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JR九州子会社「クイーンビートル」第三者委の報告書から読み解く。なぜ「いたちごっこ不正」は起きたか

日韓の国際航路クイーンビートルで「浸水隠し」発覚

 JR九州は、子会社「JR九州高速船」の運航していた高速旅客船「クイーンビートル」の運航終了、撤退を発表した。

 福岡・博多港~韓国・プサン港を結ぶこの航路は、船舶検査委に関する不正が発覚したのち、8月12日を最後に休航。JR九州も当初は復旧を模索していたものの、最終的には撤退の決断をせざるを得なかった。

 クイーンビートル休航の原因は「船体のクラック(亀裂)による浸水」だけでなく、「検査過程で不正が行なわれた」ことにあり、以前から度重なる行政指導を受けていた。一連の過程がまとめられた資料を読み解きながら「どのような不正であったか」「なぜここまでの事態になってしまったのか」を検証する。

改めて「クイーンビートル」とは?

クイーンビートル浸水偽装の経緯

 船は水面の下部(喫水線)の体積より船の重さが軽いと、水を入れていないペットボトルにように水面に浮く(いわゆるアルキメデスの原理)。一般的な船はこの浮力を得るために下部が空洞となっているが、クイーンビートルの場合は、先頭部のとがった空洞部分にクラック(亀裂)が生じ、2024年2月12日に浸水が発生した。

 ただ、これだけでは運航停止にはいたらない。同年2月から5月にかけて、以下のような行為が確認されている。

浸水報告の不履行:
徐々に増加した浸水を、監督省庁に報告しなかった

二重・ウラ管理簿作成:
浸水のデータを、航海日誌・メンテナンスログとは別に管理簿を作成、表に出ない形で記録

安全機器の動作偽装:
浸水量の増加で、船底から44cmの高さにあった浸水警報装置(ビルジ警報装置)に鳴動の可能性が生じたため、50cm以上も高い位置に付け替え、ポンプで排水しながら運航を継続

社長も把握、不正は会社ぐるみ:
当時の社長が関連省庁への報告不履行の決断を下した。管理簿・動作偽装も社長が把握

 クイーンビートルは5月31日から運休、処置を施したうえで、7月11日に運航を再開。しかし、この船は2月12日から5月31日までの延べ4か月にわたって、不正な状態で国際航路(日韓航路)に就航していたことになる。

 さらに、実は前年2月にも船首部でクラックと浸水があり、未報告のままで運航していたことから行政処分(輸送安全の確保に関する命令)を下されている。いわば、船会社(JR九州高速船)として行なった行為は「前年に浸水隠し・運航継続で処分→翌年は社長公認で、さらに長期間の浸水隠し+管理簿不正・警報装置偽装」。これで「弁解の余地がある」という方は、ほぼいないだろう。

 一応補足すると、大型船の船底は幾つもの区画に仕切られており、クイーンビートルのように船首部の1か所が浸水しても直ちに沈むようなことはない(ほかの区画にも浸水警報装置があるはず)。ただし、だからといって検査不正が許されないのは、言うまでもない。

 なぜ、クイーンビートルで「浸水報告の不履行」「二重・ウラ管理簿作成」「安全機器の動作偽装」「社長も把握、会社ぐるみの不正」が発生してしまったのか。ここからは、2024年11月21日に公表された「九州旅客鉄道株式会社第三者委員会」の調査報告書(全96ページ)をもとに、経緯をじっくりと読み解いていこう。

難易度が高いアルミ溶接。クイーンビートルは「補修のいたちごっこ」

正面から見たクイーンビートル。浸水が生じたのは黄色の○囲い部(第三者委資料に筆者加筆)

 クイーンビートルは日本・韓国の国際航路に2022年11月に就航。豪オースタルが建造したこの船は、中央の船体の両脇に副船体をつけた「トリマラン(三胴船)」構造を採用。船体の幅を広くすることで「定員502名」という広い船内スペースを確保できた。

