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ANAら、スマホの横断型サービスで視覚障害者の徒歩移動サポート。靴挿入型機器や遠隔案内の現状を見てきた

「誰も移動をあきらめない」目指す

2022年2月21日 実施

視覚障害者に向け移動サポートの実証実験

 神奈川県横須賀市で2月21日、視覚障害者に向けた移動サポートの実証実験を実施した。ANA、横須賀市、損保ジャパン、プライムアシスタンス、Ashirase、ANAウイングフェローズ・ヴイ王子が、国土交通省の「令和3年度日本版MaaS推進・支援事業」の採択内容に基づき行なったもの。

 この取り組みは、なんらかの理由により移動にためらいのある人(移動躊躇層)が快適にストレスなく移動を楽しむために、交通事業者や自治体、大学などが連携し提供するサービス「Universal MaaS」の実現に向けたもの。出発地から目的地まで移動するために必要な情報を利用者に提供したり、位置情報や希望する介助内容をサービス提供者側と共有したりして、シームレスな移動の実現を目指す。

 今回の実証実験は、代表事業者であるANAが提供する、自宅や会社から目的地までの全旅程を一括で検索できるサービス「ANAそらたび検索」に用意される徒歩区間おけるもので、2020年度まで実施していた下肢障害者向けの実証実験に続くもの。今回は視覚障害者向けで、実際にアドバイザーとして全盲と弱視の2名に参加してもらい、その有用性を検証した。

ANAが提供する、自宅や会社から目的地までの全旅程を一括で検索できるサービス「ANAそらたび検索」のスマートフォン画面。バリアフリー情報ボタン/バリアフリー地図/ナビのボタンが見える

 ANA 企画室MaaS推進部の大澤信陽氏によると、ドアツードアの移動において駅や空港、機内など事業者からのサービスが受けられる場所では、まだまだ課題はありながら現状でもサポートは可能であるが、旅程最後の交通機関から目的地までの徒歩区間における情報不足が、視覚障害者の移動を躊躇させているケースが少なくないという。

 今回はANAウイングフェローズ・ヴイ王子に在籍する弱視の波形明氏、全盲の小林崇氏の2名が実際に京浜急行汐入駅から海沿いのヴェルニー公園内ティボディエ邸までの約500mを徒歩移動した。

全日本空輸株式会社 企画室MaaS推進部 大澤信陽氏
アドバイザーとして実証実験に参加した小林崇氏(左)と波形明氏(右)

 行程の前半部はAshiraseが開発を手がける視覚障害者向け靴挿入型ナビゲーションシステム「あしらせ」を使い移動した。

 この「あしらせ」は、靴に薄い器具を挿し込んでおき、スマートフォンに設定した目的地まで足への振動でナビゲートするもの。Ashirase 代表取締役CEOの千野歩氏によると、視覚障害者は慣れた道なら電柱の数を目安にしていたり、沿道の店の匂いを目印にし、初めての道では人に聞きながら出かけているという。

 弱視の人なら日陰で立ち止まりスマホに顔を近づけ確認するなど、人それぞれでルートを確認するだけでも大変で、時には安全への注意力が低下したために起こるアクシデントもあるそうだ。そんなルート確認のための情報収集の負担を軽減し、現状より安全に集中できるよう開発されたのが「あしらせ」だ。

株式会社Ashirase 代表取締役CEO 千野歩氏
小林氏の靴に取り付けた靴挿入型ナビ「あしらせ」
「あしらせ」のナビ画面

 スマートフォンと靴に取り付ける小さなデバイス内部の複数のセンサーによる誘導は、甲・外側・かかとの振動モーターにより方向や曲がるべき地点までの距離が伝えられる。実際に実証実験を行なった全盲の小林氏は、壁などにぶつからないよう周囲の音の反射に気をつけたり、点字ブロックを確認したりという普段からの情報収集に集中できて、非常に有効だったそうだ。波形氏も安心して1人で歩けたという。2人ともに今後も使いたいと口を揃えた。

 ちなみに代表の千野氏は自動車メーカーのホンダで自動運転システムに携わっていた開発者で、2021年6月の創業したAshiraseは、ホンダ発独立ベンチャー第1号案件とのこと。

靴挿入型ナビ「あしらせ」の説明。足への振動によってナビゲーションする
振動で足に情報を伝えるパーツは非常に薄く軽いので、自分のお気に入りの靴に装着できる
甲につけるモーションセンサーコンパスはジャマにならない小型サイズ
「あしらせ」を使って京急汐入駅からヴェルニー公園へ向かう小林氏と波形氏

