井上孝司の「鉄道旅行のヒント」

列車の本当の速さは何で決まる? 表定速度と平均速度の話

普通、列車に乗るのは移動が目的だから、移動にかかる時間は少ない方が好まれる。そして、速い列車といえば新幹線である

 前回は大都市部における所要時間の概算について書いたが、今回はその続きで「鉄道にまつわる速度の話」を書いてみたい。

平均速度と表定速度

 列車のスピードを測る指標というと、えてして最高速度が注目される。しかし、額面上の最高速度の数字だけ高くても、それを発揮できる区間や距離が短ければ、効果は薄い。だから、山形新幹線向けの新型車両E8系では最高速度を320km/hではなく300km/hにとどめて、それによって生じた設計上の余裕を定員増加に振り向けた。速さと輸送力のバランスを取ったわけだ。

山形新幹線向けの新鋭、E8系。ベースとなったE6系よりもノーズが短く、その分だけ定員を増やしている(敷地外から撮影)

 さて。スピードアップの目的とは「総移動時間の短縮」であって、「最高速度の競い合い」ではない。最高速度だけ世界一でも、総移動時間の短縮効果が薄ければ、最高速度の数字は1つの「象徴」でしかなくなる。そこで着目したい指標が、「表定速度」と「平均速度」。どちらも鉄道の業界では頻出する用語だ。距離を時間で割って算出するところは同じだが、この2つは対象が異なる。

 まず、分かりやすいのは「平均速度」。これは、途中に停車駅がない「1つの走行区間」を対象とした数字。山陽新幹線で500系が「のぞみ」として営業運行を開始したときに、「広島~小倉間の所要時間44分、平均速度261.8km」が1997年の世界記録としてギネスブックに載った。東京駅からの実キロは、広島駅が821.2km、小倉駅が1013.2kmだから、差分は192km。そこを44分で走るから、平均速度は「192÷(44÷60)」で計算できる。

 それに対して「表定速度」は、途中駅の停車時間も含む。同じ500系のぞみの数字だが、東京駅からの実キロは新大阪駅が515.4km、博多駅が1069.1kmだから、差分は553.7km。そこを2時間17分で走ったから、表定速度は「553.7÷(137÷60)=242.5km/h」。岡山、広島、小倉の各駅における停車を含むので、上に示した駅間平均速度よりも低い数字になる。

デビュー当初に、全区間の表定速度と駅間平均速度の両方でギネス世界記録を奪取した500系

 1区間だけ利用するなら、どちらでも同じこと。しかし、そうでなければ、「総移動時間の実感」に近いのは、表定速度の方だろう。なお、時刻表に載っている「営業キロ」の数字を使って計算すると、正しい数字が出ないことがあるが、その理由についてはまた別の機会に。

GPS速度測定アプリがなくても速度が分かる?

 ところで、列車に乗っていて、ふと「いま、どれぐらいのスピードで走っているのだろう?」と気になったことはないだろうか。

 以前にHC85系の試乗会レポートを書いたときに、「HC85系は120km/h出せる初のハイブリッド車だと聞いたけれど、実際のところはどうなのだろう?」と気になり、スマートフォン内蔵のGPS受信機を利用した速度測定アプリを試してみた。

HC85系は目下のところ、「国内最速のハイブリッド車」である

 もっとも、そういう文明の利器に頼らなくても、走行速度が分かることもある。その際のヒントが「ジョイント音」。普通、鉄道で使われているレールは「定尺レール」といって、長さは25m。そして、隣接するレールとレールの境界は次の写真のような構造で、少し隙間がある。

定尺レールの継目。左右から継目板で挟んでボルトで固定してある。レールとレールの間に、少し隙間がある

 この上を車輪が転がって通過するときに音が出る。そして、台車は一般的に2軸ボギー、つまり1つの台車に2組の輪軸が付いているので、それが立て続けに継目を通過すると「ダダン」と音がする。連結部を挟んだ2つの台車は間隔が短く、車両の中間を挟むと間隔が長くなるから、ジョイント音は「ダダン、ダダン」の繰り返しとなる。

 では、なぜ隙間があるのか。レールは鉄でできているから、温度変化によって伸縮する。気温が低い冬場はレールが縮むので隙間が広がり、気温が高い夏場はレールが延びるので隙間が狭くなる。年間を通じた伸縮量に合わせて、適切な隙間を設けておく必要があるのだ。

 この継目の間隔が定尺レールの標準どおりに25mなら、ジョイント音の間隔を測ると速度が分かる。1秒間隔なら秒速25m、時速に直せば90km/hである。計算式は「3600÷ジョイント音の間隔(秒数)×25(m)÷1000=速度(km/h)」となる。もっとも、場所によってはレールの長さが25mピタリとは限らないこともあるので、あくまで1つの目安だが。

 なお、沿線で列車の撮影をするときにも、この定尺レールの継目を見つけて数を数えれば、長さを計算できる。25mの定尺レールが4本分なら100mだから、JRの在来線なら5両相当である。

 しかし、ジョイント音が鳴るということは衝撃と振動があるということだ。実際、継目の部分はほかの部分よりも軌道が傷みやすいし、快適性の面からいっても好ましくない。そこで、レールとレールを溶接して継目をなくす場面が多くなった。特に新幹線では、本線上のレールは基本的にこのタイプだ。一部に例外もあるが。

 といっても、全区間を通じて1本のレールにするわけにもいかないので、適宜、境界はある。ただし上の写真にあるような継目ではなくて、レールの片方を斜めに削ぎ、その外側に隣のレールを重ねて、伸縮を吸収できるようにしている。これを伸縮継目というが、隙間はないからジョイント音は鳴らない。

伸縮継目の例。向こう側のレールを斜めに削いで、その外側に手前側のレールを沿わせた構造が分かる