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バス会社の共通課題「運転手確保・健康維持」。WILLER 平山社長に取り組みを聞いてみた
2025年1月6日 17:00
WILLERの高速バス運転手の呼び名は「ハイウェイパイロット」に。なぜ変えた?
鉄道車両を運転するのは「運転士」、飛行機の操縦を司るのは「パイロット」(航空操縦士)。では、バスの運転手は……?
東京・大阪を中心に全国22路線の高速バス・夜行バスを運行する「WILLER EXPRESS」は、2024年4月からバス運転手の呼称を「ハイウェイパイロット」に変更した。「バスの運転手」という職業をブランド化し、「憧れの職業」として認知されることで、人材の確保につなげる狙いだ。
「ハイウェイパイロット」への呼称変更を行なった2024年、WILLERは前年の倍以上に当たる13人の人材を補充。さらにさまざまな取り組みを進め、年間30人の人材確保を目指すという。ただ、WILLERがとった運転手確保への施策は、呼称の変更だけではない。
各地のバス会社に共通する「運転手不足」問題にどう取り組んでいるのか、WILLER EXPRESS 代表取締役社長の平山幸司氏にお話を伺いつつ、実際に働く環境も拝見した。
「2024年問題」で揺れるバス会社
高速バス・路線バスの運転手不足・人材難は、WILLERのみならず、今やバス業界全体の悩みだ。日本バス協会の資料によると、全国で12万9000人の運転手が必要とされるなかで、2024年度には2万人以上が不足しているという。
特に「働き方改革関連法」が適用された2024年4月以降は、朝に夜行バスを終了してから夜に勤務に入るまでの休息が、「継続8時間以上」から「継続11時間与えるよう努めることを基本(努力目標)とし、9時間を下回らない」に変更。「朝に勤務を終えて、夕方に次の勤務を開始」といった勤務体系を組むことが、各社とも困難となった。
さらに、WILLERの場合は、勤務時間のインターバル(次の勤務に入るまでの間隔)を「義務」の9時間ではなく、「努力義務」の11時間以上に準拠してシフトを組んでいるという。シフト作成はもちろん厳しくなり、停車するバス停の削減でスピードアップを図るなど、バスの運行に影響が出ている。同社はこの環境のなかで、「ハイウェイパイロット」の人材育成・増員に取り組む必要があるという。
「ハイウェイパイロット」呼称変更だけじゃない! まずは待遇改善
WILLERは「ハイウェイパイロット」への呼称変更だけでなく、「地元で年収600万円」と銘打って、新しい人材の募集を行なっている。しかし、2006年には113万人もいた大型二種免許の保有者が、2020年には84万人まで減少。業界では「黒字路線でも人手不足で撤退」といったケースが相次いでおり、もはや「バス運転手の経験者さん、来てください」と呼びかけても、そう人材は集まらない。
そこでWILLERは、免許取得費用を全額補助のうえで、サービス業を中心に異業種からの転職を呼び掛けている。平山社長によると、同社のバスの乗務は「丁寧な接客や清掃などサービス面でチェックが厳しく、むしろバス運転手経験者の方が「ここまでやるの?」と驚くことが多いのだとか。そういった面で、もともとサービス業を経験していた方が、ハイウェイパイロットの職務になじみやすいのだという。
同時に、熟練の運転手が教官を務める「WILLER LABO」を立ち上げ、もともと営業所があった千葉県・芝山町で定期的に新入社員を育成している。専用の宿泊施設に泊まり込んで約3か月間しっかりと研修を行なうだけでなく、平山社長によると「研修の期間中にハイウェイパイロット同士で交流が生まれ、乗務デビュー後もやりとりを続けることで、乗務の孤独さが解消されるという、思わぬ効果もあった」そうだ。
