旅レポ
JR東日本のハイグレード車両「なごみ」に乗って那須塩原への鉄旅を楽しんだ
日本旅行が販売した「『なごみ』で訪ねる『なすしお玉手箱号』那須塩原の旅」に参加
(2016/1/28 00:00)
ある日、納品する写真の現像などを自宅でしていると編集部から電話がかかってきた。曰く「“なごみ”に乗りませんか?」と。この「旅レポ」では筆者に関わらず定番的なイントロになってしまうけれど、実際、そうなんだから仕方がない。で、しっかり話を聞いてみれば、日本旅行が1月6日に募集を開始した、1月23日出発の「JRハイグレード車両『なごみ』で訪ねる『なすしお玉手箱号』那須塩原の旅」に参加してレポートを書いてほしいというのだ。
もともと“鉄ちゃん”(鉄道ファン)だっただけに、電車に乗るのは今でも大好きだし、なごみの名前ぐらいは知っている。「はいよっ!」と二つ返事(一つか)でOK。「で、いつよ?」と聞いてみれば「明後日」とのこと。「おいおい」と今度こそ二つ返事で突っ込みを入れたのだった。それはさておき、“鉄の現場”からは長らく離れていたため、JR東日本のサイトでちょっとだけ事前に知識を仕入れておいた。
E655系電車「なごみ(和)」のデビューは2007年。「ジョイフルトレイン」と呼ばれる臨時列車や団体列車で使用され、「従来にないハイグレードな客室構成、機能、内装とし、バリアフリーも充実した魅力的な車両(JR東日本サイトより)」とのこと。列車は5両編成で全車両グリーン車扱い、座席は1+2席の横3列と、なんとも贅沢なレイアウトになっている。車両のフォルムは「ひたち」などに使用されているE657系電車に似た雰囲気ながら、ダークブラウンのようにもパープルのようにも見える、マジョーラっぽいボディーカラーが高級なムードを漂わせていてなんとも斬新だ。さらに調べてみると、なごみに乗車するツアーはたま~に募集されているものの頻度は少なく、乗ることができる機会はかなり限定されている模様。電車という大量輸送を行なうシステムの一員ながら、“限定モノ”っぽい存在なワケだ。これは乗るのが楽しみになってきた!
出発当日、1月23日の集合場所は上野駅。ツアーというとあふれんばかりの大人数的なイメージがあるけれど、なごみの場合、前述したようなハイグレードな車両のため、フルに乗ってもわずか100名あまり。人数がまとまった時点でホームに案内されていることもあって、受付は拍子抜けするほどスムーズ。ツアー用のタグをもらってすぐにホームへと行くことができた。
この日、なごみが到着、出発するホームは13番線。山手線などが発着する高架ホームと違い、この地平ホームは北へと続くレールだけが延びる行き止まりの櫛形構造。かつて(といっても数年ほどだけど)は寝台特急「北斗星」なんかが利用していた由緒ある(!?)ホームで、旅情感満点。まぁ、写真を撮る面からすると、暗くてキビシイわけだけれども、「旅に出る」って雰囲気は盛り上がる。
8時53分発の宇都宮行きが出発していくと、次はいよいよなごみの登場だ。ツアー参加者以外にもカメラを持つファンが集まり始めるとともに、「フラッシュを使用しての撮影はご遠慮ください」なんてアナウンスが流れ、ホームに緊張感が高まってゆく。8時57分、ダークブラウンというかほとんど真っ黒に見える車両がゆっくりと入線してくると、ホームにはシャッターの音だけが響く。自分が現役鉄だったうん十年前はコンパクトカメラが主流だったこともあって、無遠慮にフラッシュが炊かれていたけれど、今はそんなこともなく整然とした感じだ。
【お詫びと訂正】初出時、隣のホームから出発した特急名に誤りがありました。正しくは「草津31号」となります。お詫びして訂正いたします。
なごみの編成は青森側から5-4-3-2-1号車の順。シートは海側が2名掛け、山側が1名掛けの配置になっている。出発時刻は9時4分とあまり時間がないため、一通り列車を眺めてから指定された2号車の「11A」席へ。なごみは通常、1+2席のレイアウトになっているけれど、この2号車11列は車端部にあるため1+1席配置になっている。取材で動きまわる身にとってはとても都合のよい場所だ。ちなみに参加者の座席は、グループごとに乗車前のくじ引きで決められていた。1名参加の場合はおおむね1名掛けの席が割り当てられており、グループに混ざって肩身の狭い思いをするなんてことはなかったようだ。
