旅レポ
酒蔵巡りに瀬戸内海サイクリング、東広島の名所を巡るツアー(前編)
秋は飲んだくれ? 10月の「酒まつり」を控える酒蔵通りで日本酒と美酒鍋を味わう
(2015/9/24 00:00)
「平日の昼間から酒」というのは、いろんなことに疲れた社会人にとって夢のようなシチュエーションだ。といっても、筆者は1週間か2週間に1度、せいぜい自宅で一杯やるかやらないか、という程度で、“酒飲み”の類いではない。が、日本酒は好き。特に秋田の「飛良泉」が好みである。
そんな筆者が、県内の酒造りや観光スポット、名所を広く知ってもらうために広島県が行なった報道陣向けツアーに参加した。1日目に酒蔵巡り、2日目に瀬戸内海に浮かぶ生口島(いくちじま)散策と、しまなみ海道のサイクリングというスケジュールが組まれた。今回は1日目の酒蔵巡りについてレポートしたい。
東広島といえば、実は「酒」
広島といえばプロ野球の広島東洋カープと、もみじまんじゅうと、原爆ドームくらいしか頭に浮かばなかった自分にとって、日本酒の名醸地を抱えているというのは完全に初耳だった。場所は東広島市西条。現在の山陽本線のJR西条駅南側一帯には、江戸時代もしくは明治時代から始まったと言われる「西条酒」造りの名残がそこかしこに見受けられ、歴史的な建物や酒蔵が点在している。
一般によく知られる銘水地、というわけでもなさそうだが、なぜここで酒造りが盛んに行なわれたのか。聞くところによると、西条の北側に峰を連ねる「賀茂山系」に降り注いだ雨が、30~40年もの歳月をかけて伏流水となって西条付近の地下に流れ込み、酒造りに適した水として湧き出ているのだという。
また、県北部が酒米に適した山田錦などの産地である米作地帯で、さらに明治になって当時の山陽鉄道が開通したことも重なり、関西を中心に販路を広げやすくなったことも、酒造りの機運をいっそう高める要因となったようだ。その後は大正時代に西条酒が全国清酒品評会で上位を独占するなど、品質を高く評価する動きもあって、名醸地としての地位を確立していったという。
そんなわけで西条には、「酒」つまり日本酒を専門に造る酒蔵が集まっており、一帯は「酒蔵通り」とも呼ばれている。ただし、昨今の需要の低下もあって、現在残されている酒蔵はわずか8つ。それでも国内有数の日本酒の産地として、毎年10月上旬に「酒まつり」という恒例行事を開催している。2015年は10月10日と11日、ここ西条の酒蔵がある一帯で行なわれる。
西条はもちろん全国の酒も飲める、10月10、11日の「酒まつり」
「酒まつり」は1990年から開催され、今年で26回目を迎える。かつては地域のお祭り的な色合いが濃く、地元民らが楽しむせいぜい数万人規模のイベントだったようだが、年々来場者が増え続け、2014年は推計25万人を超える来場者があったとのこと。そのうち9割が県内からの参加とのことだが、残り1割の2万人以上は県外からというわけで、知名度は徐々に全国へ広がっているようだ。
「酒まつり」では、各酒蔵を会場に、そこで造られた多数の銘柄の有料試飲会と販売会が行なわれるほか、全国の酒蔵から取り寄せた1000銘柄以上の日本酒を飲み比べるコーナーも設けられる。かといって大人のためだけの祭りというわけでは決してなく、中高生ら子供たちの参加者も多いとのこと。2014年はお酒を原料にしたスイーツの販売、出店、人気キャラクターのショー、各種グッズやお土産の販売も行なわれており、1人で、カップルで、家族で日本酒を全力で楽しめる祭りとなっている。
残念ながら、9月時点ですでに付近の宿泊施設が軒並み満室状態となっているようで、泊まりがけで参加したい場合は少し遠くにある宿泊施設を探す必要がありそう。しかし、西条や全国の日本酒をとことん味わえる酒まつりは、他の地域にはない魅力あふれるイベントに違いない。
