ニュース

JAL、「Microsoft HoloLens」でボーイング 737-800型機のコックピットと787型機のエンジンを再現

運航・整備訓練に活用

2016年4月18日 発表

 JAL(日本航空)は4月18日、米Microsoftが開発したホログラフィック・コンピュータ「Microsoft HoloLens」を同社の運航乗務員用訓練や、エンジン整備士訓練に活用するプロトタイプを開発したことを発表。同日、日本マイクロソフト本社で説明会を実施した。

 本説明会には元々、JAL代表取締役社長の植木義晴氏、日本マイクロソフトの樋口泰行会長が出席予定だったが、先週発生した平成28年熊本地震の対応を優先するために欠席。説明会では植木氏からのメッセージが代読された。内容は下記のとおり。

「この度の平成28年熊本地震におきまして亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆さまに心よりお見舞いを申し上げます。ご承知のとおり熊本空港も旅客ターミナルビルが甚大な被害を受けており、JALグループでも去る16日から熊本空港発着の旅客便は全便欠航しております。1日も早く復旧できるようJALグループ一丸となって取り組んでおり、私も陣頭指揮にあたっております。かかる状況から本日は大変申し訳ありませんが、私は欠席させていただきます。

 JALグループではさまざまな分野で次世代に向けたイノベーションに挑戦しており、日々進歩する多くの技術に関心を持ちつつ、お客さまへのサービスや生産性の向上にそれらを活用できないかを、社内のみならず、多くの社外の皆さまとともに検討しております。特にAR、VRの技術やウェアラブル端末は昨今注目を集めており、お客さまへのサービスや社員の働き方にも大きな変革となる可能性があると考えているところです。

 そのようななか、この度マイクロソフト社の最新ホログラフィック・コンピュータ『Microsoft HoloLens』という新技術についてマイクロソフト社のご協力を得て、JALグループで早期に活用できるよう検討・検証を行なうこととなりました。私もこのHoloLensを体感したのですが、現実の空間を透過して見えるホログラムによりCGとは異なるリアリティが表現されており、本当に驚きました。技術の進歩は凄まじいと実感した次第です。

 そしてさまざまな領域でこのHoloLensの活用方法を検討した結果、まず運航乗務員と整備士の訓練品質の向上という課題にトライすることにしました。まずは、運航乗務員の訓練の活用についてお話しさせていただきます。皆さまご承知のとおり、私はJALのパイロットとして35年間フライトをしてきました。その経験を踏まえて申し上げますと、パイロットの訓練、特に初期の訓練はまだまだアナログなものが多く、ハイテクなコックピットとは別世界の地味なものです。私自身が資格取得訓練をしていたころを振り返ると、紙にコックピットの計器やスイッチが描かれたものを部屋の壁などに貼り付けて手を動かしたり声を出したりしていました。1人で完全に想像の世界でやることもありますし、紙はなんら反応しませんので、正しい手順になっているかを同期の訓練生に見てもらったりしながら、体で覚え込んでいました。

 今回HoloLensで極めてリアルなコックピットを再現できただけでなく、自分の手の動きで正しいスイッチを反応させたり、計器の数値を変化させたりできるようになりました。実際のコックピットでの動きにより近いイメージを体で覚えることが可能になります。これはパイロットだった私だからこそ自信を持ってお伝えできるのですが、本当にめざましい進化です。

 一方整備士の分野ではエンジンの訓練プログラムを再現しました。整備士の訓練でも教科書の知識と合わせて五感で学ぶことが極めて重要です。しかしながら実物を見るためには飛行機が運航していない駐機中などのタイミングを見計らう必要があります。また、エンジンの構造を実際に見る場合はエンジンカバーを開けて吊るしたり、高い場所への移動が必要であったり容易には実施できないものです。

 どちらの訓練も共通して目指したのは、HoloLensを通してリアルな訓練環境がいつでもどこでも繰り返し再現できるようになることです。これにより、訓練効率や訓練品質の向上が期待できます。HoloLensでのこのような開発はエアラインでは世界初、また全企業でもアジア初の取り組みであり、今回実際の訓練で必要ないくつかの場面を切り出して開発し、その有効性が確認できました。

 今後はより具体的、現実的な活用に向けて検討を進めていきたいと考えております。

 私たちは常に新鮮で感動していただける価値を創造し、世界で一番お客さまに選ばれ、愛される航空会社になるために、社員一人ひとりがお客さま、社会に誠実に向き合い、そして人とテクロノジが融合した新しい取り組みに世界の航空会社に先駆けてチャレンジし続けて参ります」。

ボーイング 737-800型機のコックピットと787-8のエンジンを再現

 説明会では、JAL内でHoloLensのプロジェクトを主導した商品・サービス企画本部 業務部 業務グループ グループ長の速水孝治氏、同アシスタントマネージャー 澤雄介氏がデモを交えてアプリケーションの説明を行なった。利用者向けサービスを提供する部署の両名であることからもうかがえるとおり、元々は客室向けサービスとしてHoloLensを活用することを検討。このほか全社で横断的に可能性を探った結果、まずは整備と運航乗務員向けの訓練で活用することになったという。