 船体はアルミ合金製(一般的に、鋼鉄の3分の1の比重)で軽量化しているうえに、両脇の副船体が自転車でいう補助輪のような役割を果たす。乗り心地のよさと、フェリーより5割程度速い「36.5ノット」(時速70km弱)の速力を両立している。

 浸水問題が発生したのは、船の「主船体」先頭部だ。この部分は波を切るために細くとがっており、亀裂が起きても、なかから補修できない。

2023年2月のクラック(第三者委資料より)

 まず2023年2月11日、44cm以上の浸水によって、浸水警報装置が四度にわたって鳴動。排水ポンプで排出しながら運航を続け、翌日昼に博多港で確認したところ、右舷(右側)喫水線の下に約5cmのクラックが見つかった。この際には補修材による応急処置を実施、「旧正月の繁忙期なのに運航を停止すると予約客に迷惑がかかる」との理由で、翌日以降の運航を継続した。

 早めに臨時検査を受ける必要があり、14日に九州運輸局に報告を行なったところ……「喫水線の下のクラックは最低でも溶接が必要、すぐに運航停止」との指示が下され、クイーンビートルはその日の午後便から2023年3月4日まで休航を余儀なくされる。

「喫水線下のクラックは応急処置ではなく、ドック入渠で溶接」という認識がなかったとはいえ、2月11日~14日にクイーンビートルを運航させてしまった。JR九州高速船は2023年6月に「輸送の安全確保に関する命令」(行政処分)を受けた。

 その後、6月のドック入渠では2月に行なった右舷のクラック補修をやり直す、大規模な溶接を行なっている。

ダブラープレートの設置状況(第三者委資料より)

 補修はこれだけでは終わらなかった。翌2024年1月には浸水発見で1月13日~25日まで休航。この際には右舷にクラックが見つかり、右舷の広範囲を「ダブラープレート」と呼ばれる広範囲な板を5枚つけ、丸ごと覆っている。

 ただこの際に約4800人の予約キャンセルが出たうえに、あまりにも急な休航で韓国に帰れなくなる旅行客が続出。なかには罵声を浴びた従業員もいるといい、「1隻しかない船を止めると、会社にも顧客にも迷惑がかかる」ことが、改めて明らかとなった。

2024年2月。2024年5月のクラック(第三者委資料より)

 そして、2024年2月には浸水、翌週にはまたクラックを発見。休航を避けようという意識もあって、浸水の事実とともに隠ぺいされた(後述)。ほかにも事例はあるが、もう直接報告書をご覧いただきたい。

 繰り返し処置を行なったものの、2024年5月に発見された110cmものクラックは、前年6月に「恒久的修理」として行なった溶接部分に沿っていたという……。処置した箇所からいたちごっこのようにクラックや浸水が生じている。

 ただ、フェリーなどで使用される鋼材(軟鋼)と違って、アルミ溶接はかなり技術が必要で、そもそも溶接を行なえる人も少ない。玄界灘の荒波に揉まれてクラックが生じたアルミの船首をたびたび補修するのは、あまりにも難易度が高過ぎる。

 2024年8月の事態発覚後、JR九州では建造元のオースタルから外側の板(右舷外板)を丸ごと取り寄せ、新たに連続溶接を行なうべく専門家からヒアリングを行なっていたという。しかし12月13日には古宮社長から、「アルミは鉄より弱く、溶接も難しい。レベルが高い」と発言。その後、クイーンビートルの運航再開断念、JR九州の船舶事業撤退が発表された。

別途“マル秘資料”を作成。浸水は隠し通すつもりだった

 JR九州高速船が保有している船体は「クイーンビートル」1隻、1日1往復のみ。運休すれば、会社の収入は途絶える。予備の船を持たない「1隻体制」であるが故のムリな運航が、結果的に「不正検査」といった事態を引き起こしたと言わざるを得ない。

