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ANA、今日で国際線40周年。井上社長「困難な時代だからこそ確かな安全で世界をつなぎ続ける」

2026年3月3日 実施
ANAの国際線が運航40周年を迎えた

 ANAは3月3日、国際線運航40周年の式典を成田空港で実施した。

 ANAの国際線は、1986年3月3日の成田~グアム線(NH11便、当時の機材はロッキード L-1011型機)からその歴史が始まり、現在は40都市55路線(うち成田は19都市19路線)のネットワークを構築している。累計搭乗者数(2025年12月時点)は約1.7億人に達した。

 当日、第1ターミナルの54番ゲート前で行なった式典には、国際線定期便の運航開始当時を知るレジェンド社員が集まり、40年前からの苦労を振り返った。

 1987年入社で国際線の客室部に配属された中川さんは、当時はまだ海外での認知度が低く、ANA(All Nippon Airways)という呼称にJapanが含まれないことから、「どこの国の航空会社だ?」と聞かれることも少なくなかったという。

 また、1990年代に国際線の乗務を始めたボーイング 787機長の徳永さんは、初めてのジョン・F・ケネディ空港(ニューヨーク)へのフライトで管制から出発許可を聞いたときの緊張感を今でも覚えていると話し、整備士の内村さんは、1時間~1時間半ほどで折り返してくる国内線と異なり、長距離を何時間も飛んで帰ってくる国際線にいつも神経を尖らせていたと話す。

ゲート前に展示していたANA国際線の歩み
40年前の成田~グアム線初便当日の様子も
ボーイング 787機長の徳永伸広さん
1987年入社で国際線の客室乗務員となった中川美紀さん
当時の全日空ロゴが入った制服を着用する整備士の内村昇一さん
若手社員もレジェンドの話に聞き入った

 続いて登壇した代表取締役社長の井上慎一氏は、「国際線で黒字を確保するまでに18年かかった」と平坦ではなかった道のりを振り返り、「中東情勢などの地政学リスクがあるなか、1便1便の安全を守り抜く重責を改めて痛感している。困難な時代だからこそ、確かな安全で世界をつなぎ続ける」と決意を表明した。

 式典後、搭乗が始まると井上氏が先頭に立ちラゲージタグなどの入った記念品を配布し、外はあいにくの雨模様だったが、式典の対象便となったNH881便(成田~パース線)を多くのANAスタッフが横断幕とともに見送った。

全日本空輸株式会社 代表取締役社長 井上慎一氏
国土交通省 東京航空局 成田空港事務所長 中村文俊氏
成田国際空港株式会社 代表取締役社長 藤井直樹氏
銚子はね太鼓の皆さんによる勇ましいパフォーマンスに、搭乗を待つ利用者から多くの拍手が沸き起こっていた
11時10分発の西オーストラリア・パース行きNH881便。現地の予想気温は34℃と表示されていた
40周年を記念する便の利用者には、ラゲージタグや搭乗証明書、ステッカー、機内誌などを含む記念品を配布した
井上氏自ら記念品の配布を行なう
出発を待つNH881便
プッシュバックがはじまる
雨のなか、多くの社員が国際線40周年を記念する便の見送りを行なった