旅レポ

「熊野古道」に追加認定された世界遺産をめぐる旅(その2)

北郡越をとおり、熊野本宮大社、川湯温泉へ

和歌山県田辺市が企画した、世界遺産に追加登録されたところを巡るプレスツアーの様子をお届けする

 2016年10月に開催された第40回ユネスコ世界遺産委員会で、熊野参詣道中辺路(なかへじ)・大辺路(おおへじ)、高野山参詣道の計22カ所が世界遺産に登録された。これは、2004年に世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加したものとなる。

 和歌山県田辺市では、新たに世界遺産入りした5カ所を巡るプレスツアーを実施、前回の「鬪雞神社」とその周辺を紹介したが、今回はその2として、中辺路のうち世界遺産に追加登録された区間を実際に歩いてみる。初日に歩いたのは、北郡越(ほくそぎごえ)・赤木越・長尾坂・潮見峠越のうちの「北郡越」だ。

「熊野古道」である北郡越ルートを行く

のごし橋より北方向を見る。左岸の道路は国道311号。北郡越は右岸にある

 現在の田辺市鮎川から田辺市滝尻に至る富田川沿いの道が北郡越である。実はこの区間は、南寄りの富田川沿いのルート(北郡越)と、北寄りの潮見峠を越えるルートがあり、北郡越は13世紀ごろまでのメインルート。川沿いのため何度も渡渉する必要があり、水位が高いときなどはまさに命がけだったと伝えられる。

今回ガイドをしていただいた田辺市語り部・ガイド団体等連絡協議会会長の宇井正さん。

 後年、潮見峠越えルートが切り開かれ、参詣者もそちらを通るようになったゆえんである。そのため伊勢続風土記(1839年)では潮見峠越えルートを熊野街道というのに対し、この北郡越ルートは熊野古道と記述されている。

 なお、現在の「北郡越」は渡渉する区間はない。また河川改修により川幅も広くなっており、水位が上がっても危険はないようだ。ただし、落ち葉が濡れているなどして滑りやすいところもあるため慎重に進みたい。

のごし橋を渡るとすぐにある藤原定家の歌碑。1201年の後鳥羽法王の参詣の際に随行し、滝尻で詠んだものとされる
しばらく歩くと舗装が途切れて土盛りの道になる。ここからが世界遺産
狭い土手を歩く。土手の石垣はいつの時代に造られたものか分からないというが、古いものではなさそうだ
コースの大半は山と富田川に挟まれた狭い道。手すりのないところも多いので注意
村の入口など、かつては日本のいたるところにあった道祖神と庚申塔
北郡越の前半、富田川沿いの道は高低差が少なく、気持ちよく歩ける
道が分岐しているところにも案内板があり、迷うことはない

 北郡越はこのあと、いったん富田川から離れて山を越える。全長は2kmほどで、前半は川に沿い、後半は山を越える。歩行したのは前半の約1.2kmで、説明を聞きながらゆっくり歩いて30分程度だった。狭い谷のため土地に余裕がなく、古道を拡幅して現代の道路とした区間も多い。だからこそ、このように現存している区間が世界遺産として登録され、保護されるわけだ。

熊野詣のハイライト、熊野本宮大社

熊野本宮大社の鳥居。のぼりに描かれた八咫烏は、主神家津美御子大神のお仕え。3本の足は天・地・人を表す

 次に向かったのは熊野本宮大社(2004年7月世界遺産登録)。かつて人々の憧れの聖地である熊野三山のうちの一社で、熊野詣のハイライトだった。

 熊野本宮大社はかつて、熊野川の中州に12の社殿が集まり、大斎原(おおゆのはら)と呼ばれていた。しかし1889年(明治22年)、富国強兵政策により山林の伐採が進められた結果の大洪水により、中四社、下四社が流失してしまったのだ。現在の熊野本宮大社は、被災を免れた上四社が高台に移築されたものであり、大斎原跡には大鳥居と碑がある。

