旅レポ

「熊野古道」に追加認定された世界遺産をめぐる旅(その4)

太平洋を遠くに望む「潮見峠越」と、かつての交通の要所「長尾坂」を巡る

和歌山県田辺市が企画した、世界遺産に追加登録されたところを巡るプレスツアーの4回目となる最終回は「潮見峠越」「長尾坂」を巡る。写真は潮見峠からの眺望。はるか遠くに、陽光に輝く太平洋が見える

 2016年10月に開催された第40回ユネスコ世界遺産委員会で、熊野参詣道中辺路(なかへじ)・大辺路(おおへじ)、高野山参詣道の計22カ所が世界遺産に登録された。これは、2004年に世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加したものとなる。

 和歌山県田辺市では、新たに世界遺産入りした5カ所を巡るプレスツアーを実施、今回は最終回となるその4として、潮見峠越と長尾坂を巡る。

潮見峠越

 向かった「潮見峠」は、田辺市街地から熊野本宮大社までの中辺路のうち、田辺市の市街地寄りの区間。潮見峠を越えて熊野三山に向かうこの道は、富田川の渡渉が何度も必要だった北郡越を代替するルートとして利用されるようになった。文献に最初に登場するのは1375年で、当時は「塩見峠」と呼ばれていたようだ。15世紀以降には往来が増え、やがて主要路となっていったという。このルートのなかで世界遺産に追加登録されたのは、「潮見峠越」「長尾坂」の一部だ。

 今回は時間の関係上、タクシーで林道を潮見峠まで走り、そこから世界遺産追加登録ルートを歩いて田辺方向に下った。出発点となった潮見峠の標高は538mで、ちょっとした広場になっている。「潮見峠」の名のとおり、ここからは田辺市街地越しに紀伊水道の南側、つまり太平洋が遠望できた。ここから熊野本宮大社まで、いっさい海が見えないため、かつての旅人もここで休んでしばらく海を眺めていたことだろう。

潮見峠の石碑。今回はここから峠道を下る

 田辺方向に下っていく道は、幅は狭いがしっかりとした造りで、歩いていて不安に思うような場所はない。ゆるやかな下りを軽快に進み、いったん林道(林道の区間は世界遺産には含まれない)を経由して再び古道へ。足元が石畳になるとすぐに目の前が開けた明るい空間に出る。ここが捻木峠で、シンボルとなっている捻木の杉がある。この捻木の杉は安珍・清姫伝説にも登場する。その先しばらくは石畳が続くが、やがて舗装路に出る。ここまでが世界遺産だ。

現在の潮見峠にはバイオトイレが設置されている。昭和初期までは簡易な宿を兼ねた茶屋があったそうだ
現在の潮見峠周辺は杉の植林が盛ん。伐採されたあとのはげ山に沿って進む
中ノ峠にある一願地蔵。案内板は地元の人が建てたものだが、その考証には疑問もあるという
路傍にある苔むした石仏
いったん林道に出る。熊野古道を拡幅舗装したもので、このような区間は世界遺産登録されていない
林道から外れ、近世の熊野古道の石畳に入る
逃げる安珍を追ってきた清姫が、悔しさのあまり身をよじらせ、杉の木までも曲げてしまったといういわれのある捻木の杉
捻木の杉のあたりは石畳が良好な状態で残されている。また、ここからも紀州の海が見え、かつては旅人の休憩スポットだったという
捻木の杉付近の石畳はしっかりと造られており、古道の雰囲気を色濃く残している
潮見峠を下ったところにあるひるね茶屋。ここまでは自動車でアクセス可能

 捻木峠から引き続き、田辺方向へと山を下る。「長尾坂」と呼ばれる長い斜面だ。しかしその大半は生活のために道路の舗装や拡幅が行なわれており、かつての古道の面影を遺しているエリアはほとんどない。今回、世界遺産に追加登録されたところは、その長尾坂のうちの一部区間のみだが、そこはかつての姿をほぼそのまま残していた。

長尾坂

 長尾坂は15世紀ごろから利用者が増え、やがて中辺路のメインルートとなっていった。しかし交通の要衝でもあったため、この地は何度かの戦乱にさらされてきた。そのため、付近には戦にちなんだ伝承もいくつか残っているようだ。

長尾坂の熊野寄り入口。下るのはラクだが滑りやすいところもあるので慎重に

 長尾坂のうち世界遺産に追加登録されたところは、徒歩で20分ほどの区間。そこは急な坂道で、かつて難所だったことがよく分かる。短い距離だが、沿道は雑木林、みかん畑、竹林と景色が変わり、路盤もところどころに石畳が残され、またつづら折りになっているところもある。路面はきれいに整備されており古道の雰囲気も色濃く残っているが、旧坂の石畳は雨の後など滑りやすいこともあるので慎重に歩きたい。この区間には、和歌山から21里であることを示す一里塚や庚申塚、高野聖の碑、南無阿弥陀仏と描かれた大きな石碑などがある。

うっそうとした竹林を下る。足元はやわらかく歩きやすい
長尾一里塚。和歌山から21里の距離にある。かつてはここより熊野寄りの水呑峠にあったが、正確な測量ののち1712年にここに移されたという
つづら折りの坂を下る。長尾坂は交通の要衝であり、かつてはこの付近で戦も行なわれたという
みかん畑に沿って歩く。現在では農道としても利用されている。道路の両側は私有地のため入らないように
ところどころに石畳の道が残る。雨の跡などには滑りやすいので要注意だ
長尾坂の急な斜面がお分かりいただけるだろうか。この付近はかつても難所であったそうだ
南無阿弥陀仏と掘られた石碑は、1906年(明治39年)建立。古道がその時代にも使われてきた証拠でもある

 全4回にわたってお届けした「熊野古道世界遺産追加登録ルートを歩く」ツアー、今回巡ったルートは、1泊2日の旅程にちょうどよい内容だったので、ぜひ参考にしていただきたい。

2日間にわたりガイドをしてくださった、田辺市語り部・ガイド団体等連絡協議会会長 宇井正さん

 また、紀伊田辺駅すぐ横の観光案内所や、熊野本宮大社の近くにある世界遺産熊野本宮館などには熊野古道の見どころやルートが分かるパンフレットなどが置かれている。季節によってオススメのコースがあるはずなので、まずはパンフレットや観光案内所のスタッフから情報収集をして旅程を決めるのもよいだろう。

板倉秀典