井上孝司の「鉄道旅行のヒント」
列車の本当の速さは何で決まる? 表定速度と平均速度の話
2023年3月1日 06:00
前回は大都市部における所要時間の概算について書いたが、今回はその続きで「鉄道にまつわる速度の話」を書いてみたい。
平均速度と表定速度
列車のスピードを測る指標というと、えてして最高速度が注目される。しかし、額面上の最高速度の数字だけ高くても、それを発揮できる区間や距離が短ければ、効果は薄い。だから、山形新幹線向けの新型車両E8系では最高速度を320km/hではなく300km/hにとどめて、それによって生じた設計上の余裕を定員増加に振り向けた。速さと輸送力のバランスを取ったわけだ。
さて。スピードアップの目的とは「総移動時間の短縮」であって、「最高速度の競い合い」ではない。最高速度だけ世界一でも、総移動時間の短縮効果が薄ければ、最高速度の数字は1つの「象徴」でしかなくなる。そこで着目したい指標が、「表定速度」と「平均速度」。どちらも鉄道の業界では頻出する用語だ。距離を時間で割って算出するところは同じだが、この2つは対象が異なる。
まず、分かりやすいのは「平均速度」。これは、途中に停車駅がない「1つの走行区間」を対象とした数字。山陽新幹線で500系が「のぞみ」として営業運行を開始したときに、「広島~小倉間の所要時間44分、平均速度261.8km」が1997年の世界記録としてギネスブックに載った。東京駅からの実キロは、広島駅が821.2km、小倉駅が1013.2kmだから、差分は192km。そこを44分で走るから、平均速度は「192÷(44÷60)」で計算できる。
それに対して「表定速度」は、途中駅の停車時間も含む。同じ500系のぞみの数字だが、東京駅からの実キロは新大阪駅が515.4km、博多駅が1069.1kmだから、差分は553.7km。そこを2時間17分で走ったから、表定速度は「553.7÷(137÷60)=242.5km/h」。岡山、広島、小倉の各駅における停車を含むので、上に示した駅間平均速度よりも低い数字になる。
1区間だけ利用するなら、どちらでも同じこと。しかし、そうでなければ、「総移動時間の実感」に近いのは、表定速度の方だろう。なお、時刻表に載っている「営業キロ」の数字を使って計算すると、正しい数字が出ないことがあるが、その理由についてはまた別の機会に。
GPS速度測定アプリがなくても速度が分かる?
ところで、列車に乗っていて、ふと「いま、どれぐらいのスピードで走っているのだろう?」と気になったことはないだろうか。
以前にHC85系の試乗会レポートを書いたときに、「HC85系は120km/h出せる初のハイブリッド車だと聞いたけれど、実際のところはどうなのだろう?」と気になり、スマートフォン内蔵のGPS受信機を利用した速度測定アプリを試してみた。
もっとも、そういう文明の利器に頼らなくても、走行速度が分かることもある。その際のヒントが「ジョイント音」。普通、鉄道で使われているレールは「定尺レール」といって、長さは25m。そして、隣接するレールとレールの境界は次の写真のような構造で、少し隙間がある。
この上を車輪が転がって通過するときに音が出る。そして、台車は一般的に2軸ボギー、つまり1つの台車に2組の輪軸が付いているので、それが立て続けに継目を通過すると「ダダン」と音がする。連結部を挟んだ2つの台車は間隔が短く、車両の中間を挟むと間隔が長くなるから、ジョイント音は「ダダン、ダダン」の繰り返しとなる。
では、なぜ隙間があるのか。レールは鉄でできているから、温度変化によって伸縮する。気温が低い冬場はレールが縮むので隙間が広がり、気温が高い夏場はレールが延びるので隙間が狭くなる。年間を通じた伸縮量に合わせて、適切な隙間を設けておく必要があるのだ。
この継目の間隔が定尺レールの標準どおりに25mなら、ジョイント音の間隔を測ると速度が分かる。1秒間隔なら秒速25m、時速に直せば90km/hである。計算式は「3600÷ジョイント音の間隔(秒数)×25(m)÷1000=速度(km/h)」となる。もっとも、場所によってはレールの長さが25mピタリとは限らないこともあるので、あくまで1つの目安だが。
なお、沿線で列車の撮影をするときにも、この定尺レールの継目を見つけて数を数えれば、長さを計算できる。25mの定尺レールが4本分なら100mだから、JRの在来線なら5両相当である。
しかし、ジョイント音が鳴るということは衝撃と振動があるということだ。実際、継目の部分はほかの部分よりも軌道が傷みやすいし、快適性の面からいっても好ましくない。そこで、レールとレールを溶接して継目をなくす場面が多くなった。特に新幹線では、本線上のレールは基本的にこのタイプだ。一部に例外もあるが。
といっても、全区間を通じて1本のレールにするわけにもいかないので、適宜、境界はある。ただし上の写真にあるような継目ではなくて、レールの片方を斜めに削ぎ、その外側に隣のレールを重ねて、伸縮を吸収できるようにしている。これを伸縮継目というが、隙間はないからジョイント音は鳴らない。