熊野本宮大社の岡崎崇さん。かつての熊野詣の逸話なども興味深く伺った

 移築された上四社は建物としては3棟で、門をくぐり向かって左手にある第一殿と第二殿は一つの建物である。門が2つあるので分かりやすい。ここには夫須美大神(ふすみのおおかみ)・速玉大神(はやたまのおおかみ)が祭られている。中央の第三殿は家津美御子大神(けつみこのおおかみ)で、主神。向かって右の第四殿が天照皇大神(あまてらすおおみかみ)だ。なお、水害で流失した第五殿から第十二殿までの御祭神は、大斎原に合祀されているという。

 また、「熊野三山」や「熊野権現」という言葉があることからも分かるように、仏教の影響も色濃く受けている。これは奈良時代以降に神=仏という概念(神仏習合)が強くなってきたため。十二柱の神々それぞれに仏も祭られており、夫須美大神=千手観音、速玉大神=薬師如来、家津美御子大神=阿弥陀如来、天照皇大神=十一面観音である。こうした予備知識を少し覚えていくと、熊野詣もより意義深いものとなるだろう。

熊野大権現ののぼりが並ぶ参道。手前側は駐車場だが、鳥居を一歩くぐると静寂な空気が支配する
階段を登りきると、門が現われる。この奥が本殿
熊野本宮大社上四社。建物は3棟
第一社、第二社は1つの建物。門が2つあり、左が夫須美大神、右が速玉大神
第三社(左)と第四社(右)。それぞれ、家津美御子大神(主祭神)、天照皇大神が祀られている

熊野の魅力を発信する「世界遺産 熊野本宮館」

世界遺産 熊野本宮館。北棟と南棟があり、こちらは北棟

 熊野本宮大社に行く際にはぜひ訪れてほしい場所が、大社から道路をはさんだ反対側にある世界遺産 熊野本宮館だ。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を取り巻く文化的景観を保存しつつ、熊野の魅力を世界に発信するための拠点として整備された。また、地域の資源を活用するため、樹齢100年以上の紀州材(杉)を270本使用している。

説明する世界遺産熊野本宮館の小渕良樹さん

 映像やパネル、紀伊半島の俯瞰図などで熊野の地理や歴史が把握できるように工夫されている。時代を追うごとにメインルートが変わっていった熊野古道の歴史も体系的に学べるのだ。時間に余裕があるなら、熊野本宮大社に参拝する前にまずはこちらで予備知識を仕入れていくものいいだろう。

南棟にある交流スペース。木造建築だが天井は高く開放的
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の位置関係が分かるマップ
マップに備えてある資料の一例。参詣道の成立過程や変遷が分かる
映像による解説も分かりやすく、つい見入ってしまう
北棟の熊野信仰や熊野参詣の変遷の展示コーナー。こちらは山伏の装束だ
北棟の多目的ホール。映像展示やイベントに使用される

田辺市本宮エリアの名湯、川湯温泉へ

川湯温泉郷

 本日の行程を終え、一行は宿泊先、川湯温泉へ。湯の峰温泉、渡瀬温泉とならぶ田辺市本宮エリアの名湯で、熊野本宮大社からわずか3.5kmほどの距離。大塔川の河原に湯が湧くことで知られており、スコップやショベルがあれば自分だけの風呂を掘ることもできる。12月~2月末日のみ河原に用意される無料大浴場「仙人風呂」も有名だ。河原で裸になることに抵抗がある人には公衆浴場がオススメ。営業時間は8時~21時、料金は大人250円、小人130円。

 川湯温泉にはホテルから民宿まで十数軒の宿泊施設があるが、今回は「山水館 川湯みどりや」にお世話になった。和室・洋室を合わせて客室数90室の大きなホテルで、お風呂は内湯のほか河原に露天風呂があり、宿泊客は田辺市本宮町内からの送迎もしてくれるという。全室のトイレには温水洗浄便座があり、無料Wi-Fiも完備されているのも現代人にはありがたい。客室からは大塔川のせせらぎと、川の向こうの杉の木立が見渡せた。