 HoloLensの特徴は、本体自体がコンピュータとなっており、それ単体でグラフィックスの生成から表示まで行なえる点。また、このようなヘッドマウント型でVR(仮想現実)体験を行なうデバイスとしては「Oculus Rift」や「PlayStation VR」、スマホを活用した「Gear VR」などが知られるが、これらはいわゆる没入型(イマーシブ)と呼ばれ、外部の映像を遮断してディスプレイに表示された内容のみが目の前を占有するものとなる。一方で、HoloLensはMicrosoftが「Mixed Reality(ミックスド・リアリティ)」と呼んでいる、半透過ディスプレイによってコンピュータが生成した映像と、目の前の現実世界とを同時に目にできる点も特徴となる。

 このようなHoloLensの企業活用パートナーは、航空会社としては初めてで、国内はもとよりアジアでも初という。説明会に出席した米Microsoft ゼネラルマネージャー Microsoft HoloLens担当のスコット・エリクソン氏は、「Microsoftでは業務変革の手伝いをしている。JALのような企業が、以前はできなかったことをできるようになる。JALは革新的な企業で、新しい技術、草分け的なソリューションにフォーカスしており、HoloLensにとっても理想的なパートナー」と評した。HoloLensは米国とカナダで、開発者向けにすでに出荷を開始している。

日本航空株式会社 商品・サービス企画本部 業務部 業務グループ グループ長 速水孝治氏(左)、日本航空株式会社 商品・サービス企画本部 業務部 業務グループ アシスタントマネージャー 澤雄介氏(右)
米Microsoft Microsoft ゼネラルマネージャー HoloLens担当 スコット・エリクソン氏
エリクソン氏も参加しての記念撮影
HoloLensを装着したところ

 エンジンの整備訓練は、ボーイング 787-8型機のGE Aviation製エンジンを対象としたものとなる。実際のエンジンを見るためには駐機中や整備中などを見計らう必要があるほか、エンジンのカウルを外して内部を見るのは整備中など一部時間帯に限られる。さまざまなアングルから見ようと思えば、先述の植木氏からのメッセージにもあったとおり、エンジンをクレーンで吊るして整備をするような機会でないと難しい。

 HoloLensのアプリケーションでは、3Dホログラムでエンジンを表示。エンジンの3D CGデータは、JALも設計図などを持っていないことから、実際のエンジンの写真を数千枚撮影し、それを3D CGへと作り込んでいったという。

 エンジンは空中に浮いているような状態で表示され、自分でエンジンの向きを変えたり、まわりこんで好きな方向から見たり、エンジンの位置を変えたり、エンジンの大きさを3段階に変えたりといったことができる。特にエンジンの上部を上から見るのは実機でも難しいが、HoloLensではれば容易にエンジン上部のディテールを知ることができる。また、エンジンの要所では詳細な情報を追加で表示することもできる。

澤氏が実際にHoloLensを装着し、エンジン整備、パイロット訓練のアプリケーションをデモ
プログラムをスタートすると、2つの訓練メニューが表示される
ボーイング 787-8型機のエンジン整備のトレーニングプログラム
メニューは画面上に表示されるので視点を合わせて、指で縦につまむようにしてタップする
ポジションメニューを有効時は、視点をエンジンに合わせて、同様に指でつまみ上下左右に動かすとエンジンの表示位置が変わる
ローテーションメニューの有効時は、左右または上下に回転させるバーが表示されるので、バーをつまんで動かせる。バーの左右または上下の切り替えは視点を上下に動かす
エンジンの周囲にまわりこむように自分が動くことで表示位置を変えることもできる
主要部分はより詳細な解説も表示可能。同様に視点を合わせてつまむ

 運航乗務員(パイロット)の訓練については、ボーイング 737-800型機のコックピットを再現したものとなる。先の植木氏のメッセージにもあったとおり、パイロットの初期訓練ではコックピットのスイッチレイアウトなどが書かれた紙を使ってイメージトレーニングに近い自学習を行なっているそうで、これをよりリアルに、かつ体で覚えることができるアプリケーションとなる。

 ボーイング 737-800型機が選ばれたのは、養成初期の訓練に使うことを想定しているため、初期に資格取得を行なうことが多いボーイング 737型機が選ばれたという。もちろん、JALはフライトシミュレータも所有しているが、シミュレータは多くのパイロットがスケジュールに沿って利用するため何度も実施することができない。HoloLensであれば、例えば自宅でもリアルなトレーニングが可能なことから、習熟度を深め、これによって運航の品質向上につなげるのが同社の考えだ。

 デモでは、出発前にエンジンを始動するまでの作業をロールプレイング形式で作成。20分程度のプログラムを実施する。

 エンジン始動にあたっての管制官とのやり取り、コックピットのスイッチの操作などを行なうが、このときにミックスド・リアリティであることから、映像に自分の“手”を重ねて訓練を行なえることがメリットに挙げられた。また、先述の紙を使った訓練とは異なり、正しい手順かどうかも確認しながら行なえるほか、迷ったときはどこを操作すればよいかの指示も表示される。

パイロット訓練のデモ。右側の席に座り、頭を動かして中央のスイッチなどへ視点を移動したり、手でスイッチを操作したりと、体を使ってトレーニングできる
ボーイング 737-800型機のコックピット。次に操作する箇所の案内なども表示され、正しい操作を身につけられる
スタートまでの管制官とのやり取りもプログラムに含まれている
記者も体験

(編集部:谷川 潔/編集部:多和田新也)