この「WILLER LABO」は、2024年には472件の応募があったという。ただ、2024年は指導者不足で3か月のプログラムが年間2回しか稼働しておらず、これをなんとか「年間4回転」にすることで、数多い応募からの採用増加を図っていく方針だ。
バス会社として重要な「乗務員の健康キープ」。対策は「徒歩0分の営業所」と「社員食堂」
国交省の資料によると、「事業用自動車」(バス・トラック・タクシーなど)運転手の体調不良などで起きた事故は8年間で2177人、うち心臓疾患、脳疾患、大動脈瘤の解離が3割以上を占める(「自動車運送事業者における健康起因事故防止対策について」より)。かつ、乗務終了後も簡易施設のような宿舎だと、身体を休めることができない。過去に高速バスの運転手さんにお話を伺った際に、こうした事例を何度か聞いたことがある。
WILLERはまず抜本的な対策として、東京側の終点である東京ディズニーリゾートなどから近い場所(江東区新木場)に運行拠点「新木場BASE」を設置、営業所や宿舎をまとめて移転した。それまでは芝山町(現在のWILLER LABO)まで1時間近くかけて回送しており、乗務員は「終点到着後に10kmほど走って営業所に帰着、勤務終了後に数歩で宿舎」といった環境だったが、この負担は劇的に軽減されたという。
ただ、新木場エリアは食事をとれる店が意外と少なく、平山社長によると「近くに牛丼チェーンが3軒あり、以前は運転手のそうとうな数が食べに行っていた」という。しかし牛丼は並盛でも700~800kcalあり、健康をキープできる食事とは言いづらい。
そこで、WILLERは専用の社員食堂「新木場DINING」を構え、「ほとんどのメニューが500円以内、ヘルシーメニューは500kcal台」という、安さと低カロリーを両立させた食事の提供を始めた。
食堂の運営開始当初は、長距離のバス運転で体力を使う運転手から「量が少な過ぎる」「味が薄い」などの声が強かったものの、食堂が工夫を重ねて調理方法や盛り付けなどを変えて、低カロリーでも満足感を得られるメニューを開発していった。新木場DININGは、今では多くのハイウェイパイロットに利用されているそうだ。
WILLERが行なってきた取り組みは、泊まり勤務が多いハイウェイパイロットに、しっかりした「食」と「住」を提供するという、いたってシンプルなものだ。これに加えて、「年2回の健康診断結果がよかった社員にボーナス支給」というキャンペーンを実施したことで、乗務前に新木場BASE周辺でランニングするなど、健康に気を使う方がずいぶんと増えてきたのだとか。
こういった健康管理は、福利厚生の一環として行なわれる場合も多い。WILLERの場合は、平山社長いわく「経営に直結する企業としてのミッション」としてとらえ、従業員がムリなく自主的に健康をキープできる環境を整えているという。
今期は「増収増益」。戦略発表会で語られた収益向上策
民間企業として待遇改善に取り組むには、収益を挙げることが必須となる。その点、現在のWILLERの業績推移は順調だ。
2024年12月に開催された「戦略発表会」資料によると、2024年の乗車率は2023年の81.2%から85.0%に上昇、平均単価も2023年の4920円を上回る5334円を記録。2024年は増収増益で着地する見込みだ。
しかし課題として、座席の供給量は2023年からほぼ横ばいのまま。近年は満席でも続行便が出ないようなケースも見受けられるようになってきた。年末年始や観光シーズンの需要を取りこぼさないためにも、ハイウェイパイロットの人員確保は課題となるだろう。
ほかにも戦略発表会では、「ライブ・イベントなど推し活での夜行バス利用増加」「従業員・車両の管理台帳と安全管理の情報を一元化したシステム『RootS』の外販」「適切なプライシング(価格変動)を行なうためのBI(Business Intelligence)ツール導入」など、今後の展開が語られた。
民間のバス会社として顧客満足を提供しつつ、働く人々の環境にも気を配るWILLERの今後の取り組みを、注目していきたい。