 2024年2月にクラックと浸水を確認する以前にも、クイーンビートルは同様の事態で運休を余儀なくされ、現場はキャンセルに憤る予約客への対応に追われたという。第三者委員会の報告書によると、経営陣は「ようやく再開にこぎ着けたクイーンビートルの運航停止は避けたい」との思いがあり、「まずは(九州運輸局への)第一報」というルールに違反することは承知のうえで、報告をせず運航を継続したという

浸水量の記録簿の再現。右下赤丸部分で、浸水が急増している(第三者委資料に筆者加筆)
浸水装置偽装の状況(第三者委資料より)

 さらに、前年の浸水発生時には作成していた「船体・機関故障報告書」「船体損傷報告書」を作成せず(かわりに「マル秘」と書かれた記録簿を作成)、社長以下幹部も「隠し通すつもりであった」そうだ。

 しかし浸水量が徐々に増えたため、4月10日からは「マル秘帳簿」の記載単位を、バケツによる「○リットル」から、「○cm」表記に変更。打ち合わせでも役員の「もう少しガマンして、浸水状況の経過観察の継続をお願いしたい」という話があり、5月第3週ごろまでは10cm程度だったという。

 その後、27日夜を境に50cm以上の浸水量を記録するようになり、浸水を検知する警報装置が鳴動する恐れが出てきた。翌28日朝に運航管理者代理の指示によって、部下がボルトを外して「警報装置の高さ付け替え」が実行された。しかし、30日には浸水が90cmに達し、結束バンドで通常より50cmも高い場所に固定していた警報装置は鳴動。船内の制御システム「マリン・リンク」に鳴動の記録が残るため、隠ぺいをあきらめて、ようやく九州運輸局への報告を決断した。

 当時の社長は一連の報告を事前に受けており、「特段異を唱えることなく位置変更を了承した」とのこと。また事の重大性は幹部も認識しており、次のドッグ入渠を6月上旬に前倒ししたうえで「1週間程度は警報装置を作動させずに運航しよう」という思いから警報装置付け替えを指示したものの、結局3日間しか持たなかったのだ。

 その後も幹部は九州運輸局に虚偽の事実を伝え、110cmものクラックを一目見た検査官が「急にこんなに大きく割れるのか?」と質問しても、「兆候はなかった」と回答。警報装置も元の位置に付け直していたという。その後、8月の抜き打ち検査では国交省海事局の職員が厳しく追求、ようやく“自白”にいたった。

第三者委の報告書は極端な低評価。違和感の中身は?

「第三者委員会報告書格付け委員会」が発表した格付け資料

 以上が、第三者委員会による「クイーンビートル」浸水隠ぺいに対する報告だ。しかし、第三者委員会の透明性を検証する「第三者委員会報告書格付け委員会」(弁護士・法学者・ジャーナリストなどで構成)は2024年12月27日に評価結果を報告。9人の委員のうち7人が「D」評価(4段階のもっとも下)、2人が「F」評価(Dの下で「評価に値しない」)という結果であった。

 その理由は「(親会社である)JR九州への忖度が見られる」こと。第三者委員会調査には、以下のような文言がある。

「JR九州からJR九州高速船へ運航継続のプレッシャーが事案を生じさせたという見方は短絡的に過ぎ、当委員会としてはそこに原因があったとは考えていない」

「1台体制で代用船なく運航に当たっていたことは、本調査の対象とはしていない」
(いずれも要約)

 格付け委員会では、第三者委が肝心な事象を「そこに原因があったとは考えていない」「本調査の対象とはしていない」として済ませてしまったことを問題視した。なお、今回と同様に「D」「F」評価が相次いだ事例は「SOMPOホールディングスの自動車保険不正請求」(中古車販売店の不正絡みで発覚。2024年)、「日産の完成車検査不正」(2018年)、「朝日新聞社の慰安婦報道問題」(2015年)など、めったにない。

 クイーンビートルの諸問題は、報告書によると「福岡海上保安部による捜査(刑事捜査)継続中」であり、JR九州が事業撤退を決断したところでまだ追及は続くだろう。いずれにせよ、このあとの推移を見守りたい。