航空機のような収納にバッグを押し込んでいると、ふっと車内が明るくなった。いつの間にか発車して地下から地上へと出ていたようだ。ポイントなどを通過すると揺れは感じるものの、加減速による前後方向のショックはほとんどなく、モーターの唸る音やレール継ぎ目でのジョイント音、空調などの騒音はかなり低く抑えられている。通勤型はもちろん、在来特急とも明らかに異なり、いかにもハイグレード車両といった感じ。一人で「いいぞ、いいぞ~」と盛り上がる。
シートはゆったりとした幅を持ち、背もたれとフットレストを電動で調整できる。右のアームレストにはタッチパネル液晶を備えた情報端末、左にはテーブルが納められている。情報端末では車内販売の注文(この日は稼働していなかったが)やミニゲーム、ビデオや音楽を楽しむことができる。特にうれしいのは運転席からの前方展望を見られること。あまり解像度が高くないのがちょっと残念なところだけれども、リアルタイムに臨場感のある映像が楽しめるのは最高だ。テーブルは小さめでお弁当を乗せるとほぼ一杯。ノートPCはちょっとキビシイ感じがするものの、この車内で仕事をする人はいないだろうから、十分な広さといったところ。
そうこうしているうちに車内では、那須塩原周辺の味を詰め込んだオードブル「なすしお玉手箱」が配られたり、タレントの「なすび」さん(「なす」つながりらしい)によるクイズ大会が開かれたりと、イベントが進んでいく。車窓の景色は背が高いビルが立ち並ぶ街が姿を消し、住宅地や畑が多くなってくる。東北本線の有名撮影ポイント「東大宮~蓮田間」などには、なごみを待ち構える多くのファンの姿があった。
ちょっと車内が落ち着いたところで、今回の旅を企画した「なすてつ(栃木東北トラベルプロジェクト)」代表の小島好己氏に話を聞くことができた。同プロジェクトは鉄道を核に栃木東北地域の振興を図ろうとするもので、過去にはビール列車の運転を企画したりもしている。
今回の「なすしお玉手箱」号は、2015年に那須塩原市が誕生10周年を迎えることを記念したもので、ずっと暖めてきたものだという。ただ、なごみの使用許可に時間がかかったこともあり、この日の催行となったそうだ。今後、3月にまたビール列車の運転を企画しているという。興味がある人はチェックしてみるとよいだろう。
そうしている間にも列車はゆっくりとしたスピードで北に進んでいく。若干の横揺れはあるものの、とても快適だ。周囲にビルの姿が増えはじめ、10時45分、宇都宮駅に到着。もちろん客扱いはないので運転停車だ。ここまで妙にゆっくり走っているなと思っていたけれど、道中、先発した普通列車(533M)を追い抜くことなく、出発時とほぼ同じ時間差のまま。あちらは各駅停車、こちらは通過なので、ゆっくり走っていたのも道理だ。急ぐ旅ではないし、その方がなごみの旅を長く楽しめるのだから、不満どころかありがたいぐらい。それはさておき、宇都宮駅のホーム上にもカメラを構えたファンが大勢。ある雑誌で事前にダイヤが公表されていたそうだけれど、普段は撮る方なので撮られる側にまわるのはちょっと新鮮だ。もっとも自分が撮られているわけじゃないけれど。
この頃、車内ではなごみ車内限定販売のタオルやネクタイピン、USBメモリ(こちらは通信販売で購入可能)などの記念グッズの販売が行なわれていた。なかには早々に売り切れるアイテムもあるなど大盛況。
遠くに雪を頂いた塩原の山々が望めるようになってくると目的地はもう間近。間もなく東北新幹線の高架が寄り添ってきて11時35分、那須塩原駅に到着。上野から2時間半、長いようであっという間のなごみ乗車が終了となった。ホームでは那須塩原市のゆるキャラ「みるひぃ」や地元観光協会の方々など、多くの人々によるお出迎え。こちらとしては「ただ列車に乗ってきただけなのに」と、気恥ずかしくもありうれしくもあり、こそばゆいような複雑な心境になった。
【お詫びと訂正】初出時、写真の説明で、いたむろ温泉郷の女将さんとしていましたが、正しくは塩原温泉郷の女将さんとなります。お詫びして訂正いたします。
「列車に乗る」ことが目的のツアーだと、ここからはトンボ帰りってパターンが多いが、今回はこの先に観光が用意されているのが、このツアーの面白いところ。
改札を抜けると参加者に地元、那須塩原市にある「那須 千本松牧場」の牛乳が配られ、ここでも歓迎のセレモニーが行なわれた。この場が初公務になるという那須塩原市長 君島寛氏は、那須塩原市は自然に恵まれており温泉やアウトレット等の施設を有すること、本州では生乳の生産量が一番多いことを挙げ「大変美味しい牛乳ですので味わってほしい」とアピール。続いて那須塩原駅長が「条例で決まっている(笑)」と、先ほど配られた牛乳による乾杯の音頭をとった。