朝に撮影した川湯みどりや
みどりやのエントランス。その脇には65℃の源泉が湧いている。飲用可
ロビーには土産物のほか、すげ傘や杖など、熊野古道を雰囲気よく歩くためのグッズも
和室。ほかにロッジ調の洋室もあり、客室露天風呂付の和室・洋室もある
部屋からの眺望。杉の木立と大塔川のせせらぎが見える
河原にある、野趣あふれる露天風呂。こちらは男湯
女湯。男女に分かれてはいるが間を遮るものはない

 夕食はミニ会席料理3品とビュッフェを組み合わせたハーフバイキングスタイルでいただいた。ミニ会席は季節の野菜を使った前菜・お造り・和牛のお鍋。ビュッフェは地元熊野の幸をふんだんに使った料理が約30種類あり、そのなかには鮎の塩焼きなど、ほかのビュッフェではお目にかかれないようなものもあった。

夕食にいただいたミニ会席+ビュッフェ。ビュッフェは約30種類で、地元熊野の幸がたっぷり
もっと贅沢にいくなら会席料理プランがおすすめ。旬の食材がふんだんに取り入れられている
会席料理プランの熊野牛とアユの塩焼き。見た目も美しい逸品だ

大塔川に自分だけの風呂を掘ってみた

 川湯温泉で1泊し、翌日は熊野古道の「赤城越」「潮見峠越え」「長尾坂」を歩く……が、その前にやっておきたいことがあった。

夜明けと同時に一団の4名で温泉を堀りに出かけた

 それは大塔川に「自分だけの風呂を掘る」ことだ。筆者は、河原を掘ると湯が湧き出る川湯温泉については以前から知っていて、訪れた際にはぜひ掘ってみたいと思っていた。そこで、宿泊した川湯みどりやのフロントでシャベルをお借りし、プレスツアーの行程に支障が出ないよう、夜明けと同時に一団の4名で温泉を堀りに出かけることにした。

 湯が湧き出る河原は、ホテルから東に400mほど歩いたところ。歩いていくとその場所はすぐに分かった。先人が掘った湯船やその跡があり、河原全体からうっすらと湯気が出ている。河原に降り、熱い湯が湧いてきたときに温度を調整できるよう、川面に近い場所の大きな石のないところを掘り始める。表面の小石をシャベルで数回取り除くと、すぐに濁った湯が出てきた。しかし、人が1人浸かれるだけの深さの穴を掘るには2、3時間かかりそうなことにも気づいた。そこで掘る大きさを足湯サイズに変更した。掘り始めから足湯に入るまでは、15分ほどだった。

河原に降りる階段があるあたりは、どこを掘っても70℃以上の湯が湧くという
同行したプレスの一団。先人が掘った湯船の近くに新たに掘ることにした
河原一帯が源泉のため、冷えた朝には湯気が湧きたっている
掘削開始。大きな石があるところを避けると掘りやすい
掘り始めるとすぐに熱い湯が出てきた。水の濁りをとるためと温度調整のため川の水を引き込む水路を開削
河原を掘るのは思ったより時間がかかると察し、足湯に変更。大人が浸かれる湯船を掘るには3時間ほどかかりそう
しばし足湯でくつろぐ。湯温は一定ではなく時々熱いのが沸き上がってくるのが分かる
今回掘った足湯とシャベル。このとき参加した記者たちは全員関西人のため、「スコップ」で違和感なく会話した
河原に鉄骨の橋脚があった。冬季限定の仙人風呂はこの対岸に作られるという

 なお、次回は熊野古道「赤木越・長尾坂・潮見峠越」とお土産の情報を紹介する。

板倉秀典