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全線再開・くま川鉄道の真横に「寝台特急はやぶさ」ブルートレインの宿。なぜここに?

ブルートレインたらぎ

 ホンモノのブルートレインがここにある理由、それは「列車ホテルとして活用されている」から。くま川鉄道・多良木駅の至近距離にある宿泊施設「ブルートレインたらぎ」(熊本県熊本県球磨郡多良木町多良木1534-2)は、2009年3月まで寝台特急「はやぶさ」として、東京駅~熊本駅間を走っていた車両(客車)などを、そのまま簡易宿泊施設として活用している。

 ただ、ブルートレインはくま鉄でも、前身の国鉄湯前線でも運行されたことはない。にも関わらず、熊本駅から80km以上も離れた多良木町に、なぜこの客車があるのか。

ソロ車内。まごうことなき、本物のブルートレインだ

「富士・はやぶさ」だけじゃない!

 ブルートレインたらぎとして使用されている3両の客車は、東京~九州各方面を駆け巡っていた寝台特急の客車を一部改造したうえで、宿泊施設として使用している。宿泊された方は、どのような過ごし方・楽しみ方をしているのか? ちょっと覗いてみよう。

客室の通路。「こんなに狭かったのか!」と驚く

1号車(多良木駅寄り)スハネフ14-3

 この車両は、リーズナブルなブルートレインでよく見かけた「開放型4ベットタイプ」。左右1ユニットに上下2段ベッド、1区画に4台を備えている。隣のベッドとの距離は近く、友達同士や家族など大人数での利用も多いという。

 また部活合宿での利用もあり、消灯後もヒソヒソ話にいそしんだり、ものめずらしい上段ベッドへの梯子を意味もなく昇降し続けたりするという。よく宿泊される方によると「子供や若い世代ほど、知らないはずのブルートレインを目の前にしてテンションが上昇しているのを見かける」そうだ。

1両目のスハネフ14-3(開放型4ベットタイプ)

3号車(人吉駅寄り)オハネ15-2003

 こちらは現役時代に「B寝台個室『ソロ』」として販売していた、ちょっとしたホテルのような個室だ。

 隣のベッドと近くて密なイメージのブルートレインとは一線を画し、専用の冷暖房や手元の読書灯、アラームなどを完備。1989年のデビューから「プレミアムなブルートレイン客室」として寝台列車のイメージ向上に大いに役立ったものの、1両で16室しかないこともあって、末期には「ゼロ打ち」(発売後すぐに完売)もめずらしくないほどに人気があった。

 横になるスペースのモケットは、あまり見ない鮮やかなデザインだ。さらに専用の小さな机もあり、静寂な空間のなかでPCを置けば、そこはもうコワーキングスペースのようなもの。実際に、多拠点生活の際に定額で宿泊場所を提供するサービス「ADDress」でも登録があり、かなりの人々がワーケーション(旅行先などでのデスクワーク)に使用しているそうだ。なお、5~6回は宿泊した筆者も、深夜から朝方にかけて車内でどれだけ記事を執筆したか分からない。

「ソロ」室内。プライベート空間を保っている
枕元の操作パネル。現在は使用されておらず、新しい設備を別に設置している

2号車 オハネ15-6 共用スペース

 こちらは現役時代に早岐・向日町・熊本・長崎などの運転所を点々としたうえで、九州方面の寝台列車「あかつき」「さくら」「富士」などに併結されていた。廃車後は、もともと設置していた2段ベッドの寝台を撤去のうえで、ブルートレインたらぎでは宿泊手続きを行なうフロントや共有スペースとして活用している。

 近所にはファミリーマートなどのコンビニもあり、クルマやバイクならスーパーも何軒かある。食事は提供していないため、事前購入で持ち込んでこのスペースで食べるのもよいだろう。

2号車は、現役当時の名残は窓と照明くらいしかない

いったん外に出ると……

 車両側面の幕は「特急はやぶさ 東京 FOR TOKYO」表示で固定され、多良木方面の先頭には「はやぶさ」のイラスト幕が掲げられている。もちろん、かつてブルートレインとして東京~九州間を駆け巡っていたころと、ほとんど同じままだ。

 アクセスとしては目の前の多良木駅からでもよいが列車の本数は少なく、無料駐車場にクルマやバイクを停めて宿泊する人々も多い。施設内に入浴設備はないが、目の前にある町営の温浴施設「えびすの湯」の無料券を1枚もらえるので、食後に熊本のご当地牛乳「らくのうマザーズ」を買って飲み干し、広い畳敷きの休憩室でくつろぐのもよい。

