内にどよめきが上がったのをよく覚えている。

 もっともこれは、流氷で埋め尽くされた海を見てどよめくような乗客ばかりだった、ということの裏返しでもある。ただ、そこに突っ込み始めると、筆者もその一人であったのだから、めんどうな話はなしにしておく。

 その釧網本線では近年、流氷を見に行ったのに空振りする場面がままある。可能であれば、流氷の状況を見ながら日程を決めたいところだが、風向き次第で一夜にして状況が変わってしまうのが、流氷の難しいところ。

釧網本線の北浜駅で。このときには「埋め尽くされている」とまではいかなかったが、それなりに流氷は接岸していた
しかしめぐり合わせがわるいと、2月だというのに流氷のカケラも見られないことがある

 さすがに車窓で流氷を見られる路線は限られているが、雪原や雪山などの雪景色なら、北日本に行けば普通に見られる。そこで暮らすのは大変だが、「いかにも雪国」と感じさせてくれる車窓風景であるのは確かだ。もっとも、ときには吹雪いたり、走る車両が雪煙を巻き上げたりして、窓の外が真っ白になってしまうこともある。

 反対に、夏といえばやはり海であろうか。海岸沿いを走る路線なら、日本全国、あちこちにある。もっとも、海岸といっても多種多様であるから、みんながみんな「夏の季語」というわけでもない。やはり「夏の季語」になりそうな海岸の景色は、四国や九州などの南国に求めるのが無難であろう。

 天気予報とともに「紅葉の便り」が取り上げられるぐらいだから、秋といえばやはり紅葉。これも全国で楽しめるが、やはり山間部を走る路線でなければ、というところはある。

 個人的に、紅葉の時期を狙って訪れてみたいと思いつつ果たせていないのは、北海道の石勝線。なにしろ「楓」という名前の信号場(かつては旅客駅だった)まで存在するぐらいである(関係ない?)。

 紅葉で難しいのは、“美味しい”期間が限られること。紅葉がピークを迎えたときに、そこを通る路線を、しかも日中に走る列車に、しかも晴天の下で乗りたい、という難しい条件がある。いくら紅葉がきれいでも、夜間に乗ったのでは何も見えないし、雨天では見栄えがしない。

 すると、列車などの乗り継ぎスケジュールだけ先に作っておいて、紅葉の南下状況を見ながら「いつ発動するか」を決めて手配・実行するのが、無難かつ確実であろう。

夏場に海岸沿いで海をバックに撮った写真ではあるが、「夏」を感じさせる1枚かというと自信はない。常磐線の末続~広野間で
夏といえば海だけではなく「高原」もある。そして高原列車といえば小海線である
石勝線の楓信号場にて。ただし紅葉の季節ではなく真冬の撮影。石勝線は山間部を走っているので、紅葉の素材には事欠かないと思われる

駅に見る季節感

 車窓だけでなく、駅で季節を感じられる場面もある。

 例えば、石川県を走るのと鉄道では、いくつかの駅で、ホームの脇に桜の木が植わっている。当然、桜の季節に訪れれば、満開の桜とローカル気動車という絵面が出現する。ちょうど桜が見頃の時期に同線を訪れたところ、能登鹿島駅のホームに撮影者が鈴なりになっていたので仰天したものである。

 ホームの桜というと、阪急嵐山線の嵐山駅、上桂駅、松尾大社駅あたりも有名だ。

のと鉄道の、確か笠師保駅での撮影。能登鹿島駅は、さらに3駅先になる
能登鹿島駅ホームの桜。2010年4月の撮影
阪急の嵐山駅。これは1月の撮影だったから寒々としているが、春には背後に桜の花が咲く

 変わったところでは、特定の季節にだけオープンする臨時駅というものがある。その1つが常磐線の偕楽園。梅のシーズンに多くの人が訪れることから、そのときだけオープンする駅である。ちなみにこの駅、下りホームしかないことでも知られている。

 また、年に数日だけオープンする駅として、四国の予讃線にある津島ノ宮がある。津島ノ宮(津嶋神社)の夏季大祭が行なわれるときだけ営業するのだが、これもある種の季節感といえるかもしれない。

車両に見る季節感

 ここまでは車両の外側の話だが、実は車両のなかでも季節感が現われることがある。内地ではあまり顕著でないが、これが分かりやすい形で出るのが北海道。

 国鉄時代に作られた車両は大抵、北海道向けだけ「酷寒地仕様」として異なる仕様で作られていた。その分かりやすい現われが二重窓。通常の窓の内側に、もう1枚の窓を追加して、冷え込みを抑えようとするものである。ただ、JR北海道の発足後に作られた車両では、二重窓は採用されていない。

 また、すでに廃車になって久しいが、そのJR北海道の711系電車では、側扉を戸袋に引き込むところにブラシが取り付けられていた。扉に付着した雪が戸袋に入り込んで、凍結などのトラブルが起きる事態を防ぐための工夫だ。

 あと、出入台のところにマットを追加で敷いている場面がみられるのも、北海道の車両に見られる特徴の1つといえよう。

JR北海道のキハ150。出入台のところだけ、床にマットが敷かれている
すでに廃車になって久しいが、JR北海道の711系。これも出入台にマットが敷かれているほか、側扉を戸袋に引き込む部分に雪落としのブラシが付いているのがおもしろい

 毎年、12月からスタートする津軽鉄道の「ストーブ列車」も、車両に見られる季節感の典型といえよう。その名のとおり、古い客車の車内に石炭焚きのストーブを設置して車内を暖める仕組み。そのストーブでスルメを焼くのも風物詩である。

 ただし、このストーブ列車。ストーブが主役だからといってストーブの前に座ると、熱い思いをして大変なことになる可能性があるらしい。ちょっと離れたところに陣取るぐらいが無難であろうか。車内に設置されている、クラシックな温度計もめずらしくなった。

津軽鉄道のストーブ列車。一般用の気動車と、ストーブ付きの客車を併結しており、後者の利用に際しては乗車券に加えてストーブ列車券が必要
これが主役のダルマストーブ
煙突は屋根上に導設されており、このように煙が出る
こんなタイプの温度計もすっかりめずらしくなった