 そんな「あしらせ」にナビゲートされヴェルニー公園に到着した2人は、プライムアシスタンスの視覚障害者向けサービス「アイコサポート」に切り替えて、園内の施設ティボディエ邸に向かった。こちらは利用者のスマートフォンのカメラ映像を専門のオペレーターに送り、遠隔サポートしてもらうシステム。同社の総合企画部 新規事業開発室 室長の佐藤伸剛氏によると、視覚障害者が外出時に助けてくれる人がいなかったり、人がいても忙しいのではと考えて躊躇してしまうという声があったりということに触れ、その不安解消に向け開発したとのこと。SONPOグループの一員であるプライムアシスタンスは、グループ内の損害保険におけるロードサービス手配で培ってきたノウハウを活かしながら、1000人規模のオペレーターで対応する。

株式会社プライムアシスタンス 総合企画部 新規事業開発室 室長 佐藤伸剛氏

 今回実証実験を行なった公園内の導線には点字ブロックが見当たらず、施設の入り口には階段、入場には自動ドアと、注意しなければならない点も多かったが、アイコサポートはこういったシーンで非常に有効であった。

 人が直接対応するために運用も柔軟で、書類の読み上げや、身だしなみチェックなど道案内以外にも視覚障害者ならではの困りごとに活用できるという。また、専用アプリのインターフェースも簡潔で、手の感触でスマートフォンの形さえ把握できれば通信の開始/終了といった操作は簡単そうだ。こちらは2人とも便利さは想像以上だと語り、高評価だった。小林氏はオペレーターへ伝える映像を安定させるため、ユーザー自身が自分にあったスマートフォンの治具を用意するなどできれば、さらにコミュニケーションがスムーズになるだろうと語った。

 このオペレーターと直接コミュニケーションをとるスタイルは非常に応用範囲が広く、あしらせを開発した千野氏もGPSの電波が不安定な都市部のビル街や電波の入らない室内などで、シチュエーションに応じて「アイコサポート」との連携も今後の開発の案として有効だとした。

スマートフォンのカメラで状況を伝え、オペレーターの指示を受けながら目的地へ向かう
ヴェルニー公園内にあるティボディエ邸前には段差があり、入り口は自動ドア
映像で自分の状況をオペレーターに伝えているので指示も的確でスムーズに館内へ入ることができた
実証実験終了後、食事を楽しむ小林氏と波形氏。2人ともに旅先での楽しみは出会った人や助けてくれた人とのコミュニケーション、そして食事だという。また、土地によって匂いも違うそうだ

 また、今回の実証実験では損保ジャパンがリスクアセスメントを受け持ち、また実験を通じてこれからの自律的移動を支援する保険・サービスの検討をしていくという。リテール商品業務部の安藤聡昭氏によると、人は移動により幸福度が増すということが分かっており、これからは外出の動機付けを高め移動を促すための取り組みを行なっていくという。損保ジャパンでは移動おけるリスクを幅広く保証する保険商品「UGOKU」が発売半年で1万件の加入があったというが、昨今の移動制限によるストレスを考えると、移動が与える効果は多くの人が実感すると同時に、移動にはリスクが伴うことも確かに多くの人に知られている現実だ。

損害保険ジャパン株式会社 リテール商品業務部 安藤聡昭氏

 今回実証実験が行なわれた横須賀市の経済部 部長 山口博之氏によると、これらの取り組みは、市が推進している情報通信技術やモビリティ関連技術を活用して社会課題の解決につなげていく「横須賀スマートモビリティチャレンジ」の一環とのこと。Universal MaaSの実証実験ももちろんそのプロジェクトの1つ。障害を持つ人がまわりに迷惑をかけるのではないかと感じ、外出や旅行を躊躇したりあきらめたりすることも少なくないという。外出したいというすべての人の気持ちを行動に結び付ける後押しをすることは、横須賀市が掲げる「誰も一人にさせない街」という地域社会の理想の1つを実現させるものだという。

横須賀市 経済部 部長 山口博之氏

 今回実証実験で使われたナビは車いすユーザーに向けた「バリアフリー地図/ナビ」だが、横須賀市が計画、施工する道路交通情報や歩道橋のエレベーターの稼働状況も付加されている。

今回の実証実験では車いすユーザーに向けた「バリアフリー地図/ナビ」を利用した。ルートの青色は通常道路、空色は歩道橋、茶色は敷地内通路など。車いすユーザーに向けた情報が色分けされた丸いアイコンで示されるほかエレベーターの稼働情報や工事情報など横須賀市が提供する情報が四角いアイコンで示されている

 今後さまざまな実証実験を通じて視覚障害者に最適化された情報やほかの障害を持った人向けの情報も拡充していくだろう。その情報の集積が「ANAそらたび検索」をはじめ、さまざまな民間サービスや、行政サービスに組み入れられ、活用されながら「誰もが移動をあきらめない世界」の実現に向かっていくのだろう。