荒木麻美のパリ生活
日本人の職人も活躍中。「古代小麦」100%のパンがより買いやすく
2024年2月17日 08:00
以前、中世ドイツに実在した修道女・ヒルデガルドが勧めた食べ物の一つ、原種のスペルト小麦について書きました。その後もできるだけ原種のスペルト小麦を食べ続けているのですが、ここ数年はスペルト小麦も含めた「古代小麦」100%のパンを扱うお店がとても増えました。
そんなパン屋の一つ、「Pane Vivo」(20 Rue Albert Thomas, 75010 Paris)では日本人の職人、島貫葉子さんが働いています。今回島貫さんのご好意で、パリ10区にある工房を見学させていただきました。小さな工房内では、4~5人の職人さんたちがわきあいあいと働いています。
食欲をそそる香りでいっぱいの工房内ではプレーン、イチジク入り、オリーブ入り、チョコチップ入りのパンなどがどんどん焼きあがっていきます。とにかくどれもとても美味しそう!
日本にいたころの島貫さんは、大学でフランス文学の研究者だったというから驚きです。パンが好きだ、生きている間にやりたいことをやろうという強い思いから一念発起し、30代で渡仏、未経験からパン職人としてのキャリアを積んできました。
Pane Vivoに来る前は別のパン屋で働いていましたが、パリのほれ込んだパンの一つを作っているPane Vivoに履歴書を送ってみたところ見事採用。2年前からPane Vivoで働いています。深夜2時から朝の9時くらいまでの勤務だそうで、肉体的にきつそうだなと思うのですが、「心から美味しいと思うパンを焼けて、とっても幸せです!」と笑顔で言っていたのが印象的でした。
そんな島貫さんがほれ込んだパンを作っているPane Vivoのオーナーは、アドリアーノ・ファラーノさんです。工房を訪ねた日は残念ながら不在でしたが、アドリアーノさんもキャリアチェンジでジャーナリストからパン職人に転身しました。自身の著書「Je ne mangerai pas de ce pain-l?(私はそんなパンは食べない)」という本を出したほど、パンの質に強いこだわりがあります。
工房で使っているシチリア産の古代小麦粉は、数年かけて大規模な調査をして選び抜いたもの。これだけがアドリアーノさんにとって完全に満足のいくものだったのです。小麦は石臼で製粉しているため、美味しく栄養価も高いです。独自に調査したところ、例えば赤身肉とほぼ同量の鉄分が含まれていました。食後の血液検査の結果では、GI値(血糖値の上昇を示す指標)も低かったそうです。
発酵にはイタリアで分けてもらった130年ほど前のサワードウを使っています。短時間で発酵するイーストと違い、このサワードウを使うことで、風味はもちろん、消化を助けます。
焼きあがったパンは、布に包んでおけば1週間は常温で可能です。実際わたしも昨夏、キッチンの涼しいところで1週間保存してみましたが、カビが生えることもなく、最後まで美味しかったです。
こんなよいところばかりの古代小麦ですが、問題は収穫量が少ないこと。1ヘクタール当たりの収量が現代の小麦の5分の1と低いのです。石臼で引くため製粉に時間もかかります。そのためPane Vivoに限りませんが、古代小麦粉のパンは高価です。
「緑の革命」(1940年代から1960年代ごろに行なわれた、穀物の多収穫品種開発をはじめとする農業技術の革新)によって小麦の大量生産が可能になったことで、需要をまかなうことができているのは素晴らしいことなのですが、小麦のグルテンによるトラブルが起きやすくなっているのは実感します。それぞれができる範囲で、自身の体質と予算に合ったベストな選択をするしかないのでしょう。
話は島貫さんに戻り、日本に帰って昔の知り合いに会うと「無謀な挑戦だと思ったけれど、今の方が幸せそう」と言われることがあるとか。私からの「パリにある、島貫さんの好きなパン屋さんはどこですか?」という質問にもすぐに10軒ほどのリストをくれ、ここのパンはこうでああだから美味しい、とパンに対する詳細かつ熱い思いをキラキラと話す様子を見ていると、「好きなことを追求する人生ほど素晴らしいものはないなぁ」と心から思わせてくれます。
Pane Vivoのパンは直営店、マルシェ、通販、パリ市内および近郊の提携店を通しても買えます。島貫さんたちが誇りと愛情を込めて作っているパン、機会があればぜひ一度食べてみてくださいね!