ニュース

一時漂流のジェット船、故障頻発の理由は「極度の老朽化」が原因? 新造船が難しい根本的な理由

東海汽船「セブンアイランド愛」(JRTT鉄道・運輸機構 Webサイトより)

ジェットフォイルが操舵不能、長時間漂流……なぜ起きた?

 7月24日、東京と伊豆諸島・式根島に向かっていたジェットフォイル(ジェット船)の「セブンアイランド愛」が航行不能となり、一時的に漂流するというトラブルが起きた。乗客116名・乗員5人にケガなどはなかったものの、タグボートなどによる港への曳航は困難を極め、もっとも近い伊豆大島・岡田港への着岸は、出航から22時間後であったという。

ジェットフォイルの構造(JRTT鉄道・運輸機構 Webサイトより)

 この「ジェットフォイル」というタイプの船について、耳慣れない方も多いだろう。一言でいうと、「海面を飛ぶジェット機のような船」だ。

 ジェットフォイルは、「水中翼」と呼ばれる翼を船の下部に持ち、毎分180リットルもの海水を取り込んで噴出、海面から1mほど上を“飛ぶ”ことで、通常のフェリーより2~3倍速い時速45ノット(約80km/h)で進むことができる。実際の航路で比較すると、フェリーなら9時間かかる東京・竹芝~式根島間は、セブンアイランド愛なら2時間20分。航行時間の短縮、速達ぶりは比べるまでもない。

 航空機が大気(圧縮・ガスと混合して噴出)、ジェットフォイルが海水という推進力の違いはあるものの、ガスタービンなどの心臓部や推進力の原理は、航空機とジェットフォイルはほぼ同様のものだ。開発を行なったボーイングによって「ボーイング 929」という型番も付与されている。

 さらに、海面を飛ぶがゆえに、少々の高波ならものともせず航行できるうえ、通常時の航行であればフェリー・旅客船よりはるかに乗り心地がよい。ここまでは、旅客船としてよいことづくめだ。

 しかし、ジェットフォイルの船体はフェリーより2分の1~3分の1と軽く、今回のように航行不能になって着水すると「たらい船」状態となり、波のうねりを船底で直接受けてしまう。今回の曳航もジェットフォイルの船体の揺れ、黒潮と逆方向という悪条件下であり、無事曳航に成功した関係者の方々、海上保安庁の特殊救難隊に、まずは敬意を表したい。

国内のジェットフォイル就航は数多い。写真は隠岐島のジェットフォイル「レインボージェット」

 ジェットフォイルは従来のフェリーより「速くて、運航が安定して、乗り心地がよい」交通手段として、主に離島へのアクセスに重宝されてきた。

 しかし、今回のトラブルの原因となった「油圧管の油漏れ」にかかわる問題以外にも、構造的な課題をいくつか抱えている。

「生物との衝突」「部品の入手困難」もともとトラブルが多いジェットフォイル

鹿児島と種子島・西之表港を結ぶジェットフォイル「ロケット2」

 まずジェットフォイルは、高速で航行するがゆえに海洋生物(クジラ・サメなど)との衝突も多い。国土交通省・運輸安全委員会の資料によると、2006年以降の「ジェットフォイルと水中浮遊物の衝突事故」は12件発生している。

 近年では、高速での航行中にクジラと見られる生物を避けきれず、けが人109人(うち重傷者55人)を出した佐渡汽船「ぎんが」の衝突事故(2019年3月)や、海水の取り入れ口で「大型海獣の肉片」を吸い上げ、操舵停止で9時間漂流した佐渡汽船「つばさ」の事故(2021年2月)が記憶に新しい。

 こういった衝突回避のために、クジラが嫌がる周波数の音を出すUWS(アンダーウォータースピーカー)を各社とも搭載しているものの、それでも各地で衝突が起きている。

 また今回のような、操舵に関わる油圧管の油漏れはしばしば起きている。なかには長崎・五島列島の「ぺがさす」のように、漏れた油がガスタービンに落ちて発煙(2019年9月)といった事態もあり、事前の点検での異常発見による休航も含めると、そこまでめずらしいことではない。

 今回漂流したセブンアイランド愛も、香川県・加藤汽船「ジェットライン」(大阪~小豆島~高松)で就航していた際に、油圧系統の故障で明石海峡沖を漂流する事故を起こしている。

 こういった機器類のトラブルの遠因とも見られているのが、「船体の老朽化」だ。現役で就航している佐渡汽船「ぎんが」や東海汽船「セブンアイランド愛」が船齢40年以上、ほか「隠岐汽船」「種子屋久高速船」「九州商船」なども30年を越え、20年程度で更新を迎えるフェリー・内航船よりかなり年季の入った船体ばかりだ。

