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朝は満員・昼はガラガラ、年間赤字7.8億円。名鉄蒲郡線、それでも存続する事情
2025年5月23日 19:00
鉄道としての存続が危ぶまれていたローカル線「名鉄蒲郡線」(吉良吉田駅~蒲郡駅、17.6km)の当面の存続が、事実上決まった。
西尾市、蒲郡市、名古屋鉄道、中部運輸局が参加して行なった「名鉄西尾・蒲郡線対策協議会」で決定したもので、地域の出資による「みなし上下分離」によって、少なくとも2041年までは「名鉄蒲郡線」として運行される見込みだ。
私鉄大手・名古屋鉄道が運営する蒲郡線は、接続する西尾線(新安城駅~吉良吉田駅間、24.7km)とまとめて「にしかま線」とも呼ばれる。かつては名古屋から蒲郡に直通する特急列車が発着していたが、対・名古屋ではJR東海道線の本数増・スピードアップに勝てず、いまはローカル線として地域密着の輸送に徹している。
しかし、吉良吉田駅でもう一方向接続していた「三河線」(吉良吉田駅~碧南駅)が2004年に廃止され、西尾線に直通する列車も2008年に廃止。1996年には4064もあった輸送密度(1kmあたりの1日平均旅客輸送人員)は、2022年には2583まで激減。2022年の時点で、年間で約7.8億円の赤字を出し、存続に向けた話し合いが行なわれていた。
ただ、減少したとはいっても、朝晩には多くの乗客でにぎわうという。さっそく、現地で「蒲郡線の通勤・通学ラッシュ」の様子を見てみよう。
朝の蒲郡線は高校生でいっぱい! でも昼には……
蒲郡線の車両(6000系)は2両編成、定員は130人。朝方は、蒲郡高校(蒲郡市)、吉良高校・西尾高校(西尾市)などの生徒が通学で利用する。
蒲郡駅では、朝7時着で30人、7時27分着で100人が下りていった。ほとんどが学生で、蒲郡高校などの高校生だけでなく、JRで乗り換えて名古屋市・豊橋方面に向かう人々も多いようだ。
折り返しの蒲郡駅7時35分発・吉良吉田駅行きの列車は、2両で10名というガラガラ状態で出発。しかし、並行する東海道線と離れると、2駅先の三河鹿島駅、次の形原駅で高校生がまとめて乗り込み、西浦駅を発車する時点では1両目15人、2両目は70人ほど。このあたりの高校生は「1両目を一般の乗客に譲って、2両目に乗る」ようなルールでもあるのだろうか。
なお、蒲郡線は国道247号と大きく離れ、並行する県道321号の道路状況があまりよくなく、バスへの振り替えは少々難儀しそうだ。1日の乗降が500人以上の駅は国道から離れた駅(三河鹿島・形原・西浦)に集中しており、JR蒲郡駅・国道から離れた地域の通学輸送をメインに成り立っている様子がうかがえる。
とはいっても、東幡豆駅で一気に20人が乗り込むなど、終点。・吉良吉田駅に到着する頃には、2両編成で100人以上が乗車していた。1kmほど先の吉良高校に向かう高校生はここで下車、西尾・安城方面に通学する生徒は、のりかえ改札を経由して西尾線に乗り継ぐ。線路はつながっているため「直通してよ!」とは思うが……この先は乗客がほぼ倍増、名古屋市内への直通もあるため、系統分割となるのもやむを得ないだろう。
乗客減少の理由に「名古屋行きの競争に負けた」「病院が遠い」
こうして蒲郡線は、朝晩には通学利用でにぎわう。しかし昼間は、何度か乗車しても10人を超える列車がない。理由としては、「通学以外での使いづらさ」「バス・JRとの競合」がある。