 トイレは別の建物を横付けで建設しており、かなり広々としている。車両やカーペットも改装しているので、ブルートレインとしての現役当時より快適では? そう感じさせてくれる宿泊施設が、3000円台前半で宿泊できるとあっては「コスパがよい!」と宿泊する鉄道ファン以外の人々が多いのも納得だ。

奥がくま川鉄道・多良木駅 始発列車が通過する
寝台特急「はやぶさ」イラスト幕

多良木町「普通の安いホテルが欲しかった」

 では、宿泊施設ブルートレインたらぎはなぜ多良木町に誕生したのか? それは、全国各地の鉄道ファン・マニアのために、貴重な車両の保存を兼ねて買い取った……だけではない。多良木町は「普通のホテル・宿泊施設が欲しい!」との意図を持っていたのだ。

 球磨地方の中心都市としてビジネスホテル・観光ホテルが林立する人吉市と違って、20kmほど西側にある多良木町は普通の住宅街であり、街にあったのは定員13名のビジネスホテルと農家民宿が3軒のみ。これでは観光客だけでなく、公共工事で訪れた関係者すら宿泊できない。

 さらに、町武道館・陸上競技場・体育館などもあって県内各地からのスポーツ合宿が多いにも関わらず、宿泊施設の少なさから、他地域との合宿誘致に負けてしまうこともあったのだとか。近隣の錦町・湯前町にも温泉旅館などしかなく、“大人数が手軽に、リーズナブルに泊まれる施設”を多良木町は必要としていたのだ。そこに、2009年の寝台特急「富士・はやぶさ」廃止が重なり、「走るホテル」と呼ばれるブルートレインをそのままホテルにするという構想が持ち上がった。

 当時は夜行列車の急激な衰退とともに各地のブルートレインが運行終了に至っており、多良木町の近隣にある鹿児島県阿久根市でも寝台特急「なは」客車を転用にしたライダーハウス「あくねツーリングSTAYtion」が開業したばかり(2014年ごろ閉鎖。車両は香川県「オハネフの宿」へ)。鉄道ファンがくま川鉄道に乗車して、全国から来訪してくれるだろうという「普通のホテル+鉄道ファンの聖地」の両輪での収益獲得を、多良木町は見据えていたのだ。

 そして、町内でも「この定員のホテルを1軒立てるより、どう考えても安くつく」「多良木駅の裏にある木材積下用の貨物ヤードが細長く、客車3両を置くのにちょうど」という好都合な理由もあった。客車を258万円という格安価格で取得できたこともあり、多良木町はいよいよ「ブルートレインホテル」開設に向けて動き出す。

熊本~多良木「はやぶさ」客車大移送劇!

 残る難関は、車両の移送のみ。熊本の車両基地からJR人吉駅まで鹿児島本線・肥薩線で回送し、トレーラーに乗せ換えて深夜・早朝だけ走行し、3日間もかけて多良木町に到着。移送費用に約1100万円、宿泊施設としての改装に約4300万円をかけたブルートレインたらぎは2010年7月1日に開業を果たす。

 しかし、開業後の誤算は……「地元愛」「熊本愛」であった。通常の宿泊客や鉄道ファンだけでなく、首都圏への交通手段として長らく愛用されてきた「はやぶさ」を惜しむ熊本県内からの利用は、全体のうち半分近くを占めたという。いわば、両輪の需要を見据えていたブルートレインたらぎは、蓋を開けてみれば「通常の宿泊客+鉄道ファン+地元のはやぶさファン」の三輪に支えられ、予想外の集客をキープできたのだ。

くま川鉄道車両。2026年9月に全線再開を果たしたばかり

コロナ禍を乗り越えて。「ブルートレインの宿」のいま

 そんなブルートレインたらぎも、コロナ禍やくま川鉄道の長期運休など、想定外の事態に次から次へと見舞われた。特にコロナ禍では部活動の合宿・旅行客ともにキャンセルが相次ぎ、緊急事態宣言もあって一時休業を余儀なくされた。

 その後、外壁塗装の青色を保つための「国鉄20号塗料」の再塗装やパーティション設置などの衛生対策もあり、営業を再開。2024年には「累積宿泊者4万人」を達成している。

 なお全国にはほかにも「小坂鉄道レールパーク」(秋田県。旧「あけぼの」A寝台シングルデラックスなど)、「北斗星スクエア」(北海道。旧「北斗星」B寝台など)、「オハネフの宿」(香川県。旧「なは」「瀬戸」B寝台・デュエット)など、数々のブルートレインホテルが営業している。

 今年7月に発生した「令和8年熊本地震」からの復興を目指す熊本県では数々の旅費補助などもあり、いちど多良木に足を運ばれてはいかがだろうか。駐車場もバイク停車スペースもあるが、ここは全線再開したばかりのくま川鉄道で行くのが望ましい。