 ボーイングからジェットフォイルに関する権利を得て、製造・販売を一手に担う川崎重工業は、Webサイトで「船体はアルミ合金で腐食にはきわめて強い」「船齢が高くなっても、エンジンを交換すれば性能や経済性が落ちることはない」とうたっている。

 しかし各地では「製造中止のガスタービンを、修理や代用でしのいでいる」(2024年7月30日、山陰中央新聞 隠岐汽船のコメントより)、「発停回数1万回以上で交換推奨の部品を継続使用、折損の発生でエンジン停止」(2011年、佐渡汽船「つばさ」インシデント)などの事態も起きており、性能を保つための部品交換もままならないのが現状だ。

補助は7割 or 9割。しかしジェットフォイルは「建造費用が高い!」

船舶の共有建造制度の仕組み(JRTTWebサイトより)
九州商船「ぺがさす2」

 それでは、新造船によってジェットフォイルの課題は解決するのか? 実は、この「新造船」が一番難しい。直近では2020年に1隻が建造されたのみで、その前の建造は1995年に遡る。

 各地で新造船に向けた話は出ているものの、1隻の建造費用は70億円程度と、同程度(定員200~300人)のフェリーと比べても2~3倍の価格が悩みだ。かつ、高コストはそのまま、フェリーより高額な運賃に反映される。

 国の支援策「共有建造制度」なら最大7割、離島航路補助の適用なら最大9割の補助を受けることができるが、もとの金額の大きさゆえに自治体・船会社の負担が大きく、離島航路の場合は実効力のある自治体の支援策を、確約書付きできっちりと求められる。

 国の予算にも限りがあり(参考:令和4年度の共有建造予算は318億円)、国内のジェットフォイル14隻すべての入れ替えは、簡単な話ではない。2020年に建造された東海汽船「セブンアイランド結」は、当時の建造費用50億円の半額近い額を東京都が負担したことで新造に踏み切れたが、同様にジェットフォイルを運航する新潟県・長崎県・鹿児島県にそこまでの財力はないだろう。

 また、ジェットフォイルが航空機の技術に近い特殊なものとあって、川崎重工業の社内での技術継承も課題だ。先に述べた2020年のセブンアイランド結でも、現役社員がすでに退職したOBの講義を聞き、「アルミ板のリベット接合」など、船というより航空機に近い技術の指導を受けてようやく建造できたという。

 次の建造は、造船所の製造ラインを継続して動かせるような数隻まとまった受注がないと動けず、今後を考えると継続した受注も必要となる。

ジェットフォイルの10年、20年後はどうなる? 活路は「連携・共同購入」

ジェットフォイルの船内と、島民割引の掲示。こういった割引施策による地元利用に支えられている

 それぞれの離島へのアクセスは、定員70人程度の小型機航空機か、数時間かけて到着するフェリーか、ジェットフォイルかという選択肢となる。200~300人を短時間で一挙に運べるうえに、空港より市街地・官庁街の近くに発着(特に長崎・鹿児島)するジェットフォイルは、滞在時間を少しでも伸ばしたい観光客にも、出張などにもよく利用されている。

 しかし船体の更新にかかる費用負担の問題は、船会社や地元自治体だけでは解決しづらく、唯一の製造元である川崎重工業も積極的には動けないだろう。

 いま鉄道業界では、同業他社による部品の共同購入を目的とした連携が増加している(例:北陸3セク5社の除雪車関連、西武・小田急・箱根登山鉄道のレール・車輪など)。ここは、個別支援の「共有建造制度」に加えて「ジェットフォイル各社共同で一括購入+ガスタービン・部品の共有化」くらいまでの体制を作らないと、10年、20年先の運航継続はできないのではないか。

 また、各地のジェットフォイル・フェリー航路は採算が厳しく、単に費用補助や赤字補填を行なうだけでは、さらに経営状況が悪化してしまうばかりだ。ここは各地のローカル鉄道の将来について議論を行なう「再構築協議会」のように、国交省がつなぎ役・マッチング役に徹し、「どう共同体制を作っていくの?」「どう今後の利用水準を保つの?」「そもそもジェットフォイルは必要なの?」といった議論を行なうべき時が来ていないだろうか。

 おそらく、現状の自治体・民間任せでは、船体の更新が困難という問題にとどまらず、部品入手の困難さによって、さらなるトラブルのもとになりかねない。

 なお、エンジン故障などで漂流状態となるような事態は、ジェットフォイルに限らず通常のフェリー・高速船などでもまれに起こっており、トラブルが完全になくなることはない(2023年・JR九州高速船「ヴィーナス2」、2003年「新日本海フェリー」など。筆者も乗り合わせたフェリーがエンジン故障で、瀬戸内海で5時間ほど立ち往生したことがある)。

 性能的にフェリーや航空機では替えが利かないジェットフォイルを、今後どう安全に運航し、存続させていくか。船会社だけでなく各自治体・国交省の今後の出方にも要注目だ。