まず、蒲郡市内でもっとも移動需要がある「蒲郡市民病院」と蒲郡駅が、2kmほど離れている。蒲郡駅からは病院の間を名鉄バスが結んでいるが、このバスは直通で蒲郡線のエリアに入っていくため。形原・西浦などは駅まで行かずとも、バスに乗ってそのまま通院する方も多いという。
各バス線の利用は、赤字ながらそれなりに好調のようだ。蒲郡線と重複する「西浦・病院循環線」の1便あたりの利用者は、左回りが平均23.5人、右回りも平均15.8人と、地方都市としてはそれなりに利用されている。
しかも蒲郡市では、名鉄エリア1か月乗り放題の「マル得パス」が7000円、70歳以上だと蒲郡市以外でも乗り放題で月6500円。鉄道よりは高めだが、また病院だけでなく、スーパー・商業施設も駅前以外・郊外の方が多く(ただし蒲郡駅前のアピタはそれなりに大きい)、「蒲郡駅からバス乗り継ぎ前提で、鉄道を利用してください!」と呼び掛けても、「なら最初からバスを利用する」と言われかねない状況だ。
なお、2013年に蒲郡市が名鉄バスにヒアリングを行なったところ、以下のような答えが返ってきている。
・バス利用者は1日往復で約1600人、約半数が蒲郡線沿線(形原・西浦地区)の利用
・それでも赤字で、蒲郡市からの補助がなければ運行を継続できない
・競合区間が問題となるのであれば、半数の利用が減少すると思われるため、蒲郡市での全線廃止につながる
つまり、「バスの利用を蒲郡線に転移させる」ことは難しく、かなりの利便性低下につながってしまう。さらに対・名古屋市で見ると、JRの「40分1000円(直通)」に比べて名鉄は「1時間40分1430円(乗り換え1~2回)」と弱く、遠距離・近距離ともに利用者増ができなさそうな状況が、蒲郡線が抱える根本的な問題だろう。
蒲郡線は、朝晩の通学利用以外では鉄道としての効力を発揮しない。しかし、朝晩の乗客の集中は、バスでさばけそうにない、名鉄はこれ以上の赤字に耐えられそうにない……。こういった“三すくみ”状況を受けて、「2027年から15年間」と期限を切ったうえで「みなし分離」による鉄道存続が決まったのだ。
存続の理由は「みなし上下分離」って何だ?
さて、蒲郡線で採用された「みなし上下分離」とは何か?
細かい分担ルールは地方によって違うが、鉄道における「上下分離」は、列車の運行(上部)と、線路や設備の運営(下部)を分けること。事例として近江鉄道(滋賀県)や富山ライトレール(富山県)などがある。
「上」を担う鉄道会社は「下」の経費負担・駅舎や土地の固定資産税から解放されることで採算ラインが上がり、鉄道を存続させやすくなる。
ただし、「下」は自治体が担うため、地域の費用負担は避けられない。かつ、自治体が鉄道施設を保有するための「第三種鉄道事業者」への手続きの煩雑さもあり、鉄道会社からの固定資産税が入らない分、額面上の税収減にもなる。
その点「みなし上下分離」であれば、「下」にかかる経費の相当額を自治体が出すため、運行はもとの鉄道会社のまま。めんどうな調整もほぼないまま、鉄道を存続できるのだ。
ただの上下分離が「下のために諸々の手続きを実施、新しい仕組みを作ったうえで負担金を出す」のに対して、みなし上下分離は「下にかかる経費を出す」だけ。下の費用の変動などのリスクはあるものの、上下分離より手間がかからない支援方法として、蒲郡線ではみなし上下分離が採用されたのだ。
ただし、経営環境が厳しいことに変わりなく、2027年から15年間の期限が終わる2042年度以降はさらなる負担に悩まされることになるかもしれない。15年プラスアルファのタイムラグで、増えそうにない通学利用以外の運賃収入をどう獲って、定着させていくのか。これからみなし上下分離による再建策をとる北陸鉄道(石川県)などとともに、その成否が注目される。