酒蔵での試飲、「旨口」が文字通りうますぎる
10月は酒まつりが目玉となる西条だが、平常時は各酒蔵の見学や試飲などができるようにもなっていて、酒まつり以外でも見どころ、味わいどころは多い。今回のツアーでは8つある酒蔵のうち、全国的にも有名な「賀茂鶴酒造」に加え、「賀茂泉酒造」と「福美人酒造」という3つの酒蔵にお邪魔させていただいた。
賀茂鶴酒造は、江戸初期から醸造業を始め、全国で初めて吟醸酒を造ったともされる歴史ある酒蔵。来日したオバマ大統領に安倍首相が銀座でお酌した「特製ゴールド賀茂鶴」の製造元もこの賀茂鶴だ。賀茂鶴は西条に3つの酒蔵を持っているが、吟醸酒、大吟醸酒、レギュラー酒といったように、主にクラスで酒蔵を分けている。見学したのはこのうち吟醸酒を造っている蔵だ。
賀茂鶴での日本酒の作り方の流れを簡単に説明するとこうだ。精米歩合32%程度にまで削り込んで小さな丸い粒状になった酒米を、日本で最大とされる3トンもの米を一度に蒸すことができる「甑(こしき)」を使って炊き上げる。その蒸し米から麹や酒母を作り、酵母などを加えて金属製のタンクで仕込み、発酵させて“もろみ”とし、しぼり、ろ過、火入れ(殺菌)、瓶詰めなどを経て出荷されることになる。
この一連の作業は、酒造りのシーズンである11月から4月頃にかけて4回ほど繰り返される。冬の間に酒造り、いわゆる「寒造り」が行なわれるのは、酒造りに最も重要となる温度管理が夏場は困難となるため。夏場は雑菌も繁殖しやすく、品質を保つのが難しい。今も杜氏(とうじ。その蔵の酒造りの最高責任者)や蔵人(くらびと。酒造りに携わる職人)の間では、強い菌をもつ納豆を食べるのは避けがちというくらいだから、温度と菌に敏感な日本酒造りは、やはり冬が最適というわけだ。
賀茂鶴では、現在も伝統的な作り方を続けているのも特徴だ。仕込み樽(金属製タンク)などで自動的にもろみの温度管理ができる仕組みを取り入れてはいるが、実際にどのように調整するかは、発酵する音と香りなど、杜氏らが耳や鼻で得られた感覚や直感が決め手になる。もちろん出来上がりの品質を判断するのも杜氏らの舌による。日本酒には「甘口」「辛口」といった味わいの違いがあるが、賀茂鶴の場合はそのどれでもない、「旨口(うまくち)」を1つの価値基準においているという。
賀茂泉酒造でも内部を案内していただいたが、建物や仕込み樽がやや新しく見えたこともあって、やや近代的な作り方をしている印象を受けた。しかし、実際にはやはり杜氏らの感覚をもとに酒造りをしているとのことで、仕込み手順なども当然変わらない。精米歩合が最小で35%以上を目安としていることや、4トン仕込みと1トン仕込みの仕込み樽を並べ、サイズの違いでクラスの異なる酒を造っている点などに違いがある。着色料を使わず酵母の工夫などでピンク色に仕上げた、女性も飲みやすいユニークな日本酒「COKUN」を開発するなど、技術力も高い。
賀茂鶴、賀茂泉、そして日本で初めて株式会社化した酒蔵と言われる福美人のいずれも、場内の見学や試飲ができるようになっている。冬に入ってしまうと酒蔵周辺が独特の緊張感に包まれるものと思われるが、東広島市の西条近辺を通りかかった時は、ぜひ酒蔵巡りをして楽しみたいところ。
筆者は3カ所の酒蔵でおそらく10杯以上試飲してしまい、昼食に案内された賀茂鶴経営の和洋食レストラン「仏蘭西屋」では、賀茂鶴の酒で香り付けしたあっさり味のすき焼き「美酒鍋」に酔った(比喩)。皆さんも、うまいからといって飲み過ぎてへべれけになってしまわないよう、くれぐれも注意してほしい。
次回の後編では、瀬戸内の生口島に建立された耕三寺と、サイクリストの聖地としても名高いしまなみ海道の模様をお届けしたい。