ここからはバスでの移動となるが、ツアーは「温泉、美術館、アウトレットコース」と「鉄分お楽しみコース」に分かれる。筆者はもちろん後者に参加。ちなみにバスの台数は前者が1台、後者が2台と鉄分を補給したい人が多めのようだった。
鉄分ツアー、最初の行き先は昼食会場となる「レストラン蒸気機関車」。高原らしい風景に突如として現れるレストラン前には、EF58型電気機関車の先頭部や0系新幹線の巨大アートなどが展示され、ちょっと異質な空間となっている。店内に一歩足を踏み入れると目の前に1/5スケールのD51蒸気機関車が鎮座。食事を注文すると座席前まで運んできてくれるという趣向だ。
メニューは鉄板焼きを中心としたもので、今回、ツアー客向けに用意されたのは「トントン焼定食」と「焼きそば」の組み合わせ。トントン焼定食は地元「那須郡司豚」のロース180gとキャベツなどの野菜がタップリでボリューム満点。懐かしいプラ容器入のお茶も用意される心配りもあって大満足だ。同店を経営する横山グループのCEO 横山氏によればオープンして40年あまり、コンセプトや料金は変わっていないとのこと。鉄道好きならずとも楽しめるレストランで、ファミリーで訪れるにもよさそうだ。
お腹を満足させた後は「那須りんどう湖レイクビュー」へ。ここでのお目当ては場内を走るアプト式の「スイス鉄道」だ。アプト式とは急勾配をクリアするために考案されたもので、レールに設けられたラックと車両側のピニオンをかみ合わせる構造。日本国内では大井川鐵道 井川線(静岡県)で採用されているほか、過去には碓氷峠を走る信越本線でも使われていたことがあるものの、乗るのも見るのもあまり体験できない珍しい鉄道といえる。通常、冬期は1日3回しか運行されないが、この日はツアーのために2両が用意され、随時運転となる大サービスでのお出迎え。滞在時間が1時間ほど用意されていたこともあって、ゆっくり写真を撮りつつスイス鉄道を堪能することができた。
その後、ちょっと時間が余ったので、名物のソフトクリームに挑戦。ジャージー牛乳を使ったソフトクリームはチーズケーキのような風味の濃厚な味わいで、真冬の寒さの中でもその美味しさを実感。鉄分とともにカロリーも補給して満たされた気分になった。
最後のポイントは東北自動車道の黒磯板室IC(インターチェンジ)近くにある「那須ガーデンアウトレット」。ここで那須塩原駅で別れた「温泉、美術館、アウトレットコース」ツアーの人達と合流、鉄分がない場所のためか滞在時間は40分ほどと短かったものの、買い物やお茶を楽しむことができた。ここから那須塩原駅までは無料の送迎バスが用意されており、買い物の時間を増やしたい人はここで解散もOK。粋な計らいだ。
16時30分過ぎにバス3台が連なって出発、ほどなく那須塩原駅に到着、現地での解散となった。多くのツアーは出発地と到着地が同じであることが多く、こういったパターンは珍しい。が、参加者は電車に乗ることや切符を買うことに面倒くささを感じない層だから、これもまたプラス要素と言えるかも。ほとんどは東京方面に向かう東北新幹線に乗車するようだったが、なかにはこのまま北に向かい北海道に行くなんて人も。余談ながら筆者は宇都宮で新幹線を途中下車、餃子に舌鼓を打ちつつ在来線でのんびりと自宅まで帰った。ツアーと言いつつも自由度が高いのはうれしい。冬の一日を鉄道づくしで満喫した。
日本旅行では「鉄道プロジェクト」と銘打って、ファン向けのツアー企画を年間40~50件ほど催行している。このプロジェクトの担当者は鉄道好きばかりで、“鉄ちゃん”が喜ぶツボを心得ているのがミソ。「旅行会社のノウハウ」と「鉄ちゃんのノウハウ」がギュッと詰まっているから、リピーターが多いというハナシも頷ける。
実は今回のツアー、鉄道ファンで知られる向谷実さんや、ある鉄道会社の社長さんなど、そうそうたるメンバーが一般のファンに混じって参加していた。プライベートだと言うことで申し訳なく思いつつも向谷さんにコメントを求めたところ「(自分は)旅行を企画する側でもあるけれど、(今回のツアーも)鉄道好きの人が企画しているのでとても楽しかった。知らない人と旅をするのもよいですね」と答えてくれた。
こうしたツアーは店頭での販売はほとんどなく、主にネットでの販売になるそうだけれども、今回のツアーは1月6日に募集を開始して1月11日には満席となっているほど。知る人ぞ知る人気のツアーなのだ。気になる人は同社のWebサイトやFacebookなどをマメにチェックしよう。